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第三十一話「守れたもの、失われたもの」

 戦いは、終わっていた。


 ラグナスの空は、静かだった。


 さっきまでの喧騒が、嘘みたいに。


 風だけが、ゆっくりと流れている。


(……終わった、のか)


 ヴェントラの背から、地上を見る。


 街が、見える。


 煙が上がっている。


 崩れた建物。


 焼け焦げた跡。


 でも。


 街そのものは、残っている。


(焼いてはいない)


 それは、確かだ。


 でも。


 無傷じゃない。


「クロノス!」


 声。


 ユークスだ。


 ヴェントラをゆっくり降下させる。


 地面が近づく。


 風が弱まる。


 そして、着地。


「無事か!」


「ああ」


 鞍から降りる。


 足に、わずかな重さが残る。


「そっちは」


「問題ねえ」


 ユークスが笑う。


「ウェナスがいる支援部隊も無事だ」


 その一言。


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。


「そうか」


 それだけ言う。


 ユークスは気にせず、駆け出す。


 ウェナスの元へ。


 その背中を、目で追う。


 すぐに視線を逸らす。


(……守れたんだな)


 あいつは。


 ちゃんと。


 自分の守りたいものを。


 視界に、別の光景が入る。


 倒れた兵。


 担がれていく負傷者。


 泣き崩れる人。


 崩れた壁。


(……全部は、無理か)


 分かっていた。


 でも。


 現実は、重い。


「この程度で済んだのは、僥倖です」


 声。


 視線を横に滑らせる。


 聖騎士だった。


 街を見据えたまま、言う。


「降臨者のお導きがあったからこそでしょう」


「……被害は出てる」


 思わず口にする。


 聖騎士が、わずかにこちらへ顔を向ける。


「承知しております」


 落ち着いた声。


「それでも、この規模の戦闘であれば少ない方です」


「これは、あなた様を含む我々の選択」


「ならば、その結果を我々は受け入れるべきです」


「喜ぶべき戦果だったと私は思いますが」


(……割り切ってる)


 同じ景色を見ているのに。


 感じ方が違う。


 聖騎士はそれ以上何も言わず、歩き出す。


 遺構の方へ。


 目的は、最初から一つ。


 神。


「クロノス」


 声が落ちてくる。


 視線を持ち上げる。


 レグナ女王が、数歩先に立っていた。


 いつの間にか、近くまで来ている。


 足を止める。


 わずかに姿勢を正す。


「……レグナ陛下」


 女王は、ゆっくりと街へ視線を流す。


 壊れた建物。


 動き回る兵。


 負傷者。


 すべてを、見ている。


 しばらく、言葉はない。


「……あなたが動いたから」


 静かに、口を開く。


「焼かずに済んだ」


 一瞬だけ、こちらを見る。


「ありがとう」


 その言葉は、軽くない。


 でも。


 続きがある。


「それでも」


 女王の指先が、わずかに握られる。


「失われたものはある」


 目は、逸らさない。


 現実から。


「……はい」


 それしか言えない。


 沈黙が落ちる。


 重い。


 だが、逃げない沈黙。


「……それでも、進むしかないのよね」


 女王が、小さく息を吐く。


「止まれば、もっと失う」


 正しい。


 でも。


 簡単じゃない。


(……同じだ)


 この人も。


 迷っている。


 それでも、進んでいる。


 その頃。


――ゼフィラ帝国 軍会議室


 帝国側。


「ラグナス、陥落」


 報告が上がる。


 ヴァルターは、無言でそれを聞く。


「想定より早いな」


 短く言う。


「はい」


 部下が続ける。


「空からの奇襲により、対空戦力が分断されました」


「竜騎兵団による先制攻撃とのこと」


 一拍。


「……それと」


 わずかに、言い淀む。


「教国側の兵が、“降臨者がいた”と発言していたとの報告があります」


 空気が、少しだけ変わる。


 ヴァルターの視線が、動く。


「……降臨者?」


 低く呟く。


 すぐには信じない。


 だが。


 戦場にいてもおかしくはない。


 (もしかして…あいつか…)


「確証は」


「不明です」


「現場の伝聞レベルかと」


 ヴァルターは、数秒だけ考える。


 そして。


「……頭の片隅に置いておけ」


 それだけ言う。


 判断は、保留。


 だが。


 “記録”はされた。


――再びラグナス


 俺は空を見上げた。


 変わらない空。


 どこまでも広い。


 でも。


 その下で。


 確実に何かが動いている。


(……守れたのか)


 答えは出ない。


 でも。


 分かっている。


 この戦いは。


 簡単じゃない。


 正しさだけじゃ、足りない。


 それでも。


 進むしかない。


 選んだからだ。


 自分で。


 この道を。

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