第一回ザナドゥ・マリンスポーツ大会③
さて、このまま炎天下の中で話をするのもキツイとのことで、ティガーさんが言う。
「ゲントクさん、よろしければ、我らの『観戦場』までどうですか? リーサのお礼もしたいので」
「観戦場……?」
「はい。貴族や、高名な来客専用の観戦場です。個室で、エアコン付きですよ」
「おお、そんなのあるのか……じゃあ、ちょっとお邪魔します」
観戦場に行く途中、アイスウルフの毛で作ったぬいぐるみを追加購入……と思ったが、俺が買うより親御さんたちが買う方がいいとのことで、俺は手を出さなかった。
ケモミミチルドレンはアイスウルフのぬいぐるみを抱きしめ、迷子にならないよう親御さんたちが抱っこしている。
そして、案内されたのが、高床式住居みたいな観戦場だ。
周りにたくさんある。なるほど……貴族たちはここで観戦するのか。
「ささ、遠慮なくどうぞ」
「ど、どうも」
中に入ると……うん、涼しいわ。
エアコンが効いてるし、キッチンやデカい冷蔵庫、ガラス窓から海が一望できるし、大量の双眼鏡が置いてある。さらに、レース観戦用のガラスボードもあった。
おっと、ここで補足。このガラスボードにはレースの順位が表示される。だが、レースと言ってもいろんなレースがある。
でも、ガラス板に専用の魔導カートリッジをセットすると、見たいレースの順位などが表示されるそうだ。このカートリッジ、一つの大きな魔石を砕いて埋め込んであるらしい。
面白い発想だ。うーん、これもポワソンの作品らしいけど……一度、魔導具について話してみたい。
「にゃああ。ソファ、ふかふか」
「こらユキ、遊ばないの」
「わうー、のどかわいた」
「れいぞうこあるぞー」
「きゅう。わたし、おじちゃんからのみものもらったの」
ケモミミチルドレンはぬいぐるみで遊びはじめた……まあ、子供には退屈かなあ。
スノウさんたちはママ友らしい井戸端会議してるし、ティガーさんとドギーさんはエールで乾杯してる。俺も勧められたけど、まだ朝飯食ってないので果実水だけもらった。
「リーサちゃんから少し聞いたんですけど、保養施設は買えたんですか?」
「はい。立派なものを買うことができました。来年から、従業員たちもザナドゥの夏を満喫することができるでしょう。サンドローネ様からも、商会用にと連結馬車をいただきましたので……本当に、感謝しかありません」
ティガーさんは嬉しそうにしている。
ドギーさんも、酒を飲みながら言う。
「ゲントクさんに出会わなければ、こんな幸せは想像すらできなかったでしょう……本当に、感謝しています」
「あはは……と、すみません、そろそろお暇します。家族でゆっくり楽しんでくださいね」
俺は立ち上がる。
すると、ケモミミチルドレンが寄って来た。
「にゃああ、おじちゃーん」
「よしよし。みんな、またあとでな」
「わうう」
「がるる」
「きゅうん。おじちゃん、ありがとう」
リーサちゃんが俺に抱きついてスリスリしてくる。可愛い……このケモミミめ、このこの。
と、ケモミミを満喫している場合じゃない。
俺はスノウさんたちに挨拶し、サスケと二人で観戦場を出た。
◇◇◇◇◇◇
しばし、サスケと二人で露店を見回ったり、朝飯代わりにいろいろ食った。
「うおおお、やっぱ露店で食う海鮮スープうめえな。なあ、味噌あればもっと美味くなるよな」
「あー、アズマの海鮮スープか。確かになあ……オッサンなら作れるだろ?」
海鮮スープ、塩味でも美味いんだけど俺はやっぱり味噌だな。
そして、網焼きしたエビやカニ、凍らせた果実を串に刺して食べるアイスみたいなデザートも食べた。
さらに、食べ物ばかりじゃない。木で作ったアクセサリーやカップ、食器などもあったし、俺もついつい民族工芸みたいなネックレスを買って首から下げている。
それにしても……。
「あっついな……夏だからしょうがねえけど、この暑さは参るぜ」
「あちこちに救護室っぽい建物はあるな。それと、無料の給水所もある」
一応、『水分補給』は大事だぞ……と、サンドローネには言ってある。
冷凍庫のおかげで、氷はザナドゥでも流通するようになった。さらに、俺のアイデアである『冷凍倉庫』もザナドゥで作ったようで、氷に困ることはない。
熱中症……この世界でもあるとは思うけど、実際はどうなのかな。
「ふぃー、オッサン、喉乾くよな」
「だな。あ、そうだ……ふっふっふ。サスケ、お前に秘密兵器をやろう」
「……なんだなんだ。オッサン、誰かを攻撃でもすんのか?」
「違うっつーの。ほれ」
俺は、カバンから小さなひも付きの魔導具を出し、サスケに渡す。
サスケは首を傾げる。
「……なんだ、これ?」
「名付けて『簡易扇風機』だ。持ち手にスイッチあるだろ? それを押すと……」
持ち手のスイッチを押すと、『冷』の魔石と『回転』の魔石が発動。扇風機のプロペラが回転し、冷房並みの冷風が出る。
プラティックワイバーン製なので、軽くて頑丈。紐も付けたので首から下げられるサイズだ。
「うおお、すっげえなこれ!!」
「だろ? 昨日思いついて速攻で作ってみた」
「涼しいぜ~……ありがとうな、オッサン」
サスケは自分の顔に冷風を当てて涼んでいた。
こいつのいいところは、『冷』の魔石のおかげで、この暑い中でも冷たい風がちゃんと出るところだ。日本でもこういうアイテムあったけど、実際には全然冷たくないし……あったかい風をかき混ぜるだけなんだよな。
俺も冷風を浴び、ひんやり気分を味わう……ああ、気持ちいい。
「ん? お、あれ見ろよオッサン。商会長だぜ」
「え? ああ、サンドローネか」
いつの間にか、サンドローネがいる主催者用の観戦場に来ていた。
わかりにくいが、ドレスを着たサンドローネが、窓際でキセル片手に競技を観戦している……って、今更だが食ったり飲んだりしてるばかりで観戦してなかった。
魔力で視力を強化……うん、相変わらず胸元を強調したドレス着てやがる。ナマで見たこと何度かあるけど、デカい胸は何度見てもいいもんだ。
すると、驚いた。
『…………』
「え、マジか」
サンドローネと目が合った。
嘘だろ、数百メートルは離れてるし、周りに人いっぱいいるし、俺は麦わら帽子被って顔とか見えないと思うんだが、絶対に目が合った。
するとサンドローネ、人差し指を俺に向け、口をパクパク動かす……お、観戦場の裏からリヒター出てきた。これ絶対にこっち来るよな。
サスケを見ると、軽く肩をすくめる。
そして数分後……クソ暑いのにも関わらず、リヒターが正装して俺たちの前へ。
「よ、リヒター。クソ暑そうな恰好でごくろーさん」
「ははは……ゲントクさん、お嬢がお呼びです。一緒に来てもらえますか?」
「えー……? めんどくせえ」
「挨拶だけですよ。ハボリム様、ラスラヌフ様もご一緒です」
「余計行きたくねえ」
「大丈夫です。もう、大会は始まっていますし、何かをお願いするようなことはありませんよ。純粋に、ただの挨拶です」
「わかった、わかったよ。じゃあ、挨拶だけな」
リヒターに案内され、俺たちはサンドローネのいる観戦場に向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
サンドローネの観戦場は、ティガーさんたちの倍は広く、高級感あふれていた。
エアコンは当然効いており、絨毯や調度品は高価なモンばかり。室内には護衛騎士数人、ハボリム、ラスラヌフ、ドレス姿のサンドローネにイェラン、リヒターがいた。
ハボリムを見ると……おお、こいつも王様っぽい恰好してる。
だが、俺を見るとニンマリ微笑んだ。
「よーうゲントク。ささ、こっち来いよ。飲もうぜ」
「お前な、王様なんだし威厳見せろよ。飲み屋と同じテンションじゃねえか」
ギョッとするサンドローネにイェラン。だが悪い、ハボリムの態度でこっちの態度の方がいいと何となく思った。
護衛騎士がイラッとしたのが何となくわかるが、ラスラヌフが制している。
ハボリムは言う。
「まあ、外交ん時は別だが、普段からこんなモンだ。それよりゲントク、お前のおかげでマリンスポーツ大会は初日から大成功だぜ。ありがとよ」
「気にすんな。それに、俺はアイデア出しただけ。形にしたのはサンドローネにイェラン、アレキサンドライト商会だ。感謝はこっちにしておけ」
「「……っ」」
サンドローネにイェランは緊張する。
するとハボリムは言う。
「五大商会のアレキサンドライト商会、商会長サンドローネ殿、そして筆頭魔道具技師イェラン殿、ザナドゥの王として、礼を申し上げる」
「そんな、陛下、お顔をお上げください!!」
「……こんな感じでいいか、ゲントク?」
「ああ。王様っぽいぞ、はははっ」
サンドローネは胸に手を当て、俺をギロッと睨む……なんかあとが怖い。
サスケを見ると、部屋の隅で気配を消し、競技観戦をしていた……空気読むの上手いなこいつ。
「とりあえず、礼はもういいよ。ザナドゥが楽しくなれば、俺も楽しめるしな。それに、飲み屋に行けば庶民っぽい王様と飲めるかもしれないしな」
「はははははっ!! 確かにな。こりゃ、視察の回数を増やすべきか?」
「これこれ。ゲントク、ハボリム。わしの行きつけを教えておく。飲むなら、そっちの店にしておけ」
「だってさ。その時は、サンドローネも連れて行くか」
「ちょ、ちょっと!! ああもう、あなたって人は」
みんなでゲラゲラ笑うと、汗を掻いてきた。
「あっついあっつい。ふぃぃ」
簡易扇風機で冷を取ると、サンドローネが近づいてきた。
「ちょっと、これ何?」
「あ? ああ、簡易扇風機。外は暑いだろ? 昨日思いついて作った」
「……このサイズで、エアコンと同じ効果を持つのね。ふむ……手持ちのエアコン、こういうのがあるなら言いなさい」
「仕様書、あとでやるよ。ザナドゥなら需要あるだろ」
「ええ、あとで必ずよ」
サンドローネが離れる。
俺はハボリムに言う。
「なあ王様、今夜ヒマか? ラスラヌフもサンドローネも、どっかで飲みに行こうぜ」
「……あなたね。一国の王が夜にヒマなんてあり得るわけないでしょうが。来賓や貴族たちとの食事会が」
「いいな!! よっしゃ、また町の居酒屋で飲むか!!」
「え……」
「おう。サンドローネ、お前も付き合えよ。ラスラヌフもな」
「うむ、いいだろう。ふふふ、サンドローネ、もちろんお主もだぞ」
「え、えっと……」
というわけで、今日は一日、俺はこの観戦場でサンドローネたちと過ごすのだった。