第一回ザナドゥ・マリンスポーツ大会②
さて、船が完成した。
魔石のチェック、別荘前のプライベートビーチでの始動確認、そして諸々の最終確認を終え、俺とイェランはハイタッチ。
「完成だね!! はぁ~……間に合ってよかったあ」
「楽勝だろ。サスケ、操縦はどうだ?」
「ああ、大丈夫だぜ。オッサンとオレのコンビなら優勝できるさ」
「よし……」
船を浜に上げ、シートで覆って紐を巻く。
あとは、このまま最終競技場のスタート地点に運んで、大会を待つだけだ。
するとイェラン、ボートに巻いたシートを見て首を傾げた。
「なんで隠すの?」
「まあ、あんまり深い意味はないけど……こういうのって、当日お披露目が基本だろ?」
「「……???」」
イェラン、サスケは同じ方向、同じ角度で首を傾げた……ああ、わかんないよね。うん、俺が勝手にそう思ってるだけだし!! うん、ごめんね!!
というわけで、あとは運ぶだけ。
「とりあえず、パラセーリングボートで牽引して、自由競争のスタート地点まで行くか」
「うん。あたしも行くよ」
「オレも行くぜ」
というわけで、三人でパラセーリングボートに乗り、大会用ボートを運ぶのだった。
◇◇◇◇◇◇
ボートをスタート地点まで運び、大会運営のスタッフに確認してもらう。そして、魔法的な処理をした参加番号のワッペンみたいなのをもらった。
「この『参加証』をボートで保管してください。当日、レース中に現在位置を確認することができます」
「……えーと」
ピンとこないな。
そう思っていると、スタッフさんが近くにあった大きなガラス板を指差した。
「あそこに、現在位置が表示されるんです。当日、どのボートが一着なのか、観客たちにもわかるようになっています」
ガラス板を見る……デカいな。ガラスというかプラスチックみたいな材質だ。
透明で、線がいくつも引いてある。
スタッフさんが、ワッペンに魔力を注ぐと、ボードにマグネットみたいな赤い光が灯った。
「移動すると、この赤点が一緒に移動するんです。登録されている番号も表示されますよ。このボードが会場内にたくさんあるので、観客たちは当日、チームの順番を知ることができるんです」
「面白いな……アナログで、魔法を使ったディスプレイってところか」
「ちなみに、これは『魚座の魔女』ポワソン・ピスケス様の作り出した魔道具です」
ポワソンか……なるほど、あの幼女エルフ、やるではないか。
説明を受け、スタッフさんは「競技用ボートは、護衛がしっかり守るのでご安心ください」と言うのでそのまま置いてきた。サスケが「一応、こっちの知り合いのシノビにも注意させる」と言う……ってか、ザナドゥにも忍者いるのか。
「あとは、大会を待つのみ……か」
「だね。ゲントク、自信は?」
「ある。まあでも、何が起きるかわからないから不安……ってのもあるなあ」
「ははっ、まあオレは全力を尽くすぜ」
「よし。じゃあ、メシでも食いに行くか」
こうして、全ての準備が整った。
以前はクラーケン退治ってイベントあったけど、今回はマリンスポーツ大会……やれやれ、なんだかんだでイベントに愛されてるなあ、俺ってやつは。
◇◇◇◇◇◇
数日後……いよいよ、第一回・ザナドゥマリンスポーツ大会の開催日となった。
早朝、俺は欠伸をしてリビングへ。すでにサスケが起きて朝食を作っていた。
「おはよう、オッサン。朝飯軽いのにしておいたぜ。どうせ出店とかで食うしな」
出てきたのは塩がゆ……しかも、昆布入り。
量も茶碗一杯分くらい。スルスルっとお腹に入った。
まだまだ食い足りないが、これからマリンスポーツ大会に行く。出店も多く出てるだろうし、そこで買って食うことは決めていた。
お腹の準備運動だな……胃酸も出るし、いきなり脂っこい物を食って苦しむこともない。
「さて、一服したら行こうぜ。ロッソやバレンたちは?」
「あいつらは自分の別荘から行くみたいだな。サンドローネたちは特設会場の貴賓室みたいなところで観戦するってよ。ティガーさん、ドギーさん一家は……わからん」
ロッソたち、昨日までダンジョン調査していたようだ。けっこう疲れてたみたいだし、もしかしたら今日は来ないかもしれないな。
そういや、保養施設とかどうなったのかね。
どこかで会うことがあったら聞いてみようかな。
煙草を吸い、新聞を読んでいると、微妙に物足りなさがあった。
「まだ食い足りないな……」
『なあう』『ごろろ』
「出店で食えばいいさ。オレもけっこう物足りない」
「だな……よし、じゃあ行くか」
サスケは、大福ときなこを交互に撫でていた。
止まり木を見ると、バニラがスヤスヤと寝ている。新聞配達を終えると、こいつは二度寝に入るんだよな……用事があって声かけると起きるんだが。
俺は、エサ皿に猫とバニラ用のエサを入れ、水をたっぷり用意しておく。
「じゃあ大福、きなこ、バニラ。留守番頼むぞ」
『なああ』『うにゃ』『ほるるる』
「じゃあ行こうぜ。へへ、なんだかワクワクするな」
サスケも年相応って感じだな……さて、朝飯の続きといきますかね。
◇◇◇◇◇◇
徒歩十五分のビーチには、大勢の観光客で溢れ……いや、ごった返していた。
すごい。数が半端じゃない。
「すっげ……お、見ろよオッサン、あそこ」
「おお、あそこが貴賓室かな」
ビーチから少し離れた、高床式住居みたいな建物があった。
一面ガラス張り。あそこで試合を見れたら最高だな。
するとサスケ、どこから手に入れたのかパンフレットを手にしている。
「えーと、ここは『第三ビーチ』だな。合計で二十のビーチに区画分けされて、それぞれの会場で試合するらしいぜ」
「に、二十……多いな」
「移動には、連結馬車が使われるらしい。全部アレキサンドライト商会製で、大会期間中はタダでフル稼働するらしいぜ。お、あそこ見ろよ」
サスケに言われた方を見ると、開放的な四両ほどの連結馬車が、馬四頭に引かれ走っていた。
ビーチ周りには多くの露店があり、さらに海を見るとボートがすごい速度で走っている。
「もう競技は始まってるみたいだな」
「ああ。朝一で国王陛下の挨拶とかあったみたいだぜ」
ハボリムの挨拶か……聞いてないわ。
俺、運動会の校長の話とか聞かないタイプだったし……悪いね。
とりあえず、朝飯の続きといきますか……そう思っていると、サスケが。
「……お? ちょいオッサン、こっち来てくれ」
「ん?」
サスケが何かを見つけ歩き出す。
ビーチ手前の小さな花壇の前に、見覚えのある子供がしゃがんでグスグス泣いていた。
「り、リーサちゃんじゃないか」
「きゅうう……おじちゃああああん」
リーサちゃん、俺を見つけると足にしがみついてきた。
麦わら帽子から出ているキツネ耳がしおれ、尻尾も地面を擦っている。転んだのか、膝から血が出ていたし、ワンピースも少し汚れている。
俺はリーサちゃんを撫でる。サスケはカバンから傷薬を出していた。
「リーサちゃん、一人でどうしたんだ?」
「きゅううううん……わからないの。きづいたら一人だったの。パパもママも、クロハもいないの」
「あらら……」
確定。こりゃ迷子だわ。
こんだけ広いし、こんな小さな子供がはぐれたら探すの大変だろう。
リーサちゃんを近くのベンチに座らせ、サスケが傷の手当てをする。
俺は、近くにあった出店で飲み物……お? なんだこれ。
「すんません、このぬいぐるみ……って、冷たっ!!」
白い動物のぬいぐるみを売っている店があった。ぬいぐるみに触れるとすごく冷たい。
店主のおじさんは言う。
「これはアイスウルフの毛で作ったぬいぐるみさ。ひんやりして気持ちいだろ?」
「いいなこれ……確かに、暑いザナドゥだと、モコモコのぬいぐるみはキツイ。でもこれなら……よし、おじさん、これください」
「まいどっ」
飲み物、そしてキツネのぬいぐるみを買ってリーサちゃんの元へ。
「はい、リーサちゃん。冷たくて気持ちいいぞ」
「きゅう、きつね!! わあ、つめたい」
「飲み物も。こぼさないようにな」
「きゅうん。おじちゃん、おにいちゃん、ありがとー」
リーサちゃんはぬいぐるみを抱きしめ、果肉を凍らせて氷代わりにした果実水を飲む……うまそう。俺もあとで飲むか。
とりあえず、リーサちゃんをこのままにするわけにはいかないな。
「親御さん、オレが探してくるぜ」
「大丈夫か? ビーチはかなり広いけど」
「へへ、忘れたか? オレはシノビ、探し物は大得意……」
サスケ、数歩下がる。
人が交差してサスケが一瞬見えなくなった瞬間、もうそこにはいなかった。
すげえ……忍者みたいだ。ってか忍者か。
「きゅうう」
「……よし。リーサちゃん、少しおじさんと散歩するか」
「きゅう、いく」
抱っこではなく肩車をする。
リーサちゃん、元気になったのか尻尾が揺れる……ちょっと首に当たってくすぐったい。
あまり離れないよう、さっきのぬいぐるみを買った店の近くに行く。
「そういえばリーサちゃん。新しいおうちは買ったのかい?」
「うん。パパとママ、シアのパパとママで、おっきいおうちを買ったの。あっちの方にあるの」
リーサちゃんが指差した方は、俺の別荘の反対側だ。
なるほど……ちゃんと買えたんだな。
と、思っていた時だった。
「おーい、オッサン」
「ん? お、サスケ……それと」
「ぱぱ、まま!!」
ティガーさん、そしてルナールさんが駆け寄って来た。
後ろにはリュコスさんにクロハちゃん。おお、ドギーさん一家にユキちゃん、スノウさんもいる。
ティガーさん、両手を広げダッシュ……い、嫌な予感。
「オオオオオオオオオ!! リーサァァァァァッ!!」
「ぐぉえぇぇっ!?」
「パパぁぁぁ!!」
なんとティガーさん、俺ごとリーサちゃんを抱きしめた。
屈強な虎獣人の胸に、俺の顔がめり込む……なんつうパワー、頭が潰れるううううううう!!
「こら、ティガー!! ゲントクさんを潰すつもり!?」
「はっ……し、しまった!! ゲントクさん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ……ゲホゲホ」
「ママああああ」
ルナールさんはリーサちゃんを抱きしめた。うんうん、よかったよかった。
そして、ケモミミチルドレンたちもリーサちゃんの元へ。
「にゃああ、リーサ」
「がうう、ぬいぐるみ……なにそれ?」
「わうう、つめたいね」
「おじさんにもらったの。ひんやりするの」
さっそくぬいぐるみ自慢……とりあえず、追加で三つ買うべきかな。
するとティガーさん、リュコスさんが俺とサスケに頭を下げた。
「ゲントクさん、サスケさん、リーサのこと、感謝します!!」
「本当に、ありがとうございます」
「いえいえ。無事でよかった」
「ああ、オレらは見つけただけだぜ」
ふと思う。
迷子……もしかしたら、他にもいるかもしれん。
サンドローネに『迷子センター』の設置とか、拡声器での案内とか提案してみるか。