88.灯りを追って
遅れまして申し訳ございません。
年内はもう一度更新したいです。
無理なら無理と言います笑
よろしくお願いします。
灯りは思ったよりも遠いところにあるらしい。
平原だった一帯は少し進むと傾斜がつきはじめ、だんだんと進むのが大変になっていった。
「こんな秘境みたいなところに、本当に人里があるのかしら」
「確かに生活するのには不便そうだね」
ユーカとこんな会話をしながら歩く道は、ハイキングコースのようだ。
雪と岩肌が大自然を感じさせる以外は、まだ、標高の低い山を登っている気分になるが、あまり整備されていない道を歩くせいで疲れを感じやすい。
この辺りにはあまりモンスターが生息していないのが、唯一のいいところかもしれない。
モンスターたちにも、リアルの野生動物のように生活圏がある。
それを超えることはめったにないのだ。
山際まで生い茂っていた草も木々も、少しずつ上に行くにつれて少なくなっていった。
気温もなんとなく下がっているように感じる。
積もっている雪も、シャクシャクと音を立てるようになってきた。
「ここまでくると、さすがに疲れるな」
「モンスターのレベルも結構高いしね。道のりがこんなに長いとは思わなかったよ」
「でも、みんな、前を見てくれ。どうやら、そろそろたどり着けるようだよ」
イェルカさんの声に顔を少し上にあげると、山腹の崖の部分からかかっている梯子のようなものが見えた。
雪で真っ白に染まって見えるが、丈夫そうな木製の大きなものである。
俺たちは疲れて会話も減り、下を向きながら歩いていた。
そんなところに見えた梯子は、俺たちの気持ちを高めるのにとても効果的だった。
「やっとか。長かったな……」
「それにしても、この集落、結構上の方まで続いているのね」
「確かに。俺たちの追いかけてた灯りは、この山の上の方のものだったのか」
パラパラと会話をしながら、順番に梯子を上っていく。
梯子の先に広がっていたのは木製のデッキのような道。
崖に沿って、カタカタと続く道は、少しうねりながら、さらに上の方へと続いているようだった。
道の外側には落下防止の柵が設けてあり、その上には一定の間隔でオレンジの灯りがともっていた。
灯篭のような見た目のその灯りは、雪の中にぼんやりと浮かび上がって、暖かく美しい印象を覚える。
灯篭と言えば、キョウゴクは和風の街だった。
ここにもその影響があるのだろうか。
「おーい、よく来たなあ!!」
ふと、上から声がした。
見上げれば、一段上にある崖のところから、男が手を振っている。
「もしかして、ガモウ?」
スピニーさんがつぶやいた。
「ガモウって、なんか聞いたことあるな……」
「ほら、あれよ、最初にスピニーさんと会った時に一緒にいた人」
「……ああ! そういえばいたな。あの時はまだスピニーさんがカタコトだったけど」
「触れない方がいいわよ。もう大変だからって、日本語に慣れたことにしてるらしいから」
俺とユーカがそんな話をしていると、スピニーさんから鋭い視線が送られてきた。
二人そろってパッと目を伏せる。
短く息を吐いたのが聞こえてすぐ、彼女が大きな声で呼びかけた。
「あんた! そんなところで何してるのよ! 戦闘力皆無の情報屋じゃあなかったのー?」
「まあまあ、スピニーの姐さん、こっちにもいろいろな事情があるんですよ。イェルカの旦那も久方ぶり」
「久しぶりだね。元気にしているようでよかったよ。仕事の方ははかどっているかな?」
「今、真っ最中でね。とにかく、すぐそこの階段からこっちの崖に上がってこられるから、上がってきな。あんたらがここに来た理由は知ってるんだ。俺が案内してやるよ」
会話から、インセルと仲間だったという過去の情報は正しかったのか、ちょっと疑問に思えてきた。
ガモウはインセルのメンバーじゃなかったのか?
タテハさんが不思議そうな顔をしていたのが、その感覚をより強くした。
「そういうことみたいだから、おとなしくあいつの方に行こうか」
イェルカさんが苦笑気味に言うのに合わせて俺たちは階段を上っていった。
今まで歩いてきた木組みの道は、下に地面がない建造物であった。
もちろんしっかりと作られた道だったために、不安定さは特に感じなかったが、階段を上った先にある地面は同じ木組みでも安定感を感じさせるものだった。
一つ崖の上に来たこともあり、視界が一気に開けた印象があった。
下ではすぐ横に岩肌があったが、ここでは今まで来た雪原を見晴らすことができた。
山の方を見れば、なだらかに街が上の方に広がっており、まだこのエリアの終点ではないことがうかがえた。
ガモウはこの前“タルトレット”で会った時とは異なり、俺たちと同じような和服を着流しにしていた。
この寒いのに袖の短い浪人のような服を着ているということに若干の不安を覚えたが、ゲームで気候を無視するような恰好をとることは少なくないので、それもすぐに消え去った。
「1,2,3,4,5,6人か。なるほどな。まあ、大丈夫だろう」
ガモウはいきなり俺たちの数を数えるとこんなことを言った。
コータが疑問を口にする。
「なんで数なんて数えたんだ?」
ガモウはにやりと笑った。
「俺が情報屋をできるのは俺のオーブのおかげなんだよ。それを使うにつけて、ちょっとばかし、制限があってな。数を数えたのは、それが大切だからだ。見て驚け」
彼は首にかかっていたチャームを握った。
「“我、変化を求むるものなり。万変する我が体の名は〈飛竜〉”」
詠唱……!
明らかに“魔術型”のオーブだ。
詠唱が終わると同時に彼の身体は光輝き、どんどんとそのシルエットを変化させていった。
身体の大きさは二倍以上になり、力強い翼が見え、鋭い鉤爪がシャープな腕の先に創られていた。
光が一通り収まると、俺たちの前には、黒い鱗を纏った巨大な竜が鎮座していた。
「どうだ、これが俺のオーブ。俺の知っているモンスターならばどんなものにでもなれる。〈千変万化〉だ。恐れ入ったか」
得意げに語るガモウは竜の姿だというのにどことなく威厳がないように思えた。
俺のオーブは人間の身体にモンスターの魂を入れ込む力があるが、ガモウのオーブは人間の魂をモンスターの身体に変化させたようで、面白い。
だが、純粋な興味だけで彼の変身を見ていた奴はいないようだ。
「……その姿って、攻撃力あるの?」
「まあな! これで見かけだけでしたってなったらそりゃもうおしまいよ!」
「へえ、そうなんだ……」
ユラと前に進み出たのはスピニーさん。
拳をパキパキと鳴らしながら、ゆっくりと近づく。
「ねえ、あんた。うちの情報屋として雇ってた時のこと覚えてる?」
「そら、覚えてるさ。丁寧にフィールド調査をして、そのデータを渡せば、結構な額がもらえる。俺にとってはありがたい仕事だったからなあ」
「そうよね、あんたにとってはおいしい仕事だったはずよ。危険な戦闘なんかは全部こっちがやってたんだからね」
「え、いやまあ、そりゃあ、俺の【職業】だと、情報を得るのに一人では結構時間がかかるというか……」
「あんた、覚えてる? 俺は戦えないって言ったのよ? 覚えてるでしょう?」
「えーと、それよりも早く、トロンさんの家に行かないか? 寒いだろ、な?」
だんだんとガモウの表情が青ざめていくのがわかる。
この場で彼女の怒りを鎮められそうなイェルカさんは肩をすくめてお手上げの構えを見せていた。
コータはそっぽを向いて大あくびを一つ。
「一発だけ、あんたを殴らせなさい。それで帳消しにしてあげる」
「いや、俺は殴られたくないんだが……」
「いいから殴られなさいよ! 決闘でもしたいの? 面倒なら、さっさとフレンドリーファイア防止機能をオフにしなさい」
「そんなめちゃくちゃな……」
一人の女の子に対して竜が恐縮する姿は見ててかわいそうになるくらいだった。
なんなら、見ていたタテハさんがオロオロと落ち着きのない動きを繰り返してみて何かを迷っているようだった。
おそらく、ガモウの方の味方になってあげようだとか思っていたのだろう。
俺も実際、ちょっとは止めないとなんて思っていたからだ。
まあ、正直、勢いで負けるし、ガモウの困惑しているこの状況は面白いと思ってしまうのだが。
と、スピニーさんがもう一歩を踏み出した時だった。
上空から強い風が吹きつけてきた。
空を見れば、ガモウのなっている竜よりも一回りほど小さな竜がこちらに近づいてきていた。
その竜の背には人のシルエット。
「やれやれ、やっとか」
コータがつぶやいた言葉は、こちらに迫る竜の翼に吹き飛ばされた。
俺たちのすぐ近くに降りてきた人物は、寒さ対策のためにかかぶっていた帽子とゴーグルを外して竜の背から飛び出した。
「いやあ、君たち、遅いから迎えに来てしまったよ」
そう言って快活に笑うのは、もちろん、“竜殺し”のトロンさんだ。
「久しぶりですね」
「イェルカくん、その節はどうも。アーサーがうるさいだろうに、頑張るね」
「あの人がうるさいから頑張ってるんですよ」
「それもそうか」
「妹を止めてくれてありがとうございます」
「いやいや、ガモウ君がいなくなると、俺も動きにくくなるからね」
イェルカさんが親しそうにトロンさんと話すのに俺たちは驚いた。
スピニーさんまで驚いているところを見るに、かなり特殊な関係性なのだろう。
二人とも謎が多そうだから納得ではあるけど。
「さて、スピニー? さんざんガモウを怖がらせて、何か言うことは?」
「……ごめん」
「よろしい。それじゃ、ここからはトロンさんに案内してもらおうかな」
「任せろ。ガモウ君、そのまま彼らを運んできてくれるか? 展望台でいい」
「言われなくてもそうするつもりでしたよ。全く、スピニーの姐さんはひでぇんだから」
「何よ」
「おーこわ」
「ガモウ、煽るのもそれくらいにしておいてくれ。コータ君に殺されるかもしれないぞ?」
言われてコータの方を見れば、サーベルに手をかけているコータの姿があった。
それを見て、笑いをこらえる一同。
コータは途端に、そっぽを向いて顔を赤く染める。
スピニーさんまで別の方向を向いて同じことをしていた。
「外では、こうしてるだけで寒いだろう。室内に移動しよう。その赤みも引くだろうさ」
ニヤつきながらトロンさんが言った。
俺たちはそのまま流されるように、空中散歩をすることとなったのだった。




