第四十二話「ワイバーン部隊」
風が強い。
いつもより、少しだけ荒れている。
だが。
それがいい。
「……行くぞ」
俺は、ヴェントラの首を軽く叩く。
応えるように、翼が広がる。
その時。
「クロノス」
低い声。
振り向く。
オルディウスが立っていた。
一歩、近づく。
「一つだけ教えてやる」
短く言う。
「……何でしょうか」
俺が答えると。
オルディウスは、空を見上げた。
「空戦で一番重要なものは何だと思う」
一瞬、考える。
「速度……でしょうか」
「違う」
即答。
「では、位置――」
「違う」
少しだけ笑う。
「見るな」
一拍。
「感じろ」
意味が分からない。
だが。
オルディウスの目は、真剣だった。
「風だ」
短く言う。
「流れを読め」
「流れに乗れ」
一歩、下がる。
「それだけで、空は変わる」
それだけ言って。
背を向ける。
「……行け」
短い。
だが。
それで十分だった。
(……風)
胸の奥に、残る。
そして、
「――全隊、発進!」
一斉に、空へ。
王国竜騎兵団。
教国飛竜部隊。
混ざり合いながら、上昇していく。
空は、まだ俺たちのものだ。
……今は。
「……来たぞ」
巨大な影。
ゼフィラ帝国の飛行艇。
さらに、その奥。
帝国のワイバーン部隊だ。
「……数が多い」
ガイアスが舌打ちする。
だが。
俺たちは止まらない。
もう、迷いはない。
「やることは同じだ」
「近づいて、叩き込む」
「簡単だな」
「簡単じゃねぇよ」
軽口。
だが。
全員、理解している。
ここが――正念場だ。
横を、教国の飛竜部隊が抜ける。
無言。
だが、その背中は強い。
一人の兵が、ぽつりと呟く。
「……委ねる、か」
風に消えそうな声。
「なら……ラディウス隊長は」
言葉が止まる。
誰も答えない。
あの男は言ったそうだ。
『神は守ってくださる』と。
そして――死んだ。
沈黙。
だが。
一人の聖騎士が、静かに言う。
「……我らは」
「救われるために戦っているのではない」
一拍。
「救われるに値するかを、問われている」
視線が上がる。
「ラディウス殿も……試されたのだろう」
納得ではない。
整理だ。
それでも。
「……なら」
飛竜の手綱を強く握る。
「証明するぞ」
「我らが、神に認められる存在であると」
加速する。
迷いごと、前に進む。
「――突撃!」
砲撃。
空が裂ける。
「散開!」
直撃すれば終わる。
だが。
突っ込む。
届かない。
「……高すぎる!」
ガイアスが叫ぶ。
その時。
(……風)
思い出す。
『見るな、感じろ』
オルディウスの声。
風の流れ。
上昇気流。
巻き込み。
(……見えた)
「ガイアス!」
「右上だ!」
「風に乗れ!」
「は!?」
「いいから来い!」
ヴェントラが、流れに乗る。
一気に高度を上げる。
「……っ、マジかよ!」
ガイアスも追う。
飛行艇の側面へ。
届く。
「――今だ!」
黒い粉を叩き込む。
急速に側面のタービンへ粉が吸い込まれていく。
一瞬。
静寂。
次の瞬間。
タービンの奥から響く爆音。
飛行艇の一部が、赤く染まる。
「……入った!」
叫びが上がる。
他の部隊も続く。
黒い粉。
次々と、タービンへ。
空が揺れる。
巨体が、傾く。
「……落ちるぞ!」
誰かが叫ぶ。
その瞬間。
「……まだだ」
低い声。
別方向。
新たな影。
「……は?」
もう一隻。
さらに奥。
また一隻。
「……嘘だろ」
粉は、もうない。
誰もが理解する。
これは――詰みだ。
風が、止まる。
空気が、変わる。
ヴェントラが、わずかに震える。
「……なんだ」
誰かが呟く。
その時。
遠くの空が、歪んだ。
何かが、来る。
それは。
人の戦いではなかった。




