11話 ひょっとするかも
触れるとやけどしてしまいそうな、ピリピリとした雰囲気をずっと感じていた。
全国高等学校女子硬式野球選手権の兵庫県予選は日に日に近づいてくる。今日は、そのベンチ入りメンバー18人が発表されることになっていた。
グラウンド整備を終え、いよいよその時が来る。
すべてがこれからの数分で決まる。緊張した面持ちの部員たちが、円を作るように並んでいる。皆の視線は、円の一端、主将、陽子先輩の方へと向けられていた。
「では、県大会のベンチ入りメンバー、背番号を発表します」
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。隣には芹沢先生がいて、その手には背番号の束が見えた。
「1番、永井光」
「はい!」
光先輩が輪を外れ、陽子先輩の前へ立つ。先生から陽子先輩へと送られた背番号が、光先輩の手に渡る。真っ白な背景に“1”と刻まれた背番号、エースの称号が重々しく受け渡しされる。部員たちの拍手が二人を包む。
「2番、弓削日菜子」
「3番、中村礼」
「4番、藤田美羽」
その後、予想通りの名前が呼ばれ続ける。刻々と6番が近づいてくるにつれ、鼓動が早くなっていく。
「5番がこの私、吉川陽子で――次、6番、青見桜希」
「はい!」
しっかりと声が出た。歩み出て、キャプテンに対する。
「がんばってね」
キャプテンは、背番号を渡すときに小声で言った。私は小さく「はい」と言った。
部員たちが拍手で、私を迎える。火照る気持ちを抑えながら、元いた場所に帰っていく。背番号が、とても重く感じた。
引き続き、7番、8番と発表されていく。
「9番、末広乃愛」
「はい!」
乃愛はいつもと変わらぬ、ひょうひょうとした様子で背番号を受け取った。なおも発表は続いていく。
「10番、佐伯奈桜」
「11番、高村星奈」
「14番、関長明日葉」
「……はい!」
明日葉は早足で前に出る。どことなくぎこちない様子で背番号を手にすると、またもや早足で戻っていく。
「以上です。この十八名で夏の大会を戦っていきます」
18人の名前が出揃った。しかし、張りつめていた空気が萎むことはなかった。
「選考は、私と先生で相談して決めましたが、正直、悩んだ部分もあり、入れなかった人のことを重うと、とても心苦しい。欲しかった背番号と違って、不満がある人もいるかもしれない」
陽子先輩の額には、汗が光って見えた。
「でも、みんなが揃っての千庄女子野球部だと思っているから。ベンチ入りした人も試合に出る人もみんながみんなのためを想い、これからも一緒に、全国を目指して、最後は笑って終われるように頑張っていきましょう」
「はい!」
部員たちの声が綺麗に合わさる。
「先生、なにかありますか?」
「いえ、私の言うべきことはすべて陽子さんがおっしゃってくれたので。あなたの後だと、喋ることがなくていつも困りますね」
先生の愚痴のような冗談を聞き、部員たちは和やかな笑みを浮かべた。先輩は照れくさそうにした。
◇◇◇◇
数日後、練習終わりに私は陽子先輩に呼び出された。用件もなにも聞かされなかった。
「あの、話ってなんですか?」
「ここ座って」
と言って、陽子先輩は部室の長椅子へ座ることを促す。
練習後、先輩は「話があるから、着替え終わったら部室にて」と言った。その言葉通り、こうして部室で待ってたけど、“話”というのがまったく見当つかなくて、怖かった。
先輩もいすに座り、制服姿の二人がいすに並んで腰掛けている、という構図ができあがる。そのままだった。先輩は、なにも言わない。
「話って……?」
私が言うと、先輩は「うーんと」って前置きしてから、
「私たちにはもう時間がないから。あなたとお話したくて」
部室の中は、外の風の音が聞こえるほど静かだった。いつもの主将としての凛々しい姿と違う先輩が、ここにはいた。
「そうですね。私も先輩とお話したいです」
「青見ちゃんは、どうして野球を始めたの?」
とても、普通な話だった。
「乃愛の影響です。小学校のとき、私が一人ぼっちのときに乃愛が声をかけてくれて、乃愛が野球をやっていたので、それについていったって感じです」
「一人ぼっちの青見ちゃんが想像できないなあ」
「昔は、今もですけど、もっと気が弱かったので、私。先輩はどうだったんですか?」
「私? 私も気弱で一人で閉じこもってばっかだったから、親が、いきなり野球やれ、なんて言い出して。今思えば、強引すぎだと思うけど」
意外だった。今の先輩の姿と、昔のエピソードが重ならなかった。
「でも結果的には、野球やってて良かったと思ってる。野球やってたからここまで成長できたし。特にこの三年間は主将までやらせてもらって、大変だったけどね」
なんだか私に似ているような気がした。私も野球に出会わなければ、どんな人生を歩んでいたか想像も付かない。
「私、先輩は凄いと思います。かっこいい主将です」
「後輩にそう言ってもらえるなら、頑張ってきてよかったかな。大変だったし、やめたいと思ったこともあったけど、でも続けてよかった」
そして、「はあー」って大きく息を吐いた。
「やめたくないなあ。ずっとキャプテンやってたいなって思う。あんなに大変だったのにね」
先輩は遠い目をした。そうだ。物事には終わりがあって、三年生たちの部活はもうすぐ終わっちゃうんだ。
「この感覚、青見ちゃんも二年後にわかるかも」
一瞬、その言葉の意味がわからなかったけど、
「無理ですよ。私が主将なんて……乃愛や明日葉の方が向いてます」
「ううん、大丈夫。青見ちゃんは、私に似てる気がするから」
その後も、いろいろなことを話した。勉強の話とか、恋の話とか、ホントに他愛のない話だった。しばらくしてこの場はお開きとなった。ともに自転車通学の私たちは、駐輪場に向かうことになった。
私たちは静寂の中を歩き出す。暗闇に先輩の姿が溶けていく。この時間もやがて終わる。
「今日はありがとう。楽しかった。じゃあね」
先輩は言った。私たちの帰る方向は真反対で、正門前でわかれることとなった。
「こちらこそです。さようなら」
「ねえ」
小さな声で先輩は呼び止めた。先輩は少しの時間、溜めて、そして言った。
「がんばろうね」
「はい!」
それで私たちは別れた。どれだけ話込んでいたのか、辺りは完全に暗くなっていた。
◇◇◇◇
数日後、私は光先輩と話をしていた。そのさなか、自然と陽子先輩の話になった。
「なんか、陽子が最近怪しいんだよね」
「怪しい?」
「陽子の、君を見る目が怪しい」
私の困惑をよそに、先輩は続ける。
「ひょっとすると、ひょっとするかも」
先輩は笑っていた。私は、その意味をあんまり考えないようにした。




