第3話 曇天! 作詞の心得!?
次の日のお昼、智哉、マリア、雪乃の3人は学食で昼食を取っていた。
「こ、こ、これ、き、き、昨日、つ、つ、作ったき、き、曲の、え、え、MD」
智哉はそう言ってマリアにMDを渡した。マリアはキノコクリームグラタンの最後の一口を口に運びながらそのMDを受け取ってにんまりした。
「ほほう、関心関心。ちゃんと作ってきたようね」
「と、と、とりあえず、1曲、メ、メインの、フ、フ、フレーズと、さ、さ、サビの、ぶ、部分、だ、だけ」
智哉の答えにマリアは少し不満そうに言う。
「え~、2曲って言ったじゃ~ん」
「む、む、無理言うな、こ、こ、これだけでも、け、け、今朝の、さ、3時、まで、か、か、かかったんだ!」
智哉のその答えにマリアは「しょうがないわね」と呟き、もう一つの皿にあるトマトスパゲティを口に運んだ。このトマトスパでもう3皿目のランチである。マリアの胃袋は一体どういう構造をしているのか開いて見てみたい衝動に駆られる智哉であった。
「1曲でも凄いですぅ、さすがはカゲチカ君です」
雪乃はそう智哉を褒め称える。自分が楽器ド素人なだけに、本気で感心していた。雪乃は見えるはずのない瞳を輝かせて智哉を見ていた。
「どれどれ…… 早速今朝まで掛かったっていうその名曲とやらを聴いてみようか」
そう言ってマリアは右手に持っていたフォークをくわえながら、コートのポケットをまさぐりMDプレイヤーを取り出すと智哉から受け取ったMDをセットした。
「あたしは未だにコレ、ホントはipodが欲しいんだけどね~」
と言いながらイヤホンコードを伸ばし、片方を自分の耳にはめ、もう片方を雪乃に渡した。
『食べ物減らせば買えるんじゃねぇか?』と智哉は心の中でつっこむが、それが無理なのはわかっているのであえて何も言わなかった。
雪乃が片方のイヤホンを耳にはめたのを確認すると、マリアは再生ボタンを押した。
程なくして、そのイヤホンから、ギターの音が流れてきた。雪乃は昨日聴いた智哉の弾くギターを思い出しながら、イヤホンから流れてくる曲に耳を澄ました。
それは昨日聴いた、あの弾けるような楽しい曲調ではなく、力強いが、どこか切なくなるような、ロック調のバラードだった。
時には狂おしいほど激しく、そして時には締め付けられるように切なく響く智哉のギターの音色……
雪乃はそのギターの音色が奏でるフレーズに酔いしれた。いや、そのフレーズが自分の心にシンクロする感覚に酔ったという方が正しい表現かもしれない。
そして唐突にその音が止んだ。しかし雪乃の頭には今聴いた曲が頭の中に何度も繰り返し響いていた。
なんか…… この曲良いかも……っ!
普段クラッシックぐらいしか聴かず、ロックやポップスなどはあまり聞かない雪乃だったが、その曲はすんなりと受け入れられる、優しさのような物が含まれている気がした。
「ロック調のバラードって感じ…… 悪くないわね」
どうやらマリアも気に入ったようだった。マリアの言葉に雪乃も頷いた。
「ええ、なんかとっても切なく感じました。こんな曲を1日で簡単に作っちゃうなんて、カゲチカ君凄いですぅ!」
そう感激した様子で言う雪乃に、智哉の脳はトロトロ状態だった。
「い、いや、かか、簡単じゃ、な、な、なかった、で、ですけど、ね。こ、ここ、これから、サ、ササ、サムに、き、きき、聞いてもらって、へへ、編集、し、し、しなきゃ、な、なな、ならない、し」
智哉は照れながらそう答えたが、内心『これからが大変なんだよな』と考えていた。
今マリアと雪乃に聞いて貰ったのは、あくまでメインフレーズとサビ部分である。これからコードやスケールを繋いだり変化させたりして編集して行かなくては曲にはならないのだ。コードやスケールの繋げ方一つで、全く違う雰囲気の曲になってしまうからである。
このあたりは編集者のセンスに大きく依存する。智哉の場合、ただひたすらいろんな楽曲をコピーしていたので、ある程度の『コード進行』や『スケールの変化の付け方』などを、その時の経験から感覚でわかっているだけで、酷く偏った物になってしまっていると自覚していた。しかもアメリカンロックを多くコピーしていたこともあって、その繋ぎ方には自己流の独特な『癖』があった。この部分はどうしてもその人本人の好みが出てしまうので、どうしても曲調が単調になってしまう事が多い。そう言った理由で智哉はDJとして日頃から曲のアレンジやミキシングを手がけるサムにその編集を頼んでいたのだった。
本来はその編集の作業が終わった段階で歌詞付けした方が良いのかもしれないが、今回は時間が無く、またマリアの『鉄板指令』があったこともあり、智哉は歌詞担当である2人に聞いて貰い、『曲のニュアンス』見たいな物を感じ取って貰うつもりで、あえて編集前の元音を録音してきたのだった。
「とりあえずこの調子で、次の曲も頼むわよ」
とマリアは軽く言った。智哉はそのマリアの言葉にため息をついた。もう一曲作るためには、また今日も徹夜しなければならないのである。
「じ、じ、じゃあ、さ、さ、ささっそく、サ、サ、サムに、へ、編集を、た、た、頼もう」
智哉はそう言って席を立った。
「よ~し、あたし達も歌詞作りがんばるぞ~! ね、雪乃!」
そう言うマリアに、雪乃は「はぁ」と力の無い返事をした。歌詞どころか、詩すら作ったことのない雪乃は不安で仕方がなかったのだ。しかしマリアはそんな不安は全く感じていないようだった。
「あれ? カゲチカ、そのエビフライ食べないの?」
不意にマリアはカゲチカが残したエビフライをさしてそう言った。
「な、なんか、し、し、食欲が、な、な、無くなった、マ、マ、マリア、た、食べるか?」
「うん! あ~ん……」
マリアはそう言って口を大きく開けた。それを見て智哉は思わず動揺した。
「ば、ば、馬鹿、な、な、ななな何、やって……っ!?」
「何照れてるの? あんたの食べ残しなんだから食べさせてよ。はい、あ~ん……」
な、な、何やってるんですかマリアさんっ!?
「まま、全く、お、お前は……」
智哉はそう言いながらエビフライの尻尾を掴んでマリアの口に運ぼうとした時、その腕を雪乃が掴んで自分の口に持っていった。見ている者が盲目であるという事を忘れさせるほど瞬間的な動作だった。
ぱくっ!
雪乃はとっさにその智哉につままれたエビフライを自分の口の中に入れた。
「ああっ!?」
それを見たマリアが驚いてそう言った。智哉も突然のその雪乃の行動に驚いて、残った尻尾の部分をつまみながら唖然とする。一方雪乃は口に入れたそのエビフライが思いの外大きく、詰め込むのに必死だった。
もがっ!!
声にならない呻きを漏らしつつ、我に返る雪乃。
何やってのよ私は――――――っ!
「わ、私エ、エビフライ(もぐもぐ)だ、大好き(もぐもぐ)なんです(もぐもぐ)っ!」
口の中にエビフライを頬張りながら、必死にそう弁解する雪乃。衣が喉に支えそうになり、その目にうっすら涙が滲む。雪乃は、目には見えないが自分の目の前で智哉がマリアに『あ~ん』をしてあげるという事がスルーできなかったのだった。
「だ、だからって、何も飛びつくこと無いのに……」
マリアの言葉に、雪乃は恥ずかしさでいっぱいになった。
た、確かにごもっともですぅ……
「で、で、でも、泣くほど、す、す、好き、なな、なんですね……」
「え、ええ(もぐもぐ)もう(もぐもぐ)子供の(もぐもぐ)頃から(もぐもぐ)だ、大好きで(もぐもぐ)ゴホ……っ!」
そう言って咳き込み、コップの水でエビフライを喉に流し込む雪乃。もう必死である。
ホ、ホントは海老苦手なんですけどね…… ううっ…… ほとんど咬まずに飲み込んじゃったけど、き、気持ちわるっ……!
雪乃は子供の頃から海老が苦手なのだった。幸いアレルギーとかは無いのだが、海老やら蟹と言ったいわゆる『甲殻類』の甲殻の手触りがダメなのだ。手で触ったあの感触が、どう考えても『食材』として認められなかったのだった。
「そうなんだ~ でも、それならそうと言ってくれればいいのに…… でも良家のお嬢様なのに割と庶民的な『子供舌』なのね、雪乃って」
早くうがいしたいよ~っ! でも……
必死に脂汗を垂らしながら作り笑いを浮かべる雪乃は、今すぐにでも洗面所に行って歯磨きとうがいを心ゆくまで続けたい心境だったが、思いがけず智哉の『あ~ん』をマリアから奪ったので、ちょっぴり嬉し恥ずかしな気分の雪乃であった。
「と、とにかく、これから歌詞を作らなくちゃ。私は今日の講義はもう無いのでこれから家に戻ります。マリアさん講義が終わったら私の家に来ませんか?」
雪乃はコップのミネラルウォーターを飲み干し、マリアにそう言った。
「オッケー行く行く~っ! てかこのまま行く~!」
とそこへすかさず智哉がつっこむ。
「バ、バ、馬鹿言うな。マ、マリアも、た、たた、単位、や、や、やばい、だ、だろ!」
その智哉の言葉に頬を膨らますマリア。
「なによ~ あそうだ、あんた代返してよ」
マリアさん、それカゲチカ君じゃ無理だから…… てかそれ以前にカゲチカ君男の子だから……
そう心の中でツッコミを入れる雪乃だった。
「じゃあ私は帰ります。マリアさん、また後で」
と言って席を立つ雪乃をマリアが呼び止めた。そして自分のMDウォークマンから智哉のMDを抜き取ると雪乃に渡した。
「これ、雪乃が持っててよ。帰って聞いてイメージ沸かせといてね。あそうだ、美由紀ちゃんにも聞いて貰ってくれる? あの人なら良い感じのワード浮かぶかもしれないし」
そう言ってマリアも立ち上がった。雪乃は「はい」と答えながらマリアからMDを受け取った。
カゲチカ君の作った曲……
雪乃は手のひらに乗ったMDの表面の感触を指で確かめながらぼんやりと考えた。
カゲチカ君の作ったさっきの曲に、私が詞を乗せるのかぁ…… なんか2人の共同作業って感じで思いの外嬉しいかも……えへへ♪
コーチ、私な~んかやる気出て来ちゃいましたよぉ~
そう心の中で美由紀に言いながら、自然に口元が緩んでいると、マリアが不思議そうに訪ねてきた。
「雪乃、なにMD握ってニヤけてるの?」
そのマリアの言葉で、雪乃は妄想世界から現実に引き戻された。雪乃は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら慌てて答えた。
「い、いえいえ、な、何でもないです。し、しかと承りましたっ!」
な、何やってのよ私!
「雪乃ってさ、もっと取っつきにくいイメージがあったけどつきあい始めたら意外に面白いよね」
ああ、私のキャラが崩れていく……
「で、でも、ぼぼ、僕はい、い、い今の、ゆ、ゆ、雪乃さんも、は、話し、や、や、やすくて、す、好きで、で、ですよ」
―――――――っ!!
今確かに好きって言われた―――――っ!!!
ああ、もう私、幸せすぎて倒れそう……
妄想酔いでクラっときた雪乃は、座っていた椅子にもう一度座り込んでしまった。それを見ていたマリアと智哉は心配そうに声を掛ける。
「ちょっと雪乃、大丈夫!?」
そう心配そうに声を掛けるマリアに雪乃は少し赤い顔で答えた。
「大丈夫です。ちょっと血糖値が低くて……」
いや、代わりに幸せ数値が高すぎて平衡感覚がなくなったというか……
「え、そうなの? でも顔赤いよ? 熱あるんじゃない?」
尚もそう心配そうに訪ねるマリアに雪乃は必死に答えた。
「い、いえ、いつものことなので…… 午後の講義に間に合わなくなったら大変です。2人とも行ってください」
てか、今の私にそういうツッコミは無しの方向で……っ!
そう心の中で叫びながら、雪乃は2人を見送った。そして一人残ったテーブルで、今の余韻に浸っていた。
ラブソング…… ラブソングよ。ラブソングを作って、それをみんなで演奏する! 美由紀さんの言っていたことが何となくわかってきた。そしてキーボードを演奏する私に、ギターを弾くカゲチカ君が、そのラブソングを演奏しながら私を意識しちゃったり……うはっ!
うん、良いっ! それすごーく良いっ!! いや~んもうどうしちゃおうか私っ!?
頭の中で暴走する妄想に照れまくりながら、学食のテーブルを両手でバンバンと叩く雪乃。そしてその様子を微妙なまなざしで見守る周囲の学生達…… その場にいた学生達の頭の中に、雪乃は『ちょっと痛い娘』と記憶されることになるのだが、無論雪乃は知る由もない……
その日の午後、雪乃とマリアは世羅浜邸の雪乃の部屋で智哉の曲に付ける詞を考えていた。
「う~…… ダメだ~ 今一瞬鳥肌立っちゃった」
そう言ってマリアは自分の書いた詞を読んで書いていたレポート用紙を引きちぎると、ビリビリと破りごみ箱へ放り込んだ。そして体を掻きむしる仕草をする。
「ちょっとマリアさ~ん、真面目にやりましょ~よ~」
と雪乃は困った顔でマリアにそう言った。
「だってさ~、『好きだ』とか『愛してる』とか…… 『愛』だ『恋』だなんて言葉書いてると痒くなってくるんだもん…… 大体あたしはそういうの向いてないのよね~」
と、自分から詞を作ると言っておきながら、まるで人ごとのように言い放つマリアの言葉に、雪乃はため息をつきながら、パソコンに打ち込んだ言葉を音声にしてリピートしてみる。だが雪乃もヘッドフォンから流れてくる自分が打ち込んだ言葉に妙なむず痒さを感じており、マリアと同じような心境で正直行き詰まっていた。とそこにマリアの手が伸び、雪乃の手元にあったノートパソコンを持ち去った。
「雪乃どんなの書いたの? ちょっと見せて~」
その言葉に雪乃は慌てて奪い返そうとするが、マリアはするりと雪乃の手を交わす。
「なっ……! ダ、ダメですよ~っ! かえしてくださ~いっ!!」
「なになに…… 『君の言葉で私はDOKI!DOKI! 頭KURA!KURA!……』わ~! 雪乃女の子してる~♪」
わきゃー!! 恥ずかしいから読まないでー!!
「わーっ! 何で声出して読むんですかーっ!!」
雪乃は顔を真っ赤にしてマリアからノートパソコンを奪い返す。その動作はやはり盲目と言うことを感じさせない動きだった。
「良いじゃ~ん、ちょっとぐらい~♪」
「良くないですーっ! それにずるいじゃないですか、私はマリアさんのは見えないんですから!!」
と雪乃は口をとがらせてマリアに文句を言うが、マリアは涼しい顔でさらりと返す。
「それなら安心して、あたしまだ1行も書けてないから」
そのマリアの言葉に仰天して雪乃はさらにマリアに言う。
「今まで何してたんですかーっ!」
マリアと2人でここに座って、かれこれもう1時間以上経過している。その間だたの1行も書いてないマリアに比べ、雪乃は照れながらも恥ずかしい言葉でラブソングの詞を打ち込んでいたのだった。
「にゃはは、ゴメンね~ いやもう全然浮かばなくて正直飽きてたのよ~」
こ、こ、この人って……っ!
とそこへ、美由紀が紅茶を運んできた。
「お二人ともはかどっておいでですか?」
美由紀はそう言いながらテーブルの上にある空いたカップに紅茶を注いだ。湯気と共に上品な紅茶の香りが漂ってきた。その香りに雪乃は鼻をヒクヒクとさせて美由紀に言った。
「良い香り~ 美由紀さんの入れる紅茶って本当に香りが良いですね」
その言葉に美由紀はクスっと微笑えんだ。
「セイロン産とダージリン産のオレンジ・ペコをブレンドしてみました。先ほどのアッサム産のフラワリー・オレンジペコは独特の甘みがありましたが、こちらは香りが良いようですね。ゆったりとした気分を演出してくれます」
と美由紀が解説する。美由紀は雪乃の気分に合わせて紅茶の葉を選定しているのだった。元々凝り性な事もあってか、そのマニアックなこだわりぶりが出ている。
「うわ~ ホントだ、良い香り~」
とマリアがカップの上に鼻を近づけてその香りを堪能しつつ紅茶を口に含んだ。口当たりの温度も完璧で、紅茶特有の上品でまろやかな味わいが口いっぱいに広がった。
「ん~ おいしい~!」
マリアのそんな言葉に、雪乃も嬉しくなり微笑んだ。
「美由紀さんの入れる紅茶は絶品なんですよ~」
そう言う雪乃に、美由紀は「ありがとうございます」と言いながらスライスレモンの乗った小皿をテーブルに置いた。先ほどはミルクだったが、今度はレモンティーのようだ。
「先ほどのアッサム産フラワリー・オレンジペコは独特の甘みがあるのでミルクを添えましたが、今回はレモンでお楽しみ下さい」
その美由紀の言葉にマリアが首を傾げて美由紀に聞いた。
「紅茶って葉によってミルクティーかレモンティーにするか分ける物なの?」
マリアのその素朴な疑問に、美由紀がお盆を抱えながら頷いた。一方雪乃はその瞬間、瞼を閉じて眉を寄せた。
聞いちゃった…… マリアさん、美由紀さんに紅茶の話は聞いちゃダメ……
心の中でそう呟く雪乃だったが、時すでに遅かった。
「もちろんです。それには紅茶の葉の等級から説明しなくてはなりませんね。
等級とはリーフの形状や大きさ別の分類の事です。これは品質の良し悪しとは関りなく、ただ単に茶葉の形状と大きさを表します。マリア様は紅茶にOP、FOP、BOPといった表示が記されているのをご覧になった事はありませんか? それが等級を表す表示です。
紅茶として出来あがった茶葉は製茶途中の砕け具合によって、大きな茶葉から細かい粉状になった茶葉まで、いろいろな大きさのリーフが混ざった状態です。そのままでは商品として市場に出すのに適しません。細かく砕けた茶葉と大きな茶葉とでは最適な抽出時間が大きく異なるので、商品としてとても具合が悪いのです。
そこで最後の仕上げとして、めの粗さが異なる"アミ"を幾つも組合せたふるい機にかけられ、大きさ別に等級分けされるのです。
主な等級を挙げると、まずOP(Orange Pekoe)オレンジペコです。茶葉の形状としては一番大きい茶葉を指します。レモンやハーブなどと相性が良いです。またバラの花を散らしたローズティーなど、若干セレブ指向のティー向きでもありますね。
よくオレンジの香りがする紅茶だと勘違いされている方も多いですが、違います。細くよじれた長い形状の茶葉を表す等級名です。オレンジペコと銘打たれて販売されている紅茶がありますが、オレンジペコという特定の種類の紅茶がある訳ではありません。オレンジペコは茶葉の大きさと形状を示す等級名なので、一口にオレンジペコと云っても、産地も収穫期も異なる無数のオレンジペコが存在します。もちろん香味も様々です。市販されている「オレンジペコ」と銘打たれた紅茶は、オレンジペコ等級の複数の茶葉をブレンドして商品名として「オレンジペコ」がつけられた紅茶です。
次に上げるのがFOP(Flowery Orange Pekoe)フラワリー・オレンジペコです。
これはFOPを"フォップ"と読まれる方がいますが、正式には『エフ・オー・ピー』です。OP等級並の大きさの茶葉で芯芽や若葉が多く含まれるものを指します。先ほどお出ししたのはこの茶葉で、芯芽や若葉が多いのでミルクとの相性がいいですね。
そしてFBOP(Flowery Broken Orange Pekoe)フラワリー・ブロークン・オレンジペコ。これはFOPがひとまわり小さくなった茶葉を指します。
BOP(Broken Orange Pekoe)ブロークン・オレンジペコ は"ボップ"ではなく『ビー・オー・ピー』と読みます。その名の通り、OPになるのと同じ茶葉が細かく砕ければBOPになります。これも基本的に初めに上げたOPと同じなのでレモンティーやハーブティーに向いています。
続いてBOPF(Broken Orange Pekoe Fannings)ブロークン・オレンジペコ・ファニングス はBOPより更に細かくなった茶葉を指します。同じFでも"FOP"のように頭に付けばそれはフラワリー或いはファインの略で、 BOPFのように末尾につく場合はファニングスの略で細かい茶葉という事になります。
最後にD(Dust)ダスト。これは一番細かく粉状になった茶葉を指します。ダストというと、名前からして低級品というイメージがわきますが、実際はダストといってもピンからキリまであります。上質なダストはイギリスなど大メーカーをかかえる国々へ輸出され、主にティーバッグに加工されますし、低級品のダストは生産国の庶民によって消費されます。
等級によってもですが、実際には産地などでも相性のいい、悪いがありますので注意が必要ですね。例えば有名なインドのダージリン産の特徴は水色は明るい燈色~オレンジ色で比較的淡いものが多く、フルーティーな香りが豊かで渋みもあり、しっかりした味わいと言うのが一般的です。まあ実際は茶園や収穫期によって大きく香味が異なって来まして、
3~4月摘みのファーストフラッシュ、5~6月摘みのセカンドフラッシュ、雨期にあたる7~10月摘みのレイニィシーズン、秋摘みとも呼ばれる11月摘みのオータムナルのそれぞれで全く別物になります。今お出ししたのはセカンドフラッシュのものをブレンドしてます。フルーティーな香りがするのが特徴ですね。
また入れ方なども楽しみ方によって異なってきまして、基本的な抽出時間は葉の等級によって異なってきます。今回お出ししているオレンジ・ペコやフラワリー・オレンジペコなどの比較的大きな葉は大体4分前後です。温度は葉の発酵期間を期間を考えて決めています。発酵が比較的浅い物は高温ですと渋みが強く出てしまうため若干低めの80度前後がベストですが、他の葉では高温で入れる方がより格調高香りを演出できるでしょう。
また紅茶の水は軟水が良いです。よく一般に市販されているミネラルウォーターで入れる方がいらっしゃいますが、アレは硬水なので紅茶向きではありません。幸い日本の水道水は軟水なので紅茶に向いていますので、私は水道水をお勧めしますね。
ただし、長時間沸騰させたり、沸かし直しは水に含まれる空気が抜けてしまうので注意です。その辺を考えると電気ポットのお湯はあまり紅茶には合いませんので、お湯はそのたびに沸かした方が良いでしょう。
次にミルクティーに合う茶葉とミルクの相性についてですが……」
と美由紀がさらに話を続けようとするのを雪乃が制した。
「あ、あの美由紀さん、紅茶のお話はまた今度にしませんか? 私たち作詞をしなければならないので……」
「し、失礼しました…… つい……」
雪乃の言葉に、慌てて美由紀は頭を下げた。一方マリアはそんな美由紀の姿を見ながらぽつりと呟いた。
「な、なんか美由紀ちゃんって不思議な人だよね……」
マリアはそう呟きながら、美由紀には紅茶の話はもう聞くのはよそうと心に誓ったのだった。そんなマリアの言葉にちょっと恥ずかしそうにする美由紀は、話題を逸らそうと2人に作詞の進捗状況を訪ねた。
「と、ところで作詞の方は順調ですか?」
「それが全然進まないのよね~ 美由紀ちゃん、なんか良いアイデアない?」
と紅茶のカップを置き、マリアがそう言った。雪乃は『マリアさんは端から作る気ないでしょーっ!?』とツッコミたかったがぐっと堪えた。
「そうなんです、なんか白々しくなっちゃって…… せっかくカゲチカ君が素敵な曲を作ってくれたから『良い詞を作ろう』って頑張ってるんだけど、全然ダメなんですよぉ。作詞ってこんなに大変だとは思わなかったですぅ」
そう言う雪乃に、美由紀はため息をついた。
「はぁ…… 根本から違ってますね、雪乃」
不意に美由紀の声音が変わったことに気づいた2人は揃って美由紀を見た。いや若干1名は実際見えていないのだが……
「『良い物を作ろう』なんて思うから空回りしてしまうのです。世に溢れる名曲はどれもそんな気持ちで書かれた物ではありません。『人を感動させよう』とか『良いと思わせよう』なんて事を考えて作った物が白々しくなるのは当然です」
美由紀はピシャリと厳しい口調で言った。先ほどの紅茶の話の時とは別人のような『コーチ美由紀』が降臨したのだった。
「で、でもコーチ、じゃあどうすればいいの?」
そうマリアが美由紀に聞いたのを聞いて、雪乃はぎょっとした。
な、なんでマリアさんが『コーチ』って呼ぶの?
そんな雪乃の動揺をスルーして、美由紀はどこからか手品のように眼鏡とシュシュを取り出し装備し、続いてメイド服のスカートから、竹刀を取り出すとそれを逆手に持ち、ドンっと床に突き立てた。
右手に竹刀、左手に銀のお盆という訳のわからない格好で仁王立ちし、眼鏡の縁がキラリと鈍い光を放った。
「作った言葉が白々しい…… それは『想い』が籠もってないからです! 愛だの恋だのと、いくら書いても『想い』が籠もらなければ、誰の心を打てるのでしょう? 『想い』は込めるから伝わるのです! 熱い心が込められるから、相手にその熱が伝わるのですっ!!」
美由紀のその言葉に、雪乃とマリアはまるで雷に打たれたような感覚を味わった。
「想いを…… 込める……」
そう呟く雪乃は、その言葉を確かめるように頭の中で何度も繰り返していた。
「カゲチカ様の作った曲、私も聞きました。素直に良い曲だと私も思います。でもそう感じるのは、きっとあの方の気持ちが籠もっているからだと私は思います。サビとメインフレーズでしたが、そこに込められた想いが私やお2人の心に響いたんでしょう。だから良い曲だと感じた……」
美由紀はそこまで話すと若干その表情を緩めた。
「自分の中にある気持ちを自分の言葉で表せばいいのです。格好付けることはありません。自分が一番大切に思う殿方に文を書くように…… 自分の素直な気持ちを伝えるように…… ラブソングではなく、ラブレターだと思って書いてご覧なさい。その人への気持ちが本物なら、きっと想いは籠もるはずです。その想い無くして、どうしてラブソングなど作れましょうか」
おかしな出で立ちの美由紀だったが、美由紀の言葉は2人の心に竹を割ったように響いたのだった。
「コーチ! あたし、やってみますっ!!」
そう言うマリアの手をひしっと掴む美由紀も「そうよ、マリア!」と答えていた。
その雰囲気に微妙な温度差を感じつつも、雪乃は美由紀の言葉に後押しされる自分を感じていた。
一番大切に思う人に想いを伝える詞…… 飾らない私の言葉で紡ぐ歌……
心の中で、そう何度も繰り返すうちに、何だか凄く簡単なことのように思えてきた。
やってみよう! どんな言葉で伝えるか今は全く浮かばない。でも、私の気持ちは嘘じゃない! 私の気持ちは、きっとカゲチカ君に届くっ!!
「ところで、カゲチカ様は、一体どなたを想ってあの曲を作ったんでしょうかね?」
その美由紀の空気を読まない言葉に、マリアと雪乃は絶句して固まった。
み、美由紀さん! この場でそれを言うっ!?
微妙に空気の重さが変わったのを感じる2人とは裏腹に、美由紀は眼鏡とシュシュ、それに竹刀を仕舞ってメイドモードに戻ると「紅茶、もう1杯いかがです?」とにっこり笑って2人に聞くのだった。
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第3話更新いたしました。
ちょっぴりインターバルが空きいてしまって申し訳なく思います。いやもう一時期全然筆が進まず『書けなインフルエンザ』にかかったのか? と疑いましたがどうにか書けました。作詞とかってマジでわかりません。音楽知識ゼロで作詞作曲なんてわかる分けないだろーっ!! って逆ギレもしばしば……
あ、いえ、自業自得です、はい。とはいうものの、音楽性が欠片もない話になってますね今回(オイ 美由紀の変人ぶりが今回も炸裂しました。紅茶の話は調べると奥が深くへ~って思うことが多かったです。基本私はコーヒー派です。紅茶はほとんど飲みません。てか煙草吸ってると紅茶よりコーヒーの方が合う気がするんですが、俺だけでしょうか?
それにしても美由紀のメイド服のスカートの構造は作者でもわかりません。どうやったら竹刀を隠せるんでしょうね?(マテコラ!)
鋏屋でした。
次回予告
美由紀の助言で何とか詞を考え曲を完成させた雪乃とマリア。コーチ美由紀も納得の詞にご満悦な2人。マリアが智哉の作った曲に自分たちの作った詞を口ずさむと、雪乃はその歌声からマリアの智哉への気持ちに気づいてしまうのだった。
次回『雪乃さんのバレンタイン?』 第4話 『呆然! 悩めよ乙女?』こうご期待!