久しぶりのお仕事
さて、今日から仕事再開だ。
自宅で朝食を食べ、コーヒー豆と新聞をカバンに入れる。
仕事着……これを着るのも久しぶりだ。と、忘れていた。
「大福、今日から仕事だけど、お前も職場に行くか?」
『んなー』
大福、ここしばらくは自宅にいたけど、普段は職場の方が家なんだよな。
普段は一日二食。朝食は俺が職場に到着した時、夕食は俺が帰る時と決まっている。最近はずっと家でメシ食ってたし、無理して職場に行かなくても……と思っていたら。
『なぁご』
「あ、行くのか。わかったわかった。じゃあ……きなこ、お前は留守番するか?」
『ふにゃああ』
と、きなこも俺の足元へ。どうやら一緒に行くようだ。
俺はカバンに、きなこ用の座布団を入れ、エサ入れと水入れも持っていく。まあ、こいつが行きたいって言うなら連れて行くか。
「うし、じゃあ久しぶりに出勤だ」
『なあご』
『にゃあー』
俺は、猫二匹と一緒に、久しぶりに職場へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
前日に掃除をしたので朝の掃除は免除。
事務所に入り、コーヒーの用意。昨日買った茶菓子や飲み物を冷蔵庫に入れて、窓際のサイドテーブルにきなこ用の座布団をセットする。
大福、きなこは並んで香箱座り……ああ、職場に猫がいるってやっぱいいなあ。
「うし、一服したら開けるかあ」
俺はコーヒーを飲み、煙草に火を着け、新聞を開く。
異世界の新聞にも慣れたモンだ。なんとなく記事を目で追っていると、なんとも興味深い記事があった。
「お? へえ……四大商会の会合に、アレキサンドライト商会が」
年に一度開かれる四大商会の会合に、アレキサンドライト商会が加わることになったそうだ。
なるほど……つまり、サンドローネが四大商会の末席に加わるってことか? となると、四大ではなく五大商会になるのか。
出世したなあ……今度、立ち飲み居酒屋でも奢ってやろうかね。
俺は新聞を閉じて煙草を灰皿に押し付け、残ったコーヒーを一気飲み。
大きく背伸びをして首をコキコキ鳴らす。
「うっし。『オダ魔道具開発所』、久しぶりに開けますか」
というわけで、開店だ。
◇◇◇◇◇◇
一階のシャッターを開け、『魔導具修理します』の看板を置く。
なんだか久しぶりだ。砂漠にずっといたせいか、仕事のやり方忘れてるかもしれん。
まあ、お客が来ないなら別にいい。新しい魔導具の開発をできるしな。
「さて、バイクを作って、魔導アーマーも作った。となると次は……『車』だろ」
そう、車。
俺は図面を一階のデスクに広げる。そこには、軽自動車サイズの『車』があった。
まあ、車と言ってもゴーカートみたいなモンだ。魔石の力があれば簡単に作れる。
ブレーキとアクセルに、ハンドルの動きに合わせてタイヤを動くようにする。
昔、遊園地のゴーカート修理に何度も言ったし、なんとかなるだろう。
「まずはゴーカートか。バイクのデータもあるし、なんとかなるだろ……まあ、まだ自転車が普及し始めたばかりだし、原付すら俺専用の乗り物になってるから、普及させるわけにはいかんけど」
たぶん、十年以上は自転車で頑張ってもらうしかないだろうな。原付とか車はそのあと。急激な技術の進歩ってのはよくないしな。
そう思い、まずは必要な素材について考えていると。
「こんちにわー、魔道具修理お願いしたいんですけどー」
「あ、はいはーい。いらっしゃい」
お客さんだ。
手にはドライヤーがある。これ、アレキサンドライト商会の新製品だな。
女性は、魔道具のスイッチを何度も押して見せた。
「動かなくなっちゃって……魔石を交換してもらったんですけど、それでも動かないんです」
「どれどれ……」
俺はドライヤーの持ち手部分にある魔石を入れるカートリッジを取り出し魔石を確認、そして魔導回路を確認……すぐにわかった。
「これ、魔石がちゃんと機能してないですね。『温風』の文字、かなり歪んでます」
「そんな……うう、高いお金出したのに」
温風の文字、『温』の部分がかなり歪んでいる……まあ、魔道具技師も難しい文字を彫る時には緊張するし、ちゃんと彫れないと効果を発揮しないんだが。
というか……修理のあとに、ちゃんと魔道具が動くか確認するとは思うんだが。
「……ああそうか。魔導回路も歪んでるな。歪み同士が合わさって、一時的に効果を発揮していたみたいだ。言っちゃ悪いけど、これを修理した魔道具技師、腕はよくないみたいですね」
「……開店したばかりのお店で修理してもらいました」
「そうすか……とりあえず、見積りします」
魔導回路の修正と、魔石……は、修正できないな。
一応、二つ星の魔石を使ってる。技術料も含めて、適正価格は……こんなもんか。
「見積書です。これで納得できれば、お引き受けします」
「え……こ、ここ、こんなに安いんですか!?」
び、びっくりした……安くて驚いてんのかい。
適正価格のはずだ。うちはボッタくりなんてしないし。
女性客はウンウン頷き、すぐに言う。
「お預けします!! あの、どれくらい時間がかかりますか?」
「そうですね……十五分ほどで直せます」
「早っ!? お、お願いします!!」
「わかりました。じゃあ、そちらのソファでお待ちください」
俺はドライヤーを預かり、作業デスクで魔導回路の修正、デスクの引き出しから魔石……あれ、二つ星のがない。三ツ星ならあるけど……ああもう、サービスしてやるか。
魔石に『温風』と丁寧に彫り、カートリッジにセット。十五分って言ったけど十分かからず終わってしまった。
「終わりました」
「え、早い!?」
女性は、いつの間にか来ていた大福を撫でていた。
俺はドライヤーのスイッチを入れ、温風が出ることを確認。
「申し訳ない。二つ星の魔石がなくて、三ツ星を使いました。追加料金などはいらないんで、このままお納めください」
「い、いいんですか?」
「ええ。それと、もし不具合がありましたら、こちらの保証書を持ってきてください。三か月以内でしたら無償で修理しますんで」
「まあ、こんなサービスまで……本当に、ありがとうございました。ふふ、腕のいい魔道具技師さんと聞いてましたが、本当のようですね」
「ははは。まあ、普通ですよ」
女性は代金を支払い、ペコペコ頭を下げて出て行った。
俺は女性を見送り、大きく伸びをする。
「はあ~……これこれ、これが魔道具技師の仕事だよ。面倒ごとなんてない、最高の異世界スローライフだぜ」
と、久しぶりの仕事を終えて満足していると……パチパチパチと、拍手する音が聞こえてきた。
「うむ、思った以上の腕前じゃな。ふふふ」
「はい?」
ツインテールの少女だった。
十七歳くらいかな。白っぽいワンピースを着て、ニコニコしている。
耳は尖ってる……というか、どっかで見たこと……あ!!
「確か、『天秤座』の……」
「うむ。ファルザン・リブラじゃ。ファルザンと呼ぶがいいぞ」
ファルザンは、ニコニコしながら俺に近づき、手を差し伸べた。
「同じ魔道具技師として、よろしく頼むぞ」
「え、ああ……はあ、どうも」
とりあえず握手……おお、手ぇスベスベ、柔らかい。
「さて、さっそくだが、話をしたいんじゃが……時間を取ってもらえるかの」
「いきなり言われてもな。そもそも、今日は久しぶりに店を開けたんだ。アポなしで来られてそっちを優先するほど、俺とあんたは親しくないぞ」
「はっはっはっは!! その通りじゃな。ふふふ、まさかこのワシに、そんな口が聞けるとは。なかなか面白いとは聞いていたが、本当に面白い」
「どうも。とりあえず、しばらくは仕事に精を出すから、休みの日にでも来てくれ」
そう言い、追い返そうとする俺……悪いな、明らかにクソ面倒ごとっぽいし、砂漠から帰ってすぐにイベント発生とか冗談じゃないぜ!!
と、帰ってもらおうとしたが。
「まあ、仕事の片手間でいいから聞いてくれ。というか、ワシも手伝おう」
「え……」
どうやら、ファルザン・リブラはイベントを起こす気満々だった……勘弁してくれ。