12話 初戦VS笠山高校
夏の県大会のメンバーが発表されてからはあっという間だった。
雨でグラウンドを使えない日も多かったが、できるかぎりの準備をした。実践形式の練習を重ね、連携、戦術を練っていった。
日に日に高まっていく緊張感をかき消すように、声を出し、練習に没頭する。時間が過ぎ去っていくのが早かった。そして、兵庫県の女子硬式野球部、90校の一番を決める大会が始まった。
◇◇◇◇
じめじめとした曇天だった。
全国女子硬式野球選手権兵庫県大会は、すでに開幕していた。ただ、私たちにとっての開幕は今日だった。
県大会には連合チームを含めた90校が参加する。千庄はシードで二回戦からの登場であり、頂点に立ち、全国出場を決めるには6回の勝利が必要だった。
初戦の会場は、小、中学生のときに何度も試合をしたことのある、小さな古びた球場だった。あまり人の入らない観客席には、両チームの関係者ぐらいしかいなかった。
試合前、グラウンドでは今日の相手、笠山高校がシートノックを行っている。
バットを振りながら、その様子を眺めていた。そこまでの守備力はなさそうで、目立って上手な選手は見あたらない。笠山高校の一回戦は、1-0での相手をシャットアウトした完封勝利だった。
その結果が示すとおり、笠山高校の強みは野手力ではない。
ライト横のブルペンで、相手の先発ピッチャーが投球練習を行っている。セットポジションから、ぐっと体を沈み込ませ、左腕が下から上へすくい上げるように振られる。ゆっくりと進んでいくボールは、変化をしながらキャッチャーのミットに収まる。
なかなか見かけない左のアンダースローだった。左バッターの私にとっては、打ちにくそうな要素が詰まった投手である。
踏み出す右足がかなり内に寄っているので、左バッターにとっては、ボールが背中からやってくるようで、見えづらい。さらに下手投げということもあり、普段とはボールの出てくるところも、描く軌道も全然違ったものになる。
とりあえずと、体の開きを最大限に抑えることを意識してスイングをしてみる。背中側からやってくるボールを迎えにいってはいけない。ギリギリまで引きつけて、叩く。それを意識していく。
◇◇◇◇
「集合!」
「はい!」
試合開始まであと少し、千庄のメンバーたちはベンチ前で円陣を組む。密度が高まっていき、辺り一帯の温度が上がった気がする。気力十分というように頬を上気させて、陽子先輩の言葉を待つ。
「この大会に向けてこれまでやってきたこと、がんばってきたこと。全部発揮できるよう、いつもどおり元気全快で、声をだして、全力でいきましょう!」
「はい!」
「それじゃいくよ」
部員たちの円が小さくなる。みんなが中央の一点に向かって手を差し出す。たくさんの腕が入り乱れる。
「絶対勝つぞ!」
「オー!」
掛け声とともに円が解けた。審判団が一塁側の入場門から現れる。試合開始までのカウントダウン、そわそわした感じがする。
千庄チームも、ベンチの前で一列となり、中腰で試合開始を待った。
一瞬の静寂のあと、審判の号令が球場に響いた。
審判四人がホーム後ろに並び、両チームのメンバーがそれに遅れ整列し、互いに向かい合う。
「千庄高校と笠山高校の試合を始めます。礼!」
「お願いします!」
選手たちが一斉に声のこもった礼を交わした。私にとっての初めての夏、三年生たちにとっての最後の夏が始まった。
◇◇◇◇
『一回の表。千庄南高校の攻撃は、一番ショート青見さん』
「お願いします」
左打席に入り、軽く打席の土を掘る。マウンド上、少し小柄のピッチャーは、帽子を被り直し私に向き合った。
右手一本でバットを持ち、ピッチャーに向け掲げる。左手は胸の前に置いておく。前方のバット越しに投手を見据え、一度ゆっくり息を吐く。
息を出し終わると、右手を左手のところまで持っていく。バットの先が半円を描くような軌道をとり、右手と左手が合流し、両手でグリップを持つ。
「プレイ!」
セットポジションからピッチャーは沈み込んでいく。地面にぶつかりそうなぐらい低い位置からの初球を放つ。
ほとんど死角ともいえるところからやってきたボールは、浮上しながら遠ざかっていくという、見たことのない奇妙な軌道を通り、外角高めに突き刺さった。
「ストライク」
審判が威勢よくファーストストライクをコールした。やっぱりというか、やっかいなピッチャーだ。
二球目、今度のボールは緩かった。上がり軌道だったはずのボールは、ドロリと大きく曲がりながら、内へと向かっていく。
しかし甘い。開きを最大限におさえ、ここぞというタイミングで、一気にバットをたたき込む。金属音がけたたましく鳴り、ボールはセンター方向に飛んでいった。
打球は一見、いい角度で上がっていたが、
「アウト」
元々後ろ気味に守っていたセンターは、何歩か下がった位置で、余裕を持ってフライをキャッチした。捕られることはわかっていた。打ったときの感触が、バットの真芯で捉えたときは違った。
ベンチに戻ると、先輩たちに「惜しい。いい当たりだったのに」なんて言われたから、
「全然です。捉えたと思ったんですけど、なんかずれて詰まってしまいました」
「詰まってあんなに飛ぶなんて……」
二番の美羽先輩、三番の陽子先輩も浅いカウントでボールを打ち上げてしまい、一回の表はあっさりと三人で終わった。
◇◇◇◇
試合は四回裏まで進んでいた。スコアとしては1-0で千庄がリードしているが、試合の流れは相手であり、チーム全体に妙な暗雲がただよっていた。
今日の先発はエースの光先輩ではなく、二年生の佐伯奈桜先輩だった。
この回までは完璧だったものの、二巡目となったところで今日初めてのピンチを迎える。早々にツーアウトを取ったものの、連続ヒットで一塁、二塁のピンチを迎えている。
奈桜先輩は相手バッターにストレートを投じる。制御の利かなかった投球は、ど真ん中へ吸い込まれた。
打ち頃の球がきた打者は、当然、スイングで迎え入れる。痛烈なゴロが奈桜先輩の足下を抜けていった。
私は、走り、そして飛び込んだ。伸ばしきった腕の先のグラブにボールが収まり、すぐに立ち上がり、なにふりかまわず一塁へ放る。ワンバウンドの送球が、ぎりぎりのタイミングで一塁へと至った。
「アウト!」
「ふー」
一塁審判のコールを聞いて、安堵の息をついた。ベンチへ帰る途中、みんなに「ナイス!」って喝采されたけど、あまり心を込めて喜べなかった。
今日の問題点は一にも二にもバッティングだった、二打席目も一打席目と同じような、少しの“ずれ”でライトフライとなってしまった。
二打席凡退ぐらいはよくあるけども、内容が内容だけに自分に腹立ってしまう。チームが未だ一点しか取れていないというのも、焦りに拍車をかけてしまう。
そろそろ追加点を取らないとまずい。相手ピッチャーが、打てそうで打てない。なかなか崩せない、二点目が全然取れない、嫌な感じ。
対照的に笠山のベンチは、同点、逆転もいけそうという、いけいけムードとなってきている。
五回表が始まる。この回は七番の乃愛からだった。焦燥を感じながら戦況を見つめていると、明日葉が横へやってきて、「ねえ」と口を開いた。
「いいこと教えてあげる」
唐突で、それでいておかしな口振りだった。
「打席で右肩を開かないことばっかり考えてるでしょ。そのせいで右肩がいつもよりもちょっと中に入ってる。だから微妙に捉えられないんだと思う。それと――」
明日葉は、私の背中を強く叩いた。
「いてっ」
「力入りすぎ。もっとリラックスして構えなさい」
びっくりした。なにを言うかと思ったけど、しっかりとしたアドバイスだった。
「ありがと。よく見てくれてるんだね」
「別に、見てられなかっただけだから」
嬉しかった。自分の中にただよっていた暗雲たちが、一目散に吹き飛んだような感じがした。
「関長さん、次、佐伯さんのとこで代打!」
芹沢先生の声がダグアウトに響く。明日葉は「はい!」と大きく返事をした。
「がんばって」
「そっちこそ」
グラウンド上、乃愛がヒットを放ち、ノーアウト一塁となった。八番の日菜子先輩は送りバントでチャンスの場面となる。
『九番佐伯さんに代わりまして、バッター、関長さん』
ここで代打した、明日葉はレフト前に綺麗なヒットを放った。ワンアウト一三塁、チャンスの場面で私は三度目の打席に立つ。
『一番ショート、青見さん』
乃愛にも明日葉にも夏の大会初ヒットを越されてしまった。続くしかなかった。
アンダースローからの初球、だいぶその出所にも軌道にも慣れた。さっきの明日葉のアドバイスを意識する。開かないよう、でも右肩が入りすぎないよう、浮き上がり、逃げていくボールを捉える。
少しのずれもなかった。完璧な当たりは、右中間を抜ける三塁打となった。その間に乃愛と明日葉がホームに帰り、ついに待望の追加点が入った。
それも機に千庄打線は爆発した。たまっていたうっぷんを晴らすように打線がつながっていき、最終的には8対0の大差でみごと初戦を突破した。




