衝撃 4
直樹はバスに乗り、目的地を目指す。
バス停で降りて周りを見渡すといつもの本屋、そしてタケシとパクの学校は視界に入る場所にあった。
直樹はそこへ走り出す。
到着したその学校を見て、直樹はまず驚いた。
塀には赤や黒のスプレーで落書きがされている。
校舎の窓には、ガラスの代わりにダンボールが張られている。
それは直樹が初めて見るタイプの校舎。
……何か、ゴミだらけで汚ぇ学校だなぁ
そんなことを思いながら、直樹は堂々と校庭へと足を踏み入れた。
そこで1人の男子生徒を見つけ、話しかけてみる。
「あの、すみません。この学校のタケシとパクに会いたいんですけど、どこにいるか知りませんか?
僕、2人のトモダチなんだ」
それを聞いた彼は、
「し、知りません!」
と、慌てて逃げ去って行く。
……何だ?
噂では、コッチの人は道を聞くと親切に教えてくれるっていうことだったけど。
随分冷たいな…。
直樹は更に周りを見渡してみる。
すると、今度はタケシと同じような頭をしたグループが、こちらに向かって歩いて来た。
あ!2人と同じ、暴走族の人たちだ!
彼たちなら知っているはず!
そう思い、直樹はそのグループに駆け寄って行く。
「あの、すみません」
直樹が声を掛けると、中の1人が目を吊り上げて睨みつけてきた。
「何じゃワレェッ!?お前、その制服ドコ中や!?高校生か?ウチに何の用事や!?」
そんな威嚇をされても、直樹はへっちゃらだ。
「この学校に、パクとタケシがいるはずなんですけど」
その言葉に、グループ全員が少したじろいだ。
「あ、あの2人に何の用事やねん!?」
直樹は胸を張って答える。
「トモダチだから、会いに来たんです」
「!!?」
それを聞いた彼らの態度は、次の瞬間急変した。
「え、えっとねー、アソコに体育館があるやんかー。あの裏におると思うよ?
さっき○○中のヤツらと裏へ回って行ったから、まだおると思う。
こっち側からピーッと行ったら、近いよ?」
……何だ。
コッチの人たちは、暴走族の人たちの方が親切じゃないか。
「ありがとう!」
笑顔で言い残し、直樹は体育館の裏に全速力で駆けていく。
教えてもらった近道から裏手に回ると、果たして2人はそこにいた。
パクとタケシ。
それと対峙するように、違う制服を着た2人が立っている。
何やら険悪なムードなのは直樹にも察しがついたが、そんなことは直樹には関係ない。
誰に聞かせたいんだという程の大きな声で、
「おーい!パクウー!タケシー!僕から来たよー!!」
振り返った2人に、直樹は駆け寄る。
タケシはそれどころじゃないようで一瞬視線を寄こしただけだったが、パクは直樹を見て驚いたように叫んだ。
「ハアッ!?直樹か!?お前、何でこんなトコにおんねん!?」
「2人が遅いからだよ。遅刻っていうのは一番ダメなんだよ?社会じゃ通用しないんだよ?」
「あ、ああ、ゴメンゴメン。すぐ行こう思うたんやけど、ホラ、お客が来とんねん」
そう言って、パクは他校の生徒を指差す。
そこで相手の1人が怒鳴った。
「おいお前ら!今日は2対2の約束やったやないか!キタナイやんけ!!」
しかしパクは構わずに直樹に向かい、
「直樹、お前、ようこの学校へ堂々と入って来れたなぁ。しかも1人で。
お前はヒョロッヒョロのくせに、変に根性があるみたいやな。俺は昨日から、お前のその辺を見切っとったよ。
ところで何や、そのちんちくりんの制服は」
他校の生徒と対峙しながらも、何やらパクは余裕の態度。
相手の男子生徒に親指を向け、直樹にニヤリと笑い掛けた。
「なぁ直樹。アイツおるやん。○○中のマイティーって言うねん。
何でマイティーって言うか、分かるか?」
「マイティーって、昨日誰かが言ってたよね?
名前じゃないの?ミドルネーム?」
「あ、いや、そんなややこしいモンとちゃうで?
コイツな、苗字が鈴木で、下の名前がな、漢字で『私』『茶』って書いて、『しいちゃ』って言うんよ。
『私』に、お茶の『茶』で、『マイティー』ってあだ名付けられとんねん。笑えるやろ?」
それを聞いた直樹、頭の中でまとめ始める。
『私』!?
お茶の『茶』!?
それでマイ・ティー!?
マイティー…!!
「ブフ―――――ッ!!
ア~~ハハハハハッ!ヒャ~~~~~!!ギャーッハハハハハハッ!!
それ、よく考えたね!」
ダジャレに大爆笑の直樹。
マイティーを指差しながら、大笑いしている。
「お、お前ら~~~~~!!」
「な? 笑けるやろ?」
「ヒャッヒャッヒャッヒャ~~~~ッ!!アハハハハハッ!!ヒィ~~~~~ッ!!」
「………」
「………」
やがて、
「……おい直樹、笑いすぎや。その辺で止めときや」
直樹の大爆笑に引き気味のパクが窘める。
そこでようやくタケシが口を開いた。
「…おい、何や、緊張感ないなー。
秋月、もう顔知られてしもうたなぁ。しょうがないわ。あっちで座って見とってくれ。すぐに済ますから」
それを聞いたパク、
「タケシ、この後もっと大事な用事あるなぁ、そういえば。直樹待たせてもアカンしな、今日は止めとこーや。
おい、マイティー!今日は止めといた方がエエんちゃうかー?」
するとマイティーが叫んだ。
「そがいなヒョウロク玉が加わったところで関係ないわ!今日こそ決めたるさかいな!早よせんかい!!」
「おいおい…ヒョウロク玉って誰のことや?
コイツが無駄に背ェ高いと思うたら大間違いやぞ?コイツはな、俺らの秘密兵器や」
パクは直樹を指差し、続けて言う。
「コイツはこないだ、道端で見つけたアンドレ・ザ・ジャイアント(プロレスラー)のケツを蹴り上げて、『アイタ~~!』言わせたほどの男や。
このちんちくりんの学生服とペットリした髪型……これはついさっきまで滝に打たれとったんや。
ほいで、このメガネはな……これはまー、コイツが目が悪いんじゃ。
知らんぞー?アンドレに思わず日本語で『アイタ~~!』言わせたんやからなぁ」
それに対しマイティーは即座に言い返す。
「う、嘘吐け!!」
「嘘やと思うんなら試してみぃ。エエか、アンドレが『アイタ~~!』言うたんや。
蹴り飛ばした後、コイツの靴の先にはアンドレのババが付いとったんやからな!」
話は聞いているが、彼らが何を言っているのかサッパリ分からない直樹。
取り合えず、パクがマイティーに自分のことを説明してくれているという意識しかない。
ポカンとした顔で、2人の遣り取りを見つめている。
するとマイティー、
「チッ!!何か萎えてしもうたな…。今日は止めとく。また来るからな!」
そう言って停めてあったスクーターに2人で跨り、あっという間に走り去って行った。
納得がいかないのはタケシ。
「おーい!ちょい待てェ!!逃げんな!!俺はやる気マンマンやぞー!!オーイ!!」
パクはそんなタケシに、
「まーまー、せっかく直樹が来てくれたんやから、今日はエエやないか。
今は取り合えず勉強の方が大事やないか」
「……まぁ、そやな」
そこまでの遣り取りを見学し、直樹は口を開いた。
「ねぇ、パクウとタケシはいつもこんなことしてんの?
いつもやってるんだとしたら、相当なバカだよね?暴力って犯罪なんだよ?
でもスゴイよねぇ。人を殴りつけて、それで問題が解決するんなら、それもまた一つ。
スゴイと思うよ、君たち!」
それを聞いて、タケシは微妙な顔で隣を見遣る。
「……なぁパクウ。コイツ今、俺らのことを褒めたんか?けなしたんか?ドッチや?」
「……よう分からん」
直樹はそんな2人の肩をグッと掴んで、
「何言ってんだよ!僕たち3人、トモダチだろう!!」
直樹の言葉を聞いた2人はしばらく沈黙していた。
が、やがてタケシが、
「お前、気色の悪いこと言うな!」
彼はそう言って、カバンを拾い歩き出す。
そうして、5歩ほど歩いたところで直樹を振り返った。
「じゃあ秋月、ちょっとお願いやわ。今からやったらパクウの家へ行こう。
なぁ秋月、パクウの家行ったら焼肉食えるぞ」
……ヤキニク
また知らないものの名前が飛び出した。
「何でウチが、銭にもならんお前らに焼肉食わせなアカンねん。アホか。
でもまぁエエわ。じゃあウチへ行こうか」
そう返して、パクも歩き出す。
2人が歩いていく方向へ、直樹もとことこついて行く。
……何だ。お好み焼きじゃないのか。
そう思いつつ、
また新しい出会いが……
その予感に胸をときめかせる。
途中2人は自転車置き場へ寄り、それぞれ自転車に乗って直樹の元へやってきた。
パクが直樹に向かって自転車の後ろを指差し、
「よし直樹、後ろへ乗れ。ちょっと遠いからな、チャリで行くで」
直樹は言われるがまま、パクの自転車の後ろに跨る。
「あー、腹減った!!」
そう叫びながら、タケシは先々行ってしまう。
直樹は自転車の後ろで、初めての感覚に戸惑い、そしてハッと気付いた。
「あ、ダメだパクウ!僕、降りて歩くよ」
「ハァ?何でや?遠い言うたやんけ」
「自転車の2人乗りはダメなんだよ?」
降ろしてくれという直樹に、パクは笑いながら返す。
「ハハハハッ!心配すんな。俺はな、大型自転車免許持っとんねん。捕まりゃせんよ」
「嘘だ!自転車に免許証なんかないよ」
するとパクはひとしきり面白そうに笑って、自転車のスピードを上げた。
「あのな直樹。お前、そんなに型にハマッといてオモロイか?
俺らはな、こういうのがアホやっていうのも承知や。
お前の場合、理屈が邪魔してどもならんか?
聞いたことないか?『考えるんじゃない。感じるんだ』っちゅーてね」
「………」
アホは承知。
考えるな。感じろ。
自分では考えたことのない、思いつきもしなかったその言葉。
直樹はその余韻に浸りながら、耳のすぐ傍で風の音を聞いている。
自転車は直樹を乗せたまま、どんどん走って行く。
やがて、目の前に少し急な下り坂が見えてきた。
「あんなー、俺の肩、ガーッ握ってもエエから、そこへ立ってみぃ」
「そこってドコ?」
「お前の座っとるソコへよ。立ってみ?」
直樹は言われた通り、走っている自転車の後部に恐る恐る立ち上がってみる。
……うわ!怖い!!
膝がガクガク震える。
直樹はパクの肩を力いっぱい握り締めた。
「直樹、怖いんやろー?」
冷やかすように言うパクに、素直に、
「うん、怖い!」
そう答える直樹。
パクが言う。
「お前、さっき俺らに『トモダチやろ』言うたよなぁ?
今、お前の目線の高さは、普通にチャリを立ちこぎした位置とよけェ変わらん。
せやのに怖いのは、チャリの運転を俺がしとるからや。
直樹。人とツレるってこういうことやで?」
「………」
パクの言っていることは、今の直樹にはちょっと難しい。
「ほんでなー、ビビッて怖いから思いっきし握っとるこの肩。これもまたツレるっちゅーこっちゃ」
パクの言葉を聞いている直樹、これはまた家へ帰ってまとめる必要があるな、と考えている。
「パクウは何だか頭が良さそうだね。言ってることが教師みたいじゃん」
「ひゃひゃひゃひゃひゃーッ!誰が教師やねん!あんなモンと一緒にすんな。
こんなモン、全部受け売りや!
兄貴に言われたんよ。……まぁ、あんまり気にすな」
「ふーん」
2人乗りの自転車は、坂道を長く真っ直ぐに下って行く。
随分先を行く、タケシを追いかけながら。
坂を下ると、今度は上り坂。
直樹は自転車を降り、走ってパクを追いかける。
タケシは遥か先に行ってしまって、既に姿が見えない。
知らない道。
直樹は何だか楽しく、ドキドキしている。
上り坂が終わると直樹は再びパクの後ろへ乗り、しばらく走った。
「俺ン家、ココやで」
パクが自転車を止めた場所は、何やら先日見たお好み焼き屋のような小さなお店だった。
…またイイ匂いがする。
うーん……こないだとは違うぞ。
でもイイ匂いだ……。
「店から入ったら怒られるからな。コッチや、コッチ」
パクについて店の裏手に回ると、そこは民家。
これがパクウの家か……。
「早よ来いや!」
先に着いていたタケシがそう言いながら、縁側からズカズカと家の中へ上がり込んで行く。
「何しよんねん、早よ上がれや」
パクも直樹に声を掛ける。
直樹と言えば、縁側から上がり込む2人を見て、
これが玄関!?
驚きつつも2人に倣って靴を脱ぎ、2階へと上がって行く。
部屋に入ると、タケシは早速カバンから小学校の問題集を取り出して机の上に広げ始めた。
「秋月、頼むで。分かりやすう教えてや」
「う、うん…」
これまで友達などいなかった直樹。
同じ世代の子の部屋を見る・部屋に入るなど初めてのこと。
キョロキョロと落ち着かない。
僕の部屋とは違って、随分いろんなものがあるなぁ。
そう思いながら、直樹はタケシの問題集を手に取りページを捲った。
「まずタケシの実力を知らなきゃいけないからさ。今から僕が○を付ける問題、解いてみてよ。
じゃあ今日は算数をやるよ」
直樹は算数の問題集に○を付けていく。
20個ほど付けて、
「タケシがこの問題を全て正解できたら、タケシはこの問題集を全部理解できてるってことになるからね。
あとは、教えなきゃなんないんでしょ?口頭でどう説明できるか、何でこの答えになるのか、後で僕が聞くよ。
やってみて」
直樹の言葉を聞いた2人は、
「おお~!」
と感心した声を上げる。
パクはうんうん、と頷きながら、
「やっぱりエライもんやな。今日びの話、俺はコイツより勉強はできるんやけど、教え方教えろ言われてもワケが分からんでなぁ。
ほいで一週間張り込んで、ようやくお前が引っかかったんよ。
なるほど、そういう風に教えりゃエエんやな」
「よっしゃー!やるぞ!」
タケシはそう言って問題を解き始めた。
その間、時間を持て余した直樹は、また辺りをキョロキョロし始める。
そんな直樹に向かって、パクはずっと気になっていたのか、口を開いた。
「直樹、お前今日何でそんなちんちくりんな学生服着とんねん。
座ったらソレ、ほぼ半袖半ズボンやないか。しかもソレ、どこの制服やねん」
直樹はこれまでの経緯を、全てパクに話して聞かせた。
それを聞いたパクは大笑いする。
「お前はじゃあ何や、そのイジメられとったヤツから、イジメの行為をバトンタッチされたいうワケやな!?」
「そう!そうなんだよ。放課後はさぁ、これからしばらく2人と会うだろ?だからカバン持ちはできないんだよね。朝はできるとしてもさぁ…」
とにかく直樹はやる気なのだ。
その時、2人の会話をじっと聞いていたタケシが口を開いた。
「……お前……お前、ホンマのアホやな。ソレ、マジメに言うてるんやったら、アタマに何か湧いとるぞ?
そんなモン、無視してまえ。というか、そんなヤツ、ボテくり回したれ!
これやからボンボンは、陰湿でかなわん!」
パクも言う。
「まぁ、でもイジメの解決策って難しいよな。
よっしゃ、エエ考えがある。アイツら俺らとこないだ会うとるやないか。
『僕のことをイジメたらあの2人が出てくるぞ』言うたれ。それでイジメられんよ」
「そうや、言うたれ言うたれ!!」
同調するタケシに、直樹は言い返す。
「何だよソレ。何で2人と友達って言うだけで、イジメられなくなるのさ?」
「……え?そりゃー……何かお前相手にしよったら一から十まで説明せにゃアカンから、コッチが恥ずかしなるわ!」
するとパクが立ち上がり
「よっしゃ直樹。口で説明するのは難しいからな。お前にイイもんあげるわ。
虎の威を借る何ちゃらかんちゃら~言うやないか」
そう言って部屋を出て行くパク。
やがて戻って来た彼は、手に持っていたものを直樹の目の前でバッと広げて見せた。
それは、直樹の学校の学生服。