ジャングルのスパイスカレー
さて、結論から言うと……アナイアレイトジャングルは、香辛料の宝庫だった。
ドギーさんたち犬獣人の集落に向かいつつ、食べられる野草や木の実などを収穫した。
普通の果物、俺の知らない果実などもあれば、かつて日本で見たことのある香辛料が大量にあった。少なくとも、かつてじいちゃんと親父の三人で行ったアフリカ旅行で見た香辛料の元は見つけた。
まあ、他にもあるけど……とりあえず、六種類ほど収穫する。
集落に向かいながら歩く俺は上機嫌だ。
「ふんふんふ~ん、香辛料~!!」
「……おじさん、すごい上機嫌」
「わうう」
アオがシアちゃんを抱っこして歩いている。
木の近くにロングアームモンキーがいるが、もう気にならないくらい上機嫌。
ドギーさん、ベスさんも不思議そうに言う。
「……これが、そんなにいい物だとは」
「あなた。収穫できるだけしていきます?」
「そうだな。ゲントク様の役に立つなら、必要だろう」
そして歩くこと半日……ジャングルの中に、切り開かれた空間があった。
川が流れており、多くのテントが並んでいる。
出迎えたのは、みんな犬獣人だ。純血の人が半分以下で、他のはみんなハーフばかり。
みんな毛皮の服を着て、剣や槍、弓などで武装している。
「皆!! 文明をもたらす者を連れて来たぞ!!」
「うおっ」
ドギーさんがいきなりデカい声を出すので驚いた。
すると、多くの獣人たちがこっちに来る。犬獣人……こうして見ると、けっこう毛の色とか大きさとか、耳の形が違う人とかいるんだな。
「ドギー、この人がそうなのか?」「おお、文明か!!」
「人間……初めて見たわ」「毛がないな。耳も丸いぞ」
いろいろ言われ、じろじろ見られている。
足元には、シアちゃんと同い年か年上の子供たちが集まって俺を見上げていた。
ドギーさんが言う。
「ここが犬獣人の集落です。かつてはもう少し規模が大きかったのですが、半数ほどがスーリヤオアシスの方へ移住しました。住処が整い次第、犬獣人たちは皆、スーリヤオアシスに移住する予定です」
「なるほど……」
「では、本日の宿へご案内します」
ドギーさんは集落の人たちに話があるそうなので、ベスさんの案内でデカいテントへ。
テント……魔獣の皮と骨で作った粗末な物だが、これはこれで悪くない。
ふかふかの葉っぱを敷き詰め、皮を被せた簡易な寝床も悪くない。
俺はテントにカバンを置き、外に出て大きく背伸びをする。
「ゲントクさん、アオとボクのテントも隣同士なので、夜間は交代で番をします。最初はアオが護衛に付くので、ボクはこのまま仮眠しますね」
「ああ、頼む」
さて、まずは夕食……さっそく、スパイスを作ってみるか。
◇◇◇◇◇◇
キッチン……は、ない。
集落のど真ん中に焚火の跡があり、どうやら料理は各家庭ではなく、ここでみんなでやるらしい。
テーブルもあったので、俺は収穫したスパイスの元を並べた。
すると、ベスさんが来る。
「ゲントク様、何かお手伝いしましょうか?」
「ああいや、少しやりたいことあるので……もしかしたら、サハラの大産業になるかもしれませんよ」
「まあ、ふふ……では、見学してもよろしいですか?」
「わふう」
おお、シアちゃんが俺の背中に飛びついてよじ登って来た。
というか、ベスさんだけじゃない。ユストゥスにアオ、犬獣人の奥さん方、子供たちも集まって来た……その数、五十名くらいかな。
ちなみに、この集落の長はドギーさんだとか。年功序列ではなく、一番強い犬獣人が長をやるそうだ。
「よし、まずは……三種類でやってみるか」
クミン、コリアンダー、ターメリックだ。
まずは乾燥させて粉にしなくちゃいけない。
まずはウコンっぽい芋をスライスし、両手で包み込んで魔法を使う。
「イメージ……熱、熱」
「……おじさんの手から魔力」
ほんのり蒸気っぽいのも出てきた。電子レンジ、乾燥機をイメージ……すると、カラッカラになったウコンが完成。
それを、持参したフードプロセッサーに入れて粉末にする。
クミン、コリアンダーも同じように魔法乾燥させ、フードプロセッサーで粉末にした。
「よーし、これでスパイスは完成」
「わうう」
「おっと、触っちゃダメだぞ」
俺の背中にくっついているシアちゃんが手を伸ばすので止める。すると、ベスさんがシアちゃんを引き剥がして抱っこする。
周りを見ると、みんな興味深そうに粉末……そしてフードプロセッサーを見ていた。ああ、文明が珍しいのかな。
ユストゥスは微妙な顔をして言う。
「……粉、ですか? これが産業になるとは……どういうことでしょう」
「まあ見てろ。アオ、道中でお前が狩った鳥、もらっていいか?」
「……うん。血抜きも終わってる」
ここに来る道中、アオが上空を飛んでいたデカいニワトリみたいなのを魔法で撃ち落としたんだよな……しかも、綺麗に首チョンパしたので、血が噴き出しながら落下。血抜きも住んでいる。
俺はそれを解体……悪いな、こう見えてイノシシとか鹿も解体したことあるから、ニワトリの解体なんて朝飯前だぜ。
食える部分をカットする。
「鶏肉だけでもいいけど……ベスさん、村で食われてる野菜とか、何かありますか?」
「野菜、ですか……そうですね」
ベスさんはシアちゃんをアオに抱っこさせテントの中へ。
そして、真っ赤な果実をいくつか手に持って来た。
「こちら、甘酸っぱい果実です。先ほど、いくつか収穫してきましたが……それと、こちらも」
「……これは、トマトか。お、こっちは玉ねぎか? ありがたいな」
異世界トマト。名前はマトマ。
店でも普通に売ってるやつだ。まさか、ジャングルにもあるなんて……どうやって成長したんだろうか。ちょっと気になる。
一つ齧ると、店で買うマトマより甘い。というか、うまい。
玉ねぎ……名前なんだっけ。さっきドギーさんが地面から掘り出していたやつか。
「じゃあ使わせてもらおう」
玉ねぎの皮を剥き、マトマもカットする。
火の用意をしてもらい、フライパンで鶏肉と玉ねぎを炒め、スパイスを加える。
そして、マトマを加え、塩や砂糖を少々入れる……ショウガとかニンニクとか入れたかったけど、今はないので仕方ない。
そこに、水を加え、とろみが付くまで煮込む……すると、匂ってきた、この香り!!
「ううう~ん……カレーの香りだ」
「な、なんでしょう。この、食欲をそそる香り……」
「……ごくり」
「わうう、いいにおい」
そうなんだ、カレーってのは食欲をそそるんだよ。
たぶん、味的には物足りない。ちゃんとした食材を揃えて作ればもっとうまいはず。それにザツマイもないからカレーのみだしな。
いい感じにとろみが付き、俺はフライパンをテーブルへ置いた。
「完成。ジャングルの素材で作ったカレー、試作一号だ!!」
「「おおおー!!」」
「わううー」
「かれー、ですか。複雑な調理ですね……ですが、この香り、初めての経験です」
ベスさん。そして他の女性獣人たちが興味津々と言った感じで見る。
申し訳ないが、五人分もない。ここは代表でベスさん、アオ、シアちゃん、ユストゥス、そして俺で食わせてもらおう。
木の器にカレーをよそい、さっそく食べてみた。
「……ん!! いける。ザツマイあればもっと良かったなあ……残念!!」
「……お、おいしい!! なんですかこれは!? さ、砂漠の食材だけで、こんな」
「……おじさん、すごくおいしい」
「すごい……なんて味」
「わうう、おいしいー!!」
ユストゥス、アオ、ベスさん、シアちゃんからも好評だ。
食べ終わり、俺はベスさん、そして全員に言う。
「これは、砂漠の、ジャングルの恵みだけで作った料理です。何度か言いましたけど……ここは料理人にとって、宝の山みたいなところですよ。俺なんかより腕のいい料理人が作れば、今のカレーだってもっと美味いのを作れる……皆さんの傍にも、文明はあるんです。それを使うことを覚えれば、皆さんもこんなにおいしい食事を、いつでも作れるんです」
ドヨドヨと、周囲がざわめき出す。
ユストゥスは高速でメモを取る。『スパイス』とか『カレー』とか書いているのが見えた。
そして、俺に言う。
「ゲントク様。これは砂漠の新しい産業になりますね」
「ああ。サハラ王国はスパイスの名産地として有名になる。この集落の人たちでスパイスの原料を育てて、乾燥させて、粉末にして、瓶詰めして売るとかだけでも産業になるぞ。カレー……これは、俺のいたところでは嫌いな奴はまずいない、最強の食事の一つだからな」
まあ、俺が勝手に思ってるだけ……スパイスカレーってマジうまいし。
ユストゥスは「スパイスの生産……」と呟いていた。
アオは言う。
「おじさん。ここの人たちに、スパイスの作り方とか教えたら?」
「だな。今回は魔法でやったけど、普通に乾燥させて、粉にするのだったら魔道具じゃなくてもできる。石臼とかあればいいか……まあ、いずれは魔道具での生産がメインになるかもしれん」
「じゃあ、今は魔法でいっぱい作ろう」
と、アオが言うと……犬獣人の女性がデカい鉄鍋をいくつも持ち出してきた。いや、鉄鍋あるんかい。
そして、話し合いが終わったドギーさんたちも来た。
「先ほど、凄まじく食欲をそそる香りがしまして……会議は中断となりました。ゲントク様、何をおつくりになられていたんですか?」
「あー……これから作ります。よーし、こうなったら!! 奥さんたち、お手伝いお願いします!!」
「「「「「「「「「はい、お任せください!!」」」」」」」」」」
というわけで……奥さんたちにマトマや玉ねぎのカットをしてもらい、アオを中心に男たちで鶏肉の確保、俺はバレンを叩き起こし、スパイスの乾燥をさせるため魔法を使いまくるのだった。
今日はカレーパーティー、さっそく新たな産業を生み出しちまったぜ!!