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杜子冬  作者: 久米 貴明
2/6

 ぼさぼさに伸びた髪。だらしなく生えた髭。よれたシャツ。色の褪せたズボン、サンダル。


 隼人は顔の造形には自信があった。それ故、身だしなみが乱れていても多少は様になるという自負がある。しかし現在の恰好は、自然が彼に与えた許容を超えていた。彼自身も、それが耐え難かった。


 しかし、金がない。自分で髭を剃る気力もない。千円手に入ったが、それでは床屋に行って髪を切り、髭を剃ってもうことすらできない。


 カオに自信のある隼人が、こんな惨めな恰好で出歩ける場所は限られている。いくら安いと言ったって、間違っても図書館だとか、喫茶店なんかには入れない。もっと惨めになる。


 だから隼人は、どんなぼろぼろの格好で行っても、誰も気にしない場所へ向かった。結局のところ、いつものパチンコ屋だ。パチンコがしたいから向かったのではなく、他に行く場所がないから自然と足が向かうのである。

 そんなわけで、バカでかい自動ドアを潜って近所のパチンコ屋の店内へ入ったのだった。


 どうせ千円じゃ賭けようにもたかが知れてる。大人しく0.2円や0.5円の低貸しで打つかと思いかけたとき、ふと手元の千円の出どころが気になった。


 仏像に貼り付けられていたのだ。ご利益があるかもしれない、と隼人は思った。


 賭け事をやる人間が一度そう考えると、もう後には引かなくなる。最後の所持金が尽きるまで、失い続けることになる。尤も今日の彼には千円しかないのであるが。


 彼はあえて一番高いレートの台に向かった。ちょうどパチンコ店の創業記念日だったから、店内は客で溢れていたが、10台並んだ目当ての機種はたった一台だけ席が空いていた。台を選ぶというプロセスもない。釘の具合も確認しない隼人は必然的にその空いた席へ座った。


 座ってから左右を確認すると、右隣りの席には、仕事の隙間時間に来たのであろう、スーツ姿の壮年の男が、ぼんやりした顔で打っている。データを見ても、大した当たりは出ていなかった。


 左隣の席にはスーツ姿とは真逆な、サングラスを派手なシャツの胸元に引っ掛けた長髪の男が座っていた。こちらは右よりもっと当たりが少なかった。


 左右が当たってないのでこの台は当たるかもしれない。隼人は機嫌を良くして千円札を挿入口に入れ、玉を打った。当たる、この千円はきっと当たる。そう思った。けれども玉がちっとも入賞口に入らない。入賞して、演出が始まらないことには当たる当たらない以前の問題である。


 あっという間に500円がなくなり、残りの500円を持ち玉に変換する。結局千円ぽっちじゃ、大当たりしてラッシュに入る確率なんて3パーセントもないのだ。そう考えて、隼人が諦めたときだった。


 キューン


 1発の球が入賞口に入ったと同時に、ものすごい音量の効果音が鳴って、大チャンスの演出が始まった。隼人の腰は思わず椅子の上でビクッ、と跳ね上がった。そうしてあれよあれよという間に7が3つ揃い、大当たりしてしまった。


 いわゆるラッシュに入り、高確率で大当たりするモードに台が切り替わる。隼人は半ば呆気にとられながら確率が変動した台を打ち続けた。しかし、2回当たってから、当たりがこなくなった。高確率を100回当たらずに経過したらまた通常の確率に戻ってしまう。


 90回消化して、チャンスが残り10回になったタイミングで、隼人は打つ手を止めた。当たりが止みそうなときは、一度時間をあけるというジンクスがある。それまでに出た当たりが計数されたICカードを取り出し、店員を呼んで台を離席中の状態にしてもらった。そうして、いったん、それまでの当たりを景品に交換してさらに現金に換えた。5千円と少しの金額が手に入った。元々なかったはずの金だ。


 隼人は躊躇することなく、一番近くにあった床屋へ入り、髪を切り、髭を剃ってもらった。彼は床屋で髭を剃ってもらうときのクリームの匂いと感触が好きだった。


 離席は1時間までとなっていたが、隼人は50分と少ししてから、数十発の持ち球を手に、元の台に戻った。確率変動中は持ち球が減らないので、それで十分だった。


といって、残り10回のチャンスじゃさすがに当たらないだろうと思ったが、残り3回でまた当たった。しかもその後は当たり続けた。小1時間かけて20連続。換金すると10万円ちょっと。店の月間ランキングに載るほどではないが、かなりの爆発と言っていい。それも、千円がそうなったのである。


 隼人は有頂天で、2度目の離席を店員に伝え、換金した10万円を手にして、すぐ近くのショッピングセンターへ入り、普段は買わない金額の上着とズボンと靴と、ついでに下着と靴下を買い揃えた。元々身に着けていたボロボロの衣類やサンダルは、全て店に処分してもらった。


 今日はツイてる。 


 真新しい着衣を身にまといながら、隼人は上機嫌でまたしても元の台へ舞い戻った。


 左右で打っていた男性客たちは、席を立つたび小奇麗になっていく隼人を見て、目を丸くした。

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