第八十三章 トンの町 10.「ナントの道具屋」(その2)
新人二人に事情を明かすのはまだ早いが、装備の購入に際しては、少し詳しく助言しておいた方が良いだろう。まぁ、現状では新規購入の予定も無いと思うが。
そう判断したシュウイは、もう一つ気になっている点を訊ねる事にした。以前に要が指摘していた事である」
「ナントさん……」
「うん? 何かな?」
「ズートの実の納品クエストの報酬が何だったのか、訊いてもいいですか?」
単刀直入な質問であったが、ナントは別に気にした様子も無い。……どころか、丁度好いタイミングとばかりに……
「うん、それについても報告しないといけないね。シュウイ君にも関係のある話だし」
「は?」
ナントのクエストは、ズートの実を領主に献上するというものだった筈。自分が関わる必要がどこにある? いや、確かにズートの実を提供したのは自分だが……
「ま、順を追って説明するよ。まず、今回僕が貰った報酬は、出入り商人としての鑑札だった」
「鑑札?」
――またぞろ初耳のワードが飛び出した。
「うん。領主様のところへの出入りを許す――って証明だよ」
「……御用商人になったって事ですか?」
「正確にはその一人に――って事だけどね。これって結構大きな事なんだよね」
住人との交流を図る事がこのゲームのキモである事は、既にシュウイもナントも勘付いている。であるなら、ゲーム内の特権階級である領主と繋がりを持てる事がどれほどのメリットをもたらすか。
――言わでも知れた事だ。
「βテストの時はどうだったんですか?」
「こんな展開は無かったねぇ。いや、そういう特権商人がいるって話はあったけど」
プレイヤーがそういう立場になるという展開は、出てこなかったのだと言う。
「あれ? だったら、ナントさんが初めてって事ですか?」
「そうみたいだね。『先駆けの御用商人』って称号を貰ったよ。効果についてはまだ能く判らないんだけどね」
この手のゲームの例に漏れず、SROにも称号というものが存在している。ただ、SROの場合は少々事情が異なり、その称号がどのような効果を持つのか持たないのかが明示されるとは限らない――この辺りは一部のスキルと同じ――という曲者仕様になっている。
SROの称号には、特定のクエストを受けるための鍵となっているものがある一方で、単なるフレーバーテキストのようなものも少なくない。これに加えて、即興的に与えられるネタ称号とでもいうべきものがある。これはSRO内でユニークな行動や業績を上げたプレイヤーに与えられる事が多いが、運営側に注意を喚起するためのタグのように使われるものもある。
「まぁ、特に注意が無かったから、ネガティブな効果じゃないとは思うけど」
称号の中にはネガティブな効果を持つものもあるが、これらの称号については、獲得者にその時点で注意が為されると運営側が公約している。それが無かったので、迷惑称号でない事だけは明らかなのであった。
「ここの運営って本当に鬼畜ですよねぇ……」
――シュウイにだけは言われたくなかったと思うが。
「けど、最初に何か達成すると貰えるんですか? その〝先駆けの~〟って称号」
自慢ではないが、使役系三スキルの解放やら何やら色々とやらかしている自覚はあるのだが、その先駆け称号は何一つ貰っていなかったシュウイが不思議そうに、そして少しだけ不本意そうに訊ねたが、
「そういう事でもないみたいなんだよね。それをやると、最初にログインしたプレイヤーが有利になり過ぎるからだろうけど」
「あ~……〝初めて買い物した者〟とか、〝初めて公道で叫んだ者〟とか……」
「そういう事だね」
検証班が色々と調べているそうだが、確定と思われる条件はまだ判っていないらしい。突発的に貰えるネタ系称号が解析のノイズになっているそうだが、それでも住人との関わり合いが一つの条件なのではないか――という事は判ってきた。ちなみに、とあるPK関係者から寄せられた情報によると、〝初めて返り討ちに遭ったPK〟という称号――もしくは汚名――が存在するそうである。効果については教えてもらえなかったらしいが。
「まぁとにかく、僕の方としては結構良い収穫があったわけだよ。……で、その立役者となったシュウイ君に相談なんだけどね」
「――はい?」
ナントが持ち込んだ話は、シュウイにとっても予想外の話であった。




