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ある日常的な一日


さて、強くなると決意したがどうしたものだろう。

修行する……すでにしているし、順調だ。

俺の気功はさらに鍛える余地がある。

たしか軽功という素早い体重移動による軽業や、内気功を高めることで反射神経をさらに加速させる術もあったはずだ。

このへんはグエンに習うのがいいだろう。

だが、それだけでは足りない。あのバケモノたちに追いつくためには頭一つ飛びぬけた方法が必要な気がする。


「強くなる……か。どうしたものだかな」


誰かに頼る、というのはどうだろう。

たとえばHALとか。

あいつはこのリゾームの中でも知名度の高い魔術師らしい。

ときおり会話の端々にのっていたこともある。

なにしろAXYZの「局長」なのだから。


だが、ニグレド・オーヴァルのような貰い物の力に頼っていていいのだろうか?

足りなきゃもっと貰う。それは俺の考える「強さ」とは逆の方向に行っていないか?


だが一方で手段を選んでいてはあのバケモノたちと並ぶ強さは手に入らないのではないかとも思う。


いや、そもそも俺は三ヶ月で帰る旅人だ。

張り合うことに意味があるのか?そこまで力を得る必要に迫られているか?


「そもそも、強くなることに意味はあるのか?」


理屈ではNOだ。

俺はここでの事に係わり合いにならずに無事に帰る。

それで全て忘れてしまえばいい。それが賢明な方法だ。


だが俺の性根はYESという。

ここであんな無様をさらしておいてて黙っているなんて俺じゃない。

それに、俺はもっと強くなれると知ってしまった。

人間にはさらなる限界を超えた強さが存在すると。

ならば俺はその果てに行ってみたい。

そして俺の直感と経験がささやく。いずれ力が必要な場面に出くわすと。

その時にあの時もっと力を得ていればよかった、などという後悔はしたくない。


ここまで考えてまず一つ疑問は片付いた。


「俺は強くなる。ここで立ち止まったら必ず後悔する」


ならば手段はどうするか?


とにかく聞ける者には聞くべきだろう。

まず必要なのは知識だ。強くなるためにはどんな方法があるのか、どんな「強さ」が存在するのか。

自らの完成形を考えておかねばならない。


「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ともいうしな……

とりあえず、頭を下げて聞いて回るか」


ここには検索やテキストなんて便利なものはないしな。



俺の朝は早い。日の昇る前に30分ほどのジョギング。

朝食を手早くとり、太極拳と瞑想を行う。

これは自然の気を体内に取り入れ、体内の気を調節するためのものだ。

ちなみに筋トレは夕方あたりに日を空けてやっている。


そうして日の昇るころになったらグエンの家に行く。

やつはすでにアロハシャツにGパンといういつもの姿に着替えて待ち構えている。


俺たちは包拳で一礼すると組み手を始める。


「アーユーレディ?」

「行かせてもらう」


まずは軽い打撃の応酬。

手が、脚が、別の動物のように舞う。

0,1秒にも満たない丁々発止。


「HAHAHAどうしたネ?あなたこんなもの、違いますね?」

「まだまだ行くさ」


続いて円を描くような蹴り技の打ち合い。

さらには飛行魔術具を使ったワイヤーアクションのような動き。


そらし、いなし、打つ。


「フウム……」


何合打ち合っただろうか、やがてグエンの動きに追いつけなくなり、腹を打ちぬかれそうになったところでグエンの拳がぴたりと止まる。


「ここまで、ですね。あなた拳、迷い見える。話してみるいい」


それにしてもこいつは酔拳に出てきた殺し屋「鉄心」に似ていると思う。

蓬髪に胡散臭い口髭。そっくりだ。あの俳優よりもうちょっとガタイがいいが。

それでアロハを着ているのだから怪しさがとてつもない。

だが、何だろう。妙に様になっているのは。


「シンプルだ。強くなりたい。だが強くなるために……なんというか、借り物の力にまで手を出していいのか迷ってな。

いや、それ以前にここではどういう強さがあるのか俺は知らない。

完成形が見えないんだ」


グエンは口髭を触って眼を細めるとニカッと笑った。


「フウム……あなた、この前の異変、強敵であったましたね?」

「ああ、手も足もでなかった。それが理由だ。悪いか?」


グエンは縁側に座るとどこかからか取り出したスポーツドリンクを飲み、俺に薦める。


「ノー、強い敵出会う、勝つ方法考える。当然のこと」

「それで、あんたは手に入れたのか?ああいう奴らと戦う方法を。

あんたは強くなるために何をしている?何をした?」


グエンの口から出たのは意外なものだった。


「刻印術式による再生力強化、反射神経強化、大容量収納術式付与」


グエンが腕まくりをすると、その腕には複雑な文様や文字が刺青として書き込まれていた。


「イエス、借り物の力。バット、それ武器と同じね。

誰が扱ってもそれなりに結果得られる。それ武器の本質。

武器、使えないこともある。だから素の力も鍛える。

どっちも鍛える、それでいいですね。

それわかていれば力、使われることない。力、使いこなせるようになる。

オーライ?」


なるほど、そういう考え方もあるか。

借り物の力はいつまた取り上げられるかわからない。

だが、使えなくなることを前提で力を得るという考え方もあるのだ。


「ああ、それはいい考えかもしれないな」

「完成形、わたしたちみたいな格闘型そんなに悩むことない。

サイバネ、刻印魔術で肉体強化する。あとは一つ二つ魔術使えるようになる。

それだけで妖怪には追いつけますね。体のスペック上げる、それ基本。

そこから武器、能力頼る。便利なもの、メインに一つ二つあればいいね。

それ基本。強靭な肉体、優れた能力、これ妖怪ともてるもの同じ。

これで人間、妖怪と並び立てる。

そこから先、魔人の領域。肉体そのものを魔術具で作る。

つまりマジカル全身サイボーグ。あとはどれだけいい魔術具用意できるかの話」


ここで俺は理解した。この世界において強くなるというのは魔術を使ったサイボーグ化なのだ。

どれだけいいボディを用意できるかが強さの鍵なのだろう。


「どうすればそうなれる?俺でもその刻印術式とやらを刻めるのか」

「刻印魔術、つまりは戦化粧ね。ネイティブの人々、戦う前に化粧する。

それと同じよ。文様覚えていればインクで書いても変わらないですね。

刺青にする。それ高額。医者か刺青師かかればいい。

私の刻印、教えるかまわない。試しに墨で書いてやてみればいい」


なるほど、魅力的なアイデアだ。だが、そんなに簡単なものならばなぜ皆しないのだろう?

とくに、強さに貪欲だった杏はなぜしないのか。


「何かリスクはあるのか?それから、杏はなぜしないんだ。簡単なものなんだろう?」


俺は縁側に座って話をじっくりと聞くことにした。ついでに貰ったスポーツドリンクも飲む。


「彼女、魔道具使い。刻印魔術使いとはスタイル違うね。術式、コンクリフトする。相性良くないね」


魔道具使い。また新しい言葉が出てきた。それはおいおい杏に聞くとして……


「で、リスクは何なんだ?」

「副作用、当然ある。薬と同じね。臓器系への負担、体質の変化。

体そのものの構成変わってくる。体作り変える、そいうこと」

「致命的なものなのか?」

「ノー、人によて合う合わないある。不摂生同じね。

体良くない、バットそれで寿命縮まる、どのくらい、人による

それに、刻印術式、強度ある。強い方当然リスク大きい」

「俺にそれを教えてくれないか」

「フウム……私専門の業者かかって彫った。技術面よく知らない。

丸写し、難しくない。文様コピーあるね。見て描いてみるいい」


グエンは握った手のひらから紙を取り出して見せる。

グエンの体にある文様と同じものが描かれた紙だ。


「悪いな、借りさせてもらう」

「ノープロブレムですねHAHAHA!強くなるいい、ボーイ。

まだ強さ、先あるね?」


ふと視線を上げると空は山吹色に輝いていた。

美しい朝日だった。



日が昇ってきた。兵団に行き、皆に話を振ってみる。


「……というわけなんだ。強くなるための術を探している。

とりあえず刻印魔術ってのを聞いたんだが、どうなんだあれは」


コンクリートに覆われた中、薄汚いものがごちゃごちゃと積み上げられた室内での話だ。

皆は武器の手入れをしたり、ラジオに耳を傾けていたりする。

刀を磨いていた鍬次郎が顔を上げる。


「あっしはやってやすよ。再生力強化と反射神経強化、筋力強化。

その3つを深度2でとってやす。まあないと死にやすしね。

……知らなかったんですかい?」

「ああ、今までな」

「そりゃあ多分旦那が修行途中だったからでやしょ。

こいつは便利なもんでさ。鍛える途中でとったら素の力が未完成になりやすからね」

「だ、そうだが。杏はどうなんだ」

「僕はしてないよ。この魔法具が変わりにやってくれてる。

けどまだまだ開発途中なんだ。これは僕自身が研究して完成させたいしね」


俺になぜ刻印術式を教えなかったかについては深く追求しないでおこう。

こじれそうな気がする。


「それで気になったんだが魔道具使いってのはどういうものなんだ」

「文字通りのものさ。魔道具を作って使う。

いろいろな装備を充実させていけば万能になりうるのさ。

それに、魔道具を肉体に埋め込んでいけばいずれ魔人になれる」


つまりは装備で固めて、サイボーグ化していくものなのだろう。


「他にはどんなタイプの技術があるんだ?」

「術式使いかな。僕もそうだけど。

その場その場で魔術を使って大火力で吹き飛ばしたり、自分自身に肉体変化の術をかけて強くなったりとかさ。

僕が刻印魔術をしないのはこっちも使うからだよ。魔道具と組み合わせて肉体を変化させるんだ。

そのときは素のままの肉体の方がやりやすいんだね」

「あとは……」


ここでラナが会話に入ってきた。


「ほかは妖怪の血が混じっているとか、超能力が生まれつき使えたりとかですかね。

これは生まれつきの力がほとんどですから参考になりませんよ」


そういえばラナはサトリと鬼の血が入っていると聞いた。

その証拠に額の両端に小さな角が生えている。


「このリゾームでは基本に気功や武術を習って、その上で刻印魔術に術式使い、魔道具使い、とかみたいな魔法を習って、さらに銃で武装するのが妖怪でも人間でも一般的ですね。

流派やスタイルはたくさんありますけど、基本はそうなんです。

昼神さんも習いたいんですか?」

「ああ、気功だけじゃあんたらにも追いつけないと思ってな」


ふうーむ、と兵団の中に微妙な空気が流れる。

格子窓から流れる光が板張りの床に舞う埃をきらめかせた。


「まだ早いと思いやすがねえ。旦那の気功は未完成でやしょ?

そっちに専念した方が後々は強くなれますぜ」

「まあどんな術があるのか知っておくことは損になりませんし。

あとはグエンさんと相談して修行をつんでいけばいいんじゃないですかね」


ふむ、たしかに焦り過ぎていたかもしれない。

だが、俺には残り2ヶ月という時間があるのだ。


「そんなもんか?」

「そういうものだよ。基礎を怠ってはいけない。

さあ、今日もゴミ漁りだ」


それから日が暮れるまでゴミ山で狩りをした。



夕食を食べて筋トレを行うまでの間、俺はHALに話しかけてみることにした。

今更だが、スマートフォンの電力はニグレド・オーヴァルから取っている。

あの鉄色の卵からUSBコードが伸びてスマートフォンに刺さっている。


「……というわけなんだが、あんたは何か知ってないか?」

「まあ、その手の話ならばいくらでも。私も魔人ですしね」

「あんたもだったのか。それで、どうなんだ?他に何か強くなる術を知ってないか」

「ふむ、刻印魔術に術式使い、魔道具使い、あとは妖怪の血ですか。

そういう分け方もできますね。まあだいたいそれで合っておりますよ。

リゾームで強くなる手段といえばまあそのくらいでしょう」


俺は畳に座りながら通話している。

障子から透き通る月の光が青く室内を照らす。


「あんたはどう思う?どうやれば強くなる」


ここでHALは低く笑った。

狐のような笑いだった。


「ふふふ、私に与えられた力でいいのか、と迷っておりますね?

ふむ、確かに私の力を持ってすればあなたを今すぐに人間兵器に変えることなど造作もない」


やつは俺の迷いに鋭く切り込んできた。

こいつに貰った貰い物でいいのか。足りなきゃもっと貰うのか。

そういうあり方は俺は誇らしくないと思う。

それは力を武器のように扱う以前の話だ。


「ですが、そこまで焦る事もないでしょう。今はゆっくりと基礎鍛錬することをお勧めします。

ですが、そこでは術式一つ得るのにも苦労するでしょう。

スマートフォンに役立ちそうな術式と刻印魔術の文様を送っておきましょう。

術式のほうは使うためには相応の修行と魔術具が必要ですがね。

ですが、どのような術式があるのか知っておいて損はないかと」


俺は少し気がめいった。

結局貰い物でなんとかするのかと。

それにしても、こいつは一体なぜここまでしてくれるのだろう?


「あんた、親切だな。だがなぜそこまでしてくれる?」

「もちろん、あなたの生存率工向上のためですよ。

他にもありますが」

「早い話……これって現地にいる奴に武器を送って即席工作員にしてるだけじゃないのか?」


HALがしばらく沈黙した。痛々しい沈黙だった。

俺はこの一月でたまった疑問をぶつけてみる。


「あんた、俺がこうなるのをわかってたんじゃないのか?つまり、この世界に召還され死ぬような眼にあうだろうってことをだ。あんたはそれを止めることもできたんじゃないのか?」


HALは冷静さを取り戻したような声で淡々と告げた。


「そのとおり、私はあなたが拉致されるのを止められる立場にいました。ですが、これはリゾームと取り交わされた協定によりできませんでした。

そして、あなたに武器を与えたのはあなたの生存のためでもありますが、あなたがこのリゾームに影響を与えて欲しいからでもあります」


こいつがここまでしてくれたことには感謝があるが、この行いは正直不実だと思う。


「最低だ」


HALの声はあくまで硬質だ。


「そのとおり下種の行いです。しかしあなたに選択の余地が無いのと同じく、私も選択の余地がないのです。

もっと正直に言いましょうか?これは勧誘です。

あなたにはわれわれから仕事を請け負っていただきたい。もちろん、相応の報酬と引き換えに。

私は対価は必ず支払います。私の依頼はあなたに決して飽きさせることの無い刺激を与えるでしょう」


しばらくの沈黙。御託はどうでもよかった。

だが、どっちにしろ。選択は決まっていた。

畳が冷たく月光に輝く。空気はかすかに冷たい。


「……で、金はちゃんと払ってくれるんだろうな」


HALが何か言う前に言う。


「御託はどうでもいい。日本円で支払えよ?最低でも7桁は支払え」

「日本円で1000万。あなたの任務受託と共にあなたの口座に振り込みます」

「刑務所詐欺じゃないだろうな?俺がここから出たら直接受け取りに行く」

「わかりました。必ずあなたをここから生還させましょう。あなたに感謝します」

「よせよ、あんたが二十代の女の子ならもう少しうれしかったんだろうがな」


ここでHALは恐ろしく冷徹な声を出した。


「ですが、留意してください。仕事を請け負うということは相応の責任を伴うということを。

さて、仕事の内容ですが……」


こうして、俺はAXYZからの密命を受けた工作員となった。

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