『鮮血の赤椿』と『殲滅の薔薇』
さて、俺は一人で手土産を持ち、ロッソたちの拠点へ向かっていた。
ロッソたちの拠点は相変わらずデカい。庭にユキちゃんがいて、白玉と一緒にボール転がしで遊んでいた。そして俺を見ると尻尾を振って向かって来る。
「にゃあ。おじちゃーん」
「やあユキちゃん。ロッソたちはいるかな?」
「いるよ。よんでくる?」
「ああ、頼むよ」
「にゃうう。しらたま、いこう」
『ミャアー』
ユキちゃんは白玉を連れて拠点の中へ。庭で寝ているヒコロクを眺めつつ待つと、ユキちゃんを抱っこしたスノウさんが家のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、ゲントクさん」
「どうも。あ、これお土産です。皆さんでどうぞ」
「まあ、ありがとうございます」
手土産のクッキーを渡すと、ユキちゃんがクンクン匂いを嗅いでネコミミを動かす。
スノウさんはユキちゃんを甘やかすように、頬でネコミミを擦る……え、なにこれ可愛いんですけど。ユキちゃんも気持ちよさそうに甘えてるし。
無意識なのか、スノウさんは普通に言う。
「では中へどうぞ。お茶を淹れますね」
「あ、ああはい……」
「にゃうう」
なんかすげえの見ちゃったな……とりあえず屋敷の応接間へ。
応接間に入ると、スノウさんから離れたユキちゃんが俺の方へ来た。
そのまま抱っこすると、甘えてくる。
「ごろろろ……」
「ははは。かわいいなあ……よしよし」
スノウさんのマネしてみるか……ほれほれ、この猫め、このこの。
頬でネコミミを擦ると、ユキちゃんは甘えてきた。
「……おっさん、何してんの?」
「え、あ」
「……おじさん」
「おじさま……」
「まあ、可愛いのはわかるけどね……」
ロッソ、アオ、ブランシュ、ヴェルデが白けた目で見ていた……し、しまった、つい夢中になってしまった。
◇◇◇◇◇◇
えー、気を取り直して。
「こほん。あー、実はみんなに依頼があってな」
ユキちゃんは、ブランシュの方に移動した。
ちなみに、ロッソたち四人の中ではブランシュが一番のお気に入り……理由は胸だと俺は思っている。だって一番デカいし、柔らかそうだしな。今もユキちゃん、ブランシュの胸に顔を埋めて気持ちよさそうに……って、だからどうでもいいっつのに。
アオが、俺がこんなことを考えているとは微塵も思っていない表情で言う。
「おじさんの依頼、受けるね」
「待ちなさいって。まだ何も言ってないでしょ?」
ヴェルデが止める。
アオはムッとするが、俺に「早く言って」と急かした。
「実は、砂漠開発の依頼を受けてな。現地視察に行くから、護衛をお願いしたいんだ」
「なーんだそんなこと。アタシはいいわよ」
「……砂漠ですか。もしかして、アルジェント砂漠ですの?」
「ああ、そうだ」
ブランシュが少し考える。まあ、その理由はわかる。
ヴェルデも、少し考えて言う。
「砂漠ね。私は行ったことないけど……アルジェント砂漠と、アルジェント大森林って、この世界でも屈指の危険地帯よね」
「ああ。最近、その地域の部族が一つにまとまって、一つの国ができたんだ。砂漠地帯の中心にあるスーリヤオアシスを拠点に、国を興すそうだ」
「国を興すとは、また大きく出たわね……数年がかりの仕事になるんじゃない?」
「かもな。でも、労働力は十分にあるし、俺の仕事は現地視察とアイデアの提供だ。その間の護衛を任せたいんだけど……」
俺が言うと、アオが頷く。
「私、賛成」
「アタシもいいよ。砂漠……強い魔獣だらけで、一度は行ってみたかったのよね」
「わたくしも構いませんわ」
「私もいいわよ。ふふ、ゲントクといると楽しいことばかりね」
さて、ロッソたちの了承は得た……問題はここからだ。
俺は軽く咳払いしてから言う。
「それと、実は……お前たち四人だけじゃなくて、バレンたち『殲滅の薔薇』にも依頼する予定なんだ」
そう言うと、ヴェルデ以外の三人がピタッと止まった。
ううう……なんか、急に雰囲気が変わった気がする。
すると、ヴェルデが咳払い。
「こほん。ゲントク、理由を聞いてもいい?」
「あ、ああ。そのー……砂漠の魔獣は凶悪で強いから、ロッソたち四人だけだと少し不安って意見が出てな。それで、知り合いのバレンたちも同行してもらえば心強いかなあと」
「なるほどね。それは、依頼主としての見解?」
「あ、ああ」
「……なら、合同依頼ってことになるわね。ロッソ、アオ、ブランシュ……個人的な感情を抜きにして、冒険者として答えてちょうだい。あなたたちは、バレンたちと一緒に、ゲントクの護衛をするのは反対? それとも賛成?」
ヴェルデ、すげえ。
理詰めの理論でロッソたちに答えを求めると、ロッソたちは黙りこむ。
俺としても、ここは言わないとな。
「お前たちの確執は知ってる。でも……俺からすると、どっちも大事で頼れる友人たちだ。お前たちが無理だって言うなら、俺はお前たちに依頼するのをあきらめる」
「「「…………」」」
「その場合、バレンたちにお願いするの?」
「ああ。まだ声をかけてないけどな。バレンたちが護衛を受けてくれるなら、別の冒険者チームに依頼するつもりだ」
「なるほどね。最初に私たちのところに来たのは、やっぱり一番信頼してるから?」
ヴェルデが嬉しそうに言う……まあ、そうだろうな。
最初に『護衛』で思い浮かんだのは、ロッソたちだし。
すると、ロッソがため息を吐いた。
「あーもう。冒険者として、って言われたらね……アタシらもプロだし、個人的な感情は置こっか」
「……うん」
「そうですわね。わかりました……おじさま、依頼をお受けしますわ」
「いいんだな。よし、じゃあバレンたちのところに行くか……日程が決まったら、改めて説明会とか開くからな」
俺は立ち上がり……ふと思った。
「……なあ、バレンたちの拠点ってどこかわかるか?」
◇◇◇◇◇◇
さて、やって来たのはバレンたち『殲滅の薔薇』の拠点。
町で買った手土産を手に、俺はその『豪邸』の前に立ち尽くす。
「いやはや、デカいな……」
ロッソたちの拠点もデカいが、バレンたちの拠点もデカい。
というか、ロッソたちの拠点と同じ区画にあるとは思わなかった。
俺は少し緊張しつつ、正門前にいた兵士さんに話しかける……というか、守衛いるんかい。
「あ、あの~……すんません。バレン、くん……いますか?」
「なんだお前は。バレンシア様のことを、くん付けだと?」
「あ、あははは……やっぱヘンですよね。うん」
自分でも思った。なんだよバレンくんって。
守衛は俺をジロジロ見て顔を近づけてくる。
「ここは、かの『殲滅の薔薇』の拠点だ。お前のようなオッサンが来るところじゃない」
「は、はい……なんか、すみませんでした」
「あれー? おっちゃんじゃん!!」
と、後ろから声。
振り返ると、リーンドゥがいた。
「なんか久しぶりじゃん。おっちゃん、どったの?」
「ああ、久しぶりだなリーンドゥ。その、お前たちに依頼があってな」
「依頼? いいよいいよ、お茶飲みながら話そっ!!」
そして、俺は守衛さんを見た。
「…………その」
「あー、まあ、そういうことで」
こうして、俺は『殲滅の薔薇』の拠点に入るのだった。
◇◇◇◇◇◇
さて、拠点内にはバレン、ウングがいた。
バレンは書類仕事をしており、ウングはナイフを研いでいる。
そして買い物からリーンドゥが戻り、『殲滅の薔薇』が揃った。
俺が来るなり、二人は作業を止める。
「ゲントクさん? これはこれは、お久しぶりです」
「……オヤジ、何か用事か?」
この二人も変わらないな。
ウング、ぶっきらぼうな返事だけど、ちゃんとソファに移動して話を聞くスタイルだし。
リーンドゥも座り、メイドさんがお茶を運んできて、話をする。
俺は、ロッソたちの拠点でした話をもう一度する。
「なるほど、ロッソたちとの合同依頼ですか。ボクはいいですよ」
「オレもだ。まあ、プロだしな、喧嘩はしねえよ」
「うちも~、まあ喧嘩したらおっちゃんが止めてね~」
うーん、ロッソたちほど敵愾心がないな。
まあ、OKならいいか。
「じゃあ、近く説明会を開くから、出席してくれ」
「はい。わかりました」
「……おう」
「はーい。ねえおっちゃん、もう帰るだけ? だったらみんなでゴハン行かない?」
「ああ、いいぞ。よし、俺が奢ってやろう」
というわけで……『殲滅の薔薇』と『鮮血の赤椿』を護衛にすることに決まったのだった。