メインシナリオ#14 初陣 初戦闘とスタミナの法則
通路のような空間の先から迫り来る、三体のクリーチャー。三体とも、ファンシーな翼を生やしたクラゲだ。一メートルくらいのサイズで、少し地面から浮いたところを、すーっと滑るように浮遊している。……クラゲにしてはビッグサイズで、黎太は一人顔を青くしていた。
愛華が即座にスマホをかざした。レンズに映したクリーチャーデータを表示できるらしく、即座に読み上げる。
「ハネクラゲいずれもレベル2!
左と真ん中が金属性、右のは水属性ですわよ!」
「了解です!
…やはり教科書で見るクリーチャーの画像と
実際に見るクリーチャーは迫力が違いますね…!」
「教科書!?」
と黎太が驚いている間にも、うららと愛華は魔力を放つ。
うららの手から緑色の魔力弾が、愛華の手からは赤色の魔力弾が飛び出して、二体のハネクラゲに直撃する。
「小路さん!? なにをしていますの!」
愛華から名前を呼ばれてハッとして、黎太も残る一体めがけて白い魔力弾を放つ。
しかし二人の魔力弾に比べて速度が明らかに遅く、ハネクラゲは軽々と回避してしまった。
眼前に迫り来るとても大きなハネクラゲ。鋭く鋭利な触手が不気味だ。が、傘の形をした頭部に緑の魔力弾が飛び込んで、ハネクラゲを霧散させた。
「助かりました! それにしてもすごい威力ですね」
「いえ、これも小路君のレベリングのおかげですから」
殺意の高い相手だったが、それでもここは第一層。普通なら、シャドウ込みでもレベル一の五人組で通る道だ。そこを最初からレベル六を二人も擁して進めるのだから、むしろ恵まれているほうなのだろう。
「あら、幸先いいですわね」
愛華はハネクラゲが消滅した地点でしゃがみこみ、淡く光るそれをつまみ上げた。ラビリンスコインである。
「リーダー、戦利品ですの」
「あ、いいんですか?」
「わたくしはシャドウですのよ?
お手伝いの報酬は事前にいただいておりますし
契約は清く正しく履行されるべきですわ」
肩に掛かった髪を払う仕草には気品がある。その目は鋭く遠くを見つめていた。
「休む間もなし、ですのね
小路さん、レベルが低いのならば
率先してEXPを集めるべきですわよ」
うららが「そんな言い方をしなくても」と咎めるのを諫めて、黎太は愛華の言うとおりだと前に出る。慣れなければ始まらない。
続いて現れたのは、巨大な青色のオタマジャクシっぽいクリーチャーだった。放っておくとカエルになるのかはわからないが、先ほどのハネクラゲ同様、髪飾りのような羽を生やして空中を飛んでいる。そしてやはり、でかい。七十センチはあるだろう。もはやオタマジャクシの可愛さなどなく、鯛やヒラメのスケールだ。
黎太もスマホのクリーチャーを解析する機能で――正確にはILAのアプリの機能で小魚型のクリーチャーをスキャン。
名前はトビジャクシ、水属性でレベルは一。
「一体だけ…なら! 俺が倒します!」
黎太は恐怖心に打ち勝ち、魔力を放った。
白い魔力の弾はまっすぐに飛んで、今度は見事に命中する。しかし一撃では倒せない。
トビジャクシは怯むことなく距離を詰めてくる。
「援護します!」
黎太の後ろではうららが助太刀しようと手をかざすが、愛華が咄嗟にうららを諫めていた。
「せっかくレベル1が一体だけ
ここは彼にやらせた方がいいですわよ
甘やかしても小路さんの戦闘練習になりませんの」
黎太は「大丈夫ですから!」とうららに気合いを伝えつつ、その場で二発目の魔力弾を放つ。
この二発目も的中したが、それでもトビジャクシは消滅しない。
いきなりその速度を加速させると、黎太の腹部へ頭からめり込む!
「ごふっ!?」
その威力は尋常ではなく、なんと黎太の身体が浮き上がって跳ね飛ばされるほど。
地面にうつ伏せになった黎太は、想定外の激痛に泣きそうになる。
これで放置ゲーとはよく言ったものだ――黎太は顎を強く噛みしめる。よもや画面の中ではこれほどまでに過酷な環境が広がっていたのかと、今まで甘く考えていた自分が悔しく思えてくる。
「小路君!?」
「大丈夫ですの!?」
うららたちが駆け寄り、黎太の身体がほんのりと赤く輝いた。
黎太が顔を向けると、愛華の回復魔法が黎太を包んでいるのだと気づく。その光は一瞬だったが、その一瞬で痛みが嘘のように消えていた。
「回復ならしますわ
さっきはああ言いましたけど、お望みなら
手を貸してあげてもよろしいのですけど?」
「いや、助かるよ、神宮字さん」
黎太は、自らの天恵スキルのデメリットに、ようやく気づいた。
愛華の言うとおり、レベル差が開いてしまうのだ。入って初回で足手まといになっていては、先行きが大いに不安である。
仲間を増やすことができたなら、日常生活の中で天恵スキルを活かしてうららたちをレベリング、代わりにラビリンス攻略を完全に任せてしまうという役割分担もできただろう。しかしガチャの回し方がわからない以上それも簡単には叶わない。
そもそも、元の世界に戻るためには〝ラビリンスに〟願いを叶えてもらう必要があるのだ。レベル一のままでそれができるとは到底思えず、となれば強くしたうららたちに黎太が同行する必要があるはずだ。足手まといではいられない。
「サポートだったらわたしにもできます…!」
うららがほのかに淡い光を放ち、トビジャクシに着弾した。もしやそれが☆3バッファーうららのスキルA「ラッキーカラーは赤ですね」なのだろうか。スキル名はあからさまに台詞っぽいが、どうも言わずとも発動できるようだ。
さらに連続で、スキルBも発動したらしい。今まさに襲いかからんとしていたトビジャクシが、うららの眼鏡越しの一睨みで萎縮し、それどころか痙攣しているではないか。なるほどスキル名が「……怒りますよ?」なのも納得である。
再び放つ、白い魔力弾。うららのスキルで大きくHPを削っていたからか、トビジャクシは消滅した。
どうやらラビリンスコインは毎回手に入るわけではないようだ。後にはなにも残らない。
「はぁ、はぁ…なんだか、いきなり疲労感が…」
戦闘が終わって緊張感が抜けたからだろうか、突然身体が重くなる。
うららも同様の感覚を抱いているらしく、吐息の音を立てて呼吸していた。
「これが、スタミナの減少というものですね
理屈は聞いていましたが…まさかこれほどとは」
ラビリンス内部は特殊な魔力に満ちていて、中にいるだけで身体に負担がかかる。まして、戦闘をこなせばより強い負荷がかかるのだ。スタミナがゼロになってもなお探索を続行しようとすると、今度はHPが減ることになるらしい。
第一層からこれだけ凶暴なクリーチャーたちに遭遇している以上、無理強いすればどんな不幸な目に遭うか……少なくとも黎太は、ラビリンスで未果の母親が死んだと聞いている。
せっかく数値で表示されているのだ、この基準は絶対に守らねばなるまいと心に決めた。
その後も黎太たちはラビリンスを動き回り、クリーチャーを見つけてはうららと愛華のサポートの下、魔力弾で討伐というスリルある作業を繰り返す。
スタミナはHPとは別のステータスという扱いだ。つまるところスタミナの数値というのは「単純な個人の疲労限界」ではなく「ラビリンスでどれだけ活動できるか」ということを示しているのだろう。
即ち、ラビリンスにおけるスタミナとは、体育の授業やスポーツとはまったく別の理屈なのだ。
男女という性別や、筋肉量では計れない。まさに、ステータス欄に数値化されたスタミナが、わかりやすくて明確な基準、というわけだ。
当然、最初にスタミナの限界が来たのは黎太だった。そして初回の目的は黎太とうららのラビリンス慣れである。大怪我をしては意味がない、といううららの判断により、三人は潔く引き返した。




