16.新たな家
「町が見えてきたぞ」
遠くにうっすらと見える木造家屋。
ビルのような大きな建物はないが、沢山の家がある。山のそばだけど、思ったより都会かもしれない。
ほっと息をついたその時、額にポツリと雨だれが落ちた。
「あ、雨」
ポツポツと黒い点が地面を染め始める。
「ヤバいぞ、急げ!」
町についた頃には雨はザーザー振りになっていた。急いで近くの建物の屋根の下で雨やどりをする。
ブルブルと震えて毛皮の雨粒を払うサブローさん。柴ドリルだ。
「わっ、冷たいぞ、サブローさん!」
トゥリンが悲鳴を上げる。
「それにしても、日が落ちる前に町に着いてよかったな」
「どこかで宿を取るか」
「ああ」
エルフの村を出てから二日。その間はずっと野宿だったから、そろそろ柔らかいベッドで寝たいところだ。
「ちょうどあそこに宿があるな。行ってみよう」
二人と一匹でずぶ濡れになりながら宿に向かう。
「わっ、なんですかその獣は!」
「うちは獣は持ち込み禁止です!」
だけどやはりと言うべきか、サブローさんが泊まれる宿を探すのは難しい。
付近にあった四、五軒の宿屋は全て断られてしまった。
「どうしよう」
「野宿する?」
「でも雨だし」
そんなことを話していると、ふと一軒の民家が目に飛び込んでくる。
「あの家......馬舎があるな」
木でできた屋根と柵があり、干し草が敷き詰められたその馬舎には馬は一匹もいない。それどころか人すら住んでいないように見える。
「人の気配がない。空き家みたいだな」
「隣の家の住民に聞いてみるか」
隣の家の門を叩く。出てきたのは土佐犬のように筋肉質で勇猛な顔つきのおじさんだった。
おじさんに話を聞くと、そこは一年ほど前から空き家らしい。
「借りたいんなら借りてもいいよ。うちがそこの大家......というか、隣の家は元々うちの離れだったんだ」
聞けば、前の住人には一ヶ月銀貨5枚でこの家を貸してたのだという。
俺はトゥリンの顔を見た。
「一ヶ月も居ないよな?」
「そうだな。居ても一週間くらいかな」
「なら銀貨1枚で一週間貸してやるがそれでもいいか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
こうして俺たちは銀貨1枚で馬舎つきの家を借りることとなった。
「すごいぞ、一軒家だ。ちゃんとトイレや台所もあるし」
「ああ。こんないい所が銀貨1枚だなんて」
古い木造の家には、居間、台所、ふろ場、トイレ、寝室。空き部屋が二つもある。
俺は大家のおじさんから貰った使っていない布団を寝室に敷いた。
「ベッドは一つだけど、まあ広いからなんとかなるか」
俺が言うと、トゥリンは顔を赤くした。
「つ......ついに同衾ということか」
「同衾」の意味は分からなかったが、文脈から察するに一緒に寝るということなのだろう。
「そんな大げさな。昨日も野宿で雑魚寝だっただろ」
「そうだけどぉ」
口を尖らせるトゥリンをよそに、おれは寝室横の引き戸を開けた。
「お、ここから裏口の馬舎に出れるのか」
「サブローさんのベッドはここな!」
トゥリンが嬉しそうにサブローさんを馬舎に追い払う。
サブローさんは「く~ん」と哀れっぽい声を出した。
「とりあえず、濡れた服を乾かすか」
俺が濡れたジャージを脱いでかけていると、トゥリンがソワソワした様子で聞いてくる。
「シバタ、先にご飯食べるか? それともお風呂? それとも」
「ああ。腹減ったし、飯にするか」
「わ、分かった! 飯だな!」
トゥリンはギクシャクとした動作で荷物の中から、ナンみたいなパンとドラゴンの肉を取り出す。
「ドラゴンの肉もこれで最後だな」
「でも町についたから食料はいくらでも調達できるぞ」
「ああ」
俺がちぎったナンをサブローさんに与えていると、トゥリンは目を潤ませて言った。
「風呂場に水は溜めておいたから、食べ終わったらシバタは先に湯あみをしてきてもいいぞ」
「ああ」
何だろう、トゥリンのやつ、さっきから様子がおかしいな。
食事が終わり、風呂場につくと、風呂桶の中に水が溜まっていた。近くの井戸から水を組み上げたのだろう。触ってみると生ぬるいお湯だ。
トゥリンが魔法で沸かしたのか、元々温泉なのかは分からない。
石鹸は無いが、とりあえずお湯で体を流すと、酷くサッパリした感じがした。
大家さんから貰った古いタオルで体を拭く。
「次どうぞ」
「は、はいっ!」
白いドロワーズ姿のトゥリンが緊張した様子で風呂場に向かう。
俺はベッドに横たわった。
――と、同時に、一日歩き続けた疲れからか、一瞬のうちに眠りに落ちてしまった。
◇◆◇
「――ハッ、寒い!」
そして朝目が覚めると、俺はベッドの下で寝ていた。
ベッドの真ん中にはなぜかサブローさんが寝ていて、ベッドの隅の方にトゥリンが寝ている。
どうやら俺は寝相の悪いサブローさんにベッドから蹴り落とされたらしい。
ほとんど布団のかかっていないトゥリンに布団をかけてやる。
するとサブローさんが目を覚まして俺の顔を舐めようとする。
「うわっぷ!」
俺の顔をひとしきり舐めたサブローさんは、今度は寝ているトゥリンの顔をペロペロと舐め始めた。
「う~んシバタ、こんな所まで舐めるのか! 破廉恥な......」
訳の分からん寝言を言うトゥリン。
俺はバスタオルを被ると、再び床の上で眠りについた。




