アドライグゴッホ武商会・商会長バハムート
さて、クレープスが帰り、ロッソたちが帰って数十分後。
俺は、止まり木で大人しくしている伝書オウルを見た。
「くれる、って言われても……うちにはもう猫二匹いるんだがな」
『ほるるる』
のんきに鳴きやがって……とはいえ、このまま放りだすのもな。
頭がいいって聞いたけど、どうも俺の言葉を理解してるっぽい。伝書ってことは、手紙を運んだりできるのだろうか。
やれやれ、ペットはもういらないんだがな。
そう思っていると、事務所のドアがガンガンとノックされ、返事をする前に開いた。
入って来たのは、二人の竜人。
「え、ちょ、なんだあんたら」
「失礼する」
低音のハスキーボイスと共に入って来たのは、深紅の竜麟、赤い特注ローブ、枝分かれしたツノを持つ巨大な竜人、アドライグゴッホ武商会の商会長バハムートだった。
入口が狭いのか、中腰で入って来る……部屋の天井が低いのか、やや不満そうに言う。
「人間の建物は小さくて敵わんな」
「……そりゃどうも。それで、何か用事か?」
「ふ。そう気を悪くするな。お前と話をしたいだけだ」
バハムートはソファに座る……ソファがぎしぎしと軋んだ。
座ってもツノが天井にぶつかりそうだ。
すると、護衛の竜人が綺麗な装飾の施された箱を俺に手渡す。
「手土産だ。竜王国でも滅多に手に入らない『ドラゴンスフィア』という名酒だ。ワシの秘蔵酒の一本、お前にくれてやろう」
「あ、ありがとう……め、名酒」
箱を開けると、綺麗なガラス瓶に東洋の龍みたいなのが巻き付いたボトルに、エメラルドグリーンの輝くような液体が入っていた。さ、酒……どんな味がするのかな。
とりあえず、俺もバハムートの対面に座る……ここまでされて、客として迎えないわけにはいかない。
「それで、話って?」
「……スカウトだ」
「悪いけど、お前の商会に入るつもりはない。さっきも言ったけど、俺は自分の知識、技術を、誰かのために率先して使うようなことはしない。思い付きで、俺がしたい、やりたい、気になった人を助けたいときにだけ使う」
「ふ……そう言うだろうと思った。ショウマの武器に対する知識は浅かったが、お前はどうやら違うようだな」
「……あんたも、ショウマのこと知ってんのか?」
一年くらいしかいなかったわりに、けっこう知名度あるんだな。
バハムートは頷くと、後ろに控えていた護衛が木製の箱を開ける。
そこには葉巻が入っていた。バハムートは咥えると、護衛がマッチで火を着ける。
スパスパと煙草を吸う……この香り、俺が吸うような身体にいい煙草じゃない、俺が地球で吸っていた身体に悪い系の煙草みたいな香りがする。
「ショウマは、生意気なクソガキだ。知識は浅かったが、戦闘に関する才能は秀でていた。リオが甘やかしていたが、納得できた」
「へー、甘やかしていたか……弟子みたいなことは言ってたけど」
俺も煙草を吸う。ああ、ちゃんとバハムートの前に灰皿出したぞ。
「ウェンティはショウマの知識から商会を発展させたが、ワシはあいつから得るものはなかった。が……ゲントク。お前の知識が欲しい」
「武器に関することは、絶対に嫌だ。俺は小さい人間だからな、嫌なモンは嫌だ」
「……ほう。このワシを前に、そこまで強気でいられるとはな」
「これが俺だ。怖いし、ビビる時はビビるし、情けないことも多いけど……絶対に譲れないことはある」
「……フ。いい目をしている。ショウマと似た、芯のある目だ」
バハムートはニヤリと笑い、咥えていた葉巻が一瞬で燃え尽きた。
わかっていたけど……こいつ、メチャクチャ強いな。俺なんか一瞬で消し炭とか挽肉になっちまうぞ。
「お前のような男が第四降臨者というだけでも収穫だった。金輪際、武器に関することを質問しない、助言を求めないと誓おう」
「お、おお」
「それと……友人としてなら、話をしてもいいだろうか」
「……まあ、いいけど」
「フ……今度、ワシの商会にある工房を見せてやる。ドワーフ族を従えたワシの工房は、世界で一番の規模を持つ工房だ。見て損はないと思うぞ」
「それは普通に興味あるな……」
バハムートは立ち上がり、中腰になって事務所を出た。
俺も一緒に外へ出て見送る。
「なあ、用事って、魔導武器に関することだけなのか?」
「それ以外に何がある? ワシは、この世界で一番の武器商人だ。新たな知識を求めるのは当然だ。だが……それが無理ならば、それに時間を費やすわけにはいかん。ワシの寿命はあと二百年もないのだからな」
「……寿命」
「竜人の寿命は二千年だ。あと二百年しかないのだから、時間は大切に扱わねばな」
「そう言うんだったら、俺とメシ食ったり酒飲んだりする時間は無駄じゃないのか? というか、こういう会話も無駄かもな」
「無駄ではない。ショウマと同じ世界の人間と話すことなど、もうないだろうからな」
……その言葉を聞いて、なんとなく察した。
恐らく、ショウマはバハムートと友人関係だったのではないか。たった一年の滞在だったショウマは、バハムートの心に、大事な何かを残したのではないか。
そう思っていると、バハムートは言う。
「ショウマは、馬鹿だった。知識も足りず、ワシにとって何の利益ももたらさなかった。だが……奴と過ごした時間は、千八百年の生の中でも、特に輝いている……」
「友人、だったんだな」
「……フ」
バハムートはそれ以上言わず、去って行った。
その背中を見て、俺は思った。
本当は、魔導武器なんてどうでもよく、親友のショウマと同じ世界にいた俺と、普通に会話したかっただけなのかもしれない……と。
俺は、バハムートの背中に向かって言う。
「おーい!! 連絡くれるなら、飲みに付き合ったりはできるからよ!! 俺の行きつけにで奢ってやるよ!!」
バハムートは立ち止まり、顔だけ振り返った。
「……そのうちな」
バハムートは、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。
◇◇◇◇◇◇
さて、再び事務所に戻り……バハムートが座ったせいでメチャクチャ凹んだソファを見る。
「買い替えかな……もっと頑丈なの買うか」
『なぁご』
『ニャア』
『ほるるる』
猫二匹とフクロウが慰めるように鳴いた。やれやれ、可愛いぜ。
なんというか、今日はすげえ疲れた……と、思っていると。
「ゲントク、いる?」
「こんにちは~」
「…………」
サンドローネ、ミカエラ、アベルにリヒター、『殲滅の薔薇』の三人が入って来た……なんかもう今日は疲れたぞ。
サンドローネは俺を見て言う。
「なに、その顔」
「……お前らさ、みんな俺のこと大好きだよな」
「は?」
俺は、会場を出てからウェンティと飲み、クレープスが伝書オウルをくれたこと、そしてさっきまでバハムートがいたことを説明。
もうめんどくさいのでサンドローネたちにお茶は出さない。
バハムートが座って凹んだソファに並んで座るミカエラ、サンドローネ。
「ふふ。ゲントク様は人気者ですね」
「すっげえ嫌な人気だけどな。というか、久しぶりだなミカエラ」
「ええ、お久しぶりですね、ゲントク様」
ミカエラ。相変わらず桃色がメインカラーなんだな。
サンドローネと一緒に来るなんて思わなかった。
「お前ら、なんか用事か? 今日はもう帰りたいんだけど。マジで」
「あなたがさっさと帰るから。こうして会いに来たんでしょうが」
「……で、用事は?」
「とりあえず、ちゃんと言っておこうと思ってね」
サンドローネは、真っすぐ真剣な目で言う。
「ゲントク。あなたのおかげで、アレキサンドライト商会はここまで成長した。あなたの存在に、知識に、努力に感謝します」
「……え、なんだいきなり」
「一度、ちゃんと言っておきたかったのよ。ミカエラはたまたま一緒になっただけ」
「ふふ。サンドローネちゃんとお茶でもしようと思ってお誘いしたの。ゲントク様のところに行ったあとでなら付き合ってくれるってね」
「なるほどな。と……サンドローネ、そんなことより聞いていいか?」
「……何?」
俺は、伝書オウルを指差した。
「こいつ、エサ何食うんだ?」
「……それ、今聞くこと? 私、あなたに感謝してるんだけど」
「そういうのは、言いっこなしだ。俺だってお前に感謝してるけど、面と向かって礼なんて言わないだろ。というか、俺がこの世界で快適に暮らせるのはお前のおかげだ。感謝する……はいおしまい。で、こいつどうすればいい? なんか俺が飼うことになりそうだ」
「……はあ」
サンドローネは苦笑した。
まあそういうことだ。俺とこいつの間に、こっぱずかしい感謝の言葉なんて必要ない。
「リヒター、伝書オウルについて説明」
「はい、お嬢」
リヒターは、どこか嬉しそうに俺に伝書オウルについて説明してくれた。






