第八十七章 トンの町 1.育てよ!タネ~シュウイの場合~
いつものようにSROにログインした僕は、これもいつものようにシルとマハラにおはようの挨拶をしてから餌を出してやり、二人……じゃなくて二匹なんだっけ……が食べている間に、自分も階下の食堂で朝食を摂る。……リアルでの夕食の前後にログインして朝食って事になっても、ゲーム内だとちゃんと空腹感とかあるんだよね。どうなってんだろう。
――っていうのにも慣れたけどね。随分長くこっちの「世界」で暮らしてるような気がするけど、実際にはゲームを始めてからまだ一ヵ月と少ししか経ってないんだよね……
その一ヵ月で、リアルでは高校初の中間試験が迫って来ている。さすがに試験期間中とその前の一週間はログインを自粛しようという事になったから、いつもどおりの「生活」パターンは明日まで。その後は……まぁ、ログインしても精々一~二時間かな。SROの中だと三~六時間……午前中だけこっちで過ごす感じになるのか。ま、匠と茜ちゃんはログイン禁止って事になったけど。
モックとエンジュは今日からお休みだ。モックの方が今日から休みたいっていうんで、エンジュもそれに付き合ってという形だけど。
新人の指導から解放された今、幾つかやっておきたい事があるんだよね。
その一つは、拾いはしたけど未確認のままになってるスキルの確認だ。二人の前じゃできなかったからね。試験開始前までに、一通りの確認は済ませておきたい。もう一つは……
「やっぱり、自分でもズートのクエストを進めてみたいよね」
実は、カナちゃんからのSOSを受けて馬車でイーファンに向かっている時、バランド師匠やナントさん・テムジンさんから相次いで、ズートの種子が発芽したっていうメールを貰ったんだよね。その後も順調に育ってるみたいなんだけど……僕には何のメッセージも無かった。一応、このクエストを受けてるのは僕なんだし、みんなにお願いしたズートの種子が発芽した事でクエストがクリアーできたんなら、そういったメッセージが僕に届いて然るべきだと思うんだ。それが届いていないって事は……やっぱり、自分で発芽させないと駄目なんじゃないだろうか。
カナちゃんは、前回の植え替えクエストだって知らないうちに進んでクリアーになったんだから、今のままでもいいんじゃないかって言うんだけど……前回のクエストだって、僕が自分でどこかに植えてたら、違う展開になったのかもしれないし……何より、全部他人任せにするっていうのも嫌だしね。ただ、問題は……
「どこに植えるかって事なんだよね……」
条件次第では、SRO内に土地とか拠点とか持つ事もできるそうなんだけど、今の僕にそこまでの資金は無い。ナントさんやテムジンさんとかに訊いてみたんだけど、βプレイヤーの特典として引き継いだ資金とか資材とかがあっての事だって言ってたし。
カナちゃんの知り合いは植木鉢で育てるそうだけど……大きくなるのが判ってるのを植木鉢っていうのもなぁ……。カナちゃんの知り合いは木魔法を持ってるそうだから、植木鉢でも何とかできるのかもしれないけど……
「うん……やっぱり、当初の計画しか無いか」
・・・・・・・・
僕がやって来たのは冒険者ギルド。ここの中庭には結構綺麗な花壇があって、女子職員の人たちが育ててるんだよね。職員の「おねえさん」たちにお願いすれば、植えさせてもらえるんじゃないかと思うんだ。
「果物の種?」
「はい。美味しかったんで育ててみようかと思ったんですけど……どこか空いてる場所ってありませんか? 隅っこの方でいいんですけど」
「う~ん……功労者のシュウイ君の事だし、場所を提供するのは構わないんだけど、ちゃんと芽が出るかどうかは判らないわよ?」
「はい、試しにやってみたいだけですから。師匠からも薦められましたし」
「バランドさんが? だったら……えぇ、構わないわ。手が空いている時にお水くらいならあげられるけど……枯れたりしても責任は持てないわよ?」
「はい、それで構いません」
――うん、ちゃんとOKを貰えたよ。
職員の「おねえさん」たちが丹精込めて世話している花壇だから、荒らしたりした者は粛正される。ここなら安心だよね。下手をすると、トンの町で一番安心な場所かもしれないし。
ズートの芽生えには魔力を与える必要があるって、ボックルとトックルが言ってたけど……ナントさんとテムジンさんは魔力水――水に魔石を一晩浸したもの――を使って順調だって言ってた。バランド師匠は【霊水】スキルを使ってるそうだけど、こっちも順調らしい。僕はどうするかな……
「……とりあえず【霊水】を使おうかな。魔力水の用意とかしてこなかったし……あ、そうだ」
シュウイは種子を埋めるための穴をかなり深めに掘ると、念のために周りを見廻した後で、そこに魔石を一つ埋め込んだ。
ズートの芽生えが育つのに魔力が必要なら、培養土そのものに魔力を与えてやるのも手ではないか? ただし祖母から、あまり強い肥料を与えると苗が肥料負けして枯れる云々と聞いた事もあったので、魔石は種子のずっと下に埋める事にする。
「水と木の複合属性の魔石が丁度あったし、これにしとくか。マッドカウマが落としたやつだけど……大丈夫だよね?」
まぁ魔石には違いないのだし、拒否反応など無い――多分、運営も面倒臭がって設定していない――だろうと胆を括って埋める事にする。魔石に充分な厚さの土を被せて、改めてズートの種子を埋める。後は【霊水】で生み出した水を与えてやれば、植え付け作業の完了である。
「……この段階では何もメッセージ無しか……まぁ、あるとしたら発芽してからだよね。みんなの話だと、明日には芽を出す筈だから」
明日が楽しみだと独り言ちるシュウイなのであった。




