43話 二回戦VS金蓮会①
翌日、秋季近畿大会二回戦の試合開始は昼過ぎの予定だった。朝のうちに宿舎を出た私たちは、念入りにアップをし、大阪三位の金蓮会との試合に備えた。
午前中この球場で行われたもう一試合の二回戦では、夏の全国王者、大阪桐葉が勝利した。私たちの試合、千庄と金蓮会の勝者は桐葉と準決勝を戦うこととなる。
女子高校野球界における絶対的王者、桐葉が圧倒的な力を見せつけた試合を、私たちはちらっと観戦した。見たものは虐殺だった。野手はみんなスイングが鋭く、動きが早い。出てくる投手、みんな球が速く、切れ味鋭い変化球を持っている。全員がハイレベル、これが全国トップだと思い知った。
あまりに強すぎて自信を喪失しそうだったし、とりあえずは次勝てば選抜が確実になるということで、すぐに私たちは見るのを止め、次の試合に集中することにした。
前の試合が終わり、球場入りする。グラウンドに足を一歩踏み入れると、昨日とは違った景色が広がっているような気がした。昨日と同じ場所、でも空が青色に広がっている。太陽が高くに位置し、グラウンドを暖かく照らしている。曇りきっていた昨日のグラウンドとは、ぜんぜん違う。野球日和だった。
そこで、ベンチのある光景が気になった。みんなが着々と準備を進める中、乃愛だけはボールを使って、なにやら“芸”を披露していた。お手玉の要領で、三つのボールを順にあげていく。落ちたところをキャッチし、持ち替え、また上に上げる。目にも止まらないスピードで、相変わらずの器用さだった。
「乃愛」
「おっと……」
私が話しかけたところで、乃愛はミスをし、ボールを落とした。
「ちょっと話しかけないでよ」
「ごめん。でも何してんの」
「集中力を高めるために、ちょっと遊んでた」
確かにお手玉しているときの乃愛の表情は、真剣そのものだった。
「乃愛ちゃん、ブルペン行くよ」
「はーい」
日菜子先輩に呼ばれ、乃愛は立ち上がる。今日の試合の先発は乃愛だ。
「ファイト」
「おう」
乃愛はハニカみ、ブルペンへと走っていく。特に変な気負いもなく、いつも通りに見える。
なんとなく私もボールを三つ持ち、お手玉をしてみた。けど、すぐにボールは私の支配下から逃れ、下に逃れた。
「何してんの?」
「いや、別に」
明日葉に不審がられ、私はすぐにやめた。変なとこにボールが当たったら、突き指してしまいそうだ。私は不器用だった。
◇◇◇◇
試合前、私の体はよく動いてくれた。怖いぐらいに体が軽くて、シートノックで自分の今までの動きのイメージと合わず、ボールに対して行きすぎてしまうぐらいだった。
チームの雰囲気も良い。昨日の五点差逆転勝利が最高の栄養剤となったのか、チームには活気があふれていた。この試合の勝利、選抜出場へ向け、あとは“プレイボール”を待つだけ、なはずだった。
「乃愛がおかしい?」
「うん」
試合開始が刻一刻と迫る中、私と明日葉は、日菜子先輩にダグアウト裏に呼び出された。
「ブルペンでの投球が、全然ストライクが入ってないの。あの子にも、緊張っていうのもあるのね」
八年ぐらいの付き合いになるけど、乃愛が緊張しているとこは見たこと無い。
「それで、わたしたちにどうしろと」
明日葉が言った。なんだか「そんなこと知らねえよ」とも言いたげな顔だった。
「あなたたちは、乃愛ちゃんをフォローしてあげて。仲の良いあなたたち―――」
「仲良くないです!」
即刻明日葉は否定した。そのツッコミの早さに私は笑ってしまった。
「だいたいそういうのは先輩がやるべきなんじゃないですか。キャッチャーで、しかもキャプテンだし」
「だって……あの子頭良すぎて言ってることよくわかんないし、噛み合わないもの」
「バッテリーは信頼関係が大切ですから、ちゃんと話した方がいいと思います」
「ご、ごめんなさい……」
後輩に頭を下げる主将という構図、面白いような悲しいような感じ。いたたまれなくなって、私は言った。
「乃愛は、あんまり緊張とかしないですよ」
「じゃあどうして?」
日菜子先輩の疑問に、明日葉は答えた。
「出来ないことをやろうとしてる、とか」
◇◇◇◇
結局私たちの話し合いは時間切れで終わった。試合開始の時間がやってきて、昨日に続き、後攻めの私たちは最初に守りに着く。
ボール回しをしながら、マウンドで投球練習を行う乃愛の様子をうかがう。確かに投球の大半がボール球で、いつもの調子とは思えなかった。
「プレイ!」
悶々とした思いを抱えながらも、試合は始まる。金蓮会の一番打者が左打席に入る。案の定、
「ボールフォア」
あからさまなボール球は無かったけども、コースを狙ったボールをことごとくボールとされ、乃愛は一番打者を歩かせた。二番打者はセオリー通り、送りバントでランナーを送った。
ワンアウトランナー二塁。三番打者が右打席に立つ。バッテリーはギリギリの球を選択し続け、四球目でサードゴロに打ち取った。ツーアウトになる。
しかし、四番には難しい球を打たれ、打球はセンターの前に落ちる。二塁ランナーが生還し、今日も先制を許した。
「乃愛」
私が声を掛けたけど、乃愛は飄々としていて、なんら変わった様子は無かった。良い所に投げてはいるんだけど……。
なんとか五番を打ち取り、一回表は終了した。しかし、最後の二人に対してもボール球は多くなり、どちらの打席もフルカウントとなってしまっていた。
◇◇◇◇
一点を取られた以上、早く点を取り返す。昨日のような展開は絶対に避けないといけない。
『一番セカンド、関長さん』
明日葉が右打席へ。今日も二番で出場の私は、ネクストバッターサークルに立つ。
マウンドの金蓮会の先発、宮部さんは左投げの軟投派で、多彩な変化球を持つ。激戦区の大阪を勝ち抜いてきたぐらいのチームのエースだから当たり前だけど、一筋縄で攻略は出来ない。
その宮部さん相手に、明日葉はしっかり粘っていた。くさい所をカットしていき、いろんな球を私たちへ見せてくれた。ただ相手も簡単に歩かせてはくれず、十球目、
「ストライク、バッターアウト!」
見逃したボールをストライク判定され、明日葉は見逃し三振に倒れた。でも、一番打者としてはいい仕事をしたと思う。
「ナイス」
打席へと向かうときのすれ違い様、私は言った。明日葉はうんともすんとも言わなかった。
『二番ショート、青見さん』
左打席に立つと、視界がよりクリアになった。今まで見えなかったものが見えるようになった感じ。初球、
「ボール」
スライダーが外へと逃げていった。この球はさっきの明日葉の打席でも見た。二球目、
「ボール」
今度は私の体近くを通るようなストレート。私を仰け反らせようとした意図が見える。
ここまでの二球は、しっかりとボールが見えている。明日葉が球筋を見せてくれたのもあるけど、それ以上に目が冴えている。ボールの軌道を十二分に追えている。
これでツーボール。相手はここまでとても慎重だけど、ここはストライクが欲しいはず。甘いのがくれば、迷わずいく。
三球目、ピッチャーのフォームにシンクロさせ、小さく右足を上げる。強く踏み込み、スイングの準備が整う。ボールを待つ。やってきたのは内側へ鋭角にくい込んでくるツーシームだった。
下半身から上半身に溜めた、ねじれたエネルギーをすべて、バットのスイングの強さへと変える。急激に加速させたバットは、ボールを喰う。また、快感が全身に伝わった。遅れて、金属音が鼓膜に響く。打球は、長い滞空時間を経て、ライトフェンスの向こう側へと落ちる。ホームランだった。
私は全力で走り出していたけど、その足を緩め、ゆっくりとダイヤモンドを一周した。ずっと大きな歓声が耳に届いていたけど、あんまり入ってこなかった。打った瞬間の気持ちよさが、ずっと体に残り続けている。その心地よさにずっと浸っていた。
ベンチでは手荒い祝福を受けた。もっとも、みんながみんなが喜んでいるわけではなく、なぜか、私にどん引きしている人もいた。日菜子先輩に至っては、
「化け物……」
なんてことを言ってきた。「化け物じゃないですよ!」と否定したものの、私自身、自分のバッティングにびびっていた。
ホームランなんて、少年野球で打った記憶があるだけだ。それは外野に張られたネット越えのホームランである。ちゃんと球場の外野フェンスを越えたホームランは、初めてということになる。そもそも女子の野球では、ホームランはほとんど出ない。私が生で見たことある女子のホームランは、沙音璃が夏に打ってたのを見たことがあるぐらい。
昨日初めてフェンス越しのファウルを打ったわけだけど、こんなすぐにちゃんとしたホームランを打てるとは思わなかった。心臓が高鳴っている。やばい、野球楽しい。
「ナイスバッティング」
落ち着こうと座って水分を取っていた私の横に、明日葉が座った。
「なんかわかんないけど、桜希がホームラン打つ気がしてた」
「本当?」
「本当」
明日葉はちょっと目を細めて、真剣な眼差しをしていたので、本当にそう思っていたのだろうと思った。三番、四番と倒れ、この回は同点止まりとなった。
二回表の守備に着く。この回もボール回しの間、乃愛の様子を観察してたけど、やっぱり満足のいく球を投げられていないようだった。気になって、私はマウンドに向かった。
「お、ホームラン王。どうかした?」
普段通りの軽い口調だった。
「大丈夫、なの?」
「大丈夫だよ。調子はいつも通り。でも――」
乃愛は私から視線を外し、ホームの方を向いていった。
「いつも通りだと駄目なんだよね」
少しだけ感情がこもった声だった。でも、その感情が決意か、悲壮か、なんなのか判断がつかず、ボール回しに戻った。両チームが一点を取り合った一回が終わり、二回の攻防が始まる。




