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地獄へ

注意!エログロ描写があります!


月明かりの中、スマートフォンの向こうのHALは淡々と語る。


「ここリゾーム19区においては現在ある作戦が実行されています。

それは妖怪の人食いを止めさせるための……いわば、キャンペーンですね。

石榴に品種改良といくつかの契約魔術をかけて代用人肉としました。

これは人肉食が必須の種族に人肉と同じ効果を与えます。

つまりこれを食べていれば人肉を食べずに済むのです」


空気は草の匂いを孕み、ほの温かい。


「そりゃかなりすごいが……そういう代用食だけで満足するものなのか?」


月は煌々と輝き、美しい春の夜だった。


「無理でしょうね。ですからこの代用人肉を混ぜ込んだ食品も開発しました。

かなりの品質のものができたと自負していますよ」


畳の網目を月の光と蝋燭の灯りが照らす。


「それで?俺は何をすればいい。売るのか?」

「すでに大江ラナ、グエン・ココペリ両名がこの作戦に従事しています。

彼らにより、販売は指揮されています」


意外な名前が出てきた。とすると、彼らもAYXZなのだろうか?


「彼らはAXYZ職員ですな。詳しいことは本人から聞いてください」


出来すぎている。俺はこいつの手のひらの上という感覚をぬぐえない。

不快な感覚だった。


「俺を見張っていたのか?」

「いいえ。ただ、協力者のいる居留区の方が私がやりやすかったのと、単にここがもっとも近かっただけですな。

ただ、私が仕事の依頼をした理由はあなたの経歴と、ここでのあなたの働きを見てあなたが適していると判断したからです」


HALはなにやら言うが知ったことではない。


「それを見張っているっていうんじゃないか……まあいい、それで?俺は何をすればいい」

「彼らに協力をしてください。そして、ここからが本当の任務です」

「それを聞かせてくれ。早めにな」


HALは少しだけ間を持たせると静かに言う。


「彼らの仕事が失敗した場合、AXYZはこのリゾーム19区を制圧します。

その時に救助が来るまで彼らと共に戦っていただきたい」


まてよ、では三ヶ月の期限と「救助」というのは……


「三ヶ月の期限ってそれか?あんたはどうあれ、あと二ヵ月後にここに侵略に来るつもりだったんだな?」

「それはひどい誤解というものです。私は鬼院と取引をし、秘密裏に救助に来るつもりでした

その際にグエンにも働いてもらうことにはなったでしょうがね」


こいつはどうも信用がならない。とはいえ、今のところ外部との唯一のつながりではあるのだが。

これからはこいつにいつ切られてもいいように行動しよう。


「ですから、順を追って説明しましょう。

彼らの仕事はリゾームと人間社会の融和につながる事業でした。

人肉食を止め、さまざまな悪習を撤廃し、徐々にリゾームの存在を明らかにする。

それがラナの示したプランです。リゾームの穏健派の示したプランでもありますね」


まるで夢のような話だ。だが、ラナはおそらく本当にここを良くしたくてやっているのだろう。


「本音を言いますとね、私は今すぐにでもリゾームを破壊したいのですよ。

破壊し、侵略し、統治し、クズ共を一掃する。そうできたらどれほどすっきりするでしょうか」


HALはここで僅かに感情を見せた。これがこいつの本音なのかもしれない。


「ですがまあ、いきなり攻め入ってもね……後々が大変ですし。

融和のためのプランを可能な限り実行してからでも遅くはないという意見も多くありましたしね。

そこでその第一歩として代用人肉を普及させるというこのプロジェクトを立ち上げたわけです」


つまりこれは侵略するための都合のいい言い訳なのだろう。


「つまりこれはあんたがリゾームに出す試金石なわけだ。

あんたがさしのべた手を跳ね除けるなら殺す、それだけなんだろう?

このプランが破綻したらあんたはすぐにでもリゾームに攻め入る気なんだからな」


そして。


「だがあんたはこのプランが上手くいくと鼻から思っちゃいない」


HALは軽い調子で喋る。春の夜が生臭くなった。


「まあ、上手くいけば儲けもの、くらいですかね。

もちろん、邪魔すする気はありませんよ。代用人肉はどの道占領した後にも必要になりましたし」


それはつまり邪魔こそしていないとうが、邪魔をせずとも協力しないだけで十二分に影響があると思うのだが。


「同じだろ、あんたならもっと金を出すことも人を出すこともできたはずなんじゃないのか」

「必要最低限は出してますよ。とはいえ、本腰を入れて援助はしていないことには変わりませんがね。

というか、あなた自身、可能だと思いますか?」


ここで思い返してみる。人肉食を止め、世間の皆様にお出ししていい程度に妖怪の悪癖を直す。

あの歩廊のような差別意識の塊みたいな連中をだ。


「まあ、無理だろうな……人肉を食べなくなっただけで事が終わるとは思えん。

連中の意識から変えなきゃな。あんたはそれをしたい、だろう?」

「ご理解いただきありがとうございます。では、明日から彼らと協力して事に当たってください」


結局、それは時代を帰ることと同義だ。そして時代を変えるには圧倒的な力が必要だ。

そして、争いが。


「ああ、わかったよ。クソったれだ……まったく、クソったれだよ」


俺は世知辛い外と内部の温度差を見た。

だが、どうにもなるものでもないのだろう。

外には外、中には中の最善があり、立場がある。



朝が来て、昼になり。俺は兵団へと行く。

他愛ない話にラナが符丁を混ぜてきた。


「ところで万象の奇夜って知ってます?」

「なにもかもが消え、何もかもが来る、だろ」

「今夜、真実の街角で」

「賢者がまた飛び降りる」


それで俺たちは夜に会うことになった。

そうして、夜。

街の外、荒野の片隅で俺たちは集った。

ぬるい大気が湿った風を運ぶ。土のにおいがした。


「グッナイ……集またか。あなた、HALからどう聞いてますね?」

「私たちはあなたが協力者になったとだけ聞いています。

神隠しの時からナビゲートを受けていたとも」


ラナとグエンがそろっている。いつもとは少し違う華々しい衣装だ。

グエンにいたっては真っ赤なスーツを着ている。


「俺はあんたらのプランが成功したらあんたらに協力しろ、失敗したら共に戦えといわれてる。

それ以外はあんたらにブン投げたな、あいつは」

「わかりました。では、まず私たちと一緒に妖怪の街に行ってもらいます。グエンさん、あれを」

「オーライ、これ着け角、それから体臭スプレー。これで妖怪なりきれる。

変装して、ごまかす。オーライ?」


グエンがポケットから出したのはスプレー缶と小指の先ほどの角だ。

角は付け根に円形のシールがついていて簡単にははがれないようになっている。


「つまり妖怪の振りをして妖怪の町に潜入するってわけだな」

「イエス。それ最初の任務ね。つけるの簡単、こうしてこうする」


グエンはシールをとって頭に角を貼り付けた。

それだけで何か雰囲気が変わる。


「印象が変わるな」

「イエス、そいう認識阻害魔術かかてるね。これつける、気配も妖怪なるね。

ドントウォーリー!外せば元通り」

「わかった。貸してくれ」


そうして1分もしないうちに俺たちは鬼の一行となった。

ちなみにラナはもともと鬼の血を引く妖怪だ。変装の必要はない。


「道案内は任せるぜ」

「オーライ!ついて来るいいね。ここから先、R指定」

「では、行きましょう」


そうして空を100km近い速さで飛ぶことしばし。

妖怪の街をいくつか飛び越え、少し郊外の寂れた町に俺たちは降り立った。


目の前にデカイ建物が見える。全体的に四角く、体育館のような、いやこれは厩舎だ。

巨大な厩舎が目の前にあった。

かすかに便臭と獣臭がする。


「では、ここから先あなたは決して怒らず、いいと言うまで喋らないでください。

衝撃的な光景でしょうから」

「ここは何だ?ひょっとしてあれか。人間牧場って言う奴か」

「そうです。虫唾が走りますが、決して怒らず、暴れないでくださいね」

「わかった」


嫌な予感はあった。だが、行われている光景はそれ以上のひどさだった。

ラナは見学だと言って牧場の妖怪に話を通す。


「へっ、珍しいのかね。都会の奴らには……解説はしないから、勝手に見て行ってくれ。

立ち入り禁止のところや鍵のかかってるところにはいくなよ。

ちゃんと監視カメラで録画してるからな。金なんかとってもすぐばれる。

あと、人間には触れるなよ。勝手に食ったりしたら金払ってもらうからな」

「もちろんです。見るだけですよ」


かつん、かつん、と足音が金網の床に冷たく響く。


「ここでは、人間たちは居留区で貧困層から買われたり、外から誘拐されて来るのが基本ですけど、

だいたいはここで「養殖」されてるんです」


首輪をつけ、耳にタグをされた裸の人々。

狭い折の中で管理されている。

その殆どが交わっていた。薄暗がりの中に嬌声がこだまする。


「最初の、子供のうちにその……こういうことを教え込むんだそうです。

それだけで、食事さえあれば人間は満足して脱走しようとしないそうです……」


ほとんどが、同姓同士だった。

ここには言葉を発する人間は一人もいない。まったくの獣だ。


「彼らの発情には焼き印された刻印魔術が使われています。

でも、それも最初のうちだけで……あとは、もうこういう状況になれきって、もうまともな人間として生きていくことはできません。

とくに、ここで生まれた子供たちは……何も、何も教えられませんから」


人々は手づかみでゲロのような食品、いや餌を貪り食いながら交わっている。

その眼に知性の輝きは見て取れない。

反吐が出るがそれ以上にゾッとする光景だった。

人間は、ここまで落ちた人間が何十、何百と集まって毎日毎日こうしている。

気が遠くなる話だ。


「彼らは、食肉になります……次に行きましょう」


俺たちは怒りに震えながら人間牧場を後にした。

行く先は妖怪の町だ。

メタルブルーの広告の空、空を行きかう百鬼夜行。

眠らない都市だ。


「ここは、人肉料理専門店です。その、セックスをしながらの踊り食いが有名で……」


やりながら頭をかじられる人々を見た。

その、頭からこぼれるうどん玉のようなものも。

食われる人々の恍惚・・の表情も。


「これも、人肉が使われています」


それはどこにでもありそうな子供向けのお菓子だった。


「もういい、もうわかった。この手のがごまんとあるんだな?

そしてこれはああやって養殖されたり、買われたり誘拐された奴らで作られたものなんだな?」


もう十分だった。この街が反吐の出そうな所だというのはよくわかった。


「誘拐は、外でも居留区でも起きます。居留区ではルールの隙を突いて……

ここでは、これが当たり前なんです。狂っているでしょう?」


ラナは追い詰めるように小さな声でつぶやく。

俺は憤怒の渦にいた。


「それで?あんたらのしているのは何だ。代用肉を売ることか」

「今すぐ人肉食をやめさせることは不可能です。

たとえ、AXYZが占領したとしても、ゲリラ戦を繰り広げて外の人たちをもっと襲うようになるだけです。

それに、人肉食をしている妖怪を全て駆逐しようとしたら……生き残るのはほんの僅かでしょう。

彼らも絶滅されそうになったら本気で戦います。そうなったら、AXYZだけじゃなくて、もっと多くの人々がたくさんの血を流すでしょうね」


ラナは悲しそうに眼を伏せた。


「だが、しかし……」

「それともあなたに彼らを皆殺しにする力があったらそうしますか?

街を丸ごと殺しつくして、人肉食をしていない妖怪も、食べられる側の人間も巻き込んで……

恨みが恨みを呼ぶ地獄絵図しか残りませんよ」


理屈ではわかっている。だが、こんな屈辱、人間そのものに対する侮辱に黙っていられるだろうか?

切実に思う。力が欲しいと。


「ただのテロと戦争だけじゃ世界は変えられません。

私たちのようなやり方も必要なんです」

「HALはあんたらのプランは所詮代用人肉を生み出すだけのものくらいに言ってたけどな」


ラナはここで悲しい笑顔を見せた。本当に悲しくなる晴れ晴れとした笑顔だった。


「知ってます。彼は代用人肉が出来た時点で私たちを見限っています。

彼は占領統治した後、代用人肉を使う気です。

私たちが、ある程度流行らせて、代用人肉の認知度を上げた時点で私たちの利用価値はなくなるんでしょうね」


俺は無力だった。


「……くそっ」


空はメタルの雲に覆われている。冷たい、雨が降った。

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