海の準備
ザナドゥに行くことを決めた数日後。
現在、職場の一階部分に、六人乗りくらいのボートが鎮座していた。形はプレジャーボートっぽい。
リヒターに頼んで用意してもらった頑丈なボートである。木製だが頑丈で、加工もしやすい。
俺は、リヒターと何故か一緒にいるイェランに言う。
「用意してくれてありがとな。今晩奢るぜ」
「いえ、構いません。ところで……何を作るんですか?」
「パラセーリングボート。つまり、ザナドゥで使うためのボートだ」
「ここでやるの?」
イェランの疑問はもっともだ。
だが、ここでやるしかない理由もある。
「当然だろ。ザナドゥで作ってたら、せっかくの休みが魔道具開発で終わっちまう。だから、海で使う魔道具は全部、ここで作る。そして連結馬車に牽引してザナドゥまで運ぶ」
「ふーん。で、このボートで何を作るの?」
「さっきも言ったが、パラセーリングボート……つまり、パラセイルをするためのボートだ。そこで……リヒター、お前に頼みがある」
「は、はい……なんでしょうか、改まって」
俺は、両手をパンと叩いて言う。
「お前に、こいつの操縦士になってもらいたい!!」
「……え?」
「ちょいちょいゲントク。なんか面白いことになってる? アタシにも聞かせてよ」
「……まあ、イェランでもいいか。お前もザナドゥ行くのか?」
「うん。今年の夏の魔道具は、エアコンがメインになりそうだからね。去年のヤツを小型軽量化して、値段も手ごろな価格にしたやつを新製品として売り出すんだ。もう開発は終わって、工場での生産が始まってる。アタシは今年、しっかり夏休み取るつもりだよ。あとのことは弟子に任せればいいしね」
「え、お前弟子なんていたのか?」
ちょっと驚き。
そういや、以前ホランドが言ってたっけ……魔道具技師は普通、弟子を取って育てるモンだって。
まあ、それは別にいいか。
「ゲントクさん。操縦士というのは……このボートを操作する、という意味ですか?」
「ああ。パラセイルをやるには、操縦士が必要だからな」
「それ、そのパラセイルってなに?」
「じゃあ、そこから説明するか」
俺はテーブルに模造紙を置き、パラセイルの説明を始めた。
◇◇◇◇◇◇
パラセイルとは。
パラシュートにハーネスを付けて、モーターボートに引っ張ってもらい空中散歩を楽しむマリンスポーツである。
俺は模造紙に、ボートに引っ張られるパラシュートの絵を描いた。
「こんな感じで、ボートに引っ張ってもらって空中散歩を楽しむんだ」
「え、こ、こんなことできるの!?」
「できる。昔、爺ちゃんと親父の三人で旅行した時やったからな」
ちなみにその時、パラセーリングボートがちょうど故障でパラセイルそのものが中止になってしまった。だが、俺と親父と爺ちゃんの三人で『修理させてくれ』と頼んでボートを修理。ツアー会社に感謝されたっけなあ。
そこで俺は、パラセーリングボートの構造はだいたい理解した。パラシュートの仕組みやハーネスの構造なんかもばっちりだ。
「俺はこのパラシュートに乗りたい。リヒターには操縦を頼む」
「わ、私でいいのでしょうか……それに、お嬢の護衛もありますし」
「まあ、一日くらい休みあるだろ。その時は俺もサンドローネに頼むしな」
「はいはい!! アタシもやりたい!!」
「……なんか無茶な運転しそうだしなあ」
「しないっつの!! ねえ、いいでしょ?」
「……まあ、いいか。ってわけで、ボートを改造する。船外機じゃなくて、ボートにエンジンを組み込んで、ハンドル操作できるようにする」
「「ハンドル……?」」
「えーと。舵輪じゃなくて、こういう丸いやつで……ああもう、とにかく任せろ」
というわけで、俺はボートを改造することにした。
◇◇◇◇◇◇
さて、木製なので強度に不安が残る。
なので、外装を『ダイノリザード』の甲殻を使って補強。さらにハンドルで舵を動かせるよう、ボートの中央部に運転席を設けた。
アクセルを踏むと『回転』の魔石が作動し、魔力回路を通ってスクリューを回転させる。
シャフトとスクリューはメタルオークよりも頑強なチタンゴーレムの骨を加工。
ペダルは三つ。アクセル、ブレーキ、そしてもう一つ。
「あれ、ゲントク……この魔石、なんて彫ってあるの?」
「ふふふ。そいつは『高速回転』……回転のさらに上だ」
アクセルの隣に、さらに回転する『高速回転』用のスクリューを付けた。
前部にはブレーキ用のスクリューが二つ、後部にはアクセル用のスクリューが二つと、高速回転用の大き目のスクリューが一つ。
ちなみに、魔石は全部十ツ星だ。
イェランも手伝いたいと言うので、船の腰掛け部分を作ってもらってる。
「一応、定員は六名まで。スピードを出す関係で幌は付けない。骨組みだけで、暑い時は布を被せられるようにする」
「了解。風の抵抗を受けないように、座る場所は少し低めにしてあるから」
「おう。さすがイェラン」
船には、座る椅子に道具入れ、ライフジャケット入れや信号弾なんかを入れておく。まあ、知り合いはみんな魔法使えるから、信号弾はいらんかもしれんけど。
小型冷蔵庫も設置して、食料を入れるボックスも入れておくか。本来のボートならエンジン部分が必要だけど、構造がシンプルなのでだいぶスペースに余裕があるしな。
「よし。イェラン、外装の取り付けは任せていいか? 俺はパラシュートを作る」
「了解。任せてよ」
俺は地下へ行き、パラシュートを作る。
「素材は……軽くて頑丈なラッシュボアの毛で編んだ布にするか。ロープも同じ素材で、ワイヤーと、ハーネスも……よし、やるか」
爺ちゃんから編み物も習ったことがあるし、何とかなりそうだ。
一応、ハーネスは二人用のも作っておくか……座るタイプのやつだ。
「なんか久しぶりに魔道具技師っぽいな……遊び道具だけど」
と、パラシュートを作っていると、イェランが来た。
「ゲントク。お客さん……ってか、子供たちが来たよ。あんたに用事だって」
「え? 子供たち?」
なんだろう。俺に用事か……とりあえず聞いてみるか。
◇◇◇◇◇◇
一階に戻ると、子供たちが飛びついてきた。
「「「おじちゃーん!!」」」
「うおお!?」
シアちゃんが背中に飛びつき、クロハちゃんが腕に飛びついて甘噛みし、リーサちゃんが足にしがみついてきた。
イェランは「人気者だねー」と笑いながらボートに外装を付けている。
俺は、子供たちを降ろし、一人ずつ頭を撫でた。
「なんだなんだ。みんな、どうした?」
「わうう」
「がるるる」
「きゅうん」
みんな俯いている。ケモミミもしおれ、尻尾も元気がない。
「あのね。ユキがうみに行くって……わたしたちも行きたいの」
「あたい、うみ見たことない」
「きゅうう、うらやましい」
「えーと……それで、なんで俺に?」
「わうう。おじちゃん、おとうさん、おかあさんにおねがいして」
「がうー、ぱぱとままに、うみに行くようにいってほしいぞ」
「おじちゃん、わたし……うみ、いきたい」
つまり……家族旅行でザナドゥに行くように説得してくれってことか。
ユキちゃんが行くのは決定事項だ。一応はザナドゥが故郷だし、ロッソたちの世話係としてスノウさんが行くなら、自動的にユキちゃんも行くし。
どうやら、子供たちに自慢して、シアちゃんたちが羨ましがってるようだ。
「おねがいしたけど、いそがしいからダメだって」
「がうう……ぱぱとあそびたいぞ」
「きゅうん」
なるほどなあ。それで、俺に両親を説得するようにお願いしに来たのか。
というか、よそ様の家の旅行事情に関わっていいのかね。
考えていると、後ろから声が。
「なるほど、ね」
「ん? おお、サンドローネ」
「……ふむ。そうね、私に任せてちょうだい。ゲントク、明日、その子たちの両親の元へ」
「え」
「じゃあまた。それと……このボートで面白いことやるようね。リヒターに何かさせるつもりなら、私も関わるからね。イェラン、そろそろ帰るわよ」
「はーい。じゃあゲントク、残りの外装は明日やるよ。じゃあな」
サンドローネたちは帰って行った。
「がうう、おじちゃん、たのんでくれるの?」
「あ、ああ。とりあえず……明日、ティガーさんたちに頼んでみるか」
「がうー!! やったあ!!」
とりあえず、サンドローネが何か考えてるみたいだし……子供たちのためになるならやってみるか。