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魔女と過ごした一年間  作者: 幻影の夜桜
序章 出会いの春
6/7

第5話 早起きは三文の徳

私は夢の内容なんてしばらく覚えていません。もうそろそろ死ぬのでしょうか。

 ジリリリリリリリリ……。


 聞き飽きた音が部屋中に響き渡る。俺は枕に顔を伏せたまま、当てずっぽうに手のひらを振り下ろした。

 二度、硬い木の感触に痺れを感じた後、三度目にしてようやく命中したらしい。不快な音が止まった。

 何気なく寝返りを打って仰向けになったのだが、ふと違和感を感じて俺は起き上がった。そして違和感の元である枕に目をやる。

 しかしそれは見慣れた自分の枕と全く相違はない。枕の高さになんとなく違和感を感じたのだが、考えてみれば勝手に枕の高さが変わるわけがない。ならばきっと気のせいだろう。


 少しモヤモヤしている感じが残ってしまったが、まあきっと家を出る頃にはすっかり忘れてしまっていることだろう。なるべく気にしないよう務めることにした。


 と、違和感を半ば強引に解決させたところで、俺は自身の快挙に気が付く。確認するべく時計に目をやれば、それは6時半という時刻を示していた。


 普段はなかなか起きれずに目覚まし時計の合図から20分ほどゴロゴロした後、焦りに焦って用意をしてから家を出るのだが、今日は久しぶりに余裕のある朝になりそうだ。


「えっ、どうしたの」


 早起きのおかげで、実に余裕を持って機嫌よく起きていったのだが、弁当を作っていた母から無惨な言葉と視線を浴びせられる。ある程度の想像こそしていたが、いざこうなるとなかなか虚しいものだ。


「俺だっていつもドタバタしてるわけじゃないんだよ」

「そ、よく言うわ」


 俺のつまらない返事を聞いた母は、すぐに俺に興味をなくして弁当作りを再開させた。

 わざわざ興味を失くした相手にまた引き込むように話すほどおしゃべり好きでもないので、俺もそれ以上の会話は望まずに菓子パンを手にとってかじりつく。

 大した量のないそれをものの2分で食べ終わると、普段は存在しない空白の時間に直面した。


 遅起きに慣れてしまうと早起きがかえって暇以外の何物でもないということが分かったところで、俺は時間を潰すべくポットに水を入れて湯を沸かし始める。


 その間に俺はテキパキと着替えを済ませた。こう、余裕があっても効率優先で行動するところは、寝坊癖ゆえの(さが)だろう。


 トイレも済ませてキッチンに戻ると、ちょうど湯が沸いたところだった。そしてそれを使ってコーヒーを()れる。


「モーニングコーヒー? シャレてるわね」

「ほっとけよ」


 自分でも調子に乗ってるな、と恥ずかしくなったせいか、思わず少し憎まれ口で返してしまった。

 しかしそれを聞いた母は、機嫌が悪くなるどころかニヤッとした笑みを浮かべている。どうやら息子の思考なんてお見通しらしい。やめておけばよかった。


 とにかくもう淹れてしまったのだ。開き直ってオシャレな朝を満喫しようとそれを持ってリビングへ移動し、ローテーブルの前に腰を下ろした。


「なんだ、タックルって」

「え、あんた知らないの?」


 ニュースを見ながら出た呟きに、母がキッチンでの雑事をこなしながら食いついた。

 いや、タックルくらい知っている。そうじゃなくて、タックル事件とはなんだということを言いたかったんだ、と心の中で呟きながらテレビを見ていると、突然ボールも持っていない選手に背後からタックルをかます映像が流された。


「え、ちょ、これやばくね。母さん今の見た?」

「見たも何も、何日も前からやってるわよ。多分この件知らないの、日本中であんたくらいよ」


 ああ、ということは食いついた時点で何の話か分かってたってことか。

 それにしても日本中で俺だけとは言いすぎだろう、きっとまだ知らない奴も居るはずだ。

 そんなことを想像しながら見知らぬ誰かと張り合っていれば、ふと教師がやたらとタックル絡みの雑談をしていたことを思い出す。


「あ、あの雑談はそういうことだったのか」

「毎日寝坊してニュースに目を通さないからでしょう」

「寝坊はしてねえよ」


 いちいち独り言に突っ込まないでくれ。

 とにかく決めた。金輪際早起きはしない。なにが早起きは三文の徳だ。三文どころか三文句じゃないか。

 ……フフっ。


「何一人で笑ってんの、気持ち悪い」


 やっぱり早起きはろくなことが無い。もう二度としてやるものか、と再度固く誓ったところで、時計が7時5分を指していることに気が付く。

 少しぬるくなったコーヒーをグッと喉へ通し、カバンを持って立ち上がった。


「行ってらっしゃい」


 母のその言葉を背に俺は家を出る。それからエレベーターで降りていけば、すっかり見慣れた少女がこちらの姿を発見して、可愛らしく手を振りながら近付いてくる。


千弦(ちづる)くんおはよーっ」

「おはよ」


 謎の転校生イベントから早3週間。結局「家が近いのも何かの縁だし、拾った縁は結ばなきゃ」などという訳の分からない理屈で一緒に登下校することになっている。

 そもそもコイツは縁結びの意味を知っているのか、と突っ込みたいところだが、ろくな未来が見えないので自重しておいた。


 さて、絶世の美少女との二人きりの登下校、と言えば聞こえはいいことだろう。

 だが現実はそうは甘くない。どうせみんなキャッキャウフフな感じを想像するだろうが、実際はチクチクビクビクと言った方が適切だろう。


 まず、「千弦くん今日も眠そうだね、チクッ!」というところから始まる。実際眠そうにしているかどうかは些細な問題なのだ。だから、余裕を持って起きたが(ゆえ)にピンピンしている今でも関係の無いことだろう。


 …………。


 アレ? 何かおかしい。

 あっさりと駅に着いてしまった。ここまで何も無いのは異常事態である。

 いや別に刺されたいわけではないが、ルーティーンが無くなると少し心許(こころもと)ない感じがするのは俺だけではないだろう。


 ……つまり俺にとってコイツはルーティーン? ちょっと待て。なんだか俺今すごく恥ずかしいこと考えてないか?


 いやいや、考えるな千弦。まずは事実確認が先だ。

 強引に邪魔な思考を振り払って頭の中を空にしようとしていると、それは思わぬ形で実現されてしまう。


 肩に何かが触れる感覚。

 本能的に何をされたか察する。

 電車の中でたまにされるあの不快な行為だ。

 しかし、今の俺には不快感なんて微塵もない。

 不快感どころか、何も感じられない。

 どうする、何か声をかけるか?

 無理矢理起こすか?

 俺は肩に寄りかかる無防備で可愛い表情をした少女を横目に見ながらどうしたものかと考えるが、上手く思考がまとまらない。


「ふぁ……あ、ごめんね千弦くん。あんまり眠くてつい……」


 スっと肩の重みが消え去る。

 俺はきっと顔を赤くしていたことだろうが、とにかくその場をやり過ごすべく、極めて冷静に務めて声を放った。


「ね、寝てないのか」

「うん。夜更かししちゃった……」


 今まで眠そうにしている様子は一度も見たことが無かったため、夜更かしとは無縁で健康的な生活を送っているものだと思っていたが、珍しいこともあるものだ。

 こいつも、こんな一面があるんだな、と思えば少し身近さを感じてなんだかホッとしてしまった。幾分(いくぶん)緊張も落ち着いたようだ。


「アニメ見てたら止まらなくなっちゃって。ほら、あるでしょ? ゲームの中に閉じ込められる……」

「あーあれか。あれは確かに面白いな。俺も春休みにDVDを借りて一気見した」

「だよね! あー……今日寝ちゃうかも」


 その時は起こしてやるよ。そう言おうと思ったが、ふと思いついて普段の仕返しどころをここだと定めれば、思わず口角を上げてしまう。


「その時はコンパスで刺してやるよ」

「うっわ……そういうことするんだ」


 どうだ、と思ったのも束の間。あたかも俺が悪人であるかのような反応をされてしまう。

 平然とした顔で俺を血も涙もない人間に仕立てあげた少女には、もはや賞状でも送ってやりたい気持ちに駆られた。もういっそ清々しいな。


「そうそう。あんまり見すぎて夢にも出てきちゃったんだよ!」

「ゲームの世界に入ったのか?」

「そ! 羨ましいでしょー! 千弦くんはどんな夢だった?」


 夢の世界でゲームの中に入ったのか、夢の中で夢を見る、くらいにややこしそうな話だな。

 そんなことをぼんやり考えていると、少女に問われてしまったので記憶を辿る。

 しかし、どれだけ辿っても昨日の夢が思い出されることはない。

 楽しい夢? 怖い夢? それすらも思い出せない。

 ま、別に夢を忘れるくらい、珍しい話ではないが。


「覚えてないな」

「うわーっ。夢って年取ると忘れがちになっちゃうらしいよ」


 この少女は俺がもうじいさんなんだと言いたいらしい。ただ、ほんの少し前に珍しいことじゃないと思った自分が居たので、ちょっと心に刺さってしまった。

 しかしまだ学校までに時間はある。ここで諦めるのは早い。少し食い下がってみようか。


「たまに忘れることくらいあるだろ。お前は、一昨日とか、その前とか、ちゃんと覚えてるのか?」


 俺は覚えてないし、なんとも論点のズラした返しだが、ここで「千弦くん、論点がズレてるよ」なんて言うようなやつじゃない。

 ここで詰まれば仮に返されてもおあいこに持ち込める。

 ……あれ、よく考えたら勝ちがない。我ながら情けない抵抗だな。

 しかしそんな俺の情けない抵抗すら、容赦なく少女は叩き潰す。


「うーん。一昨日はフルーツ盛り合わせ食べたかなー。その前は、テストで500点とった! その前はね、すごいよ。宝くじでなんと1億円……!」


 どうやら俺がバカだったらしい。十中八九思いつきだろうが、幸せそうにニコニコと話すその姿を見て追及する気も失せてしまった。


「お前、ほんと幸せそうだな」


 何気なく俺は呟いた。

 何の悩みもないように、楽しそうに夢の内容を話す姿を見て、呟いた。


 しかし俺は、この時はまだ深く考えていなかった。

 幸せとは、いったい何なのか。

 何をもって、幸せと言えるのか。

 幸せとは、本当に“幸せ”なのか。

名   前:本堂 有沙 (ほんどう ありさ)

誕 生 日:12月15日

血 液 型:B型

部 活 動:無所属

好きなもの:コーヒー

苦手なもの:ハロウィン

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