15.人間の里へ
「見ろ、シバタ! 人間の町だ!!」
タンポポの咲き乱れる山道をしばらく下ると、緑の麦畑の中にポツポツと民家が見えてくる。
なんとものどかな光景だ。
「町というか......村だな」
キラキラと春の日差しを反射する透き通った用水路。
板を置いただけの橋を渡ると、ついに俺たちは森を抜け平地に出た。
モンシロチョウがヒラヒラとあぜ道を飛んでいく、ポカポカとした陽気の中、サブローさんを連れて歩く。
「うーん、お散歩日和だ」
「そうだな」
「ワン」
上機嫌でお尻をプリプリ振って歩くサブローさん。
「ああ、サブローさんの肛門は相変わらず目に入れても痛くないほど可愛いなぁ。んん......ギャワイイィ」
「肛門を......目に??」
トゥリンが眉をひそめる。
「いや、何でもない」
いけないいけない。折角仲間ができたんだから、変なやつだと思われないようにしないと。
俺は視線をサブローさんの肛門からくるりん尻尾に移した。
ゆったりと大きく尻尾を振って歩くサブローさん。
「よしよし、機嫌も良さそうで何よりだ」
尻尾は犬の感情のバロメーターだ。
犬が嬉しい時に尻尾を振ることは知られているが、それ以外にも様々な感情を俺たちに伝えてくれる。
怒り、不安、怯え、喜び――
だが目の前のサブローさんはゆったりと落ち着いて、足取りも軽やかに見える。
しばらく山道を歩いて疲れているかと思ったが、足取りも軽やかで元気そのものだ。
俺は自分の足元をチラリと見る。
俺もしばらく山道を歩いたはずなのに全然足が疲れない。痛いと感じたことすらない。もしかしてこれが猟師のブーツの効果なのだろうか。
「水虫を治しただけあるな」
農道をしばらく歩いていると、分かれ道に突き当たった。
「どっちだ?」
俺は地図を広げた。
が、マルザ村長お手製の地図は非常に……なんというか大雑把で、位置を確認するのに読解力を要する。
俺たちが地図を広げ「あーでもない、こーでもない」と揉めている所へ、タイミングよく農家のお婆さんがやってきた。第一村人発見だ。
「あのーすみません」
コミュ障の俺がどうしようか迷っていると、トゥリンがなんの躊躇もなくお婆さんに声をかける。
「あれま!!」
お婆さんは心臓発作を起こしそうなほど飛び上がる。
ん? なんだ?
「お婆さん、この道はどっちに進んだらいいんですか?」
トゥリンが気にせず地図を指さしたが、お婆さんは目を大きく見開いたままだ。
「それよりアンタ、その獣は!!」
お婆さんサブローさんを指差し怯えたような顔をする。
「ああ、俺の飼い犬......いや、使い魔です」
「よく見てください、可愛いでしょ?」
俺とトゥリンがサブローさんを交互に撫でて安全なのをアピールしたが、お婆さんはブルリと体を震わせた。
「あれま、使い魔! そうか。よく見たらあんた、エルフだね。エルフの不思議な魔法でも使ったのかねぇ......くわばらくわばら」
「それで、あの、町に行くにはどっちに」
お婆さんは茶焼けた道を指さす。
「右さ行けばオラホノ村につくけんど、オラホノ村には宿も食い物屋も何も無ぇよ」
「そうなんですか。じゃあ、左の道は?」
「こっちはオラガの町に続いてる道だ。ちと遠いが宿をとるならこっちだべな」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、お婆さんは「くわばらくわばら」と言ってそそくさと去っていった。
俺とトゥリンは顔を見合わせた。
「とりあえず左に行ってみるか」
天気もいいしと、俺たちはオラガの町に向かってゆっくりと歩き始めた。
◇◆◇
「何だか雲行きが怪しくなってきたな」
お婆さんと分かれてから少しすると、急に辺りが暗くなってきて冷たい風が吹いてきた。
俺が腕まくりした袖を元に戻しながら空を見上げると、トゥリンが厳しい顔をして道の先を指さす。
「急ごう、シバタ」
「ああ」
トゥリンは狩りで外に出ることも多いし、天候の移り変わりに敏感なのだろう。
歩くペースを上げ、オラガ村へと急ぐ。
「町が見えてきたぞ」
遠くにうっすらと見える木造家屋。
ビルのような大きな建物はないが、沢山の家がある。山のそばだけど、思ったより都会かもしれない。
ほっと息をついたその時、額にポツリと雨だれが落ちた。
「あ、雨」
ポツポツと黒い点が地面を染め始める。
「ヤバいぞ、急げ!」
俺たちは町へと急いで駆けていった。




