独身おじさん、会合に出る③
さて、長々とした会合が終わった。
俺の勘が働く……会議が終わると絶対、めんどくさいイベントが始まる!!
なので、サンドローネのシメの挨拶が終わると同時に俺は立ち上がる。
「終わったなら俺は帰る。そんじゃあまた!!」
忍法、イベント回避の術!!
俺は誰かが何かを言う前にドアを開けて部屋の外へ。ロッソたちと廊下を歩いていると、ヴェルデが呆れたように言う。
「ゲントク……なんで逃げるように部屋を出たのよ」
「経験から言うと、あの場にいる連中が、めんどくさいこと言って、俺が苦労する可能性があるから。正直、ああいう権力者には近づきたくなんだよ。今回はサンドローネの顔を立てて参加したけど、俺は本来庶民だからな……あとはもう、関わらない」
まあ、『お土産持って遊び行く』なんて言ってたけど……クレープスは魔女絡みで来るかもしれないけど、他の連中は忙しいだろうし来ない……と、信じたい。
会場の外に出て、俺は大きく伸びをした。
「あ~終わった。よしお前ら、居酒屋でいっぱい引っかけて帰るか」
「やったー!! おっさんの奢りだよね!!」
「ああ。任せろ」
「うふふ、お腹が空きましたわね。お肉が食べたいですわ」
「……お魚も」
「私は甘いのが食べたいわね。デザートが充実しているところがいい!!」
さて、イベントも回避したし、しばらくはまた自由にさせてもらうかね。
◇◇◇◇◇◇
さて、さっそくいい感じの居酒屋に向かい、五人でメシと酒を楽しんでいると。
「や、ゲントク」
ウェンティズ食品商会のボス、ウェンティが来た。
「…………」
「そんな嫌そうな顔しないでよ。キミが面倒事を嫌うってのはちゃんと聞いてるからさ」
ウェンティは、俺の隣に座る。
ロッソたちに「ごめんね」とちゃんと言って座ったのでまあいいけど……というか、別に決めていたわけじゃないのに、なんでこの店にいるってわかったんだよ。
「いきなり帰っちゃうから驚いたよ。さみしいね」
「あー、うん。で、なんか用事か?」
「あ、すみません。エールください」
「お前、酒飲めるのか?」
「あっはっは。こう見えて千五百歳超えてるからさ。ま、乾杯しよっか」
エールジョッキを俺に向けるので、俺も仕方なくジョッキを向ける。
見た目小学三年生くらいなんだが……この顔でエールをグビグビ飲むのって、なんか猛烈に悪いことしているようにしか見えんな。
「っぷはあ。いや~、バハムートやクレープスには悪いことしちゃったかな。ず~っと興味のあったゲントクと、こうして最初にお酒飲んでるし」
「待った。一ついいか?」
「お、なに?」
「まず、俺はしばらくデカい仕事はしないし、厄介そうな依頼も受けない。町の魔道具技師、工務店のおっさんとして仕事するつもりだ」
「はいはい。イベントには関わらない主義だっけ? ショウマとは全然違うね」
ウェンティは「エールおかわり!!」と言って「ここ、奢るから」と追加で料理を頼む。
ロッソは言う。
「ね、ウェンティ食品商会の商会長なのよね……妖精族の」
「そだよ。『赤』のロッソくん。何かお願いしたいことでもあるの?」
「ううん。妖精族って珍しいし、初めて見たから驚いただけ」
ロッソは焼き鳥を食べる。
ブランシュ、アオも言う。
「わたくしも、初めてお会いしましたわ。そもそも、妖精族は精霊の国から出ることはないとお聞きしましたけど……」
「私もそう聞いた。国を出る妖精族は決まって、儀式とかで呼ばれるとか……」
そう言われ、ウェンティは「あっはっは」と笑う。
「ま、ボクは妖精族でも『異端』だからね。他の同胞と違うのは、やりたいことが多すぎて、狭い故郷じゃ物足りなかったってところかな」
「ほー、国を飛び出したのか」
「飛び出したというか、長老と喧嘩して、追い出されたってのが正しいね。それからはもう、二百年くらいは勉強漬けさ。妖精ってだけで珍しいから、図書館の出入りとかするだけで目立つし、何度か攫われて売られそうになったこともあったよ。でもボク、こう見えて強いからね。いろんな商会で商売を学んで独立した……で、ショウマに出会ったんだ」
ショウマ。リオが言ってた第三降臨者か……間違って異世界転移したとかなんとか。
「砂漠で商売しようと考えてたけど、当時の砂漠はまだ危険いっぱいでね……魔獣の群れに襲われたところを、ショウマに救われたんだ。で、リオとも友達になった」
「当時って……まだ、砂漠が国になる前?」
ヴェルデがグラスを揺らしながら言うと、「そだよー」と軽く言った。
「ショウマは、いろんなこと教えてくれた。特に、『コンビニ』について話を聞いてね。当時はまだ、一つの商会が取り扱いをする品目は二、三種類程度だった。でも、何百種っていう様々な商品を取り扱い、さらにファルザンさんの『フランチャイズ形式』を組み合わせれば、面白いことになるって思ってね」
「それで、異世界のコンビニ……お前の店ができたのか」
「うん。結果はまあ、大成功さ」
ウェンティは懐かしそうにエールを飲む。
「世界中に支店を出したけど……ボクの故郷、妖精の国にだけは支店を出せなくてね。はあ、父さんや母さん、姉さんは元気かなあ」
「家族に会えないのか?」
「うん。二度と妖精の国には入れないからね。ボク以外の妖精たちは、閉鎖的な故郷で満足しているから、まず出てこない」
「……そうなのか」
「おっと。同情はしなくていいよ? これもボクの選んだ道だしね」
なんか、ウェンティの身の上話みたいになっていた。
俺も焼き鳥を食べる……うん、うまい。
「まあ、いろいろ苦労してんだな。お前、小学三年生みたいなナリなのに、なんか老人を相手にしてるみたいだ。あっはっは」
「あっはっは。それ、ショウマも言ってたよ。ねえゲントク、ショウマが言ってたんだけど、『コンビニおにぎり』ってなに? おにぎりがアズマのザツマイを使った料理ってのは知ってるけど、コンビニ……コンビニっていう形態のおにぎりって何?」
「……お」
なぁぁるほどね……それが本題か。
たぶんこいつ、それを俺に質問しに来たんだな? 俺も客商売してるからなんとなくわかる。ウェンティの目が違う。
ウェンティは降参したように手を上げる。
「あ~、気付いた? そうだよ、ボクはその『コンビニおにぎり』の意味がよくわからなくて、異世界人であるキミに質問しに来たんだ。ザツマイでおにぎりを作ってみたはいいけど、それがコンビニという言葉とどう繋がるのか、サッパリなんだよ」
「ははははは、まあ……教えてやってもいいけどな」
「二十億セドル。それと、エーデルシュタイン王国で経営しているウェンティズ食品商会の支店三百軒分の権利をあげる。どうだい」
「いいね……じゃねぇし!! そんなもんいらん。むしろ、そういうもんをくれようとするなら全力で拒否する」
「あれ。ああそっか。きみ、そういうの嫌なんだっけ」
マジでいらん……分相応ってモンがある。
俺は少し考えて決めた。
「じゃあ、今日は俺の奢りでいい。今度はお前の奢りでメシ食いに行くぞ。それでいい」
「……本当にそれでいいのかい?」
「ああ。金はあるし、欲しいモンは自分でなんとかする主義だ。美味い酒、メシがあれば俺はそれでいい」
「……よし。じゃあせめて、ボクのコレクションの秘蔵酒を一本送るよ。それでいいかい?」
「ひ、秘蔵酒……よーし、奢りプラス秘蔵酒で決まりだ」
ウェンティと握手。ロッソが「ひ、秘蔵酒……」なんて言って目を輝かせていた。
「それで、コンビニおにぎりって何だい?」
「なんて言ったらいいかな……なあウェンティ。おにぎりって何だ?」
「え? そりゃ、ザツマイを握って固めたものでしょ?」
「それだけか?」
「……どういうこと?」
そういや、アズマで食べたおにぎりも少し疑問があった。
「おにぎりってのは『具』が肝心なんだよ。梅干しとか、おかかとか、シーチキンとか、シャケとか……俺がこの世界で食べたおにぎりは、塩むすびと、せいぜいが魚くらいだな」
「……具」
「ああ。いろいろ考えはあるけど、コンビニおにぎりっていろんな種類の『具』があるんだよ。ザツマイを味付けして握ったものもあれば、天ぷらを挟んだやつとか、ただの塩むすびもあれば、何十種類って具を入れた物とか。コンビニおにぎりってのは、選ぶ楽しさをもたせたおにぎりのこと、かなあ」
まあ、俺の考えだ。
もちろん、無駄に廃棄するものもあるんだろうな……もったいない。
ウェンティは、驚いたような顔で俺を見ていた。
「そうか。ショウマが言ってたのは、このことか……『具』か。そうか、いろんな種類の具を入れたおにぎりを作る。なるほど、いいアイデアかもしれない」
「それもいいけど、俺のいた世界では、作って売れないおにぎりはそのまま廃棄とかもあった。あまり無駄になるようなことはするなよ」
「もちろんわかっている。ははは、長年の謎が解けたよ!! ありがとう、ゲントク!!」
ウェンティは立ち上がると、ダッシュで店を出て行った。
「……おっさん。よかったの? 今の情報って、めちゃくちゃ価値あるんじゃない?」
「いいんじゃないのか? まあ、ただ飲みの席で喋っただけだしな」
さて、あとはもう俺ので番じゃないし、楽しく飲むとしますかね。