アナイアレイト・ジャングル
さて、ドギーさん、ベスさんの案内で向かったのは、サハラ王国の六割を占める森林……というか、ジャングル地帯だ。
入口が砂漠だったから、砂の王国と思いがちだけど……どちらかと言えば森の国だな。
俺は、じゃれついてくるシアちゃんを抱っこし、頭を撫でながら言う。
「ドギーさん、ベスさん、ジャングルには詳しいんですか?」
「ええ。かつての居住地でしたので、そこで採れる果実や、食べられる野草など、知りたいことがあれば何でもお聞きください」
「頼もしい。ジャングルの食べ物か……」
やっぱバナナみたいなのあるのかな。
窓から外を見ると、遠くに森が見えた。
俺の隣に座っていたユストゥスが、地図を見ながら聞く。
「ドギーさん、ベスさん。獣人の国は長く種族ごとに争いがあったと聞きましたが……詳しく聞いても?」
「ええ。あまりいい話ではありませんが」
さて、小難しい話が続くので、簡潔に……まあ、読み飛ばしてもいいぞ!!
砂漠には大小さまざまな十二の種族があり、それぞれ縄張りとして管理していた。
で、縄張り争いとかもよく起きており、それも長く続いた。
疲弊した種族たちは和平交渉として、それぞれ種族から最強の戦士を出し、誰が代表になるかを戦って決めることにした。
そこで現れたのが、『獅子座の魔女』リオ・レオ。一番小さく小さな縄張りを持つネズミ獣人たちの代表として出てきた彼女が、たった一人で、十一人の代表選手を同時に倒してしまったという。
で、リオは全ての縄張りを一つにして、スーリヤオアシスを自分の物にし、砂漠王国を立ち上げた。で……全ての種族は、強き者に従うっていう絶対的なルールに従い、リオを王と認めたってわけだ。
さらに面白いことは……全ての部族が『文明』に興味を持っていたこと。で、自分たちの種族が王になったら、外の文明を積極的に取り入れようと思っていたこと。
そして、リオも同じことを考えており、今に至る……ってわけだ。
ドギーさんは言う。
「私は、犬族の代表闘士でして……正直、負けるつもりは欠片もありませんでした。が、リオ様と対峙した瞬間、勝てぬとわかりました。他の代表も同じだったでしょう」
「ああ~……リオ、威圧感すごいもんな」
これまで会った魔女とは毛色が違うというか。
すると、アオとバレンも言う。
「……あのお姉さん、とんでもなく強い。ロッソも全力じゃないと負けるかもって言ってた」
「同感。正直、ボクが負けるとしたら、『七虹冒険者』であるキミたちだけかと思っていたけど……ははは、世界は広いね」
この二人が言うってことは、相当なんだろうな。
じゃあ、俺が勝てるわけもないな!!
ベスさんも言う。
「今は、全ての砂漠の民が、あのお方を王と認めています。同時に……文明をもたらしてくれる、あなた方のことも、同じくらい信じていますよ」
「ははは……なんか照れますね」
というか、観光気分で来たんだが、かなり重要な仕事かもしれん。
インフラ関係はサンドローネにお任せだけど。
「まあ……ゼロスタートだし、デカいオアシスもある。やっぱリゾートにして、観光地にすればかなりいいと思いますよ」
「観光地、ですか?」
「わううう」
おっと、シアちゃんを撫でるのをやめたら、手に甘噛みされた。
俺はシアちゃんを撫でながらベスさんに言う。
「ええ。こんだけ広い砂漠なんだし、連結馬車を使ってツアー旅行とか面白そうですね。砂漠の各所にあるオアシスに町とか作って、スーリヤオアシスに首都を作って、区画の一つを観光地にして、超高級ホテルとか建てて」
「ピンときませんが……」
「ははは。まあ、そういうのはサンドローネにお任せですよ」
と、ユストゥスが高速でメモを取っていた……ああ、俺のアイデアをメモしてんのね。
「あとは、見どころが欲しいな。ところで、砂漠って砂しかないんですか? その……古代の遺跡とか、珍しいモンとか」
「確か……ああ、魔獣が湧き出す『遺跡』ならありますね。よくわかりませんが、どうも遺跡の地下に魔獣が住み着いているようで……我々はあまり興味がなく放置しているのですが」
「「待った」」
と、アオとバレンがストップ。
顔を見合わせて言う。
「アオ、もしかして」
「……うん。たぶん、未登録のダンジョンかも」
「なるほど。ここは危険地帯で、冒険者協会の手も入っていない」
「……ワクワクする」
「ああ。誰も踏み込んだことのないダンジョンは、宝の山だ」
冒険者の血が騒ぐのか、二人はワクワクしている。
するとドギーさんが言う。
「ああ、そういうのでしたら、他にもまだありますよ。岩石地帯の洞窟とか、砂漠にある巨大建造物とか、ジャングルの奥にある遺跡とか……魔獣がいるんですけど、外に出てくることがないので、いずれも放置されていますね」
「ははは、それは素晴らしいね!!」
「……楽しみ、できた。みんなに報告しなきゃ」
どうやら、サハラ王国はけっこうなダンジョンがあるようだ。
まあ、その辺も開拓に含めればいい。ユストゥスがメモしているしな。
と、シアちゃんが寝てしまったので、抱っこしてベスさんに渡す。
ドギーさんが、窓から外を見て言った。
「お、見えてきましたね。あそこが、アナイアレイトジャングルの入口です」
森が見えてきた。
というか……森しかない。馬車が停車し、俺たちは外へ。
外は暑い。俺は長袖長ズボンにブーツを履く……わかっているさ、こういうジャングルで肌を出すのは危険なことだってな!!
まあ、アオたちやベスさんはかなり露出してるけど……まあ、大丈夫なんだろ。
ドギーさんが言う。
「では、私たちの集落へ案内します。道中、道が狭いところがあるので、馬車では行けませんが」
「……ヒコロク。馬車、おねがいね」
『わうう』
「わうう」
お、シアちゃんがヒコロクに興味津々なのか、近づいて足に頬ずりしている。
だが、ベスさんに抱っこされて離された……子供は可愛いなあ。しかもわんこ。
「ゲントク様、道中、気になったことがあれば、何でもお聞きください」
「ええ、わかりました。じゃあさっそく、織田探検隊、出発だ!!」
誰も反応してくれなかった……なんかクッソ恥ずかしいんだが!!
◇◇◇◇◇◇
さて、ジャングルを歩き出す……が、やはり違う。
まず植物。なんというか、日本の森林と違って、どれも背が高いし、葉っぱがデカい。
さらに、見たこともない虫がくっついていたり、木の実や毒草みたいなのも多い。そして魔獣もいっぱいいる。
「お、おいバレン……あれ、魔獣か?」
木の上には、手がめちゃくちゃ長いサルがいて、こっちを見ていた。
バレンは魔獣を見て言う。
「そうですね。ロングアームモンキーっていう魔獣です。直接的な戦闘力は高くないですけど、隙を見せるとその長い腕で首を絞めたり、冒険者から盗んだ刃物で首を斬ったりしてきますよ」
「いやヤバイだろ」
こっちに向かって木々の枝を飛び跳ねたり、ニヤニヤしたりしている。
ドギーさん、ベスさんを見るが、特に気にしていない。
「ははは。ゲントク様、あのサルは特に問題ありませんよ。我々が一緒にいれば、まず襲ってきませんので」
「ええ。ふふ、私たちの縄張りであった森で襲う魔獣なんて、まずいませんからね」
この夫婦、なんかすげえカッコいい……そういや戦士なんだよな。
アオも、木々を見ながら言う。
「……けっこう魔獣いるね。でも、真正面から挑むような感じはしない。みんな巧妙に気配を消して、隠れてる」
「その通りです。真正面から挑む魔獣は、このジャングルではまずいません。正面から戦っては勝てないとわかっていますからね」
ドギーさんが当たり前のように言う……獣人、どんだけ強いんだ。
すると、ベスさんが立ち止まり、鼻をクンクンする。
「あなた、少しいい?」
「ん? ……ああ、なるほどな。すみませんゲントク様、少しよろしいでしょうか」
「え? ああはい」
ベスさんが立ち止まり、近くの藪へ。
そして、デカい葉っぱの植物をガシッと掴むと、一気に引き抜いた。
根っこが膨らんでおり、芋みたいになっている。
「なかなか大きいな。いい食材になりそうだ」
「ええ。集落で栽培しているのより、野生のが大きく育つのよね」
「わうう、おいもー」
と……そのイモを見て、俺は気付く。
「あれ? そのイモ……ちょっといいですか?」
「え? はい、どうぞ」
「…………おいおい、これって」
驚いた。これ……もしかして。
すると、ドギーさんが近くの植物を剣で斬り、そこに成っていた実を取る。
「こっちにもあった。いい味付けになる」
「わうう、こっちも」
ドギーさん、シアちゃんも植物を集めていた。
しかもそれ……嘘だろ。マジかよ。
見せてもらうと、驚きだった。
「おいおい、これって……」
「ゲントク様?」
「あの、ドギーさん……こういうのって、このジャングルにあるんですか?」
「え、ええ。こんなの、いくらでもありますよ。集落では栽培もしていますし……他にもありますが」
「な、名前、名前はありますか?」
「いえ、とくには……食べられる野草、果実、実としか」
「……おおお」
俺は震えそうになった。
マジか……なんで、こんな『宝』がここに。
するとユストゥスが首を傾げ、メモの用意をして言う。
「ゲントクさん、何か気になることでも?」
「大ありだ。ユストゥス……さっそくの大発見。ははは!! このジャングル、宝の山だぞ!!」
「アオ、こういう時のゲントクさんって」
「うん、すごいことする」
俺は、未だに首を傾げたままの全員に言う。
「こいつは、スパイスの原料!! スパイスがあれば作れる……最強の国民食である『カレー』を!!」
イモっぽいのはウコン、ターメリックになる。
実はコリアンダーっぽい。あとクミンっぽい実。
他にもあるならできるかもしれない。
「作れる。砂漠のスパイスで、カレーを!! うおおおお燃えて来たぞ!!」
というわけで、俺はカレーを作ることを決意するのだった。