壱
「空しい……」
宗崎隼人は古い、汚いアパートの一室で仰向けに横たわっていた。汗が染みて変色し、ぺしゃんこになった敷布団の上で。
もちろん彼は貧乏である。借金はない。しかし金もなければ友人も身寄りもない。幼いころに実家が破産し、両親が親権を放棄して隼人は施設で育った。
施設には同年代の子が何人もいたが、いつもつまらん、つまらんなあと思いながら彼らと話していた。
そんなだから、施設を離れたあと、友達にはなれなかった。
つまらんなあという思いは、成長して働くようになっても変わらなかった。どこでどう働いていても、やりたいことはこれじゃないという気がしてくる。
そうしてつまらないことを避け続けているうちに、何もない、空虚で、自堕落で、虚無な生活へと落ちていった。
別に施設で育ったことを負い目に感じているわけではなかった。ただ、転職を繰り返すうち、食うものに困った時駆け込める場所がないというのは、辛い。
けれども仮に親や友人がいたとして、自分のようなロクデナシはきっと金を借りただろうから、よけい情けない状況になっただろうということは隼人も感じてはいる。
とにかく転職したての今は、別に疲れてもいないが動くと腹が減るので、ヒルのように汗の染みた敷布団の上で転がりながら、なにをするでもなく明日給料が入るのをじっと待つしかない。
なにをしていてもつまらんと感じることは多いが、なにもしないなにもできないというのは、もっとつまらない。ただただ――
「空しい……」
二度同じ言葉を呟いてから、隼人は横になったまま部屋を見回した。
『貧乏はある種の欠乏ではなく、むしろべたべたとひっついてくるものだ』
と、施設に置いてあった小説に書いてあったのを覚えている。しかし隼人にとって、貧乏というのは圧倒的な欠乏だった。
部屋の中にはなにもない。もちろん生活するために最低限な家具や家電はある。けれども目を引くもの、おもしろいものがない。
心を満たすものがない。台所の蛇口を捻れば水は出るのに、心が乾いて乾いて、死にそうだった。
ふと、この安アパートに引っ越して以来、押し入れの上の物入れには目を通していないことを思いついた。
開けてみたところでなにかがあるわけもない。けれども、そこになにかがあるかもしれない、という想像は、乾いた隼人の心に刺激を与えた。
一言で言ってしまえば金のかからない暇つぶしだ。
足場になるようなものが辛うじて一個だけある。ちゃぶ台を押し入れの前まで運び、その上に立って目より少し上の高さにある物入れを開けた。
高さが足りなくて中身が直接見えないので、手探りでごそごそと中を探る。剝き出しになった木材のざらついた感触。
やっぱり何もなかったかと諦める寸前、一番奥の方で、カタン、と音が鳴って何かが手に触れる感触がした。
固い。なんだろうとつま先立ちして手を伸ばし掴む。ちょうど無理なく掴めるくらいの、長細い何かだ。乗り出した身を、返す勢いでそのまま引っ張り出した。
茶色い。色のくすんだ仏像だった。密室にあったからか、不思議と埃はかぶっていなかった。
ふうん、まあ、金にはならんが、何もないよりはちょっと面白いな。いや、ひょっとしたら売れば少し金になるかもしれん。
そう思い、ひっくり返して背面を確認すると、なぜか折りたたまれた千円札がメモ用紙と一緒にセロテープで止めてあった。
「なんだこれ」
メモ用紙を開いてみると、中央に小さな文字で、
求めよ
と書かれていた。
さらば与えられん、ってか。誰の仕業かわからないけど、これじゃ宗教がごっちゃじゃねえか。
そう思いつつ、隼人は感謝した。
千円、千円あればなにかできる。
飯を買おうかとも思った。けれどもそこまで腹が減っているというわけではなかったし、ぎりぎりパンを買う金は残っているから明日まではしのげる。
やっぱり暇つぶしに使おう、この金は。
隼人はちゃぶ台もそのままに部屋を出て行った。




