第三十四章 トンの町防衛戦 6.ナントの道具屋(その1)
あの後町に戻って食事をしようと思ったんだけど、戦地帰りの冒険者たちでどこの店も満杯。「微睡みの欠片亭」の食堂ですら入れない有様だった。仕方がないから総菜か食材でも買って、宿で自炊するかと話していたところ、ばったり出会ったのがナントさんだった。僕たちの窮状を聞いたナントさんは、快く自分の家に案内してくれたので、僕たちは買ってきた総菜や食材で夕食会を開いている。ナントさんの自宅にはキッチンと食堂が付いており、冷めた総菜を温め直すなど一手間加える事ができた。食堂にも僕たち全員が座れるだけの椅子とテーブルがあり、食事と会話を楽しむ事ができた。
バランド師匠の薬店にも行ってみたんだけど、生憎店は閉まっていた。隣の人が言うには、ギルドから迎えの人が来て出て行ったそうだ。詳しく聞きそびれたんだけど、冒険者ギルドかな? それとも薬師ギルドかな?
「……皆、大変だったみたいだね」
ナントさんが僕らを見回してしみじみと言った。ナントさん自身は店に閉じ籠もっていたそうだけど、ギルドからの状況報告で、戦況は逐一把握していたそうだ。
「まぁ……こっちは数が多くて大変だったが、その分味方の人数もいたからな。……正直に言えば、もう少し援軍が欲しかったんだが」
「本来ならプレイヤーがいたんだろうけどねぇ……」
「そう言えば、シュウイ少年、ギルドマスターは『指示を無視するような異邦人は要らない』と言っていたそうだが?」
「あ、はい。今回はギルドマスターの指示どおりに動く手勢が必要だから、自分勝手に動くプレイヤーは要らない、と」
「意味深ねぇ……」
「ひょっとして、はっちゃけた馬鹿がいたのか?」
「指示を聞かない云々と言ったんなら、何かのクエストの時か?」
「しかし……公式サービスが始まってから、そんな大規模なクエストはあったか?」
「……いや、少なくともトンの町では無かった筈だ」
「ギルドマスターって、結局はギルドの代表者ですよね? ギルドが冒険者に指示を出すのは珍しいんですか?」
何気無いシュウイの言葉に、他の全員が黙り込む。
「ギルドマスターでなく、冒険者ギルドが……って事か」
「ギルドの指示……っていう事になると……大抵がそうよね」
「薬草は根っこまで綺麗に掘って来い、とかな」
「往来で喧嘩するな、なんてのもそうか?」
「トンの町はいわゆる『始まりの町』だからな……。マナーを知らない連中の割合は高くなるわなぁ……」
「あ……そう言えば、僕は商会の集まりに出る機会も多いんだけどね、『異邦人』のマナーが悪いって話は能く聞くねぇ」
ナントさんの言葉に全員が顔をしかめている。
「こりゃ、掲示板で注意を喚起した方が良いんじゃねぇか?」
「そうだな……自分が危惧していた原因よりはありそうだし……警告しておくか」
……ケインさんは何を危惧していたんだろう?
「……ねぇ、ケイン。あんたが危惧していた原因って、何なの?」
「いや……βテストの時、ギルドマスターの指示を無視して全員がレイドボス討伐に向かった事があったろう?」
あ……ひょっとして匠たちが言ってた……
「レイドボスが逃げ出して他の町を襲ったって話ですか?」
「お? シュウは知ってんのか?」
「あ、はい。友人に聞きました」
「あれかぁ~」
「確かにアレは根に持たれるかもしれんなぁ……」
「普通ならそんな心配は杞憂と言えるんだが……ここの運営はなぁ……」
全員が考え込んじゃったな……。あ、ケインさんが纏めるみたいだ。
「ともかく、この件は掲示板に上げて注意を喚起しておこう。この話はこれまでだ」
ケインさんの結論を他の皆が支持して、別の話題で盛り上がる。大学生なのか社会人なのか、こういうところは人生経験の差なのかなぁ。
「で、シュウイ君の方はどうだったんだい? ホブゴブリンと共闘するって聞いたけど」
「おいナント、ホブゴブリンじゃなくてホビンっていうらしいぞ?」
「おや、そうなのかい?」
「えぇ、ゴブリンと同族かって訊いたら、凄くお冠でした」
「ホビンねぇ……。それで、どうだったんだい?」
「どうって言われても……」
答えに窮したシュウイは、仕方無く今日の行動を順に説明する羽目になった。その説明を聞いた一同は、ああやっぱりかという表情を浮かべる。
「しかし……碌に魔法もスキルも使わねぇで能くやるよな、お前も」
「あ、魔法は試してみる機会が無くて……いきなり実戦使用は怖いですから」
「ん? シュウは魔法を拾ったのか?」
「あ、はい。オークの火魔法と、それからホビンたちから土魔法と水魔法を」
一瞬の沈黙の後、室内は怒号に包まれた。
「どういう事だ!?」
「聞いてねぇぞ!?」
「シュウ君、隠してないで白状しなさい!」
「オークの魔法って……」
「ホブ……ホビンから魔法を貰ったって、どういう事だい?」
「さっきの話に出なかったっていうのは、昨日以前ってことだな? 何をやった?」
シュウイは再び、昨日あった事を細大漏らさず話す羽目に陥った。
「そんな方法で魔法が入手できるのか……」
「多分『スキルコレクター』っていうユニークスキルについては、運営も充分に把握してないんだろうね……」
「運営が足を掬われてるってのか?」
「僕が受けた印象だけどね」
「魔法の入手経路については、運営が頭を悩ます問題だろう。それは脇に置いて、問題が二つ。第一は、ホブゴブ……いや、ホビンのように魔物と思われてきた種族と交渉が可能だという事だ。これまでの経緯を考えると、コボルトとも平和的な交渉を持てる可能性がきわめて大きい」
「それ……攻略方針そのものの変更を迫られるぞ?」
「面倒でも、必要ならそうするべきだろう」
「この話も掲示板に載せるのかい?」
「問題はそれだ。ホビンたちが撤退した今となっては検証不可能だからな……曖昧にぼかした表現をするしかないと思うが……」
「もしくは、掲示板には載せず、気心の知れた検証班にだけ報せるか」
「今すぐ決める事ぁ無ぇやな。しばらく考えようぜ」
「あの……ホビンたちに迷惑がかかるような事は……」
「そうならないように考えるのよ。大丈夫、あたしたちを信頼して」
「……はい」
ホビンたちの件も一応収まりがついたところで、ケインはもう一つの問題を切り出す。
「もう一つの問題だが……シュウイ少年というプレイヤーがオークやホビンの魔法を使えるようになった事だ」
「あの……まだ実際に使用していないので……絶対だとは……」
「少なくともステータス表示はそうなっているんだろう? で、話を進めるとだ。シュウイ少年がそれらの魔法を得たという事は、ホビンやオークが魔法を譲渡可能という事、少なくともそういう設定になっている事を示唆している。ここまでは良いな?」
ケインは一旦言葉を切って、一同が納得している事を確認した。
「話の続きだが……ホビンの方はまだ良い。シュウイ少年によれば、ホビンは亜人類のカテゴリーで会話も交渉も可能らしいからな。問題はオークだ。これもシュウイ少年の見解に従えば、オークは魔物、会話が通じないモンスターだ。なら、そのオークがスキルを譲渡する相手は何者か、という事になる……考え過ぎかもしれんが」
ケインの不吉な指摘を聞いた一同が、俄に緊張する。
「……この先、魔法を使う敵が出てくるってのか? オーク以外に?」
「一発芸のようなスキルではなく、体系的なアーツである魔法をな。自分が危惧しているのはそういう事だ」
黙り込んだ一同に向かって、ぽつりとヨハネが口を開く。
「考えるべき事は他にもある……強奪スキルの事だ」
他者のスキルを奪い取る強奪系のスキルは、現在のところ確認されていない。しかし……
「オークの魔法を奪い取るプレイヤーが出てくる可能性か……」
「いえ、オークだけ、とは限らないですよ?」と、エレミヤが不吉な意見を漏らす。
腕組みして考え込んでいたケインであったが、やがてシュウイの方に向き直ると、言いにくそうに一つの提案をした。
「シュウイ少年、済まないがオークの魔法の説明を、差し支えない範囲で教えてもらえないだろうか?」
「あ、はい、構いません。……え~と、オークの火魔法はボール、ランス、ウォールの三つだけで、そのままではアーツに進化しないようです。ただ、人間より魔力量の小さなオークでも使用できるように発動コストが小さいため、発動が早いみたいです。それから……あ、人間がこのスキルを使った場合は、一発の威力は上がらないけど弾数が増えるみたいです」
ついでにホビンの魔法も見ておこうかな。
「ホビンの魔法も似たような感じですね。威力では人間の魔法に及びませんが、速さや精密操作が優れているみたいです。人間がホビンの魔法を使った場合もオークの魔法と同じで、威力は変わらずに長続きするみたいです」
シュウイの説明に微妙な表情で考え込む一同。
「……大した事ぁ無ぇのか?」
「いや……オークもホビンも人間より魔力が少ない。逆に人間より魔力の多いモンスターの魔法を得た敵がいたら……」
「ドラゴンとかですか? 空を飛び回って火を吹いたり?」
「……想像するだけでやべぇな……」
「まぁ、その場合は発動コストが重くなるかもしれんが、やはり安心はできんな」
「それに……魔術師として言わせてもらうなら、コストが安く長時間連発できる魔法というのは充分に脅威だ」
「……重砲とマシンガンみたいなものか」
「シュウイ少年、明日……とは言わんが、近いうちにオークの火魔法を見せてくれないか?」
「あ、はい。構いません」
「本当に済まない。少年のスキルを曝くつもりはないんだが……」
「いえ、必要な事だと思いますし……何より僕もケインさんのアドバイスが欲しいですから」
「シュウ君、けど、他のスキルまで晒す事はないからね?」
「そうだぞ、シュウ、スキルなんて基本は黙ってるもんだ」
「僕の場合、アドバイスを貰えない方が困る事が多いですから」
でも……他のスキルの事は黙っておこう。