『双子座の魔女』ヘミロス・ジェミニとゲミニー・ジェミニ
さて、穏やかな日常ってのは突然変わっちまうこともある。
ある日、持ち込みの依頼もなく、出張修理の依頼もない、自転車の修理で飛び込んでくるやつもいなければ、ロッソたちや子供たちも遊びに来ない……つまり、暇な日だった。
俺は欠伸をしながら、アズマの店で買った竹製……ああ、こっちじゃバンビーの木で作った弁当箱を取り出し、自分で作った弁当を食べ始める。
「うん、うまい……卵焼き、サラダ、から揚げ、焼き魚にザツマイ……ごきげんな弁当だ」
この弁当箱、アズマの商品を取扱う店で見かけて衝動買いした。
わっぱメシみたいな円形の弁当箱で三段重ね。昼はいっぱい食べたい派の俺にはありがたい。
トレセーナのところで食うのもいいけど、たまには自分で好きなの詰めて食べたいもんだ。
「うーん……あ、そうだ。保温弁当箱とかあったらいいかも。保温水筒とか。保温水筒あれば味噌汁とか……でも、味噌汁を水筒に入れるんだったら、普通に味噌を職場に置けばいいかな。でも、アイデアとしてはありか」
保温弁当箱、保温水筒……と、メモをする。
こういう日常の中でも使える魔道具はあるもんだ。
なんとなく大福を見ると、目を閉じてお気に入りの窓際で日光浴しながら寝ている。なんか真ん丸になったなあ……可愛いけど。
「それにしても、自炊弁当って悪くないな。トレセーナのところではテイクアウトの丼飯始めたみたいだけど、弁当販売とかどうだろう」
サンドイッチとかは普通に弁当として販売してるけどな。
「ゴミは道端に捨ててもいいように自然に返るモンがいいな。それこそバンビー製か……コスト的にはどうかな。まあその辺はサンドローネが考えるか? アイデア出すくらいはしてみるか」
それともう一つ。
ザナドゥから魚が流通するのが始まり、どうしても食べたいのがあった。
「寿司……!! 寿司食いてえ」
刺身とかはある。海鮮丼も王都じゃ見たことないけどザナドゥには存在する。
だったら、寿司もあるんじゃね? って思った。
寿司……俺、寿司が好きなんだよ。寿司が食いたい。
「……問題は酢かあ」
酢飯。こいつをどうやって作るか。
酢っぽい酒はある。でも、それは酒であって酢じゃない。
「酢、って原料なんだけ……米だっけ? ザツマイで作れんのかな……ああもう、都合よくマヨネーズの作り方とか、醤油とか味噌とかの作り方知ってるわけじゃねぇぞ」
寿司には酢飯……これは絶対だ。
ザツマイだけじゃダメ。これは譲れない。
「まあ、作り方わかんねぇのに考えても無駄かあ……」
とりあえず、さっさと弁当食べて食後のコーヒーでも飲もうかね。
◇◇◇◇◇◇
食後の一服を楽しんでいる時だった。
外から事務所に繋がる階段を上る足音がした。トントントンと規則正しい足取りだ。
依頼人かなと思って立ち上がると、ドアが丁寧にノックされる。
「はーい、今開けます」
ドアを開けるとそこにいたのは二人の少女、いや……美女か?
二十歳くらいの、全く同じ顔をした白髪、エメラルドグリーンの瞳をした女性だ。
同じ顔だが、髪型が微妙に違う……いや、二人ともサイドテールなんだが、それぞれ左右別にサイドテールにしている。
ってかこの二人、エルフだ。ってことは。
「初めまして」
「あなたがゲントク?」
「わたしはヘミロス・ジェミニ」
「わたしはゲミニー・ジェミニ」
「「二人で一人、『双子座の魔女』」」
「…………ああどうも」
声も同じだった。
着てる服も同じ……あれ、色が微妙に違う。
それともう一つ……うん、たぶん間違えない違いを発見した。
「えっと、どっちが、どっち……?」
「わたしがヘミロス・ジェミニ」
「はい、右サイドテールのあんたがヘミロス・ジェミニ」
「わたしがゲミニー・ジェミニ」
「で、左サイドテールのあんたがゲミニー・ジェミニな」
巨乳がヘミロスで、貧乳がゲミニーな……とは口が裂けても言えない俺だった。
◇◇◇◇◇◇
さて、いきなりやってきた二人をソファに案内し、俺も対面に座る。
あと一人いれば麻雀できるな……なんて考えていると。
「ゲントク様」
「さっそくですが、お願いがございます」
「私たち『双子座の魔女』は『教育』を普及させました」
「実は、エーデルシュタイン王国に新たな教育機関の設置を検討しておりまして」
「いつもと同じよう学園の建設、教員の募集など行う予定でした」
「しかし、あなたの話をリチアから聞きました」
「そこで、アツコと同じところから来たあなたなら」
「あなたの故郷と同じ学園方式を御存じではないでしょうか?」
「「ぜひ、お力を」」
なんだこいつら。テレパシーでもやってんのか……ってくらい、一つのセリフを交互に喋る。
ぶっちゃけ少し気味悪い。というか……魔道具じゃなくて、学園生活についてかよ。
「ん~……学校かあ」
いちおう、小中高大学と出てる。
大学はぶっちゃけ遊びで入ったようなもんだ。爺ちゃんや親父の仕事手伝いしたりする方が楽しかったし、大学の友人より近所の爺様ばあ様のが知り合い多かった。
でもまあ、システム的なことはそう変わらんと思う……というか、この世界の学校事情、よく知らん……ってか全然知らん。
「まあ、アドバイスくらいならいいぞ。それと、俺は魔道具職人だし、あんま期待するなよ」
「おお」
「ありがとうございます」
「それと一つ。交互に喋るのやめてくれ」
えーと、どっちがヘミロスだっけ。巨乳だっけ。
「そういや、お前らもアツコさんの遺品、持ってんのか?」
「ええ、もちろん」
「私たちのは、これです」
貧乳……じゃなくてゲミニーが、首に下げていたペンダントを取る。
ペンダントはロケットになっており、蓋を開けるとコインが一枚入っていた。
差し出してきたのでハンカチで包んで受け取ってみる。
「へえ、珍しいな……エラーコインってやつか」
両面が同じ柄のコインだ。日本円じゃなくて、外国のお金だろうか。
今じゃ通販とかで買える時代だが、アツコさんの時代ではそう簡単に手に入らないだろう。
海外に行った旦那の土産とか、そういうやつなのかな。
「これはお金でしょうか」
「アツコが大事にしていたのはわかります」
「裏表同じ。まるで双子……私たちのよう」
「他の『魔女』たちも、私たちがこれを受け取るべきだと言いました」
「毎日、交代で身に着けています」
「なるほどな……」
「ゲントク様。これはどのように使うのですか?」
「ん~……昔の時代は鑑賞用ってのが基本なのかな。でも今はちょっと違う遊びもできる」
「「?」」
二人が首を同時に傾げた……ちょっとかわいいと思ってしまった。
せっかくなのでやってみるか。
「そうだな。ちょっと待ってろ……そこの植木鉢の土を手に取って……」
俺は植木鉢の土を手に取り、コインをじっくり見てイメージ。
すると、土が金属に変換され、俺の手には同じコインができていた。
「「おお、錬金術」」
「と、こんなところか。見てろよ……」
俺は作ったコインを指ではじいて回転させ、手の甲で受けとめ隠す。
「さ、裏表どっちだ?」
「表では?」
「ええ。表が同じ柄なので、表では?」
「そうだろうな。でも答えは」
裏。俺の作ったコインは、表しか柄がなく、裏は無地だ。
「なんと、表だけ」
「表と裏のあるコイン」
「それが普通なんだよ。こういう賭けをするときにコイントスで決めることが俺の世界ではあった。で、どうしても表を出したいときには、このエラーコインを使う。そうすれば表しか出ないからな」
ほい、実戦終わり。
俺はコインをゲミニーに返す。
「アツコさんは、鑑賞だけしてたんじゃないかな。俺の予想だけど……これ、旦那さんの贈り物とかじゃないか?」
「「…………」」
「まあ、今となってはわからない。大事にしてやりな」
「「はい」」
二人は同時に頷いた。
と……ヘミロスが言う。
「あの、ゲントク様」
「ん、どうした」
「その作った表裏のコイン、いただけないでしょうか」
「ああ、別にいいぞ」
俺はヘミロスにコインを渡すと、二人はキャッキャしながら喜んだ……なんだろう、可愛いじゃねぇか。
「ではゲントク様。明日、詳細を説明しに来ますので」
「本日はこれで」
「おう、また来い」
と、二人が立ち上がった時だった。
ドアがノックされて開くと、現れたのは。
「ゲントク。ちょっといいかしら……あら?」
「おや」
「あなたは」
現れたのは、六歳の幼女……ではなく、『魚座の魔女』ポワソン・ピスケス。
俺、双子を見てクスっと微笑んだ。
「ヘミロスにゲミニー、あなたもゲントクに相談を?」
「はい」
「このお方は、実に頼りになるお優しいお方です」
「そう。彼なら何を任せても安心ね」
「おいおい、あんま買いかぶるなよ」
二人は帰るはずだったのだが……このまま、四人でお茶会となるのだった。