独身おじさんの戦い①
さて、ロッソたちもダンジョンに行ってしまい、サンドローネたちも仕事の打ち合わせでいないので、俺は一人でアーマーの整備をしていた。
まさか、俺がコロシアムでの試合第一号になるとは思わなかったぜ……持ってきて本当に良かった。いや、持ってこなければこんな戦いする必要なかったかもしれんな。
連結馬車の倉庫車で整備をしていると、シアちゃんともっさりした犬が入って来た。
「わううー」
『オフ』
「ん? おお、シアちゃんか。と……お前、どっかで見たことあるな」
茶色のチャウチャウ……だよな?
なんか既視感あると思いジッと見ていると、記憶が刺激され思い出した。
「あ、お前。サンドローネのところに、エディフィス……エディーじゃないか」
『オウウ』
「なんでここに? 連れて来なかったはずだけど」
足元をグルグル回るのでしゃがみ、撫でてやると尻尾を振る。
シアちゃんも頭を突き出してきたので一緒に撫でてやった。
すると、バリオンが入って来た。
「やあ、ゲントク。聞いたよ、コロシアムで戦うってね」
「まあな。あ……もしかして、お前がエディーを連れて来たのか?」
「ああ。この子、イェランが預かっていた子なんだけどね、サンドローネに会えなくて寂しいのか、イェランの部屋でずっと悲しそうに鳴いていたそうなんだ。それで、サンドローネに会わせるために、こうして連れてきたんだよ」
『ワオウウ』
元気がないとのことだったけど……今は元気いっぱいだ。
どうやら、サンドローネに甘えて元気を取り戻し、仕事があるからとシアちゃんに預け、一緒に遊んでる……ってところか。
シアちゃんも、砂漠にいない『犬』という存在に喜んでいるように見える。
「わうう、エディー、友達になったの」
「ははは。そりゃよかったなあ」
「わふう」
シアちゃんを撫でると、バリオンが言う。
「そういえば、シアちゃんの両親だけど、ボクの商会で経営を学ぶことになった。王都にあるアメジスト獣人商会の所有する家で生活することになったよ」
「お、そうなのか? じゃあシアちゃんは、エーデルシュタイン王国に行くことになったのか」
「ああ。ドギーさん、ベスさんは獣人でも商売をできると聞いて、すごく乗り気でね……経営を学んだあとは、香辛料、スパイス関係の商会を立ち上げるつもりらしい。もちろん、ボクの方でもしっかり補佐をするつもりさ」
「そうか。そりゃ安心だな」
「ああ。戦いだけじゃない人生を選ぶ獣人は多い。まあ、大半はサハラ王国に残り、王に使える兵士として残るみたいだけどね」
「なるほどな。じゃあ、王国みたいに騎士制度とか、貴族制度も採用したらどうだ? 砂漠って言っても広いしな……領地を分割して、それぞれを貴族に治めさせるんだ。まあ、貴族のイロハを知らないだろうし、最初からは無理だろうけど」
「……さすがゲントク。実はさっき、その案が出たんだ。種族代表の十二種族が貴族となり、リオ様が分割した領地を分けて治めさせるつもりらしいよ」
「なるほどな」
「……実は、コロシアムのある領地を誰が管理するかでもめてね。ははは……」
「……戦士たちらしい理由だな」
まだまだだけど、少しずつ王国らしくなっていく。
まあ、あとはもう獣人たちにお任せだ。もう日本知識とか、異世界モノにありがちな『なんちゃって開拓知識』なんて必要ないだろう。
この国、領地は獣人たちのものだ。俺がすることはその手助けで十分。
「シアちゃん。砂漠を出て、新しい家に行くことは聞いてるかい?」
「わうう、聞いてるよ。戦士としての戦いじゃなくて、わたしがやりたいことをやっていいって。戦い、狩り、しなくていいの?」
「それは……俺が答えていいことじゃないな」
シアちゃんの言い方、『戦士』と『戦い』の発音がすごくしっかりしていた……まだ三歳らしいけど、そう言う中で生活してきたのが出ているんだな。
俺はシアちゃんを撫でる。
「シアちゃん。これからシアちゃんが行く国には、俺の知り合いの子供たちが楽しく遊んでいるんだ。シアちゃんもその仲間になって、楽しい時間を過ごしてくれたら、おじさんも嬉しい」
「わうう……」
「もし、俺の家に遊びに来るなら、美味しいお菓子とか用意しておくからな」
「おかし……あまいの?」
「ああ、いっぱいあるぞ」
「わふう!! たのしみ!!」
ユキちゃんたちなら、シアちゃんを拒むこともないだろうな。
それに、忙しいサンドローネの代わりに、シアちゃんがエディーを連れて遊ぶ光景が見えるようだ。
バリオンを見ると、うんと頷く。
「受け入れる獣人たちの生活は保障する。この国の獣人たちが、しっかり学べるようにね」
「ああ、お前のことは信じてるよ」
「ありがとう。ああそれと、キミの戦いも楽しみにしているから」
「……おう」
そうか……戦いが始まるんだな。
でもなんだろうこの気持ち。
「わうう」
『ワフ』
不思議と、シアちゃんやエディーを見ていると、やる気が出てくるのだった。
◇◇◇◇◇◇
アーマーの整備を終えて外に出ると、リオが三人の獣人を連れてきた。
「ゲントク、いいか」
「……お、おう」
確信した。
この三人、俺と戦う獣人だわ……すっげえ威圧感。
俺の表情で察したのか、リオが三人を前に押して言う。
「この三人が、コロシアムでお前と戦う獣人だ。自己紹介を」
まず一人目、背中に翼の生えた、純血の鳥獣人。
「お初にお目にかかる。拙者、鳥獣人のバドと申す。貴殿と戦うのを楽しみにしている」
すげえ、鳥だわ。
顔はマジの鳥。背中に翼が生えている。武道着みたいのを着て、足は鳥のかぎ爪みたいなのが剥き出しになっている……腕も太いし、体毛でわかりにくいけど筋骨隆々なんだろうな。
二人目は、猫獣人の女性。
「にゃはっ、初めまして~。あたいは猫獣人のキャシーよん。ふふん、あなた、猫の匂いするけど、もしかして飼ってる? 猫好きには悪い人いないって言うよね~」
ね、猫のお姉さんだ。
斑模様のネコ尻尾、ネコミミ、しなやかな身体付き……腰には二本のナイフが差してある。今更だが、砂漠の獣人の女性って露出多いんだよな……目のやり場に困るぜ。
キャシーさんは、俺に近づいてクンクン匂いを嗅ぎ、スリスリと顔を寄せて擦り付けてくる。
すると、キャシーさんの首根っこを掴み、デカい虎の獣人が前に出た。
「すまんな。この発情猫は無視していい……オレは虎獣人のガブ、よろしく頼む」
「あ、はい。どうも」
デカい虎獣人……ティガーさんを思いだす。
ティガーさんで慣れたおかげで、この人にはそんなにビビらなかった。
ガブさんと握手すると、リオが言う。
「勝負は三日後。コロシアムの整備、掃除はそれまでには終わる……それまで、お前も自分なりにリラックスしておいてくれ」
「おう、任せておけ……と、木材あるか? ちょっとトレーニング器具作るわ」
「む、構わんぞ。ふふ……やる気になっているようだな」
「ああ。まあ、俺も少しはいいところ見せてやろうと思ってな」
さて、作るか……木人椿を!!
◇◇◇◇◇◇
連結馬車の近くで木人椿を作り、俺は上半身裸で打ち込みをしていた。
爺ちゃんから習った詠春拳、そして空手柔道テコンドー……対人戦なら、同世代の男にあまり負ける気はしないけど……それはあくまで日本での話。
この世界、三十代後半でも鍛えてるやつ多いんだよな。
「ふぅぅ……」
汗だくで打ち込みをしていると、サンドローネとユストゥスが来た。
「へえ、強そうに見えるわね」
「おう、お前か……なんだ、冷やかしか?」
「違うわよ。私の仕事は終わり、あとはユストゥスに任せることにしたから、その報告」
「いや、別に言わんでもいいけど」
俺はタオルで汗をぬぐう……これから三日間、ちゃんと技を思いださないとな。
ユストゥスは言う。
「ゲントク様の試合が終わり、冒険者様一行が戻られましたら、商会長たちは引き上げるそうなので……ゲントク様、その間ですが、気付いたことがあれば遠慮なくお願いします」
「おう。さっきバリオンとも話したけど、もう俺は必要ないと思う。まあ、何か思いついたら言うよ」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ……にしても、すごいなお前。まだ子供なのに、国の開発とか任されて」
「……あなた忘れてる? ユストゥスは私たちより年上よ」
「あ、そうだった」
さて、あと三日……久しぶりに、ガチで勝負してやるかね。