衝撃 5
「これでもお前にはちょっと小っちゃいかもしれんけどな。
俺の兄貴がお前と同じ中学やってん。これ着てみ?」
「え!くれるの!?」
「おう、お下がりやけどな」
その遣り取りを見ていたタケシが、心配そうに声を掛ける。
「……おいパクウ、ソレあげてエエんか?」
「おう、エエねん」
直樹は早速、その学生服を試着してみた。
少しウエストがきつくて小さいような気がするが、ちんちくりんの学生服よりは断然マシだ。
「うわ~!助かったよ!お父さんにさ、学生服買ってって言えなくてさ。どうしようかと思ってたんだ。
……しかしこのズボン、何でこんなにブカブカなんだ?上着も肩幅の割りには何だかすごく短いな。
何だか普通のと違うね」
「ハハッ!それが虎の威を借るっちゅーヤツよ。虎の皮被ったキリンいうことにしとけ。
明日ソレで学校行ったら、すぐ分かるって」
「ほんとかよ。スゲー…。
ついでにさ、女子用の制服はない?」
「……お前、ちょいちょいソレ言うな。……ないわ!」
そんな会話をしていると、下からトントントンと階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
いきなりガラッとドアが開くと、お盆を持ったおばさんが顔を覗かせる。
「ありゃッ!?タケシ!お前何やっとんや!?勉強やっとんか!?
こりゃ~明日は雨通り越して、鉄砲の弾降ってくるな」
「おいコラ、ババアッ!勝手に入ってくんな!!」
パクの怒声に直樹は驚く。
ババア!?
誰だこの人!?
「そやで~オカン。俺、勉強してんねん。スゴイやろ?」
オカン!?
誰だこの人!?
そのおばさんは直樹にぴたりと視線を当てた。
「何か知らん子おるな。アンタ、ドコの子や?」
「…あ、こんにちは。秋月と言います」
直樹の態度におばさんは目を見開いて、
「まあ!こんな行儀エエ子もおるんかいな!!
お腹空いたやろ?これ食べ」
言いながらおばさんがガシャン!とテーブルの上に置いたお盆の上には、丼に入ったごはんと皿に盛られた、直樹にとっては何か分からないモノ。
それを見たタケシは叫ぶ。
「あ!オカン、てっちゃんしかないやん!肉は!?」
「何でお前らに商売モン食わせなアカンねん!1円にもならん。ソレ食うとったらエエねん!」
「エエから早よ出てけ!!」
パクの声におばさんは一言、
「悪さすんなよ!」
そう言って部屋を出て行った。
それを見送って、直樹はパクに尋ねる。
「ねぇ、さっきのおばさん誰?」
「あー、ありゃウチのオバハンや。お前風で言えば、お母さんよ」
お母さん!?
直樹は驚愕する。
「な!!お母さんに何て口の利き方するんだよ!?」
すると、その言い分に驚いたパク、
「……あ、ああ、ゴメンゴメン。これからお前の前では気をつけるわ」
向かいでは、相変わらず問題を必死で解いているタケシ。
直樹は先ほどパクのお母さんが持ってきてくれたお盆の上のものが、気になってしょうがない。
じっと無言で凝視している。
……僕はね、もうびっくりしないぞ。
これもきっと、おいしいものなんだよ。
下に敷かれているのは……キャベツだな。
上にのってるのは……
……食べてから当てよう。
そんな、一点凝視の直樹に気付かざるを得なかったパクが口を開いた。
「何やお前、腹減ってんのか。じゃあ冷えたらアカンから、先に食うてしまおうや」
「うん、そうしよう!」
直樹は元気に即答する。
しかし直樹はすぐには手を出さない。
2人がどうやって食べるのかをじっと見つめている。
彼らはキャベツと、よく分からないその物体を一緒にごはんの上にのせ、一気に掻き込んだ。
よし、そうやって食べればいいんだな?
確認した直樹も、同じように食してみる。
先日のお好み焼きは、目からウロコだった直樹。
今回も目からウロコだ。
な、何だ、コレは……!?
マ……マ……
マズイ……!!!
何だ、このゴムみたいなモノは!?
ガツガツがっついている2人をチラチラ見ながら、
このゴムみたいなの、一体いつ飲み込めばいいんだよ!?
そんなことを考えながら、しかしさすがの直樹もここで『マズイ』とは言えない。
2人にバレないようキャベツだけを取り、2人と同じようにごはんを掻き込む。
ただ一つ、分かったこと。
白いお米は箸で、丼で、こんな風に掻き込むとまた違う味がしておいしい。
……だけど、このゴムはマズイ。
直樹のお腹は、ほぼ白いごはんで満たされた。
この『てっちゃん』ってヤツ、これはさすがに慶也には自慢できねーな…。
そう考えている直樹の横で
「できた!」
とタケシは全ての問題を解き終えた。
「うん、どれどれ?」
タケシの解いた問題を見ると、なかなかのもの。
20問中19問が正解している。
「秋月よぅ、お前、俺がどんだけアホや思うとるか知らんけど、俺は小学校の時、成績はまあまあやったんや。
これくらいできぃでか!」
ふんぞり返っているタケシの態度を、直樹は見ていない。
「……タケシさ、何でココができてるのに、コッチは間違ってんのさ?おかしいだろ。
算数・数学は一つのミスで全部がガタガタになっちゃうんだよ。合ってるこっちが偶然なのか、間違ってるココを理解できてないのか、今から言ってもらうからね」
「………」
急変する直樹の態度。
ここは直樹のフィールドだ。
「だから!さっき言ったじゃん!コッチができるのに、何でコッチの簡単なのができないのさ!?コッチを応用するんだよ!
忘れるんならちゃんとメモを取りなよ!!」
スパルタ直樹。
暴走族相手でも容赦はしない。
「ぐ…ッ!コッチから頼んでるだけに、コイツの態度にムカつくこともできんわ!」
ブツブツ言いつつも、大人しく直樹に従うタケシ。
そうして1時間ほど勉強した頃、隣で静かにしていたパクが口を開いた。
「おい直樹。お前の家、門限あるんちゃうか?遅うなったら親父さんとかに怒られるんちゃうん?」
その問いに、直樹は余裕で答える。
「お父さんは今日から長野県に出張なんだ。一週間はいないんだよ。だから平気」
懸命に問題を解いているタケシの隣で、2人は会話を始める。
「お前、さっき俺らのこと、トモダチやろー言うたやん。
同じ学校にツレとかおらんのか。俺らみたいなんとツレる必要ないんちゃうん?」
「イヤ、ダメだよ。彼らは勉強での競争相手なんだ。
きっと僕と一緒で知識が偏ってるハズ。だからあまり意味がないんだよ。
君たちみたいな暴走族じゃないと、新しい知識は得られない」
「…お前、それもちょいちょい言うな。俺ら、暴走族には入ってへんぞ?
ヤンキー・不良と暴走族が一緒になっとんやな。……まぁエエけどな。
せやけど、俺らとツレるいうたら、お前の良心が耐えれるかな。
おい直樹、今から来い!言うたら来なアカンのやぞ?できるんか?」
その時、直樹の脳裏に過ぎったのは、慶也の顔。
「できる!」
そう答えるのと同時に、タケシが問題を終えた。
「よーし!大体分かったぞ!これで俺も説明できるわ!今日はこんくらいにしとこうか」
タケシの声にパクは立ち上がり、
「よっしゃ。ほなら今日はもうアガリやな。俺も見たいテレビあるし。
直樹、明日もお願いできるか?」
「うん、いいよ」
辺りはもう暗い。
パクに見送られ、直樹はタケシの自転車の後ろに乗り、先ほど通った道を戻って行く。
「ねぇタケシ、君は人生ゲーム持ってる?」
「え、イヤ持ってへん」
「パクウは持ってる?」
「イヤ、知らんで」
パクと一緒のときとは違い、あまり喋ってくれないタケシ。
すぐに沈黙が落ちる。
「僕は明日も平気だからね。勉強教えられるよ」
「うん、スマンな」
すぐに会話が途切れてしまう。
やがて、
「……なぁ、秋月」
タケシが話し始めた。
「俺はな、正直お前が友達やろ言うたの、信用できんでおるよ。
まぁ、昨日も言うたように、お前のことは気に入ったけどな。でもまだ日が浅い。
…パクウがお前にあげたその学生服も、どうも理解できへんねん」
直樹は、パクからもらった学生服を着たたままの格好で帰っている。
タケシは少しの間沈黙し、再び口を開いた。
「……その制服な、アイツの死んだ兄貴のヤツなんや。
交通事故で死んだんよ」
「え!?形見の品なの!?」
「ま、そんな大袈裟なモンちゃうやろうけど」
直樹は少し考え、そして、
「……分かった。僕、コレ大事に着るよ。そして卒業したらパクウに返すよ、コレ」
それを聞いたタケシ、立ちこぎをしてスピードを上げる。
「おぉー?今からすぐ返しに行くって言わなんだな!
パクウが簡単にあげたとは思わへんねん。
すぐには返さへんのやな?それやったらエエわ!
もう墨汁まみれにすんなよ?」
タケシはそう言って、すごいスピードで走り出す。
「お前、道分からんやろうから、バス停まで乗せてったるわ」
直樹は道は覚えていたが、歩くのが大変そうだったので甘えることにした。
途中、タケシはある家を指差し、
「アレ、俺ン家やで」
そう説明してくれる。
やがて2人を乗せた自転車は、直樹がいつも行く本屋の前のバス停に着いた。
別れ際、
「明日は俺から行くからよ、また頼むわ」
そう言って去って行こうとするタケシに、直樹は尋ねる。
「……ねぇ、亡くなったパクウのお兄さんって、本当に血の繋がったお兄さんだよね」
何故このタイミングでこの質問なのか、直樹にも分からない。
「えぇ?そうやろフツウ」
その返事に、俯いてしまう直樹。
「………」
「それとな秋月。お前、そのな、自分のこと『僕』って言うの止めろや。俺らとツルむ言うんやったら『俺』もしくは『ワシ』って言うてくれ。こしょばゆうてしょーがない」
直樹は顔を上げ、
「うん、分かった。そうするよ」
そう答えると、タケシは、
「ほしたらな」
手を振って自転車で走って行った。
その後姿に手を振り返す直樹。
……人に手を振るなんて、物心ついてから初めてだろ。
悪くねぇや。
そんなことを思いながら、直樹はバスには乗らずに歩き始める。
少し考え事をしたかった。
しばらく歩くと、父親の経営する会社の看板が目に入った。
―――― 『○○○建設』
かなりの広範囲で工事されている、その場所。
こないだお父さんが言っていたデパートが、ここにできるんだな…。
シートで覆われたビルを見上げ、再び目を戻すと、先の方にベンツが停まっていることに気付いた。
ナンバーを見ると、父親のもの。
その車に、まさに今乗り込もうとしているのは、直樹の父。
あれ?
まだ長野に行ってなかったのかな。
そう考えた直樹、駆け寄って父親の元に近づこうと思ったが、今まで外で両親に会ったことのない彼は果たしてそれが可なのか不可なのかも考えてしまう。
…あ、ダメだよ。
こんなトコでウロウロしてたら、怒られちゃう。
そう思い、直樹はスッと身を隠す。
父は仕事とは思えない、ラフな格好をしていた。
すると、その車にもう1人、乗り込む人が。
……女性。
次の瞬間その彼女が発した言葉は、直樹の耳にはっきりと聞こえてきた。
「グァムかぁ…。本当に、久しぶり……」
その言葉を残し、車はエンジン音を響かせて発進した。
直樹はベンツの後ろ姿を、瞬きもせずに見送る。
「………」
……お父さん。
何をやっているんですか?
―――― グァム
……愛人ですか?
新聞、経営に関する本などにはよく目を通す直樹。
『外に出れば敵だらけの男。愛人の1人や2人……』
そういう文字を、目にしたことがある。
……やっぱり、愛人なのか。
つらつらとそんなことを考えながら、歩き出した。
そこへ、ちょうど自宅方面へと向かうバスが通りがかり、直樹は歩くのを止めてそのバスに乗り込む。
今日はお小遣いをもらっといて、良かったよ。
そう考え、先ほどまでの思考を止めようとするが、おさまらない。
お母さん
慶也
僕
……いや、俺。
少なくともこの3人は、あなたを信じていますよ、……お父さん。
要素を加味した上で、俺はほざいているんですか。
何だか悔しいですよ。
……お父さん。
やがて、バスは直樹の家の近所で止まった。
降りると同時に、直樹は走って自宅へと向かう。
「ただいま」
言いながら玄関のドアを開けると、そこには丁度母親が立っていた。
「あら?直樹さん、今日は随分遅いですね。何してたの?」
『そんなことより、お母さん!』
……とは、言えない。
「学校の行事があったんです。しばらく遅いかもしれません」
「あら、そう。夕飯があるから食べてください」
そう言って、奥へ行ってしまう母。
「………」
今日、この制服をもらったこと。
別に報告しようとも思ってなかったよ。
まぁ、やっぱり気付かないよね、……そりゃ。
このズボン、ダボダボでスースーするなぁ。
……皆が信じていますよ。
お父さん。
お腹が一杯の直樹はこの日、夕食を摂らずに自室へと入って行った。




