表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハニさんといっしょ  作者: 御堂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

其の捌

弁天町高校は、公立ながら県内では上位に位置する進学校として知られていた。


六本木家の兄姉達はそれぞれに私立高校へ進学したが、カズイは電車通学がそもそも苦痛だったので自転車で通える範囲の公立高校を探していた。


初めは、紅梅寺に近い平均的な公立高校にする予定だった。


だが当時のクラス担任から、弁天町高校行ける学力があるんだからそっちに行け!


と泣きつかれる勢いで言われてしまえば、面談に立ち会った千溪にも説得され、…最終的に、寺から距離のある弁天町高校に通う羽目になった。



まったく不本意である。



ちなみにアヤノは弁天町に近い女子校に進路を決めていた。別の学校に進学はしたが、タイミングが合えば登下校は一緒にしていたので、今日まで一緒に過ごせてきたのはそのせいもある…。


進学後。

早々に三年後の大学受験を視野に入れている大半の生徒たちを横目に、カズイは将来の事を考えたりはしてはいなかった。

相変わらずぼんやりと日々の事に流されやり過ごし、先輩に誘われるまま言われるまま、バスケ部に所属させられていた。


制服もない弁天町高校。

当時からスカートなど履かなかったカズイは男子生徒と間違われる憂き目にあい、誤解が解けてもなお、通学途中の女子高生や中学生から憧れの眼差しを向けられ、告白する者やラブレターを送る者、プレゼントを渡したい者の列が絶えることはなかった。


文化祭や体育祭ともなればカズイの姿を探して、大勢の女生徒たちが押しかけてくる有様。

また、カズイがバスケ部に所属している情報もどこからか漏れたせいで、試合会場にも他校の生徒が応援に精を出すという珍事件などもあった。

さながらアイドルのコンサートのような盛り上がりを見せる会場で、試合に出ないカズイを顧問や監督がそっと裏口から帰宅させるという事も何度もあった。

 

高校では男女問わず当たり障りなく接していたカズイだったので、外部の生徒たちが押し寄せてくるイベント時では、クラスメイトが、あるいはバスケ部のメンバーが一丸となって、目立つことを嫌うカズイを、上手に隠すなどのチームワークを見せていた記憶がある。


そんな騒ぎの中で(呼んでもいないのに)美しすぎるモモセとチタカが顔を見せにやって来たこともあった。

当然、大騒ぎになった。

よくわからない大騒ぎになったことで、なぜか学校間の抗争事件と誤解され、警察が出動し、千溪が呼び出され、最終的にカズイが怒られた。



本当に…理不尽である。



以上のことを見ても、カズイが高校生活を謳歌していたようには見えないだろう。



…本当に謳歌できていなかった。



カズイの高校生活は、不本意と理不尽の連続だったため、記憶が曖昧になる…を通り越して、忘却していたのも無理はない。


仲良く、とまではいかないまでも、難関大学受験を目指していた同級生やクラスメイトは、カズイに同情的だった気はする。

つかず離れずで助けてもらったことはあったが、どんな時にどんなことを、と聞かれると、答えられなかった。


訳も分からずに他校の女子生徒たちに追いかけられる恐怖を感じた一年生。

ようやく状況を理解し、逃げることを覚えた二年生。

ますます身長が伸びて、中性的な顔つきとなった三年生では、自分の知らないところでファンクラブが発足し、また預かり知らないところで弁天町高校の有志による親衛隊のような組織が出来上がっていた。


らしい。


大まかに振り分けたカズイの三年間だが、波多野…もとい御幸との出会いは、カズイが二年生の6月頃のことだった。




 

梅雨の長雨で湿気がすごい日だった。

天然パーマのカズイの髪はいつもよりうねり、まとまりが悪くなっていて、雨と相まって気分が少し落ちているような日のことだった。

 

放課後の体育館で部活の休憩中、転がり出たボールを追いかけて外に出たカズイは、微かな猫の鳴き声を耳にした。


雨脚も弱まった頃合いだったので、鳴き声のする方へなんとなく足を向ける。

猫を探し回るカズイは、そこで校舎と体育館を結ぶ渡り廊下の茂みにしゃがみ込む男子生徒を目にした。


ミャーミャーと鳴く子猫を抱いたその生徒は、歩み寄ってきたカズイを見て狼狽したように顔を強張らせた。

責められるとでも思ったのか、胸に抱きしめるように猫を抱く姿が、少しだけ震えている。

猫にも男子生徒にも警戒されているのを感じたカズイは、その場で立ち止まった。

周囲の視線や干渉から逃げたい人間特有の匂いを感じる。

それはかつての、そして現在のカズイが抱えるのと同じ匂いだった。


「…子猫?」


首を傾げて問うカズイに、その生徒は顔を赤らめて「あ」とか「はい」と、しどろもどろに返事をする。

重たそうな眼鏡をかけた、ふくよかな姿の男子生徒は、雨に濡れた髪を掻き上げるカズイを、少しばかり警戒する顔で見つめてきた。


「迷い猫なのかな」


何とはなしに口を開いたカズイに、男子生徒が猫を抱いて立ち上がる。

顔をカズイに見えるようにしてやりながら、彼は言った。


「多分、そうっすね…。お腹減ってるみたいで」


自身のなさそうな小さな声だった。

猫の口の周りに、ご飯粒がついている。

彼の足元に置かれたコンビニの袋から、おにぎりのパッケージが見えた。

きっと彼が手持ちのもので上げられそうなものを、少し食べさせていたのだろう。

しばらく猫を眺めていたカズイは、男子生徒に笑いかけた。


「飼うの?」

「え?」

「だって…ゴハンあげたみたいだし…」

「あ、ああ…そうっすね…」


雨に濡れたレンズをパーカーの袖でぬぐい取った彼は、胸に抱いた猫を見下ろして笑う。


「うち近所なんで、連れて帰ろうかな」


彼の返答にカズイは少し笑った。


「ならよかった。私は…」

「…自転車、っすか…?」

「うん。距離もあるから難しいなって思ってた」


よかった、と呟くカズイが猫を見て微笑む。

体育館からキャプテンの休憩終了の号令が聞こえ、カズイは「じゃあ」と踵を返した。


その背中に、彼の声が慌ててかけられる。


「あの!」

「はい?」

「あ。えっと…この子に名前つけるとしたら、どんな名前がいいっすか」


思わぬ問いかけだった。

少し空を見上げてから、カズイは苦笑する。


「アメ、かなぁ?」


それだけ言い残すと、カズイは雨脚が強くなり始めた雨の中を走って戻っていく。





「アメ…」


胸の中の子猫を抱きなおした彼…御幸が頬を少し赤らめて笑う。

高校の有名人であるカズイと思わぬ形で言葉を交わせた嬉しさを、御幸は密かに噛みしめる。

カズイが奥ゆかしく優しい人であることが分かって、御幸は嬉しかった。

見た目でいじめられてきた御幸にとって、人気のある生徒というのは関わりあうことが難しい存在であったのだが。


主に猫を気にしていた様子ではあったものの。

普通に、同じ学校にいる生徒同士の気安さで声をかけてきてくれたカズイが、御幸には菩薩のように見えていた。

いじめられてきた自分を、憐れむでも蔑むでもなく、対等な存在として見てくれたことが、何より救いだった。


いつの間にか胸の中で眠りについた子猫を、御幸は抱きなおす。


「君は今日からアメだ」


そういうと、御幸は傘を広げて帰途についた。


いじめられていたことが悔しくて、せめて学力では負けないようにと頑張ってきた。

偏差値を上げれば上げるほど、見た目を馬鹿にしてきた連中は周りから消えたものの…。

心に残るトラウマや恐怖感はいつまでも御幸を苦しめていた。


穏やかな弁天町高校で、御幸は虐められることはない。

共通の趣味や認識を持つ友人も僅かにだができた。

それでもカズイのような目立つ人間を前にすると、委縮して小さくなる自分が嫌だった。


だがカズイは警戒する御幸を見ても、責めることもなく、適当な距離感から穏やかに声をかけてくれたのだ…。

その優しさがまず嬉しかった。


そして、もっと喋ってみたかった。


それに気づくと、御幸の胸に後悔が押し寄せてくる。

踵を返すカズイに慌てて、名前のことを聞いたのは我ながら良い機転だったと思う。


胸に抱いた子猫を飼うつもりは本当はなかった。

でも、カズイが安心するなら、飼うのも悪くないと思ってしまった自分に、御幸は苦笑する。


恋というにはあまりにも弱すぎる。

それでも、御幸の中で「変わりたい」という欲が出たのも間違いではなかった。


カズイに釣り合う人間になれたら、もっと堂々と話しかけられるだろうか?

…たぶん、そうまでしなくてもカズイは、話しかけたら返事をしてくれると思う。


けど。


御幸がみる六本木十一は、あらゆる物事人物に追いかけ回されている人間だった。

常に困っている。

でも、困っている人を放っておけないのか、自ら苦難に巻き込まれに行ってる。

そんな人間に見えていた。


困らせたくないなぁ。


独占したいわけではない。

ただ…カズイのようにはなれないが、カズイみたいな素敵な人になりたいなぁ。


…と御幸は思った。


(人を見た目で判断しない、フラットな目線の人間になりたいなぁ…)


たった少しの会話で御幸の在りようを変容させてしまったカズイ。

以降、御幸の中でカズイは、聖域であり永遠のアイドルとなっていったのだった。






「いい話ねぇ」


涙ぐむ千溪がティッシュを目頭にあてている。

モモセとチタカは、カズイの学校の文化祭に遊びに行っただけで警察沙汰になったことを覚えていたようで


「そんなこともあったわね」

「アレはなんで警察が来たんだ、結局」


それぞれに呟いている。

アヤノはハニさんを掌に乗せたまま、波多野のスマホに映し出された猫のアメを眺めていた。


「そういうわけで、六本木先生に会わせたかったんですよ、アメを」


種明かしは終わったとばかりにヘラリと笑った波多野。

カズイはその横で、黙ってアヤノと一緒にアメの写真を見つめていた。

そんな当人を放っておいて口を開いたのは、マコトだ。


「アメって猫は病気なのか?」


そう訊ねたものの、目線はアヤノの手の上のハニさんに向けられている。

ハニさんは、アヤノの手のひらからウネウネ両腕を動かして、マコトに何かを訴えているようだった。


「腎臓が悪い、のか」


マコトの言葉に波多野が眉を下げる。珍しい表情だった。


「ハニさんはなんでもお見通しなんですねぇ」


波多野の声にカズイが顔を上げた。


「ようやくペットOKのマンションに引っ越せたんで、実家からアメを連れてきたんですよ」


大事に育ててきたがあまり本調子ではなく、薬が手放せないようになってきているらしい。


「だからまぁ、アメのことを思い出してもらって、見に来て欲しかったんですよねぇ」


力なく笑う波多野が、頭を掻く。

カズイが少し眉を下げた。


「そんなことなら、もったいぶらずに早く言ってくださいよ…」

「でも六本木先生、僕のこと警戒してたでしょ?」

「…」


気まずそうに黙り込んだカズイを見て、波多野は微笑んだ。


「ま、そういうわけなんで、堂々と僕のマンションに遊びに来てくれる関係になりたかったんですよ」

「なら、カズイの彼氏になりたいというのは…方便ということでいいのかな?」


あっけらかんと告げる波多野に、チタカが極上の微笑みを向けた。

それは、天女も恥じらって顔を隠しそうな程の威力がある。

チタカの放つ強めの美圧力に、波多野はハハっと笑い返した。


「あ。彼氏になりたいのも本気です。冗談でもご家族の前でこんな事言いませんよ」


全く動じることもなく答える波多野に、チタカの頬が引きつる。

千溪がキャァっと黄色い声を上げた。


「やだぁもう!素敵じゃない。男気を感じちゃうわ!そうでしょ、カズちゃん」


カズイの細い肩をガッシリと掴んでゆする千溪。カズイはされるがまま、頭をグラグラと振っていた。

諸々の情報量を処理しきれてない様子のカズイが、千溪に揺さぶられながら「うぅん」と呻く。

モモセが口を開いた。


「彼氏になりたいとかは置いておいて…。カズイ?ネコちゃんが気になるなら、お見舞いにでも行ったら?」

「あ…」


モモセの一言でカズイがパッと顔を上げる。


「それは、そうしたいけど」

「ええ、ホントですか??やった!言ってみるもんですね。いつが空いてます?明日とかどうですか」

「う、え…えっと」


顔を上げたカズイにグイグイとせまる波多野。

今にも両手を握りそうな距離感に、チタカが強引に割って入った。


「近い!」

「あぁん、ちーたん!邪魔よぅ!」


なぜかガッカリする千溪を睨んでチタカが波多野に向き直る。


「見舞いなら俺も行く」

「えええ、マジですか」

「あ、ならわたしも行きたい!」

「俺も行こうかなー。ハニさんがその猫に会いたがってるしぃ」

「暇だから、私も行こうかしら」

「えええ…」

「ちょっとアンタたち、邪魔しちゃダメでしょ」


カズイを除く全員が猫のアメの見舞いに行きたいと口々に言う。

ぼんやりとそれぞれに騒ぐ面々を見るカズイを見て、波多野はその目を覗き込んできた。


「六本木先生は、来てくれるんですよね…?」


いつもよりも若干、真剣な口調と眼差しだった。

どこか既視感を感じさせる眼差しに、カズイが無意識に首を傾げる。


「はい…」


小さく頷いたカズイをみて波多野がホッと息を吐く。

その表情が、少しだけ幼い少年のように見えて、カズイは戸惑った。


「じゃあ、明日迎えに来ますね」


そういって笑った波多野は、いつもの調子で口にする。

立ち上がって帰ろうとする波多野に、チタカが車のキーをとった。


「送っていくよ、波多野さん。暗い夜道は男でも危ないからね」


不穏な微笑みを浮かべたチタカだったが。


「ええ、マジっすか?うれしいなぁ。じゃあまた明日。六本木先生」


ヘラヘラと笑う波多野を引っ立てるようにしながら、チタカが連れ出していく。

急に静かになった居間で、カズイは疲れたように座卓に突っ伏した。


「カズイちゃん…?お疲れ様」


アヤノに頭を撫でられ、カズイは小さく笑う。


「…本当に疲れた…」


クスクスと笑いあう二人の横で、千溪が大きく伸びあがる。


「ホントよ。お風呂は沸いてるのかしらぁ?」

「私がやっておいたわ」

「なら、お先にいただくわね」


法衣のまま首を回す千溪が、アヤノとモモセを見て思い出したかのように口を開く。


「今日泊まるなら、お布団は各自でお願いね」


頷いたモモセが千溪をさっさと風呂へ追いやる。

それから、突っ伏したカズイをみてその頭を、長いネイルで突いた。


「食べないならベッドに行きなさい」


そういうと、食器を下げて行く。

アヤノと視線を交わして、また二人は密やかに笑いあった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ