第2期 第1話 世界を救った翌年、彼女との進路相談で詰む
春だった。
桜が散り始めた通学路を、俺は全力で走っていた。
「……やば、遅れる!」
口にパンはくわえていない。
さすがにそこまでテンプレではない。
だが状況は十分テンプレだった。
入学式当日。
大学初日。
そして寝坊。
世界を救った男の朝として、あまりにも締まらない。
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「遅い」
曲がり角を曲がった先で、アリアが腕を組んでいた。
スーツ姿。
黒のジャケットに白シャツ。
妙に似合っていて、朝から心臓に悪い。
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「なんで先回りしてるんですか」
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「待ち合わせ時間、十五分経過」
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「連絡くれれば……」
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「五回した」
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スマホを見る。
通知がしっかり五件来ていた。
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「……すみません」
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「反省文」
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「大学初日に?」
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「原稿用紙三枚」
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厳しい。
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だが、口元は少しだけ笑っていた。
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「行くわよ」
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「はい」
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並んで歩き出す。
春風が吹く。
制服ではなく私服やスーツの学生たちが行き交い、街の空気はどこか新しい。
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「……なんか変な感じですね」
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「なにが」
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「普通に進学してること」
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去年まで世界初期化とか言ってた人間が、今は大学のキャンパスへ向かっている。
落差が激しい。
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アリアは少しだけ考えてから言った。
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「普通って、作るものよ」
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その一言が、妙に胸に残る。
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大学。
広い。
とにかく広い。
校門をくぐった瞬間、人の波に飲まれた。
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「迷子になりそう」
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「なるわね」
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「断定」
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「あなた方向音痴だし」
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否定できない。
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そのとき、遠くから聞き慣れた声。
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「おーい! 英雄カップルー!」
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リゼだった。
派手めな私服に、大量のサークル勧誘チラシを抱えている。
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「誰が英雄カップルですか」
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「そこ否定するなら前半? 後半?」
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「どっちもです」
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アリアは無言でリゼの額を小突いた。
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「痛っ」
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カイも現れる。
スーツ姿、無表情、資料持参。
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「学内危機管理体制の確認を――」
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「入学式前にやる話じゃない!」
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「重要だ」
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相変わらずだった。
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その後ろから、静かに歩いてくる人影。
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ハク。
白い髪、整った顔、妙に目立つ。
なのに本人は無自覚だ。
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「人類の高等教育機関を観察する」
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「もっと自然に馴染んでください」
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「努力する」
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してるんだ、一応。
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入学式。
講堂。
長い話。
眠そうな新入生。
隣のアリアは姿勢が良すぎる。
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「寝ないんですね」
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「寝る理由がない」
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「強い」
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俺は少しだけ眠かった。
平和だ。
こんな眠気すら、平和の証拠だった。
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式後。
キャンパス案内に参加しようとしたところで、事件は起きた。
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空が、わずかに揺れた。
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俺だけじゃない。
ハクも顔を上げる。
カイも止まる。
アリアの目つきが変わる。
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「……感じた?」
俺が小声で言う。
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ハクが即答する。
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「微弱歪曲反応」
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「学内地下構造物より発生」
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リゼが笑う。
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「初日から?」
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カイがため息をついた。
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「らしいな」
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俺は空を見上げる。
昔ほど大規模じゃない。
だが確かに、“向こう側”の気配。
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大学の地下。
新しいダンジョン反応。
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アリアが俺を見る。
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「進路相談、あとでいい?」
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「今のタイミングで?」
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「世界の方が先」
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「ですよね」
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彼女は少しだけ笑った。
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「でも、逃げないで答えて」
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「何の話です?」
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「卒業後、私とどうするか」
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心臓が止まりかける。
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「今それ言います!?」
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「今言った」
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リゼが腹を抱えて笑っている。
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「敵よりそっちのが強敵!」
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カイが真顔で言う。
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「早く答えろ。時間がない」
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「援護ゼロ!」
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ハクが静かに補足した。
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「なお、地下反応拡大中」
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最悪だ。
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世界を救った翌年。
大学初日。
彼女との進路相談で詰みながら、地下ダンジョンへ向かうことになった。
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俺は深く息を吐く。
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「……行きますか」
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アリアが隣に並ぶ。
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「ええ」
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手が触れる。
自然に繋がる。
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新しい日常。
新しい戦い。
そして、たぶん新しい未来。
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世界は今日も、選び続けている。
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第2期 第1話 完




