海へのお誘い
翌日の午後。
俺はリヒターに教えてもらった、ティガーさんたち家族の自宅へ。
獣人たちが多く住まう第十区画にティガーさんの家はある。一応、アメジスト獣人商会でも立場が上だし、いい家に住んでるっぽい。
「それにしても、初めて来たな」
エーデルシュタイン王国第十区画。通称『獣人区』だ。
区画の七割が獣人たちの家や店などで、道行く人も獣人が多い。
ぱっと見、ハーフが九割で純血は一割もいない。すれ違う人はみんなハーフの獣人だ。
俺は、地図を見ながら歩く。
「お、ここか」
何度か曲がり角を曲り、住宅街を進むと、大きな家があった。
正門の前には分厚い金属の扉があり、門の隣にはスイッチがある。インターホン……そういや、アレキサンドライト商会で実用化して販売が始まったっけ。
俺はインターホンを押す……すると、見知らぬ獣人女性が出てきた。
「はーい。いらっしゃいませ、何か御用ですか?」
高齢の……たぶん、ハーフの羊獣人だ。
エプロンをしているからお手伝いさんかな。
「えーと。初めまして、玄徳といいます。ティガーさんに会いに来たんですけど」
「ああはいはい。お待ちくださいねぇ」
おばあちゃん羊獣人はぺこっと頭を下げて家の中へ。それから一分もしないうちに戻って来た。
「ささ、どうぞどうぞ。旦那様がお待ちです」
「ああ、はい」
家に上がり(土足。やっぱ文化の違いだな)、案内されたのは居間。
大きなソファにティガーさんが座り、両側にはリュコスさん、ルナールさん。そして反対側にはドギーさんとベスさんが座っていた。
威圧感すげえ……と、思っていると。
「ゲントクさん。どうも、お久しぶりです」
「ああ、どうも。あ、これ、お土産です」
「これはこれは……きょ、恐縮です」
生肉を噛み千切り、両手の爪で鉄板すら引き裂く筋骨隆々の虎獣人ティガーさん……メチャクチャ腰が低く、お土産を渡す俺にめっちゃペコペコしていた。
ドギーさんも立ちあがり、俺に一礼する。
「ゲントク様、お久しぶりです」
「どうも。あの~……様付け、できれば遠慮してくれれば」
「も、申し訳ございません。慣れていないもので」
うーん、ドギーさんもメチャクチャ強い獣人なんだが、腰が低い。
奥様たちもすげえ頭下げるし。
「わうー、おじさん」
「がるるー、あそびにきた!!」
「きゅうん。おへや行こう」
おお、子供たちが隣の部屋から来た。今日はシアちゃんも遊びに来てるんだな。
すると、お母さんたちが子供を捕まえ抱っこする。
俺はソファに座り、お手伝いさんが出したお茶を飲んだ。
「あの~、こんなこと言っていいのかわかりませんけど……実は旅行のお誘いに来まして」
「あ、その件でしたか。実は、私たち一家も、海の国ザナドゥに行くことが決まりまして」
「がう!?」「きゅうう!!」「わう!?」
ティガーさんが言うと、クロハちゃんたちが驚いていた。
「サンドローネ様から、『夏休み休暇』について提案がありまして」
「あ、夏休み。それ、俺が提案した休暇のことだな」
「やはりそうでしたか。それで、従業員が交代で長期休みを取る制度を取り入れることが決まりまして……まずは私たちが試験的に、長期休暇を取ることになりました」
ちなみに、バリオンは今、砂漠の国にいる。
サンドローネが『アメジスト獣人商会』の経営の一部を負担している。休みに関する裁量もまかされており、こういう休暇も提案したのだ。
もちろん、バリオンにも許可は取っている。
するとドギーさんも。
「ゲントクさん。私たちも、『ドッグ香辛料商会』を立ち上げました。まだ未熟ですが、ティガーさんの援助のもと、サハラの香辛料をエーデルシュタイン王国に広める予定です。今は、アメジスト獣人商会の一部ですが、いずれは完全独立し、提携していくつもりです」
「なるほど」
なるほどな……俺をここに向かわせたのは、そういう報告を聞かせるためでもあるのかね。
すると、ティガーさんが言う。
「サンドローネ様が、ザナドゥに関してはゲントクさんに聞くのがいいとのことで。ザナドゥに、アメジスト獣人商会の保養施設を作ろうと思います」
「おお、それはいいですね」
保養施設。
アメジスト獣人商会の社員が、申請すれば自由に使うことのできる宿泊施設だ。
今回、ティガーさんたちは、夏季休暇の試験運用として長期休暇を取りつつ、保養施設をザナドゥに買いに行くらしい。
従業員たちの休暇は交代で、秋ごろから申請を開始するそうだ。
「ゲントクさん。保養施設について、ザナドゥでアドバイスをいただければ」
「もちろん。ザナドゥの不動産ギルドには一度世話になってますから。保養施設となると……大きい方がいいですよね」
「はい。一応、三十人ほどが宿泊できる大きさであれば」
「ふむ……」
デカいな……まあ、社員用宿舎って思えばいいか。
ザナドゥの不動産ギルド……確か、クリスティナさんだっけ。あの人に頼めばいいか。
俺は宿舎に関しての希望、予算を聞き、アドバイスをする。
「あとは、現地で直接見ないとですね……出発はいつですか?」
「いちおう、六月の下旬を予定しています」
「……なら、俺と一緒に行きますか。連結馬車なら問題なく皆さんで行けると思います」
「よろしいのですか?」
「ええ。それに、子供たちも早く行きたいでしょうしね」
「がうー!! うみー!!」
「きゅう、あそびにいけるの」
「わうう。たのしみ!!」
というわけで、ティガーさんたちのバカンスも決まった……まあ、長期休暇の試験運用と、保養施設を買いに行くっていう名目だけどな。
さて、あとは……バレンたちを誘ってみるかな。
◇◇◇◇◇◇
午後、俺はバレンたちのホームへ。
前は守衛に不審がられたが今回はすんなり通してくれた。
そして、出迎えてくれたバレンたちに、海の国ザナドゥに行くことについて説明する。
「バカンス、ですか」
「ああ。お前らもどうだ? 海で使える魔道具とかあるぞ」
「わーお!! いいじゃんいいじゃん。おっちゃんの魔道具オモシロイし~!!」
「だろ? どうだ?」
「……それ、アオたちも行くのか?」
「ああ。あいつらは夏に、ザナドゥで溜まった依頼を処理する仕事あるしな……それで、その」
俺が少し言い淀むと、バレンがにっこり微笑んだ。
「……そうですね。海の国ザナドゥでは、依頼を受けたことがないし……行ってみるのも悪くない。リーンドゥ、ウング、どうだい?」
「ウチは賛成~」
「……まあ、悪くない」
「というわけで、ボクたちも同行します。それに……ザナドゥで別荘を買うのも、悪くないかもしれませんからね」
なんか、バレンには見透かされたかも。
ロッソたちが受ける依頼を手伝ってくれたら、遊ぶ時間が増えるんじゃないかなー……なんて思ってたんだが。
まあ、受けてくれるならいいか。
「じゃあ、連結馬車を手配する。またヤタロウとヒコロクで引っ張ってもらえるか?」
「……ああ。ヤタロウも、海で遊ばせてやりてえしな」
というわけで、バレンたちの参加も決定!!
くくく、今年の夏は遊びまくるぞ……今のうちに、使えそうな魔道具いっぱい用意しておくか。