79.心音
3章もあと数話で終わります。
よろしくお願いします。
俺を突き飛ばしたコータは、青いブレスにのまれて消えていった。
本当に間一髪。
ギリギリのところで、俺はブレスから逃げおおせていた。
いや、逃がしてもらったのだ。
友人の命を消費して、俺はここに存在している。
海竜のプログラムは優秀だ。
海に落ちた俺をすぐさま拾い上げ、自動で待機位置に戻っていく。
海竜帝はもはや固定砲台と化し、俺のように残っているプレイヤーを探してブレスを放ちまくっている。
近づいては倒せない。
遠距離でも、火力を出さなければダメージを与えられない。
まさに怪物。
この危機的状況に、俺は何をしてる?
ただただ、ブレスを避けながら、ただただ、ここに存在している。
俺は何をしに来たんだろう?
まるで、何もかもが遠くなったようだった。
全部がスクリーンの中のような……。
いやいや、もともと、これはゲームじゃないか。
スクリーンの中のキャラクターを動かすのと何も変わらない。
いつでも復活できるし、ペナルティも一日寝れば元通りになるくらいだ。
この海竜帝だって、この戦闘が終わればどうせ消えるんだろう。
なら、こんな茶番に付き合うことないじゃないか。
やっぱり、平和にかわいい動物を育成したりするゲームをやっておけばよかった。
「カゲツ君!」
タテハさんの声で我に返った。
まだここは戦場。
俺たちはまだ生きている。
「大丈夫!? まだ行ける?」
タテハさんは確かに緊迫した空気を纏っていたが、俺を気遣うような視線を向けてくれていた。
チクと心が痛む。
それでも、後悔はとめどなくあふれてくる。
「なんで、俺が残ったんですかね……」
わかりきっていた。
必要なのだと。
「なんで、こんなにつらいことしてるんですかね……。一つも、楽しくないですよ。死なないように必死ですよ」
わかっている。
イェルカさんの言葉を否定してはいけないんだろう。
「なんで、ここまで、俺はつらいんですかね……っ!」
少しだけ、嗚咽が混じってしまった。
わかっているんだ。
考えすぎだと。
気にしすぎだと。
「……そうだね」
タテハさんは頷いた。
GRROOOOOOON!!!
ブレスが再度放たれた。
距離が十分だから、躱すことはできる。
機械的に海竜を操作し、とりあえずブレスを躱しておく。
「こうして逃げるだけなら、楽なんだけどな……。あの船のせいで……!」
奥歯を噛み締めていると、タテハさんの声が聞こえた。
「いいなあ、カゲツ君は。この世界を、生きてるんだね」
「えっ?」
「だって、私はそんなに本気になれないもの。だから、羨ましい」
タテハさんは静かに微笑んでいた。
「このゲームのコンセプト、覚えてる? 『あなたを第二の人生にお連れします』ってやつ。私は、そんな広告どうでもよくて、ただ何となく始めただけだったんだよね。だから、あとから知って、へぇ、そうなんだって」
確かにそんなコンセプトがあったような気がする。
でも、だから何だというのだろう。
「私はね、リアルでは結構体育会系のサークルに入ってる大学生なの。ふわふわってしたかわいい女の子にちょっとあこがれて、このゲームではそれを演じてみようかなと思って、支援特化になってみたんだけど……いつも歯がゆいんだよね」
海竜帝のブレスは未だ続いている。
しかし、俺の耳には、タテハさんの言葉だけがはっきりと聞こえていた。
「私はほとんど戦う力がないから、後方で守ってもらうばっかり。強敵と戦えば、いつも私の前に倒れていく仲間たち。結構、苦しいんだよね。だけど、ゲームだからって割り切ってたら、こんなもんかって諦めがつくんだよね。かっこ悪いけど」
少し寂しそうに笑うタテハさん。
俺の頭には何かを言おうという意思が欠如していた。
きっと、今の俺は口を半開きにして聞いているんだろう。
「でもね、今はね、久しぶりにゲームが楽しいんだ。みんなゲームオーバーになってるけど、これだけ強い敵をあと少しで倒せそうなところまで追い込んでる。これだけで楽しい。だから、カゲツ君みたいに苦しんでるのを見ると、ゲームだと思ってないんだろうなってわかる。ゲームオーバーは死ぬってこととほとんど同じ意味なんだよね。そう考えたら、今は絶対苦しいよね……でもね?」
タテハさんは、俺のことを、今まで以上にまっすぐに、強く見つめていた。
海竜帝のブレスがよぎる。
衝撃でタテハさんの長い髪が、宙を踊った。
「それでも、私は、私の大事な仲間たちの懸けた命を無駄にしたくないの! 一人一人が本当に死んでしまったとしても、私は絶対にみんなの気持ちを無視したくない! あいつを倒したい!! これは、私のわがまま。だけど、一人じゃできないの。お願い、カゲツ君。私に、力を貸して!」
俺が、感情だけに振り回されて、足踏みしてる間に、こんなことを言わせてしまった。
タテハさんの言ってたことは多分、俺が気弱だからそんな風に感じただけで、実際の俺にはタテハさんにうらやましがられるような何かはないけれど。
それでも、ここで気づかせてもらえなかったら、俺は気づかなかっただろう。
今の俺がかっこ悪いってことに。
もっと男らしくかっこいい奴になりたいと思ってた。
だけど、かわいいものが好きなのは変わらないからしょうがないと逃げてた。
違うんだ。
本当にかっこいいのは、男らしいとかそんなんじゃなくて、大事なことを大事にできるかどうかなんだ。
俺の大事なものは、俺の仲間、友達。
それが視界から消えたからって、世界から消えたような扱いをするのはおかしいじゃないか。
「タテハさん、ごめんなさい。かっこ悪いとこ見せてて。……俺が、とどめを刺しに行きます。サポート、お願いできますか?」
タテハさんは花のほころぶような笑顔で頷いてくれた。
「もちろんだよ」
よし、と一息呼吸を整え、俺はずっと考えていた作戦を伝え始めた。
「〈制動解除〉を使います。これって、オーブなら、体力と引き換えにコスト以上の大技が使えるとか、そういう奴ですよね? 見てて思っただけなんで、確証はないんですけど」
「大体そういうことかな。体力を支払うことで、コスト以上だし、もともとの自分のスペック以上の技が出せるようになるの。コータ君が“戦火の剣”で使えなかったのは、お察しの通り、オーブにしか許されていない機構だからよ。その代わり、〈制動解除〉にコントロールは効かないの。発動したが最後、使用者の体力がなくなるまで、効果は発動し続けるわ」
「ほぼ、自爆技か……」
予想はしていたが、失敗はできないようだ。
自爆となると、確認すべきことが一つ増える。
「レイドバトルって、プレイヤー側が誰か一人でも残っていたら勝利、でいいんですよね?」
「もちろん。ってことはつまり、私は生き残らなきゃいけないのね?」
「はい。すべての体力を払ってようやく使えるレベルの技をぶつけます」
「わかった。ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」
「お礼を言うのは、まだちょっと早いですよ」
照れ隠しにそんなことを言ったが、お礼を言わなければいけないのは俺の方だ。
俺にとって、このゲームは楽しいだけの世界じゃない。
俺の、試練の場所だ。
俺が、成長できる場所だ。
俺を、最高にかっこいい人間に代えてくれる場所なんだ。
だからこそ。
「ここでやれなきゃ、かっこ悪い!」
俺は海竜の速度を最高にして、完全に操作する状態にした。
岩礁をうまく使いながら、海竜帝の攻撃を躱して前進する。
「〈揺蕩う波間の夢蝶々〉!! 〈上連〉!! カゲツ君、お願い!!」
タテハさんのバフがかかる。
全ステータスが概ね二倍……!
とんでもない実力だと改めて驚き、決意を新たにした。
絶対にあいつを倒す。
「〈制動解除〉!!!」
確かに、コストの上限が解放されているのがわかる。
今まで選択できなかった項目が、選択できるようになっていた。
これに、掛ける。
「“拓く航路、反転する潮流、燃え盛る灯は此方に。我が肉体を依り代として、現にその魂の片鱗を示せ”〈外ツ國、還リ來タル禍ツ舟〉! 〈魂装:荒野竜〉!!!!!」
今までで一番、コストが持っていかれた感覚を強く感じた。
天に浮かび上がった巨大な魔法陣は、いつものようにゆっくりと降りてきた。
海竜帝は警戒したのかそれに対してもブレスを放っているが、そこには何もない。
魔法陣は、揺らぐことなく俺のもとにおちてきた。
俺の体に尋常ではない衝撃が走る。
当然だ。
今呼び出してこの身に宿そうとしている魂は、“荒野竜ヴルム”のものである。
海竜帝とは比べ物にならないとはいえ、レイドボスであったモンスターの魂を宿すとなると、普通のモンスターの数倍のリソースを必要とする。
ただわかるのは、この力を使えば、確実に今までよりもはるかに強力な攻撃が放てるということだ。
「くっ……! っらぁぁあああああぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
全身の力を振り絞って荒野竜の力を身体の中に収める。
衝撃や痛みが身体に襲い掛かってくる。
だが、俺のオーブだ。
俺が呼んだ魂を、自分のものにできないはずはない!
〈オーブ能力〈魂装:荒野竜〉が使用可能になりました〉
「……っよし!」
俺の身体は光に包まれ、荒野竜の魂との共鳴を果たした。
鋭い岩が鱗のように俺の腕や脚を覆う。
頭部には、荒野竜の頭を模した兜が装備されていた。
厄介だったあの尻尾のモチーフもしっかりと俺の背面についている。
奴の強靭な装甲がそのまま俺の力になっているのだ。
ステータスも数値が跳ね上がった。
荒野竜らしく、土の属性の攻撃も使えるようになっている。
キャロンの時と同じ、全身竜鎧状態というわけだ。
出し惜しみなんてしない。
割合減衰を乗り越えて、あの海竜帝を打ち倒す一撃を。
渾身の一撃を食らわせる。
海竜帝がこちらに向いたのが見えた。
俺はまっすぐに、奴を見据える。
「“我が剣は地にあり。我が剣は災なり。我は天戒の剣に依り、大地を還元せし者なり”〈魂装:大崩落〉!!!!!」
俺は大きく振りかぶったハルバードを海面に打ち付けた。
地獄の入り口が開いたかのような轟音とともに、衝撃は海水を貫通し、海底に達した。
海が割れる。
俺の前に底の見えないほどの空間が広がっていった。
俺の攻撃が海竜帝までの直線に当たる一帯に無理やり地割れを起こしたのだ。
その衝撃たるや。
海面が見たこともないほどにうねり、海底が割れて別れてしまった部分に滝のように海水が流れ込んでいく。
海竜帝は俺の攻撃によるダメージで体力ゲージを全損していた。
奴はもはや、光の粒子になりながら、海水とともに割れてしまった海底へと落下していた。
やり遂げたという達成感と、驚くほどの倦怠感を感じながら、俺の身体も光の粒子となって消えていった。




