独身おじさん、会合に出る①
「こんな感じでどうですかね」
「おお、いいっすね。どうもありがとう」
さて、現在俺は鏡の前にいた。
鏡に映るの自分。髪を切り、綺麗にセットしてもらった。
それだけじゃない。顔をマッサージしたり、髭を剃ったり、眉を整えたり、化粧水を塗ったり……と、普段なら絶対にやらない化粧をしていた。
ちなみに、今はパンツ一枚で鏡の前にいる。
「ふーむ、自分で言うのも何だが……変わるモンだ」
無精ひげを剃り、髪型を整えるとかなりイケメン……いや、自画自賛だ。やめておこう。
すると、部屋にいた男性スタッフが言う。
「ゲントク様、こちら、お召し物でございます」
「ああ、どうも」
ちなみにここ、サンドローネが手配した美容院的なところである。
俺が会合に出ることが決まって三日後、俺はここに呼ばれた。そして化粧をしている。
今日は四大商会の会合だ。サンドローネがこの三日でどんな準備をしたのかは知らんけど、今日俺は四大商会のトップに会う……めんどくせい。
用意されたお召し物……なんか学ランみたいだな。ボタンじゃなくて紐で止めるやつだけど。
色は黒系で俺好み。金色の刺繍が入ってるけどまあ許容範囲。
着替え、靴を履いて用意完了。部屋の外に出ると。
「「「「おお~!!」」」」
「おう、どうだ?」
ロッソたち四人が待っていた。
この四人、俺の護衛ということで会合に同行してくれる。
「お、おっさん……カッコいいじゃん」
「……おじさん、素敵」
「なんだか、いつもと違いますわね」
「髪を整えて、髭を剃るだけでこうも変わるなんてね」
ふふん、三十代後半の色気を感じているようだな……ごめん、ちょっと気持ち悪い言い方だ。
すると、美容院の前に馬車が停車。
「ゲントク様。お迎えに上がりました」
「ああ、どうも」
なんとも豪華な馬車が止まり、初老の男性が俺に一礼……なんかセレブっぽいな。
「これより、会合の場に向かいます。護衛の方々と一緒に馬車にお乗りください」
馬車に乗ると走り出す。
豪華な馬車だ。車内は十人乗りで、ソファはフカフカで座り心地がいい。
連結馬車とは違い、近距離の移動なので最低限の物しかない。まあ、リムジンみたいなもんだ。
小さな冷蔵庫にグラスがあり、冷蔵庫を開けるとワインがあった。
「お、ワインある。景気づけに飲むか」
「アタシらは護衛だし遠慮しておく」
まあ、そう言うと思った。
俺はワインを飲み、外の景色を見る。
「そういや、どこで会合やるんだ?」
「おじさま、知りませんの?」
「ああ。『準備できたら迎えに来い』としか言ってないしな。今日やることもついさっき知った」
「あなたねえ……まあ、私たちは守るだけだから何も言わないけど」
お、飴玉発見。ワインには微妙だけど舐めよう。
飴玉くらいならいいかと、アオたちに渡す。
「……ありがと、おじさん」
「ああ。あ~……めんどくせい。なんかさ、遠足の前とかワクワクするけど、当日になってめんどくさくなることってあるよな」
「何を言ってるのよ……まったく」
ヴェルデが呆れる。
わくわくあるあるだ。みんな絶対に経験あると思うんだが。
しばし、ワインを飲みつつロッソたちと喋っていると、馬車が停車した。
ドアが開き、リヒターが出迎えてくれる。
「ゲントクさん、お疲れ様です」
「おお、リヒター。今日はキメてるな」
リヒターはカッコいいスーツ姿だ。いつもカッコいいけど、今日はさらにカッコいい。
「ゲントクさんもキマッてますよ」
「おう。いやー、美容院とか何年振りかな。髭まで剃ってもらっちゃったぜ」
「ははは……ゲントクさん、全く緊張していないようでよかったです」
「まあ、俺は俺でやらせてもらうさ」
馬車から降りると、ロッソたちはもう喋らない。護衛開始ってことか。
そして、目の前にある巨大な建物を見上げた。
「すっげえな……ここ、何なんだ?」
迎賓館みたいな、異国風の建築物だ。
王都にこんなのがあったなんて知らなかった。
「ここは、王族が他国の会合などで使う専用の建物です。今回、王家にお願いしてお借りしました」
「へ~、でもお願いして借りれるモンなのか?」
「そこは、お嬢の手腕です。歴代の四大商会の会合でも、ここを使ったことはありません」
「サンドローネのやつ、頑張ったんだな」
「ええ。いつも以上に気合いが入っています。さて、会合が始まるまで、控室でお休みください」
リヒターと共に、迎賓館……ではなく会場内へ。
会場内には、多くの騎士や兵士が護衛に入っていた。すげえ、フルアーマーの騎士とか初めて見た。
「こちらは、エーデルシュタイン王国騎士が護衛として入っています」
「お、王家の騎士かよ……」
なんかもう、すごいとしか言えんな。
控室に入り、会合が始まるまで待つことに。
「控室もすげえなあ……」
なんかもう、キラキラしている。
豪華そうな調度品、ふっかふかのソファ、テーブルも大理石っぽい。俺の庶民的感覚、貧相な語彙力じゃあうまく表現できん。
俺はアオに言う。
「はあ……なあ、終わったらみんなで、居酒屋にでも行こう。こういう空気、やっぱり俺には合わん」
「賛成。おじさん、お酒のために頑張ってね」
「ははは……そうするよ」
そして、待つこと三十分。
コーヒー淹れたポットでも持参すればよかったなーなんて考えつつ煙草を吸っていると、ドアがノックされ、騎士が二人入って来た。
「失礼いたします!! ゲントク様、会合が始まりますので、ご案内します!!」
「ああ、はい、どうも」
もうちょいハキハキした返事すればよかった……庶民丸出しだ。
俺は煙草を消し、騎士と一緒に歩き出す。
ロッソたちも、俺の傍で護衛するのか真面目な表情だ。要人警護って感じ。
そして、赤絨毯の廊下を通り最奥にあるドアの前へ。
観音開きのドアが騎士によって開かれる。
「『オダ魔道具開発所』より、ゲントク様が参られました」
え……なにその紹介。
会場に入ると、デカい大理石っぽい円卓に座る四人、そしてサンドローネ、リヒター、イェランがいた。え、ちょ、ちょっと待った……これって、まさか。
「ほう、奴が例の……」
まず視界に入ったのは、ドラゴンだった。
ドラゴンというか……竜の獣人といえばいいのか。
顔は異世界ファンタジーにありそうなドラゴン顔。深紅の鱗にツノが生え、顔半分が酷く傷つき、片目に眼帯をした……ああ、竜人族ってやつか。
着ている服は、ぶかぶかしたローブだ。竜っぽいというか、服を着た二足歩行のドラゴンって感じ。
というか……『奴が例の』ってなんだよ。ちょっと怖いんだが。というか、座っているけど立つと身長三メートルくらいありそう。
「へー、なかなか面白そうな匂いするなあ」
もう一人は少年……というか、小学生か?
子供みたいな顔立ちの男。背中にはトンボの羽みたいなのが生えており、テーブルに肘をついてニヤニヤしている。なんというか、小生意気そう……子供は好きだけど、なんかあいつは嫌だな。
ああ、あれが妖精族ってやつか。
「…………ふぅ」
もう一人は、真っ黒なドレスに帽子をかぶった美女。
耳が尖っている。それに、なんというか……喪服みたいに見えるドレスだな。帽子もつばが広いし、なんで取らないんだろう。
金色の煙管を咥えて煙を吐く……なんか、俺のとは違う甘い香り。いい煙草吸ってんな。
白い髪、エメラルドグリーンの瞳、後頭部をお団子にした白い髪。ああ、エルフだな。
この人が『蟹座の魔女』クレープス・キャンサーかな。
「ふふ、お久しぶりですわね」
そして、ミカエラ。
クライン魔導商会のトップ。『雷』の一件以来合ってないけど……前は長い髪をそのまま流していたけど、今日はポニーテールにしている。ドレスもふわっとしたのではなく、シンプルなものになっているし。おお、アベルもいるぞ。
「ゲントク。そちらの席へ」
「……ああ。ってか、俺が最後かよ」
思わず口に出てしまった。
いや驚くわ。なんで俺が最後の登場なんだっつーの。
サンドローネは無視……というか、今日は派手だけどいやらしく見えない、高貴そうなドレスを着ている。髪型もばっちり決まってるし、顔つきも凛々しい。
イェラン、リヒターもドレス姿。こっちの二人も緊張してなさそうだ。
俺は席に座る。
「それではこれより、会合を始めます」
サンドローネが、緊張など感じない声で言うのだった。