砂漠行きの準備
さて、現在俺は事務所で、サンドローネが持って来た企画書を読んでいた。
企画書には「砂漠開発計画」……いやいいんだけどさ、規模がすごい。
ちなみに……現在、事務所には俺と大福だけ。大福はお気に入りのクッションで寝そべっていたが、大あくびをして起き上がる。
「うーん……」
企画書をテーブルに置く。
まあ内容は予想通り……『リゾート開発』だの『オアシス開発』だの、細かい内容が書かれている。
別に内容はいいんだが、果たしてつい最近まで戦っていた獣人たちが、こんなリゾート開発とかに協力してくれるのだろうか。
なんか……イメージではガタイのいいライオンみたいな獣人が「貴様ら、この地は我らのもの、人間が来る場所ではない!!」みたいに言ってバトル開始……なんてあり得るぞ。
これまで何度か言ったが……俺の人生にバトルは必要ない。主人公みたいな活躍なんてしたくないんだよなあ。
『なああ』
「ん? ああそうだ、大福……お前、砂漠行くか?」
『……』
大福はネコミミをぷるっと動かし、俺をジッと見た。
砂漠だし暑いよな……さすがに猫を連れて行くのは無理だ。
「まあ、スノウさんに預ければいいか。白玉もいるし、ユキちゃんが可愛がってくれるだろ。というわけで大福……俺が砂漠にいる間は、スノウさんに預けるから」
『うなぁあ』
わかった……と言わんばかりに大福は鳴き、再びクッションで丸まった。
猫はいいなあ、気楽で。
「おっと。砂漠行きの準備しなきゃだな」
とりあえず、一か月は砂漠生活だ。
着替え、大量の煙草、あと酒にコーヒー、愛用の仕事道具……砂漠は暑いけど、肌を露出するのはマズイんだよな。夜は氷点下になるし冬用コートに毛糸の帽子やパンツも必要かな。
「……いちおう、魔導アーマーの整備もしておくか」
俺は地下へ行き、地下に収納したアーマーを取り出し、整備をする。
魔石のチェック、各可動部の点検、ついでに汚れも落としておく。
「……なんか、どうも嫌な予感するんだよなあ。俺が戦うことになったりするかもしれないし……あ~、フラグ立てちまったかも」
まあ、ロッソたち、バレンたち『七虹冒険者』が勢ぞろいしてるし、安全は保障されたようなモンだけど……ううう、どうも嫌な予感ってするんだよなあ。
俺は、念入りにアーマーの整備をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
さて、数日後。
俺の職場の前に、連結馬車とドッキングしたヒコロク……と、もう一匹。
『おうおう、おうおう』
「……え、なんだこいつ」
ヒコロクと並んでいたのは、黒いモッサモサの毛をした犬だった。
でかい……ヒコロクと同じサイズってことは、こいつもオータムパディードッグなのか。
この顔立ち、毛の感じからして……あれだあれ、チベタン・マスティフだ。チベットで飼われてる牧羊犬!! というか……なんでここにいるんだ?
「よう、オヤジ」
「お、ウング。なあ、このオータムパディードッグって……」
「オレの飼い犬だ。最近、山で怪我してたのを拾ってな。手当したら忠誠を誓ったんで、飼い犬にした。名前はヤタロウだ」
「そ、そうなのか……」
「フン。アオの犬より強いぜ」
ウングが言うと、アオがウングの隣に現れギロッと睨む。
「ふん。つい最近まで野良だった犬と、私のヒコロクとじゃ勝負にならない」
「はっ……こいつは野生で生きてきた。大自然の厳しさを知ってるんだよ。温室育ちの飼い犬と一緒にすんじゃねぇよ」
「…………へえ」
「…………んだよ、やんのか?」
ちょ、ま、なんでこいつら険悪になってんだよ!!
ってかヒコロクとヤタロウ、顔擦り付け合ってめちゃくちゃ仲良くなってるし!! 仲悪いの主人たちだけかい!!
「ま、待った!! ほら見ろ、ヒコロクとヤタロウ、すっごく仲良しになってるぞ。お前らも喧嘩なんてするなよ。な?」
「「…………ふん」」
二人はそっぽ向き、それぞれのチームの元へ戻った。
はああ……なんというか、疲れそうだ。
「ゲントク、こっちに来て。全員に出発前に確認をするから」
「あ、ああ」
サンドローネに呼ばれ、俺は馬車の近くへ向かった。
◇◇◇◇◇◇
さて、ここで改めて今回の旅について説明をする。
まず、砂漠へ行くメンバーだ。
俺、サンドローネ、ユストゥス、リヒターだ。アレキサンドライト商会はイェランが商会長代理として……って、イェランで大丈夫なのか?
「あら、イェランは今でこそ魔道具技師だけど、紹介発足当時は、リヒターと共に私の秘書でもあったのよ。今でも、運営に関する情報は全て、リヒターとイェランには共有しているわ。ふふ、運営の現状維持だけなら、ユストゥスよりもイェランに任せるわ」
そ、そうだったのか……イェラン、今更だけど、とんでもない有能だわ。
と……アレキサンドライト商会側は三人だ。
そして護衛。ロッソ、アオ、ブランシュ、ヴェルデの『鮮血の赤椿』。
バレン、ウング、リーンドゥの『殲滅の薔薇』で、合計七人だ。
おっと、ヒコロクとヤタロウも入れれば七人と二匹。
そしてお世話係として、シュバン、マイルズさん。
砂漠行きは合計で十三人と二匹。かなりの大所帯である。
「今回、以前使用した連結馬車で砂漠入口まで向かい、砂漠の手前で砂浜仕様へ変更するわ。ゲントク……あなたのアイデアで改造したけど、問題なかったわ」
「そりゃ安心」
連結馬車は今回、三両増設した。
まず、シャワー室で一両、そして寝台車を二両追加した。
ロッソたち、バレンたちと一両ずつ使わせることにした。まあ……こいつらには確執あるし、喧嘩はないと信じているが、長旅になるので配慮した結果である。
最初はヒコロクだけじゃキツイかなあと思ったけど、思わぬ誤算……ヤタロウがいれば、ヒコロクの負担も減るだろう。
「砂漠までは普通なら十日ほどかかるけど……」
『わう』『おふぅ』
以前、温泉まで行った時はずっと不眠で走っていたヒコロク。
恐らく今回も早く到着するだろう。
「まあ、一週間ってところか……で、砂漠開発の予定期間は?」
「視察を含めて、一か月以内ね」
今回、俺は砂漠を見て、俺のアイデアを活かせるかどうかの確認……そして、実際にどういう物を作るか、現地の獣人たちに説明する役がある。
まあ、砂漠中を回る仕事だ……大変なんだろうな。
ちなみに今回、砂漠の正確な地図をユストゥスが取り寄せ、俺とサンドローネと三人でアイデアに関する打ち合わせ、そしてどこに何を作るかを共有している。
いきなり『これなんてどうだ?』みたいに日本知識を出し、みんなを「そ、そんなアイデアが!」なんて驚かせることはないぜ。
まあ……そこまで説明したなら、俺行かなくてよくないか? って言ったらユストゥスとサンドローネに睨まれた……はい、行きます。アイデアを出した俺が現地人に説明しますよ。
「さて、皆さん……何か質問は?」
サンドローネは言うと、リーンドゥが挙手。
「はいはーい。おねーさん、魔獣は全部ぶっ飛ばしていいの?」
「そうね……連結馬車に危険が及ばない範囲でお願いするわ」
「ふふん。それならうちにお任せっ!! 馬車もおっちゃんも、うちの拳で守ってあげるね!!」
「ははは、頼もしいな。よろしく頼む……」
って……なんかロッソたちが俺をジッと見ていた。
いや、護衛だしね、期待はするよ? リーンドゥだけじゃなく、みんなにね。
俺は咳払いして言う。
「えーと、それと、喧嘩は禁止。ルールを破ったら、依頼放棄と見なす……いいか?」
「ええ、そうね。大丈夫よ、私たちはプロだから」
と、ヴェルデがすぐに言ってくれた。
ありがたい。すぐに同意してくれたおかげで、冒険者のみんなが同意したことになる。
サンドローネが咳払いし、全員に言う。
「こほん。それでは……これより、アルジェント砂漠に向けて出発します。忘れ物はないわね?」
「先生、おやつにバナナは入りますか!!」
「は?」
微妙な空気を和らげようと勇気を出した発言だったが、サンドローネにメチャクチャ冷たい目で見られた……ああ、悪かったよ。みんな「なんだこいつ?」みたいな目で見ないでくれ!!
こうして、俺たちは『アルジェント砂漠』に向けて出発するのだった。