第3話 魔女のパフェ
最近パフェやクレープといったものにハマっていました。気が付けば体重が2kg増えていました。
「はぁ……なんか、すごく疲れたな……」
友達から届いていたメッセージを一通り返してから、俺は深いため息と共に、誰に言うでもなく呟いた。
部活動を一切行っていない俺は、学校が終わればすぐに一人で帰路につく。別に友達が居ないとかそういう訳ではなく、単純に少し遠いのと、みんなは部活動をやっているから、とそういった理由で誰かと一緒に帰る習慣はできていないのだ。
帰りの電車に乗れば、ドア横のポジションをとって、スマホに届いたメッセージの確認・返信を行っていく。そしてそれが一通り終わり次第、適当なゲームアプリを開いては最寄り駅までの時間を潰す。これが俺の日課だ。
だが、今日の俺はなぜだかゲームをする気にはなれず、ただぼーっと外の景色を眺めていた。
いや、“なぜだか”ではない。理由は分かる。どう考えてもあの謎の美少女だ。あれ以外に理由が存在しえない。
最初は美しすぎて近寄り難いとすら思うほどだったのに、蓋を開けてみればコンパスで初対面の人の首筋をプスリ、なんて無茶苦茶もいいところである。
それにそれがしっかりツボを押さえてくるのがまた始末が悪い。
そんなことを思い出していると、少女のあの悪い笑みが浮かんだ。そう、その悪い顔でコンパスを構えて、首筋のツボを狙っているその姿が。
「いっ!?」
本日三度目の絶叫。並びに、注目。
ひとまず周りの痛い子を見るような反応を視界から除外させつつ、犯人特定を急ぐべく振り返る。正直予想してはいたのだが、やはりそこには、既に二度見たあの悪い笑顔があった。
「こんなに警戒心が薄い子は、私史上初めてだよ」
「こんなに大胆な子は、俺史上初めてだよ……」
「あはは、返されちゃった~」
少女は楽しそうに笑っているが、俺には笑い返す気力はなく、深いため息をついた。確かため息をすると幸福が逃げる、なんてことをもっと幼い時に聞いた記憶があるが、もしそれが本当ならば、この少女の疫病神ぶりもいいところだ。
しかしそんな俺の幸福値なんてどうでもいいであろう少女は、悪びれる素振りなど一切見せずにニコニコと笑っている。これが可愛いのがなんとも悔しいところだ。
コンパスで獲物の首筋を刺すことに成功した少女は満足したのだろう、新たな話題を振るべく憎めない笑顔を浮かべたまま口を開いた。
「ところでさ、千弦くんはどこまで乗るの?」
「3つ先だけど」
「3つ先!? 偶然だねっ」
何が偶然なのか、は聞かなくても分かる。
きっと俺と降りる駅が同じだったのだろう。嬉しいような悲しいような、複雑な気分に心を支配されていく。
「実は近所に住んでたりしてね〜」
「いや、さすがにないだろ……」
日曜日にスーパーに買い物に行ったら首筋を刺された、なんてことはなんとしても避けたい。しかし幸いにも俺の最寄り駅を使う範囲はそこそこ広い。近くに他の駅がないので、どうしても“最寄り”の範囲が広くなる。だからきっと近所に住んでいるなんてことは無いだろう。あってたまるか。
しかし無情にも、そんな俺の希望的観測はあっけなく崩れ去ることになる。
「んー。駅から東にちょっと歩いたら10階建てのマンションあるでしょ? そこの近くのワンルームなんだけど……分かる?」
「……分かるも何も、その10階建てのマンションだよ」
「うっそ!? すごい偶然だねっ」
有り得ない話ではあるが、あまりにも偶然が重なりすぎて狙ったようにしか思えない。あるいは、これが漫画の世界なら俺達は結ばれる運命にあるのだろう。きっと主人公とメインヒロインに違いない。
なんだか恥ずかしくなってきた。俺はいったい何を考えているのだろうか。
「あ、そういえば千弦くん知ってる? 駅前の喫茶店。あそこ、面白いメニューがいっぱいあるんだって」
もちろん知っている。行ったことはないが、面白いメニューが多くてインスタ映えするだなんて言われたりしているのをよく耳にした記憶がある。
しかし、一度友達に見せられたそれは間違いなく“変”だった。あれを面白いと言うのはかなりオブラートに包んだ結果なのだろう。
さて、ここで俺はどうしたものか考える。正直訳が分からない以上、興味が無いどころかむしろ少し避けたいくらいである。
思案の末、行くべきではないと判断した俺は、唸るような声を漏らして時間を稼ぎながら断り文句を考えた。
* * *
「魔女のパフェです」
「おーっ! 千弦くん見てこれ! すっごく美味しそうだよ!」
「おう、そうだな……」
奇抜なメニューを話題としてカップルはもちろん、インスタ映えを求めた女子達でも賑わう喫茶店。なるほど、「魔女のパフェ」か。奇抜極まりない。
ちなみに魔女のパフェとは、一言で言えば抹茶パフェだ。だがもちろん魔女と言うだけあって、ただの抹茶パフェではない。
プリンの上に抹茶のケーキとアイスがある。ここまでは普通だろう。しかしそのアイスを顔に見立てているらしく、黒豆で目が、そしてとんがりコーンの先の方で高い鼻が表現されていた。
その上にはチョコで塗装されたらしい、これまたとんがりコーンが帽子を模している。それにしてもなぜ抹茶パフェにとんがりコーンなのか。他にあっただろう。
うーん、インスタ映えか。分からなくはないが、さすがにツッコミどころが多すぎやしないだろうか。
「千弦くんも何か頼めば良かったのに〜。悪魔のケーキとか美味しそうだったよ?」
「いや……見るだけでいっぱいいっぱいだよ」
「そうかなー?」
悪魔のケーキ。期間限定メニューのトップに載っていた商品のことだ。チョコベースのケーキらしいのだが、「大好評! 人気投票第三弾! 君は天使と悪魔のどちらを選ぶ!?」などと書かれ、ショートケーキっぽい「天使のケーキ」と並べられていたのはいったい何だったのか。
もう突っ込む気力も起きない。それどころか、むしろ第一弾と第二弾は何が火花を散らしていたのかと気になる次第だ。大好評なのだからきっともっとすごいものだったのだろう。うん、そうに違いない。
しかしまあよくもこんなものに、と言えば失礼だが、「美味しそう!」なんて目を輝かせれるものだ。女子はこんなものなのだろうか。残念なことに、俺には一生かかっても理解できそうにない価値観だ。
そもそもなんで二人で喫茶店に居るのかと。断るんじゃなかったのかと。
どうせ上目遣いでお願いされて敗北したんじゃないかと。そう思われていることだろう。
しかし考えてもみてくれ。乗り気でない雰囲気で返事を渋っていればコンパスを取り出されるのだ。大喜びで行くと言うしかあるまい。
「写真撮らなきゃね〜」
半ば脅迫まがいのことをしておきながら、一切の罪悪感も感じさせない少女は、笑顔でスマホのカメラ越しに魔女のパフェを覗いていた。きっとこの魔女はすぐにネットにアップされるのだろう。そしてこの少女の友達から「可愛い!」なんてたくさん言われるのだろう。ちょっと羨ましい。くそ、魔女のくせに生意気だな。
魔女と張り合って熱くなっていた俺は、途端に冷静になると恥ずかしくなって紅茶を喉に通した。何気なく少女に視線を移してみると、写真は撮り終えたらしく、一口目をまさに今、口に入れようとしている。
幸せそうにパフェを食べていく少女を見ながら「来て良かったな」なんて思い始めた心には気付くことはなく、俺はその可愛い姿にしばらく見入っていた。