学校づくり
「うーん……こんなに難しいと思わんかった」
俺の魔道具作りは難航していた。
何を作っているか? そう、学校に必要なアレ……チャイムである。
あの「キーンコーンカーンコーン」を鳴らす魔道具を作っているのだが、これがまたまた難しい……というか、そんなこだわり捨てればいいのだが、なんかやりたくなるんだよな。
「俺の時代も電子音だったし、この世界じゃ再現できねえ……鐘を鳴らせばいいだけなんだが、あの『キーンコーンカーンコーン』をどうしても再現できねえ……くそ」
異世界に来て初めての挫折が「キーンコーンカーンコーン」とは思わんかった。まあ挫折ってほどでもない……なんとなくこだわっただけ。
俺はチャイムを諦め、次の魔道具へ取り掛かる。
「まず、学校ってのは?」
一番は授業。授業内容についてはノータッチ……さすがにそこまで面倒みない。
そして俺が学校で好きだったのは、学食に購買だ。
購買といえばパン。焼きそばパン、メンチカツパン、ハムカツサンド……休み時間のたびに買い、食っていたのが懐かしい。
「購買を入れる。で、パンを充実させる……俺のアイデアパン、トレセーナに試作してもらおう。勾配でパンだけじゃなく、軽食とか、授業に必要なモンとかも買えるようにできればいいな」
そして学食!!
俺のいた大学では、学食がけっこう有名だった。個人で貿易業やってるくたびれたおっさんが食レポの撮影するくらいには有名だった。
「丼系、アズマの麺類、あとは食堂で食えるモンとか提案してみるか……ここで必要になるのは」
食券機。
ボタンを押すことで食券を輩出する機械。これを魔道具で作る。
「この世界、羊皮紙もだけど普通に紙もあるんだよな……ざらざらしてるけど、普通に書くならいける。こいつをロール状にして……文字の印刷をして、手で包めるくらいの大きさにカット……印刷はさすがに厳しい……待てよ? 焼き印みたいにすればどうだ?」
試行錯誤し、何度か実験。
この世界の紙に、魔法で鉄板に文字を書いて熱し、焼き印みたいに押してみるといけた。
「ボタンと『熱』の魔石を連動させて、ボタンを押すと文字が彫られた鉄板が熱されて、紙に焼き印として排出される仕組み……ああ、お金はどうすっかな。食券機に入れるんじゃなく、月額製で徴収とかすればいいか? その辺は双子姉妹に任せるか……」
メニューの相談とかもあるし、食券機はそれ決まったらでいいか。
「まさか、食券機なんて作ることになるとは……」
もう魔道具の域を超えてる気がする。
とりあえず、仕様書だけ作っていると、ドアがノックされた。
「入るわよ」
「なんだ、お前か」
サンドローネ、リヒターだった。
俺は仕様書を書いてるのを見て眉をピクリとさせる。
「また新しいアイデア?」
「ああ。双子座の魔女の依頼でな……学園づくりのお手伝いだ」
俺はソファに移動し、サンドローネと向かい合う。
サンドローネ、足を組むとスカートの中が見えそうになる。まあ、何度かこいつの裸見てるし今更……って感じだけど、パンツはパンツでいいもんだ。
「学園、ね……」
「そういやお前、退学になったんだっけ」
「ええ。そのことはもう思い出したくないから忘れて」
「す、すまん」
こいつもヴェルデと同じで、学園でいろいろあったんだっけ。
サンドローネは煙管をふかし、煙を吐く。
「ねえ、最近アイデア出してないけど、何か作る予定ある?」
「んー、特にはないな。そういや、洗濯機どうなったんだ?」
「難航中。魔石の時間差起動、よくわからないのよ。イェランも頭抱えているわ」
「ああ、それなら魔導武器職人に相談してみろ。複数の魔石を組み合わせた技術は、魔道具職人より魔導武器職人のが得意らしい」
「へえ……そうなの。リヒター、手配」
「わかりました」
これで少しは進むだろう。
俺も煙草を吸い、サンドローネに聞いてみた。
「お前んとこ、最近はどうだ?」
「……特に変わらないわ。マッチから始まり、今では自転車が一番の売り上げね。あなたの開発した数々の魔道具もよく売れているわ」
「そうか……」
「あなた、最近は大人しいわね。もっと突拍子なものを作ると思ったんだけど……」
「別に、年がら年中、新作の魔道具作るわけじゃないさ。それに俺、どちらかと言えば新商品を作るより、壊れた物を修理したりする方が好きなんだよ」
「へえ……」
俺は二本目に火を着ける。
「魔道具のアイデアはまだまだあるけど、どれもまだ早い」
「早い?」
「ああ……」
バイクとか、車とか。
自転車が出たばっかりなのに原付バイクとか作ったら、自転車が売れなくなる。
技術の進歩ってのは大事だが、あまりに進みすぎた進歩に人々が追い付けないのはダメだ。
俺は異世界人だ。この世界の成長に歩幅を合わせる必要がある。
「まあ、俺から積極的に新作を開発する気、今はあまりない。困ったことや、してほしい依頼あったら持ってこいよ。話を聞いたり、アイデア出しくらいはするからな」
「……なら、一ついい?」
「ん?」
サンドローネはリヒターの差し出した灰皿に灰を落とし、煙管を渡す。
「実は、ファルザン様経由で、一つ依頼を受けるかもしれないの」
「ほう、いい話なのか?」
「…………わからない。ハイリスクハイリターンなのは間違いないわ」
なんだかもったいぶるな。というか……微妙に嫌な予感する。
「エーデルシュタイン王国から南にある砂漠地帯。アルジェント砂漠……そこの開発の依頼をされたの」
「さ……砂漠?」
「ええ。アルジェント砂漠中央、スーリヤオアシスにある獣人の集落。最近、そこの『王』になった女性が、砂漠に散らばる獣人の部族をまとめ、スーリヤオアシスを中心に国を興したそうなの。そして、初代女王となった彼女は、周辺地域開発のため、知恵のある人間を呼ぼうとしている」
「…………えっと」
な、なんだろう……まさか、サンドローネに白羽の矢が立ったのか?
サンドローネは頷いた。
「獣人たちの頂点に立ち、部族を一つにまとめ、国を作った初代女王。十二星座の魔女の一人、『獅子座の魔女』リオ・レオ様。リオ様はファルザン様に周辺地域開発の依頼をして、ファルザン様が私にその依頼を委託してきた……ゲントク」
「待った!! ストップ!! そこまで!!」
サンドローネがここに来た理由、わかってしまった。
「お前まさか……その砂漠開発に、俺を噛ませようって考えてるんじゃ」
「あら、察しがいいわね」
「察しがいいわね。じゃねぇし!!」
「あなた、しばらくは新作の開発とかしないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「なら、いいじゃない。砂漠はまだ誰も開発をしていない未開の地域。それに、砂漠には手つかずの資源が豊富にある……一番乗りできれば間違いなく利益になるわ」
「だ、大丈夫なのかよ……」
「わからない。だからハイリスクハイリターンなのよ」
「…………」
「四大商会も手を付けていない砂漠地帯。それに、砂漠に散らばっていた獣人部族が一つになり、国を作ったことはまだほとんど知られていない。これは、アレキサンドライト商会が四大商会へのし上がるチャンスでもある」
「…………」
「ゲントク。お願い……私に力を貸してくれない? もちろん、見返りは用意する」
サンドローネは前屈みになり、胸の谷間を見せつける……ついつい視線を持っていかれるが、今回は強い意思で目を逸らした。
「あ、あのな……さすがに、砂漠とか俺に何を求めてんだよ。オアシスって、リゾートでも作るのか? 遺跡観光ツアーとか、高級別荘地帯でもないのに……」
「それ。そういう知識が欲しいの。ねえ……一度、砂漠に行かない?」
「……えー」
「お礼はするから」
と、また胸の谷間……こいつ、それしかできないのかよ。
「……ねえ、どう?」
「…………」
するとサンドローネ、胸の服を少しずらし、さらに深く見せつけてきた。
おおう……し、下着が見えそう。こいつ黒か……さ、先っぽも見えそう。
「……どう?」
「…………し、仕方ねぇな」
「そう。ありがとう」
「あ!?」
サンドローネはススッと離れ、いつの間にかリヒターが用意した紅茶を飲む。
「とりあえず、すぐ出発ではないから。いろいろ決まり次第、報告するわ」
「……この野郎。見せるなら最後まで見せろ!!」
「うるさいわね。じゃあ、用事は済んだから」
そう言って、サンドローネはさっさと帰ってしまった。
俺はがっくりとうなだれる。
「……男ってのは、女の胸にマジで弱いんだな」
男だから……うん、巨乳には勝てませんでした。はい。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
サンドローネたちの帰り道にて、リヒターは言う。
「……お嬢、顔が真っ赤ですけど」
「…………うるさい」
サンドローネは耳まで真っ赤になり、早歩きで帰るのだった。