『蟹座の魔女』クレープス・キャンサー
さて、メシ食って酒飲んだあと。とりあえず動きにくいので、着替えることにした。
酒も入ってしまったので、ロッソたちが送ってくれるという。
家よりも職場が近かったので、職場に向かった……すると。
「「おじちゃーん!!」」
「ん? おお、ユキちゃんとリーサちゃんか。どうしたんだ?」
「にゃああ。おじちゃん、たすけてほしいの」
「きゅうう。かわいそうなの」
「え?」
職場の前に、ユキちゃんとリーサちゃんがいた。そして助けてと言う。
アオが、ユキちゃんを撫でながら言う。
「……何かあったの?」
「にゃうう。あのね、とりさんがけがしてるの。公園に、シアとクロハが見てるの」
怪我。そうと聞き、アオはブランシュを見る。ブランシュは無言で頷いた。
俺たちはそのまま公園へ。すると、東屋にシアちゃん、クロハちゃんがいた……そして、テーブルの上に白い物体がいる。
「がうう、おじちゃん。ブランシュねえちゃん、助けてあげて」
「わうう、とりさん……かわいそう」
『ほるるる』
鳥は、白いフクロウだった。
けっこうデカい……額に稲妻型の傷を持つ魔法使いの少年が飼ってそうなフクロウだ。
真っ白な身体だが、翼の部分が赤くなっている……血だ。
「ゲントク、あそこ……どうやら、木にぶつかったみたいね」
ヴェルデが指差した方を見ると、職場の隣に生えている木の枝が折れていた。
ロッソが枝を拾い、俺に見せる。
「枝に血が付いてるわね……ヴェルデの言う通りっぽい。ブランシュ」
「わかっていますわ」
ブランシュがフクロウに手をかざすと、淡い光に包まれた。
そして、傷が消え、血も消え、フクロウは真っ白な状態に戻る。
『ほるるる、ほるるる』
「はい、治りましたわ」
フクロウは、翼をバサバサさせた。そのまま飛び上がり、周囲を旋回して戻って来る。
東屋のテーブルに戻ると、俺をジッと見ていた。
「にゃあ。とりさん、よかったね」
「わうう、げんきいっぱい」
「きゅう、よかったー」
「がうう、あんしん」
子供たちはテーブルに乗り、フクロウを触ったり撫でたりする。意外にも逃げたりせず、気持ち良さそうに「ほるるる」と鳴いていた。
それにしても、白いフクロウなんて初めて見た。
アオがフクロウをジッと見て言う。
「おじさん。このフクロウ、『伝書オウル』だよ」
「伝書オウル?」
「うん。手紙の配達で使われる、訓練されたフクロウだよ。人懐っこいし、この距離でも逃げないし……」
「あら? おじさま。あそこに何かありますわ」
と、会社近く、バイク車庫の近くに何か落ちていた。
ロッソが拾って俺に渡す。どうやら、手紙のようだ。
「俺あての手紙だ。差出人は……って、え」
差出人はなんと、『蟹座の魔女』クレープス・キャンサーだった。
◇◇◇◇◇◇
事務所にみんなで行き、俺は着替えて手紙の開封、子供たちやロッソたちはおやつを食べ始めた……というかロッソたち、さっき俺とメシ食ったり酒飲んだりしたのに、普通におやつ……まあいいか。若い女の子だし、甘いものは別腹なのかもしれん。
アズマの大福や団子をみんなが食べているのを見て、俺も手紙を見る。
「にゃあ。とりさん、おだんご食べる?」
『ほるるる』
お、伝書オウル、ユキちゃんの差し出した団子を食べた。
すると、伝書オウルが翼をバサバサさせ、手紙を読もうとしている俺の元へ。
『ほるるる、ほるるる』
「な、なんだよ。お前の運んで来た手紙読みたいんだけど」
『なぁご』
『うにゃあ』
大福、きなこも伝書オウルが気になるのか、昼寝から起きてしまった。白玉も興味があるのか、それにクロハちゃん、リーサちゃんのお供である子狐、子狼も伝書オウルをジッと見てるし。
「……おじさん。その子、止まり木が欲しいんじゃない? テーブルだと滑るみたいだし」
「止まり木って……」
『ほるるる、ほるるる』
伝書オウルは、俺を覗き込むように見て鳴く……ああもう、わかったよ。
俺は地下にある素材を使って台座を作り、メタルオークの余った骨を加工して台座にくっつけ、それっぽい止まり木を作成。事務所に置く。
すると、伝書オウルが止まり木へ移動。満足したのか目を閉じて寝てしまった……なんなんだこいつは。
まあいい。とにかく、手紙のチェック。
「えーなになに。『拝啓、ゲントク様。あなたに用事があったのですが、あなたがさっさと帰ってしまったので手紙を書いて送ります。あなたにアツコの遺品を見てもらいたいので、本日の午後にお伺いいたします。蟹座の魔女クレープス・キャンサー』……って、わざわざ手紙出すほどのことかよ」
手紙を放ると同時に、事務所のドアがノックされた。
そして、ドアが開き……入って来たのは、喪服のエルフ美女。
「……失礼」
「あ、ああ」
真っ黒なドレス。シルバーのロングヘアをお団子にまとめ、黒い帽子を被った二十代半ばくらいの女性だ。立ってるのを見て気付いたが、ドレスのスリットがとんでもないことになってる……生足めちゃ見える。それに身体にフィットするドレスなせいか、胸がすごくデカいことに気付いた。
手には黄金キセル。そして、後ろには和服少女……護衛だろうか。
「えーと、いらっしゃい」
「……ええ。お邪魔しても?」
「ああ。座れよ」
すると、ヴェルデがロッソたちを見て頷く。
「さ、みんな。あっちのお部屋でおやつにしましょうね」
「にゃー」
「わうう」
「きゅうん」
「がるるー」
ヴェルデが子供たちを連れて宿泊部屋へ。ロッソ、アオ、ブランシュがさりげなく部屋のドア付近に移動。クレープスがソファに座り、俺はその対面へ。ロッソと護衛少女がソファの後ろに立った。
「…………」
「…………」
ロッソ、護衛少女の視線が交差……スッと互いに力量を測り合う……って、そんなこと俺がわかるわけねえし!! とにかく、俺はクレープスの前に座った。
「で、アツコさんの遺品だっけか。ああその前に、お客さんにお茶出さないとな」
「お構いなく……」
「コーヒー、紅茶、緑茶、果実水とあるけど何がいい?」
「いらないわ。それより、あなたにお願いが二つあるの」
「……アツコさんの遺品だけじゃないのか?」
俺は、ついに完成した『コーヒーメーカー』に豆を入れ、ミルを起動して豆を砕く。
そしてメッシュ状のフィルターに粉を入れ、タンクに水を入れてスイッチを押す。
水が『熱』の魔石で温められ、そのままフィルターを通ってデキャンタに注がれる。
いい、実にいい!! コーヒーメーカー……まあ、コーヒーが流通してないから、メーカーが売れるとは思っていないので、俺専用だ。
デキャンタに満たされたコーヒーをカップに注ぎ、クレープスの前へ。
「……これは?」
「コーヒー。俺の世界の飲み物だ。メチャクチャ苦いけど病みつきになるぞ」
ブランシュがウンウンと頷いた気がした。
だが、クレープスはコーヒーに手を付けず、小さなメモ帳みたいなのを俺の前へ。
「アツコが持っていた物……なんだかわかる?」
「……おいおい、これって」
「……ファルザン、ポワソンの持つ物とは違う。暗号が書かれているの」
「暗号じゃない」
俺は、クレープスが出した物を手に、内容を確認するか躊躇った。
「これは『貯金通帳』だ。俺の世界でいう、銀行に預けたお金の金額を記してあるノートみたいなモンだ」
日記とはまた違った意味で、見るのが憚られる個人情報だった。
クレープスは煙管を吸い、甘い香りを吐き出す。
「……やはり、そうなのね」
「気付いていたのか?」
「いいえ。アツコがこれを見ていたの。私が何かと聞いたら、お金に関することだと……私はそこで、『お金』という仕組みを教えてもらったの」
そういや、クレープスが『お金』をこの世界に浸透させたんだっけ。二十代半ばのエルフ美女だけど、二千歳超えてるんだよな……二千年あれば、金の仕組みを世の中に広められるか。
見るのはダメな気もするが……すみません。アツコさん。
「アツコさんは……うおおお、メチャクチャ預金あるな」
「これは、どういう仕組みなの?」
「あ~、この世界の銀行の仕組みと似たようなモンだ。でもこれは機械……この世界で言う魔道具で記入している」
この世界にある通帳も、魔道具によって印字される。紙に魔法的な仕掛けがしてあり、改ざんできないようになっているとか……まあ、その辺はよくわからんけど、管理体制は抜群だとリヒターが言っていた。
「データとか、アクセスとか、いろいろあるんだけど……すまん、俺には難しいし、説明しにくい。とにかくこれは、アツコさんの預金通帳だ」
「いくら?」
「日本円だし、言っても意味ないぞ」
「いいから。セドルで答えて」
「……四億セドル」
日本円で四億の貯金があったってすげえよな……うう、すみませんアツコさん。
クレープスは頷き、帽子を深くかぶって煙管を咥えた。
なんだろう、顔を見ちゃいけない気がした。
「……ありがとう。気になっていたことが解消されたわ」
「ああ、気にすんな。あ、お礼はいらん。金もいらん」
「そう……なら、その伝書オウルをあげる。訓練された子だから、人語を理解するわ」
「え……いや、いらんけど」
『ほるるるるる!!』
「あいででで!? なんだこいつ、つつくな!!」
いきなり俺の肩に止まった伝書オウルが、俺の頭をコンコンつつく。
ロッソが伝書オウルを捕まえ、ギューッと抱きしめて拘束した。
「……一つ目のお願い、おしまい。じゃあもう一つ」
「待った。ウェンティにも言ったけど、面倒事やお出かけはナシだ」
「……大丈夫。すぐに出かけるわけじゃないから」
おい、お出かけ確定かよ。
「……もうすぐ、十年目なの」
「……ああ、うん」
何が? いや、とりあえず言葉を待つか。
「私たち『十二星座の魔女』は、十年に一度、故郷に戻ってアツコのお墓参りをするの。ゲントク……あなたも同行して」
「え」
「すぐじゃないわ。全員が揃うわけじゃないしね……でも、あなたは一度、アツコに会うべき」
「……いやまあ、気にはなるけど」
ようは、墓参りに同行しろってことか……というか、墓参りよりも十二星座の魔女の故郷のが気になる。
「エルフの国。『精霊魔法』での移動なら、一瞬で行けるわ。日帰りでもいい」
「え、マジで」
精霊魔法……そういや、俺は全属性持ちだけど、精霊魔法は知らない。
というか、日帰りでも可……うーん、休みの日に行って帰るのはありかな。
「わかった。日帰りならいいぞ。休みの日に、俺の都合がいい日ってのが条件だ」
「……わかったわ。一応、覚えておいて」
クレープスは立ち上がった。
俺は、なんとなく護衛少女を見てしまう。
「……この子はトモエ。アズマの『御庭番』の一人……強いわよ」
「いや、聞いてないけど」
「……そう」
それだけ言って、クレープスは出て行った。
なんかペースが掴みにくいやつだな。
「……おっさん。あの護衛……メチャクチャ強いよ」
「お、おう。お前、すげえ汗だぞ」
「世界って広い。まだあんな強いやつがいたなんてね」
おーいロッソ、バトル展開にはならないぞ、戻ってこいよー。
とりあえず……日帰りで、エルフの国に行くってこと、覚えておくか。