第五十九章 トンの町 4.テムジン工房
なぜか行き掛かりでバランドも引き連れて、シュウイはテムジンの工房を訪れた。特殊鋼の進行状況について確認するためである。
「テムジンさ~ん、いますか~?」
「……シュウイ君か、入ってくれ」
そう言ってシュウイを出迎えたテムジンであったが、眼だけはギラギラと輝いているが、やや疲れ切った様子が窺える。
「……テムジンさん、ひょっとして寝不足ですか?」
「あぁ……ちょっと徹夜してね」
「徹夜!? ……リアルでですか?」
「いや……あぁ、SROでも一応徹夜はできるんだよ。知らなかったかい?」
「知りませんでした……」
シュウイが何を驚いているのかというと、こういう事である。
SROのサービス接続時間は十八時から翌日深夜二時までの八時間。この八時間をゲーム内で三倍に加速する事で一日にしている。ただし、連続接続時間は最大六時間までとされ、再接続には接続二時間当たり十分のクールタイムが要求される。なお、サービス開始時点の十八時が、ゲーム内では朝六時になる。従って、サービス終了の深夜二時は翌朝の六時になり……些かややこしいが、要するに一旦はログアウトしないと次の一日を迎えられない仕組みになっているのだ。そこへテムジンが「徹夜」などという言葉を持ち出したので、シュウイが混乱した訳である。
「野営の場合と同じでね、事前の申請……と言うか、チェックボックスにチェックを入れる必要があるんだが、サービス終了まで起きていたら徹夜した事になるんだよ。当然、体調不良のバッドステータスが付く事になるけどね」
そう言えば、ナンの町へ行く途中に、何かそういう話を聞いたような気もするが……詳しい内容までは聞かなかったな――と、思い当たるシュウイ。
「知りませんでした……チェックを忘れたらどうなるんです?」
「これも野営の時と同じで、寝落ちした事になる。作業や実験は全てパァになるね」
運営の罠と呼ばれても仕方のないような、悪辣な設定である。
うわぁと目を見開いているシュウイの背後に、テムジンが視線を巡らせて……
「それよりシュウイ君。君の後ろにおられるのは……?」
「あ……忘れてました」
テムジンの様子と会話の内容に気を取られて、最初に紹介すべき師匠の事を綺麗さっぱりと忘れていたシュウイであった。
「……不出来な弟子が迷惑をかけておる。この町で薬師をやっておるバランドという」
「は! お目にかかれて光栄であります。自分は東部方面……いえ、ここで鍛冶を営むテムジンという若輩者であります! 以後、宜しくお引き回しの程をお願いします!」
(うわぁ……テムジンさん、自衛官っていうのは本当だったんだ。……いかにもって口調だよね……。師匠が少し引いてるよ……)
「う、うむ……こちらこそ、宜しくの」
敬礼しなかったのは寧ろ立派だろう――と、いうくらいの軍人っぽい態度に些か煽られ気味のようであったが、さすがに薬師であるだけに、テムジンの顔色は看過できなかったらしく……
「寝不足のようじゃが、大丈夫かの?」
「は、無様なところをお見せして、申し訳ありません」
「ポーションとか飲まないんですか?」
「いや……実は夕べから飲み続けでね。これ以上飲むと、クールタイムの制限にひっかかるんだ」
この手のゲームによくある設定であるが、ポーション類にはクールタイムが設定されており、クールタイムを待たずに続けて服用した場合は中毒のバッドステータスが発生する。
そんな事情を聞いていたバランドが、懐から小瓶を取り出すと……
「ふむ……それならばこれを飲むと良い。ポーションほどではないが、体調を整える効果がある。お主の言うクールタイムにも抵触はせぬ筈じゃ」
そんな爆弾をさらりと投げ込んでおいて、目を見開いている二人には毫も頓着せずに、なおも爆撃を続けるバランド。
「何を間抜け面を晒しておる。お主にもできる事があるじゃろう」
「……え? 僕ですか?」
「お主の邪道スキルなら、ポーションから覚醒作用のある成分だけを取り出せる筈じゃろうが」
「そう言えば……そんな話もありましたね……」
「覚醒剤!?」
「あー……そんな物騒なものじゃなく……そう、カフェイン剤みたいなものですね」
「あぁ……成る程な。……で、それはクールタイムの制限に引っ掛からないのかい?」
自分ではそこまで判らないシュウイは、些か忸怩たる色を浮かべつつ、救いを求めるような視線を師匠に送る。作った事の無い薬の詳細など判るものか。ましてクーリングタイムや飲み合わせなど。
「うむ。それは問題無い」
「だったら……お願いできるかな、シュウイ君」
「あ……はい。やってみます」
斯くて、バランドの栄養剤とシュウイの覚醒剤の働きで、テムジンの状態は大分改善されたのであった。
「しかし……この薬はどちらも、プレイヤーが知ったら大騒ぎになりそうだな……」
ポーションのクールタイム制限を擦り抜けるような栄養剤と覚醒剤である。騒ぎにならない方がどうかしている。いや、寧ろ、何で今まで注目されなかったのか。
「とは言うても、体調を整えるだけじゃからな。お主のように飲み合わせの制限がある場合ならともかく、普通であればポーションを飲めば済む事じゃ。効き目もポーションには劣るしの」
バランドの話では、彼がずっと若く冒険者をしていた頃に異国で覚えたレシピだそうで、この国では作れる者が少ないという事もあるらしい。
「どちらかと言うと、こやつの覚醒剤の方が問題じゃろう。覚醒効果のある薬は、本来なら中級の薬師にしか作れんのじゃ。それを、ポーションから取り出す形でとは言え、初級の坊主が作れるんじゃからな」
「価値体系が混乱しますよね……」
さて、体調が戻ったテムジンであるが、シュウイからマンゴスタの話を聞いて同行する事にしたようである。薬の効果でバッドステータスを抑えているとは言え、徹夜で体調を崩したのも事実。少しばかり気分転換をしたいという事のようであった。
「シュウイ君が構わなければだけどね」
「勿論、構いません」
斯くして、幻獣を連れた新米冒険者・住人の薬師・βプレイヤーの鍛冶師という些か異色の組み合わせで、一同うち揃ってフィールドへ出かける事になったのである。




