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へたれショートとつんつんセカンド  作者: 夏を待つ人
三章 真夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会
28/101

26話 一回戦VS作凛学院①

「おーい、桜希~!」


 私を盛んに呼ぶ声が辺りに響いたのは、球場入りを今か今かと待っているときだった。なんだか私は落ち着かず、球場外を走っていた。不意に聞こえてきた声に恐る恐る振り向くと、そこには意外な人物がいた。


「久しぶり」


 その人は、二週間前の県大会決勝で対戦した神戸海稜のエース、上橋うえはし沙音璃さおりだった。上橋さんはブロンドヘアを揺らし、遠くから駆け寄ってきた。


「何でここに?」


「君の勇姿を見に来てあげたの」


 彼女は、もちろんユニフォーム姿じゃなく、まるでモデルさんかのような私服姿である。


「あれって、上橋沙音璃じゃん」


「本当だ」


 彼女はとても目立つ。すでに周りにその存在を気づかれているみたいだ。


「一回戦、作凛だってね。まあ、いけるよね。千庄にはベスト4ぐらいは軽く行って貰わないと」


「簡単に言わないでよ」


「だって、あたしたちに勝ったんだよ」


 上橋さんは憎たらしいぐらい気持ちのいい笑顔で言う。


「ただ君は徹底マークされるだろうから、まともに勝負してくれるかわかんないけど。もう君は超有名人だから、“あたしを倒した人”としてね」


「昨日、あなたが上橋沙音璃を倒した人? って五人ぐらいに言われたわ」


「あはは。そういえば、ネットに君のファンコミュニティーが作られてたよ。まだ、あたしのやつよりずっと小さいけどね」


 そんなこと聞いてないし、最後のは余計な一言だ。


「ところで、今日はあのみたいな名前のチビはでるの?」


 一瞬、“くそ”って聞こえた。くそ、じゃなくて、草か。


「明日葉……関長明日葉のこと?」


「そう。そんな名前の」


 この出来事は、明日葉には内緒にしておこうと思った。


「出るよ。二番セカンド。私の次」


「ふーん。じゃあ、作凛がいくら君を避けようとしても問題ないね」


 そこで上橋さんは急になにかを思いだしたように、


「これ、あたしの連絡先ね。登録」


 紙切れを取り出し、私へと渡した。一応、「わかった」と言っておいた。でそろそろ会話を終わらせないとと思った。


「そろそろ行かなきゃ」


「うん。頑張ってね! 応援してるよ」


 でも、私は一つあることが気になった。この前の試合で私の打球を受けた彼女の右手のことだ。


「手は大丈夫なの?」


「もう大丈夫だよ。でも、痛かったなあ……お返し、してやるから」


 ずっと作っていた笑顔を壊し、彼女は言った。その視線の冷淡さ、さっきまでの脳天気そうな笑顔との温度差に、背筋が凍る感じがした。


「じゃあね! それと、アイラブユー!」


 彼女は再び笑みを作って去っていった。取り残された私は「変な人」ってつぶやいた。

 

◇◇◇◇


 球場に入り体を動かしていると、どこか体がなめらかに動いてくれない感覚があった。


 雰囲気が県予選とは違う。同じ県だというのに、観客の層が違うような気がする。昔、少年野球の全国大会に出たことあったけど、あの時よりも緊張の度合いは今の方が大きい。


 ちなみに今日は学校の吹奏楽部が来てくれている。これは会場近い高校の特権なのかもしれない。


 楽器の演奏を聴きながら、打席に入ったことはない。確かに気分としては高揚するだろうけど、でも普段とは違いすぎて、調子が狂ってしまうかも。


 作凛のシートノックをじっくり観察してみる。少し黄がかかったユニフォームの選手たちが、機敏にグラウンドを動き回っている。規律がしっかりと取られ、誰もが無駄のないプレーを見せている。神戸海稜のときも思ったが、やっぱり全国レベルだとあれくらいやれるのが当たり前なのだろう。


「おい一番」


 明日葉が私を呼んだ。


「最初の打席、ボール見ていかなくていいから。初球から打ちにいって」


 一番バッターのセオリーとしては、最初の打席は相手の投球をあとの打者を見せるため、早いカウントでは打ちにいかないのが基本だ。初顔合わせの対決となったらなおさら。


「その分、わたしが見ていくから。それと、塁に出たらわたしに気を使わず、走りたいタイミングで走って」


「つまり、私に自由にやれ、と?」


 明日葉はうなずいた。


「その分、明日葉は自由に打てなくなるけど、いいの?」


「あんたみたいな一番の後を打つってことは、そういうことよ。藤田先輩だって、いつもバントさせられてたし」


 そうは言っても、明日葉は結構打てるし、自由に打った方がいいのでは。私がもう一回、「いいの?」って問うと、


「大丈夫。うまくやるから」


◇◇◇◇


「お願いします!」


 試合開始を告げるサイレンが鳴り、選手たちが四方に散っていく。先攻は作凛学院。私たちは守備についた。


『一回表、作凛学院の攻撃は、一番センター、坂下さん』


 一番打者が右打席に入る。数回地面をならすと、バットを肩の上に据える。


「プレイ!」


 光先輩ピッチャーが足を上げ、静けさと緊張感が襲ってくる。上げた足を強く踏み下ろし、初球。


「ストライク」


 二球目はカーブをしっかりとストライクゾーンへ置いていく。バッターは二球とも見てきた。


 バッテリーは三球勝負を選択した。今度は外へ逃げていくスライダー、バッターはそれをひっかけ、辛うじてバットに当てる。


 ショート――私の真正面に打球は来た。一歩、二歩と前へ出て、グラブで掴む。しっかりとステップを踏んで、余裕を持って一塁へ。


「アウト」


 一個目のアウトを取り、千庄ベンチ、観客は盛り上がる。


『二番レフト、田中さん』


 二人目は左打者。この人相手にも光先輩はストライクを先行させていく、四球目をつまらせた。打球は今度は麗先輩ファーストへのゴロとなる。麗先輩は確実に捕球し、ベースを踏む。


 流石。この大舞台においても光先輩はいつも通りの投球が出来ている。二つのアウトを得たことにより、私の中にも安堵の気持ちが広がる。


 三番、相手のエースでもある今永さんは、空振り三振だった。間違いなく先輩は絶好調だった。


「よっしゃ!」


「ナイスピッチング!」


 最高のスタート、バッター陣はこの流れに乗らないといけない。


『一番ショート、青見さん』


 投手の投球練習が終わり、左打席に立つ。千庄側、一塁側のスタンドが、楽器の音に導かれ騒がしくなっていく。不思議な感じ。甲子園でよく聞く音楽に合わしてリズムをとってみる。足で投手との呼吸を合わす。


 初球から打っていって、という二番バッターからの言葉。とは言っても、馬鹿正直な球はやってこないとは思うけど。なんせ、私のことを相手は警戒している……はず。


 今永さんはストレート、カットボール、チェンジアップのコンビネーションを投球の軸とする。カウントを稼ぎたい、打たせて取りたいときはカットボール、空振りを取りたいときは、ストレートとの速度差が大きいチェンジアップを主に使う。


 と言ってもそれは、情報と映像から得たことだ。生で見たのはこれが初めてである。昨日見た映像を解析し、自ら打席に立ったときのイメージを作る。昨日はそれを繰り返した。


 作り上げたイメージとさっきの投球練習をすり合わせた。イメージはできた。初球から行く。


 今永さんの左足が地面に落ち、右腕が速度を得る。人差し指と中指から放出された初球は、私の体近く、内角へ。さらに鋭利な変化を見せ、さらに内角をえぐってくる、カットボール。


 体を勢いよく回転させ、バットでボールを巻き込む。打球は一塁線上を這っていった。


「フェア!」


 ライトがボールを拾ってすぐさま送球したが、間に合わない。私は二塁を陥れた。


「よし」


 難しい球だったけど、うまく打てた。いきなりの二塁打。あとは、後ろに期待。


『二番セカンド、関長さん』


 そして二番の明日葉は、宣言通りボールを見ていった。


 二球ストライクを続けられ、すぐに追い込まれる。だけど、そこから本領発揮だった。ストライクはファウルでカットしていく。ボール球はしっかりと見逃す。


 気づけば八球目、ようやく勝負は終わる。打球はセカンドへのゴロとなり、私は三塁に進んだ。


 ベンチに戻った明日葉はハイタッチで迎えられていた。投手に球数を投げさせ、味方に投球を見せる。さらに進塁打で、ランナーの塁を進める。アウトになったけど、これ以上ない打席だった。


『三番サード、吉川さん』


 しっかりと球数を見たおかげか、陽子先輩は、ワンストライクワンボールの三球目をレフト前に持っていった。私が本塁を踏み、千庄に先取点が入った。


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