砂漠帰り、いつものやり取り
砂漠から戻った翌日。
お仕事再開!! ……なわけない。さすがに疲労があるので、用事を済ませて、今日明日くらいはゆっくり休んでから仕事を再開するつもりだ。
早朝、ベッドから起きた俺は大きく伸びをして、一階のキッチンへ。
コップに水を入れて一気飲み。外に出てポストにある朝刊を取り、コーヒーを淹れる。
豆をゴリゴリ削っていると、リビングで寝ていた大福、きなこが起きた。
『なああう』
『にゃぁご』
「はいよ。朝飯だな」
きなこ。茶色い三毛猫……というか、砂漠猫という種類のネコ。
普通のネコよりも耳の毛がふわっとしている以外は普通のネコだ。
大福のエサ入れの隣に、きなこ用のエサ入れ、水入れを置く。水は二匹共同でと思ったら、きなこが嫌がったので新しい水入れを出した。
険悪ではないけど、仲良くもないなあ……ちなみに、きなこはオスである。
「さて、エサでも作るか」
エサは、焼き鮭をほぐし、ザツマイと絡めたご飯だ。
焼き鮭というか、異世界の名前がある魚なんだが……鮭っぽいし、俺はシャケと呼んでいる。正直、異世界暮らしにだいぶ慣れたけど、野菜とか果物とか肉とか魚の名前、まだ覚えていない。
大福たちに飯をやったら次は俺……なのだが、冷蔵庫は空っぽだ。
大福たちの朝飯を昨日買ったんだが、なんと俺のやつを忘れていた。
なので、俺は私服に着替え、二匹に言う。
「お前ら、俺は外で朝飯食って、そのまま用事済ませてくる。夕方には戻って来る」
『なーご』
『うにゃ』
わかった。好きにしろ。
そんな風に鳴いたような気がした……うん、ネコは可愛いな!!
◇◇◇◇◇◇
早朝、最初に向かったのはウチからほど近い『オダ屋』だ。
日中は丼飯専門の飲食店、夜は居酒屋になる。
まだ早朝だが、窓からのぞくと……いたいた、店主のトレセーナが、ヒョウ耳をピクピク動かしながら鍋をかき混ぜている。
俺と目が合うと、俺は軽く手を上げた。
ドアを開けてもらい中へ。
「おはよ。帰って来たんだ……なに、こんな朝早くから。アタシに会いたくなった?」
「そうそう、って違うわ。土産を渡しに来たんだよ。あと、カレーのレシピを渡しにな」
「……かれー?」
「おう。砂漠で見つけたスパイスで作る、俺が大好きなメシの一つだ。どうだ、興味あるか?」
「面白そうじゃん」
トレセーナはニヤリと笑う。
俺はリュックから各種スパイスの小瓶を出し、レシピを渡す。
「材料あるか? まずは俺が作りたい」
「好きなの使っていいよ」
というわけで、調理開始。
トレセーナにザツマイを炊く用意をしてもらい、俺は六種のスパイスを使ったカレーを作る。
ちょうどデカい鶏肉があったので、それを使ったスパイスカレーだ。ふふふ……もうわかるよな? そう、俺はカレーを教えるついでに、ここで朝飯を食うのだ!! しかも、スパイスカレー!!
気合いを入れて作ると……うんうん、いい香りしてきた。
チリぺッパーを少なめにしたカレーが完成。ザツマイも炊けたので皿に盛る。
「……すっごい刺激的な香り」
「それがいいんだよ。じゃあさっそく、いただきまーす」
当然だが美味い!! 辛さを控えめにし、野菜を多く入れてみたので食べ応えがある。
すぐに完食。水をゴクゴク飲み、トレセーナに言う。
「どうだ? 美味いだろ」
「これ、可能性の塊だね。スパイス……こんな調味料があったなんて」
「ちなみに、まだ先の話だけど、これを専門に取り扱う商会も発足するぞ。今は砂漠で採取したのをバリオンの商会で定期的に運んでくれる」
バリオンにお願いしたら「もちろんいいさ。料金はもらうけどね」と快諾してくれた。
「トレセーナ、このレシピをお前に預けるから、好きに改良してみてくれ」
「……ほんとに、アンタがここのオーナーで嬉しいよ。料理人として最高の環境だね」
「ははは、そりゃよかった」
「カレー……本当に美味しい。これ、大量に作ってお昼に出せたらいいかも」
「丼飯もだけど、カレーは匂いが強烈なんだ。作る時は窓を開けて、匂いで誘うのもありだぞ」
「いいね。ふふ、楽しくなってきた。ん~……ゲントク、なんかアンタにお礼したいんだけど、何か欲しいのあるかい?」
「だったら、お前の作ったカレー、ここで食えるようにしてくれ」
「もちろん。実は、店が少し狭くなってきたから、隣の空き物件を買って拡張する話もあるんだ。カレーも出せるようになれば、さらにお客が入るかもね」
そりゃ最高だ。
トレセーナはフフンと微笑み、カレーのレシピを手で弄んでいた。
◇◇◇◇◇◇
さて、朝飯も食ったし散歩でもして、その後は冒険者ギルドに行ってヘクセンとグロリアに土産でも持っていくか……と思っていたら。
「お、オッサンじゃん」
「ん? おお、サスケ。なんだ、休みか?」
なんと、サスケがいた。
今日は私服で、露店で買ったのかサンドイッチを食べ歩きしている。
サスケはサンドイッチを一気に完食し、俺の元へ。
「今日は休みで、ぶらぶらしてたんだ。オッサン、砂漠から戻って来たんだな」
「昨日な。今日は休み……あ、そうだ」
俺はカバンから、砂漠でもらった魔獣骨の置物をサスケへ渡した。
「土産だ。サンドスネークの骨で作ったミニチュアの置物だってさ」
「お、おお……骨の置物か」
骨を削って置物を作るのは、砂漠の獣人たちの暇つぶしみたいなモンらしい。驚いたのはサハラに住む獣人の七割くらいがみんな、こんな精巧な置物を作れるそうだ。
サスケに渡した骨の置物、骨で作った蛇の置物だ。魔獣の骨を使い、その魔獣の生前の姿を彫るのが習わしとか……当然、その話を聞いたサンドローネは、商売として成り立つと言った。
今頃、ユストゥスが販売路の確保とかしてるかもな。
「ありがとよ。家に飾っておく」
「ああ。他にも、骨で作ったネックレスとか、ブレスレットとか……あと骨の尺八もあるぞ」
「え、遠慮しておく。ありがとうな」
骨の尺八。リオが持っていた竹製の尺八の代わりに、骨で代用できないかとみんな作り出したんだよな。それで、意外といい音が出て、今じゃ尺八の演奏部隊みたいなのもいるようだ。
サスケは置物を手に「じゃ、またな。今度飲もうぜ」と去って行った。
◇◇◇◇◇◇
俺は冒険者ギルドへ。
早朝の喧騒が去ったころに入ると、ヘクセンが受付で新聞を読んでいた。
俺が近づくと顔を上げ、ニヤリと笑う。
「いらっしゃい、依頼の申し込みかな」
「そーだな。仕事中に堂々と新聞を読むギルド職員に、砂漠土産を渡したいんだがね。気が変わったかもしれねえなあ」
「ははは!! 冗談だよ、久しぶりだなゲントク」
「おう、ヘクセン」
拳を合わせる俺とヘクセン。
世間話だが、他のギルド職員は特に気にしていない。
俺は土産の骨の置物を渡す。
「……なんだ、これ」
「骨で作ったゴブリンキングの置物」
「お、おお……なんつうか、ありがとよ」
微妙な反応しやがって。
まあ、これも土産だけどもう一個ある。
「もう一個。砂漠の酒『ナッシー』だ。わざわざ瓶詰して、連結馬車の冷蔵庫でずっと冷やしておいた」
「お、砂漠の酒とか珍しいじゃねぇか。んだよ、そういうのあるなら出せって」
酒瓶を出すと、嬉しそうにしまう。
「あとは、グロリアとホランドに渡すか」
「あ、グロリアのヤツ、里帰りしてるぜ。なんだったか……スーパー銭湯だったか? アレキサンドライト商会の連結馬車に乗って、家族で行くんだとよ」
「そうなのか? すげえな、予約待ちって聞いてたが」
「クジに恵まれたんだとよ」
「じゃ、この土産はお前にやるよ」
「お、ありがとな。へへへ」
「少し甘いから、ツマミはしょっぱいのがいいぜ。と……今夜どうだ?」
おちょこを傾ける仕草をすると、ヘクセンは申し訳なさそうに言う。
「わりい。今日はカミさんとデートでな」
「へ、幸せそうなこって」
「ははは。土産の代わりに、今度はオレが奢ってやるよ」
ヘクセンと別れ、ホランドの魔道武器店へ向かうことにした。
◇◇◇◇◇◇
ヘクセンの店に行くと、弟子のビンカちゃんが出てくれた。
「あ、ゲントクさん!! いらっしゃいませ!!」
「やあ、ホランドはいるかい?」
「はい。師匠でしたら作業中です。呼んできますか?」
「忙しいならいいけど……」
「いえ。新しい魔導文字の開発してます。難航してますので……ゲントクさんがアドバイスをくれたら」
「こーら、ビンカ」
と、ビンカちゃんの背後からヘクセンが来て、ビンカちゃんの頭をコツンと叩く。
「いつからお前は、師匠のダチにお願いできるようになった?」
「あう、すみません」
「ようホランド。これ、砂漠土産のナッシー酒と、デザートスコーピオンの置物だ」
「おお、ありがとよ……って、なんだこの置物?」
骨のサソリの置物を見せの入口に飾り、ホランドは店の奥にある椅子へ座り煙草に火を着ける。
この匂い、安物の煙草だな……アレキサンドライト商会で作る薬効成分豊富な煙草じゃない。まあ、安物には本当の煙草みたいなもんもあるようだけど。
ビンカちゃんがお茶を出してくれたので遠慮なく飲む。
「砂漠、どうだった?」
「面白かった。まあ、俺が戦う展開もあったけどな」
「あの鎧で戦ったのか? おいおい、いい加減見せろよ」
「やだね。それより、難航してるのか?」
「まーな。『超』を使った魔導文字がどーもうまくいかん……オレの理解が足りないせいだな」
魔導文字は、ただ掘るだけじゃない。魔力を込めて文字を彫らないと真の効果は発揮しない。
俺は『超』がすごいって意味を知ってるからいいけど、異世界人であるホランドには『超』って漢字がどうすごいのか、完全に理解することができないんだろう。それが魔力の揺らぎとなり、魔石に文字を彫った時にきちんと効果を発揮しないのだ。
「まあ、気長にやるさ。それに、今日はカミさんの誕生日でな……美味いメシ屋に行く予定だ。あんまり根詰めしてくたびれた顔したら心配されちまう」
「なんだ、お前も用事あるのか。ビンカちゃんは?」
「もちろん、ビンカも一緒だ、なあ」
「はい!!」
飲みに誘うのは無理かあ……まあ、仕方ないな。
◇◇◇◇◇◇
さて、ホランドと別れて町を歩く。
飲みに行く相手はみんないない。たまには一人で……と思った時だった。
「お、いたいた。よーうゲントク、帰って来たんだねー」
「……イェラン」
「おかえり。ね、まだ昼間だけど飲みに行こう。アンタの砂漠での話、聞かせてくれよ」
「……イェラン、お前って最高だな!!」
「はあ?」
というわけで、今日はイェランと居酒屋で飲むことにした。
途中、リヒターも混ざり、いつもの面子で飲み会をする……ああ、エーデルシュタイン王国に戻って来たんだなあと、俺は思うのだった。