第3章エピローグ 武の道を征く者
気がつくと、温かい感触に包まれていた。
布団の中にいるのだと気がつくのに時間はかからなかった。
心地よい微睡みに後ろ髪を引かれながら目を開ける。するとーー
目の前に涙を流す髭だらけの男の顔があった。
「ひっ!!」
少年は悲鳴をあげ、その顔を反射的に殴り飛ばしていた。
「だ、誰だてめえ!? ていうか、ここは!?」
混乱する。見慣れない景色……いや、どこか見覚えのあるような気はするが、なぜここにいるのかさっぱりわからなかった。
そして少年に殴られた衝撃で壁ぎわまで吹き飛んだ髭もじゃの男、誰だこいつは?
殴られた頬を押さえることもせず、ゆらりと立ち上がる男。
ふらりふらりと少年に近づく。
「な、なんなんだ! 近づくな!!」
怖い怖い怖い。
両手を広げ、ジリジリと距離を詰めてくる。
「…………か」
「か?」
「感動した!!」
「だから近づくんじゃねええ!」
再度拳が飛ぶ。
「あれ? ジン起きたんだ……って何してるの?」
「……まったく、病み上がりの身で暴れないでくださいよ」
扉を開け部屋に入ってきたアリアとウィルが目にしたのは、少年に抱きつこうとするむさ苦しい男と、それを阻止しようと拳を振るうジンの姿だった。
アリアたちの説明によると、ゴリアテとの戦いの後、ジンは失血が多すぎて倒れ治癒院に担ぎ込まれたそうだ。
「ジン3日も寝てたんだよ」
3日、どうりで腹が減るわけだ。
少年はベッドの上でウィルが気を利かせて買ってきてくれたパンやら串焼きなんかを貪りながら考える。
そして先ほど少年と攻防を繰り広げた男はボルデンだった。
「……で、なんであんたはここにいるんだ?」
やや警戒しながら問いかける。
男はいまだに滂沱の涙を流しながら少年を見つめてくる。
「俺は感動した」
「……なんなんだよ、気持ち悪い」
背筋にゾワりとしたものが走る。
「武人として、ゴリアテの未練を晴らしてくれたと聞いた」
「ああ、そのことか」
この男も、あの武人を救おうとしていたことを思い出す。
「感謝する、俺にはできなかったことだ」
「……別に礼を言われるようなことじゃない。俺は俺のやりたいことをやって、その結果あいつが勝手に満足しただけだ」
本心だった。最初はともかく、最終的にはゴリアテを救おうなんて考えは頭から消えていた。
結局あれは少年にとっての自己満足でしかなく、そのことで礼を言われてしまうのは不本意なぐらいだった。
しかし、ボルデンはそれを聞いて首を振る。
「いや、それこそ武人の生き方というものだ。だからこそ奴は救われたのだ」
武人を救えるのは武人だけ、だと言う。
「武の道は険しく、死の道と常に隣り合わせだ。道半ばで命を落とす者も少なくない……いや、武を極めることができた者などいないことを考えれば、全ての武人は未練を残して死んでいくと言っても過言ではないだろう」
そう自嘲気味に笑う。
「満足して逝けたゴリアテは、幸せ者だな」
見舞いを終えて帰っていったボルデンを見送った後、ジンたちは治癒院の別の部屋を訪れた。
「よお、妖精連れ。元気そうだな」
ベッドに横たわるバズ、その横にはウッドが腰掛けリンゴを剥いていた。
彼もあの戦いの後この治癒院に運び込まれたそうだ。そして、バズの傷は少年よりも重かった。
「剣が肺にまで届いていたんだと。我ながらよく生きていたものだと思うが、おかげでしばらく療養生活だ」
そう快活に笑い、すぐさま咳き込んだ。
ハンターの仕事は傷が回復するまで休み、それまで王都から離れた温泉街でゆっくりするそうだ。
今回の仕事で金は入ったんだ、その報酬で美味いもんでも食えばいいさ。そう言うと、バズはゆっくり首を振る。なんと今回の仕事の報酬を全て辞退すると申し出てきた。
「今回の依頼、俺たちは何もできなかった。ゴリアテを倒したのはお前さんで、それを見てることしかできなかった」
隣のウッドもうんうんと頷く。
「おっと、断るなよ? 俺にもプライドがある、後輩の手柄を奪うような真似しないさ。これは俺とウッド、それにブロスの3人で話し合って決めたことだ」
「あなたには感謝しています」
治癒院の部屋で暇を持て余している少年の元を訪れたのは、ドッサリと見舞いの果物を抱えたブロスだった。
なんのことか分からず首を傾げる少年に向かって僧侶は微笑む。
「今回の件で、アンデッドを祓うことについて考え方が変わりました。私は鎮魂の祈りをもって、アンデッドが持つこの世への未練というものを断ち切っていました。しかしそれは彼らにとって救いではなかった、そのことをよく思い知らされましたよ」
もう鎮魂の祈りは使えないかもしれない、との事。
「あなたが最後にあの鎧を斬り裂いた時、なぜ鎧が再生しなかったのかわかりますか? 祈りではない、あなたはその行動で彼を救ったのです」
しばらくの間、バズたちの元を離れて旅に出るのだと言う。
「私が今まで祓ってきた全てのアンデッド、生前の彼らについて調べてみようかと思います。彼らがどう生き、何を思いながら死んだのか。今更ですが、彼らの未練を少しでも晴らせるように私も行動してみようと思います」
今回の仕事、受けて良かったと思う。
得られたものは多かった。
まずその報酬。
本来バズのパーティと合わせて受け取るつもりだったものがまるまるジンのパーティに入って来たのだ。
妖精は得た報酬で大量のお菓子を買い漁り満足げだった。
ウィルはその報酬で借金を返し終えたのだが、残った金で魔術師の手の改造に乗り出したところ、こだわりすぎて材料費が足りずにかえって借金が増えてしまっていた。
そしてジンは一つの魔石を手に入れていた。
それはゴリアテの鎧の中から見つかった物。他の魔物と比べて随分と小さなものだったが、深い青色のその石に込められた魔力はそんじょそこらじゃお目にかかれないほどだとウィルは驚いていた。
ふと思いついたジンは、その魔石をウィルに頼んである所に届けてもらった。
それはかつて少年に依頼を出し、報酬として少年の防具の作成を約束したリバーテイルだった。
「いやはや、素晴らしいものができましたよ」
揉み手で少年を迎える店員。
「クリムゾンオーガの硬皮の加工は大変でした。なにせ切ろうにも刃が通らない上、裁縫しようにも針が刺さらないのですから。道具の見直しからやり直す羽目になりましたよ。ですが、苦労の甲斐もありお客様にも満足いただける商品ができたと自負しております」
そう言いながら渡されたのは、深紅のジャケット。
「鬼の朱衣とでも名付けましょうか。我がリバーテイルが総力をもって作成した新製品でございます」
着てみると、その衣はとても軽くしなやかだった。動きが全く阻害されない、これなら普段から着ていても負担がかからなさそうだ。(それを聞いた妖精は、こんな派手な物を普段から着るつもりなのかと戦慄を覚えていた)
「それとお客様からお預かりしたあの魔石、加工しブローチとしてそのジャケットに取り付けさせていただきました」
胸には青い宝石が煌めく。ちょっとした思いつきだったが、この店は見事に応えてくれた。
「…………ただの魔石を製品に取り付けたいというお客様の要望の意図がわからなかったのですが、出来上がった製品を見て職人たちが驚いていましたよ。そのジャケット、傷がひとりでに再生するようになったそうです」
それを聞きジンはニヤリと笑う。なんとなくそうなる気がしていたのだ。
今回の依頼で得られるものは多かった。
少年からすれば莫大なその報酬。再生能力を持つ深紅のジャケット。……体に刻まれた傷。
そしてそれ以上に、大きなものが得られた。それはこれからの少年の生き方を変えるものだった。
「…………でさ、やっぱりあの時のゴリアテの力は100%のものではなかったと思うんだ」
「うん」
「バズとウッドの戦闘と、あとブロスの鎮魂の祈りは効いてたと思うんだよ。俺と戦った時の動きちょっと鈍かった気がするんだよな」
「はいはい」
「それにやっぱり中身がないのはでかいよな。近接戦闘だと体重の差ってもろに出るから。特にあいつが最後に放ってきた青鈍は全体重を乗せた一撃だから、生前のものより威力が落ちてたんだよ。じゃなかったら俺は今頃死んでる」
「ふーん」
「ああ、やっぱり生前のゴリアテと戦いたかったな。全盛期の青鈍、是非とも受けてみたかった」
「…………それを受けたら死んでるって、自分で言ってたじゃん」
少年の語りが止まらなかった。それを聞き続ける羽目になった妖精はゲンナリとしている。
「ウィールーーー、なんかジンがめんどくさい感じになっちゃってるんだけど」
「…………頑張ってください」
「薄情者!」
そんなやり取りを続ける一行はギルドに入っていく。
今日は快癒したジンの復帰初日、そしてとある手続きを行うつもりだった。
窓口に座るシンシアに声をかける。
「受付さん、クラスの変更をお願いします」
「クラスの変更? 大剣使いではなく、別のクラスで登録するという事ですか?」
「はい」
「……一体、なんです?」
嫌な予感に顔を顰めるシンシアに向けて告げる。
自分は一体何者なのかを。
「武人です。俺はこれから武人として生きていきます」
第3章完結です。これまでお付き合いいただきありがとうございます。
第4章が完成次第投稿させていただきます。
どうかまたよろしくお願いします。




