96話 私たちってアホだよね
延長戦での劇的なサヨナラ勝利を果たした県大会決勝の翌日、私は明日葉と一緒にバッティングセンターへ来ていた。
「なんというか、私たちってアホだよね」
私が言うと、マシンからやってきた球を打ち返した明日葉は、「うん?」って言いながら振り向いた。
「休みなのに、わざわざまた野球するなんて」
激闘を終えた私たちが次に見据えるのは、全国の舞台だ。今日はこれまでの疲れを取ろうという束の間の休みで、野球のことを忘れて明日葉とデートしようと思っていた。なのに、なぜか、このバッティングセンターに来ることになってしまった。
「行こうって言ったのはそっちじゃない」
「そうだけど……」
昨日の最終打席、沙音璃の直球に屈し、三振を奪われてしまったのが昨日からずっと悔しい。なんだかフラストレーションが溜まってたから、思いっきりボールを打ち込みたくなったのだ。
昔ながらのこのバッティングセンターは、プロ野球のピッチャーの映像とかもなく、ただ無機質にマシンがボールを放出するだけだ。百四十キロのストレートがリズミカルにやってくる。明日葉が繰り出すスイングは、正確にボールを芯で捉えていく。
私は明日葉の番が終わるのをゲージの裏で待っていた。別に他の打席で打ってもいいのだけど、百四十キロが出るのはここだけだ。両方とも速い球を打ちたかった私たちは、順番こに打っていた。
残球があることを示す、マシン横のランプが消える。明日葉がゲージを出てくる。次は私の番だ。
チャリーンとコインを入れると、マシンが動き出す。左打席に立ち、やってきたボールを打ち返す。快音が鳴った打球は、あと少しでホームランの的に当たりそうだった。
マシンからやってくる無機質な球は、タイミングさえ合わせれば簡単に打てる。昨日の沙音璃の球の方が、打つのは百倍難しい。
八回の裏、最後となった打席では、ストレートが来るとわかっていても当てるのが精一杯で、最終的には空振り三振を喫した。
「最後らへんの沙音璃の球って、百四十ぐらい出てたのかな?」
「出てたんじゃないの」
マシンの球速がどれぐらい正確かは置いといて、沙音璃の球はこれ以上に速く感じた。スピードにキレとノビが合わさり、女子野球の到達点ともいえるようなストレートを沙音璃は投じてきた。
「やっばいなあ」
とか言いながら、迫り来る球を打ち返していく。
「でも逆に考えれば、沙音璃が最強だから、全国にもあれ以上はいないってことだよね」
「……わたしは、桐葉の巻島乃梨子の方がやばいと思う」
「ああ、うん。どうだろ……」
答えに詰まってしまう。明日葉の言うとおりなのかもしれない。本心では沙音璃の方が上であって欲しい。けど、巻島さんもまったく劣っていないし、野球経験の薄さとか考えると、まだまだ伸びていくじゃないかと思わせる恐ろしさがある。
「おっ?」
適当に打った打球がどんどん伸びていく。今度はちゃんと的に当たった。
『ホームラン! おめでとうございます!』
なんてアナウンスが鳴った。そのままゲームを終えると、私たちはカウンターに向かった。
「ホームランの景品、どっちにする? 商品券とコイン」
近くのショッピングモールの商品券と、バッティングセンターのコイン、どっちにするかとカウンターのおじさんに問われ、私は迷う間なく答えた。
「じゃあコインの方ください」
◇◇◇◇
ひとしきり打った後、私たちはバッティングセンターを出た。汗もかいたし、今日はこれまでということになった。駅や私の家に続く道を、自転車で漕ぎ進む。
途中で大きな川の横を通った。休日ということもあり、自転車でどこかに向かう中学生男子の集団や、散歩しているおじいさんやランニングする女の人など、牧歌的な光景が広がっている。
町の中央を流れる川の河川敷には、野球やサッカーなどたくさんのグラウンドがある。その中の一つのグラウンドに練習する少年野球チームの姿があった。
明日葉が自転車にブレーキをかけ、
「あれ、桜希のとこのじゃないの?」
「あっ、うん」
河川敷で練習していたのは、私と乃愛が小学生の時に所属していたチームだった。バッティング練習をしているようで、少年少女たちの声に、金属バットの奏でる音が混じっていた。
卒団してから四年以上経っていて、知らない顔ばかりだ。見たことないコーチらしき男の人もいる。でも、私たちがいた当時から監督は変わっていないみたいで、少年にバッティングの指導をする姿が見えて、なんだか安心した。
「あいさつしてきたら?」
「いやあ、いいって」
さっさと去ろうと思い、私はペダルに足をかけた。ところが、
「ん?」
グラウンドではバッティング練習が終わったようで、みんなが小走りで一塁側のベンチの方へ向かっていく。そんな中、一人の女の子が私たちを見つめていた。彼女はしばらく立ち尽くした後、今度はこちらに向かって全速力で駆けてきた。
「な、なんだ……?」
女の子はあっという間に私たちの目の前にやってきた。そして、息を枯らしながら言う。
「青見桜希さんと……関長明日葉さんですか?」
「う、うん……そうだけど」
「あ、あ、あの……わたし……青見さんと関長さんのことが、好きです!」
「へ?」
あまりの急展開で、私と明日葉は言葉を失った。女の子も女の子で恥ずかしさを覚えたのか、顔を真っ赤にした。
「ま、間違えました。わたし、綿村亜夜って言います。ファンなんです、青見さんと関長さんの」
亜夜ちゃんはなんだか緊張した様子で、それでも一生懸命に話し始めた。
「監督に話を聞いたんです。数年前、このチームに凄い人がいたって」
「それは桜希のこと?」
「そうです。えっとそれで、ネットで調べたらもっと気になって、千庄高校の試合を見に行きました。で、二人のプレーみてすっごいかっこよくて、そこで一気にファンになりました。こんな風に、わたしもなりたいって思いました」
「そう。亜夜ちゃん、ありがと。嬉しい」
明日葉がそう言うと、亜夜ちゃんは瞳をパッと輝かせた。私も「ありがと」と慌てて言った。
◇◇◇◇
私はとりあえず監督に挨拶をした。私たちの動向を気にしてくれていたみたいで、全国出場を祝ってくれた。
せっかくなので、練習を見ていくことにした。私と明日葉は土手へと上がる階段の腰をかけ、シートノックを眺めていた。
「上手いね、亜夜ちゃん」
明日葉が言う。さきほど私たちに話しかけてきた亜夜ちゃんはショートを守っていた。動きにセンスが感じられる。小学生にしては背が高いと思っていたけど、送球も力強く、ショートしては申し分ない。
「監督に聞いたら、あの子五年生だって」
「ふーん」
監督がノックを打って、選手たちが白球を追う。河川敷に風が吹くと、なんだか、時がゆっくりと流れていくような感じがした。
「ていうか、女子多くない?」
「私もそう思って、監督に聞いたら六人だって」
私が在籍した当時の女子が一番多い時は、私と乃愛、それになぎちゃんの三人だった。今はそれの倍いるということになる。監督のこのチームを率いた十年以上の中で、今が最も女子が多い時期だそうだ。
「そういえば、なんで小学生とか中学生の野球は、男子のチームに女子が入ったりするんだろ。ちゃんと女子だけのチームもあるのに」
ふと疑問が浮かんだ。私自身、男子と一緒に野球をやっていた。考えてみれば、他のスポーツだとそういうの、あんまない気がする。
「昔は女子だけのチームとか全然無かったから、女子が野球をやりたければ男子と一緒にやるしかなかった。だから女子のチームが増えた今でも、そういう文化が残ってる。
だけど高校は、昔から男子に混ざって公式戦に出ることができなかった。だから今では完全に男女分かれているし。高校女子野球部の数は小学生中学生の女子野球チームより多かったりする」
「そうなんだ……全然知らなかった」
「常識だって」
ノックが最後の練習メニューだったようで、最後にキャッチャーフライでノックが大和売ると、グラウンド整備が始まった。ノックでぐちゃぐちゃになったグラウンドが綺麗に均された後、みんながは一カ所に集まり、ミーティングが始まる。
そこに私たちは呼ばれた。なにやらチームのキャプテンらしき男の子に「全国大会、頑張ってください」と、みんなの前で激励された。ミーティングはそれで終わった。
さあ帰ろうと私たちが自転車の元へ向かい、ハンドルに手を掛けた瞬間、
「あの!」
と女の子の快活な声が響いた。亜夜ちゃんだった。
「えっと……」
彼女は立ち止まり、口ごもった。なにやら言いにくそうに、指をもじもじさせる。明日葉が「どうしたの?」といつになく優しい声色で言うと、
「わたしも千庄高校に行って、二人みたいになりたいです。どうすれば、いいですか……?」
亜夜ちゃんは、どこか不安そうに両手の拳をギュッと握りしめていた。
「うーん、そうだなあ。千庄はスポーツ推薦とかないし、やっぱ勉強を――いてっ」
私が答えてやっていると、明日葉に小突かれた。明日葉は「そういうことじゃないでしょ」と小声で私に言った後、亜夜ちゃんへ歩み寄った。
「亜夜ちゃんは、そのままで大丈夫」
「え?」
「理由はともかく、その気持ちがあれば大丈夫。目指したいところが自分にはっきりとあるなら、そこに向かって頑張れるから――まあ、桜希が言うとおり、勉強も頑張らなきゃだけど」
明日葉の言葉に感激したのか、亜夜ちゃんは顔全体をらんらんと輝かせ、
「あ、ありがとうございます! 頑張ります! ぜ、全国頑張ってください! 絶対応援行きます!」
亜夜ちゃんは頭を目一杯下げた後、転ばないか心配になるほどの全速力で、グラウンドへ戻っていった。
◇◇◇◇
「ファンなんて、びっくりしたなあ」
「桜希のファンなんて、たくさんいるじゃん。美月とか」
「別に美月は……ファンとかじゃなくて、ただの後輩だし」
帰り道、ゆっくりと自転車で進む。今は五時ぐらい、結局ほとんど野球だけでデートが終わってしまった。
「まあ桜希のファンが何人いようと、第一号はわたしだもんね」
「だったら、明日葉のファン一号は私だよ」
なんてアホな会話、亜夜ちゃんに聞かせたいぐらい。
「ていうか明日葉、亜夜ちゃんに対して、めっちゃお姉さんだった」
「そう?」
「先生とか向いてるんじゃない?」
明日葉は肯定も否定もせず、「んー」とだけ発す。駅に着いたので、私たちはそこで別れた。明日からは全国に向けての練習と、試合漬けの日々が始まる。




