第六十一章 篠ノ目学園高校(火曜日) 1.昼休み
いつもより少し長めです。
「やっぱり欠席が多かったね~」
「仕方ないんじゃないかしら。連休は明日からだけど、早めに休みを取れば、文字通り一週間行楽に充てられるんだし」
「正真正銘の黄金週間だよね」
いつものように屋上で弁当を使っているのは、いつもの四人組である。
「蒐君も明日からお祖父さんのとこだっけ」
「うん。だからその準備で、今日は真っ直ぐ帰らないと。放課後付き合えないけど、ごめんね」
「あ~、気にすんな。祖父さんとこだと、明日は朝一じゃねぇのか?」
「うん、お蔭で今日は早寝。SROも早仕舞いだよ」
「大変だね~」
「茜ちゃんも沖縄だって言ってたじゃん?」
「うちは飛行機に乗ればすぐだもん」
「蒐君のところは主要駅に着いてからが本番だものね……」
紀伊山地の秘境と言えそうな場所まで電車とバスを乗り継ぎ、留めに徒歩で山道を歩かねばならない蒐一の里帰りに、皆が複雑な表情を見せる。子供の頃に一度だけ里帰りに同行した事があり、往復の大変さは身に滲みて解っているが、同時に田舎の雰囲気の良さも解っているのだ。
「ま、折角だから祖父ちゃんに鍛え直してもらってくるよ。このところ稽古もサボりがちだし……祖父ちゃん、怒るだろうな……」
尻窄みに弱まっていく蒐一の語勢。どよんとし始めた雰囲気を追い払うように、匠が話題を変える。
「ま、まぁ多分大丈夫だろ。SROは元々トレーニング補助の目的もあって開発されたって話だし……それより蒐、昨日は何やったんだ?」
「毎回僕が何かやらかしているような言い方をするなよ、匠。昨日は……」
と、ここで蒐一が言い淀む。もしもマンゴスタの臭い抜きの話をすると、マンゴスタの悪臭の事も話さねばならない。そうすると、匠にマンゴスタを押し付けてやろうというシュウイの目論見も潰える事になる。
「……う~ん……クールタイムに無関係な栄養ドリンクとカフェイン剤って、興味ある?」
「なっ!?」
「どういうこと!? 蒐君!」
匠と茜が猛然と食い付いたが、要は何を思ってか黙って蒐一を見ている。
「いや……さぁ……バランド師匠がテムジンさんに渡したんだよね。テムジンさん、寝不足みたいだったから、見るに見かねたんだろうけど」
「待て……バランドさんって、お前の師匠だよな? NPCの薬師の? 何でテムジンさんと会う事になったんだ?」
「うん、実はさぁ……」
「待って待って! 蒐君、カフェイン剤って? それもバランドさんなの?」
「あ、いや、そっちは僕。例の邪道で作ったやつ」
「……解った……蒐、最初から説明しろ……」
という匠の要請を受けて何食わぬ顔で、テムジン工房を訪れると言ったらバランドが挨拶に行くと言いだした――という事にしておく――事、テムジンが徹夜で特殊鋼の研究をして寝不足になっていた事、それを見かねてバランドが件の栄養剤を手渡した事、栄養剤の効果自体はポーションに劣るが、その反面でクールタイムに引っ掛からない事、カフェイン剤は市販のポーションから覚醒成分だけを抜き出して作った事、これもクールタイムの制限に引っ掛からない事、などを話した……が、しれっとマンゴスタの事は黙っている。
匠と茜は栄養剤とカフェイン剤――覚醒剤というと問題がありそうなので――の事で頭が一杯のようで、入手方法などを問い詰めてくるが、
「どこの薬剤店でも売ってるみたいだよ? 総合的に見てポーションに劣るから、積極的に薦めてこないだけみたい」
と、いう蒐一の説明を聞いてガックリとなっていた。
「……これも住民と話していないと明かされない情報か……」
「ここの運営さん、本当に、本っ当~に、意地が悪いよね」
よし、マンゴスタのネタは黙秘に成功と内心でガッツポーズをとっていた蒐一であったが、にっこりと微笑む要の声に凍り付く。
「それで、蒐君、まだ言ってない事があるんじゃない? そっちはどんなお話なのかしら?」
見透かしたような要の発言に寒気を覚えた――こういう事は珍しくない――蒐一であったが、無駄と思いつつ――今までにも大抵白状させられた――最後の抵抗を試みる。
「……何の事かな?」
「栄養ドリンクの話をするまで、少し躊躇いの間があったわよね? 栄養ドリンク自体はそこまで危険なネタじゃなかったし、あの間は不自然よね? 不自然と言えば、バランドさんが突然テムジンさんに挨拶に行くと言い出したのも不自然に思えるんだけど? 私たちにも黙っていなくちゃいけない内容なのかしら?」
じわりじわりと、それこそ「罪と罰」のポルフィーリィ検事のように蒐一を追い詰める要。その間も微笑みを絶やさないのが地味に怖ろしい。蒐一が内心密かに呼ぶところの、「微笑みの魔女」が降臨していた。
「……おい蒐、何を隠してんだ?」
「蒐君、隠し事は良くないよ?」
「さっさと吐いて楽になれ、こら」
他の二人の追及も厳しくなるに及んで、事ここに至っては隠し通すのは無理と判断した蒐一は、諦めてマンゴスタの件を白状した。
「……おい蒐、お前、そんな危険物を俺に食わそうとしてたのかよ」
「要ちゃんが余計な疑いを持たなけりゃ、匠にいい目を見せてあげられたのにさ」
「おい蒐、いい目ってなぁ何だよ」
「ご免なさいね、蒐君、そういう事情だとは知らなかったものだから……」
「一つ貸しだからね、要ちゃん」
「無視かよ、おいコラ」
「はいはい匠君、ミートボールあげるから。あ~ん」
「……おう、サンキューな……」
匠のケアに廻った茜にちらと視線を巡らせて、要は蒐一に問いかける。
「つまり、シルちゃんの事を二人に明かしたって事で良いのかしら?」
「うん。どうにも隠しようがなかったし、そろそろ良いかなって思って」
「そうね……トンの町を離れる前に話しておいた方が良いかもね」
「うん、僕もそう思って」




