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カデンツァ 完結編 8

直樹が待ち合わせ場所にと選んだのは、とある料亭。

穂積が普段こういった敷居の高そうな店を好まないのは知っていたが、今日くらいはいいだろう。

この店は雰囲気も良いし、何より穂積が好きな魚介が美味い。

店の門の前には部下2人。

そこを潜ると玄関までは整えられた庭になっており、足元には砂利が敷き詰められている。

直樹と琢磨はそこを渡る石畳を通って玄関前まで来ると、引き戸の前に置かれている長椅子に腰を下ろした。

「………」

「………」

5分、10分と経ったろうか。

直樹も琢磨も黙って座ったまま。

そこへ、静寂を気にしない、見るからにソワソワしている部下たちが、琢磨を大声で呼ぶ。

「コラアッ!!松本!お前こっちへ来んか!ちゃんと出迎えなアカンやろ!!」

何故ここへ自分が呼ばれたのか理解できていない琢磨は、この待たされている時間がもう退屈で仕方がないらしい。

「え~?いいよ俺」

「バッ!バカかお前!!いいよ俺とちゃうやろ!アホか!こっちへ来い!」

琢磨はそれを無視して直樹に話しかける。

「これ何なん?おっちゃん遅刻してんの?」

約束の時間は22時。

4人は30分前にはこの店に到着していた。

「俺、時間守らんヤツ大ッキライなんやけど。はーあ……俺、今日やらなアカン仕事あったのに……」

自分の隣でブツブツ言っている琢磨に、直樹は言い含める。

「約束の時間はな、10時から。オッサン遅刻しとるワケやないんや」

「そうなんや」

「エエか、今後またお前にはこんなことがあるやろうから教えといたるけど、明らかに自分よりもランクが上の人、まぁ上司とか目上の人やな。そういう人らと待ち合わせするときは、最低でも30分くらい前にはその場所へ行っとかなアカン」

「へーえ、そうなん?」

「そやな。上司に好かれるのもまた才能や。社会に出たらな、自分が思いつく限りの手ェは打っとくもんなんよ」

「ふーん」

「お前が可愛らしい女子ならまた話は違うてくるんやけどな。お前みたいなゴリゴリの野郎はな、せめて可愛げくらいないとな」

「なるほどね。分かった」

そう言うと琢磨は腰を上げ、門前へと歩いて行く。

彼がちょうど2人の元へと着いた時、

「お疲れ様です!」

と、声が聞こえてきた。

背筋をピンと伸ばして45度の挨拶をしている横で、ペコリとお辞儀をしている琢磨。

直樹も座っていた椅子から立ち上がる。

「おう。何や、お兄ちゃんも来とるんかいな」

「あ、はい。こんばんは」

琢磨たちの横を過ぎ、相変わらず3人のボディガードを従えて、こちらへ近づいてくる穂積。

……今日は自分もちゃんとしなければならない。

玄関の前で立ち止まった穂積に頭を下げ、

「お疲れ様です」

そう言った直樹に対し、穂積は、

「おおう、そうか。今日はそんな感じか」

そう笑って玄関を開け、店の中へと入って行った。


少なくとも今日はちゃんとしなければならない。

ここへ来て、直樹も俄かに緊張し始めた。

穂積のボディガードたちは別室で控えている。

お膳を前に、部下の2人は琢磨に耳打ちするように、ああしろこうしろと行儀作法を教えている。

緊張感のある空気が部屋を支配していた。

直樹はちらりと穂積を見遣る。

その様子も普段と違うような、そんな気がする。

いつもならば直樹の部下に酒を勧めるはずなのに、それをしない。

「………」

動かない尖った気配。

しばらく黙っていた直樹もとうとうその雰囲気に耐えられなくなり、部下たちに声を掛けた。

「自分ら、酒飲んでもエエんやぞ?」

しかし彼らは箸を止め、

「いえ、今日は遠慮しときますわ」

そうは返されたが、こう固まっていられると緊張感が伝染し、自分も穂積に言いたいことが言えないような気になってくる。

「イヤイヤ、このオッサンもな、俺も酒飲まれへんのやから。俺らに気ィ遣わんでいいよ」

そんな話をしているところへ、いきなり穂積の笑い声が響いた。

「ハッハッハッハッハッハ~!ハア、お腹痛いわ!あんちゃん最高やな!」

穂積の視線の先、琢磨に目を遣ると、バキボキと派手な音をさせながら口に何かを詰め込んでいる。

「はえ?っていうかおっちゃん、コレめっちゃ硬いんやけど。ほんまに食べれるんか?」

何をしているのかと思えば、琢磨がガリゴリと噛み砕いているのは赤いイセエビの殻。

「な、お前何やっとるんや!」

「ええ~?」

「イセエビの殻食うヤツがドコにおんねん!」

「え、おっちゃんがコレ油で揚げとるから食べれるんや言うたで」

「アホ!お前、油で揚げとってもそんなモン食われるワケないやろ!ペエせぇ!」

それを見て、穂積はまた横に倒れ込んで大笑いしている。

部下の2人も声を上げて笑い始める。

「おっちゃんよう、騙すなよ。口の中切ったやんか」

「ハッハッハッハッ!腹イタイ…ッ!すまんすまん、っていうかあんちゃん、ツノ1本食うてもうとるやんか。あんちゃんも早よ気づけや」

「ここのイセエビの殻おいしいから食べェ言うたのおっちゃんやろ。俺だってイセエビの殻が食べれんことくらい知っとるわ!」

また笑い声が起こり、張り詰めていた部屋の空気が散った。

穂積の出していた緊張感も、何となくではあるが解れた様子。

と、ここで直樹はハッと気づいた。

ん…?オッサンが緊張?何でや。

これまでの自分のパターンから一抹の不安が過ぎる。

考えてみれば、今回自分を呼び出したのは穂積の方。

重要な話があると勝手に銘打っているのはこちらの方で、穂積はそれを知らない。

……もしかして、この後良くない話があるんじゃないのか。

しかし表に出ない直樹の不安には、誰も触れることはない。

そこから少しの会話と笑いを挟みながら食事は進む。

一筋の緊張感を孕みながらもなかなかに和やかな場になったのは、コドモな琢磨のお蔭。

やがて最後の料理を皆が済ませたところで、穂積が改まって口を開いた。

「あのなぁ、木村くんと南くんと、ほんでお兄ちゃんな、すまんのやけど隣の部屋へ行っといてくれんか」

……?

「ちょっと今からアンタらのボスと大事な話があるから、な?すまんけど頼むわ」

「はい」

返事をして立つ2人。

そしてなかなか立たない琢磨。

「………」

「ほら、あんちゃんも悪いけどな、ちょっと席外してくれ」

「……一緒に聞いてたらアカンの?」

そこへ部下が後ろから琢磨の襟を引っ掴み、引っ張り上げた。

「ほら、早よ立たんかい」

「ええー、俺、話聞きたいんやけど」

「アホ!会長が席外せ言うとるんや。ったくお前は!」

それを制するように穂積が言う。

「あんちゃんが話聞きたい気持ちも分かるんやけどなぁ。でもなぁ、組織っちゅーのは必ずタテの繋がりがあるもんなんや」

「うん」

「ほんでな、あんちゃんのおる組織の一番上におるのが、この直樹のニイニイや。おっちゃんの礼儀としてな、大事な話を直樹のニイニイと君らに同時に聞かせるワケにはいかんのや。話が聞きたかったら、後で直樹のニイニイから聞きなさい」

「……はい」

「ほんまにすまんな。ちょっと隣の部屋で遊んどいてくれ」

「はい、分かった」

傍で聞いている直樹、負け犬根性とでも言おうか、不安が更に肥大していく。

わざわざ人払いまでして…

そう考えながら、穂積が今言った『組織は必ずタテに繋がっている』という揺るがない事実をも考えている。

俺はやはりまだまだ甘い。

格好付けるためならば、アイツらはここへ連れてくるべきではなかったのかも。

自分が報告しようとしていた、最近自分の中であったよろこび事、こんなものは穂積には言うべきではないのではないか。

もやもやと考えているうちに3人は部屋を出て行き、静かに障子が閉まる。

それと同時に、直樹の斜め右隣に膳を構えていた穂積がこちらへ向き直った。

直樹もそれにつられ、体ごと穂積の方を向く。

「で、最近あのボクちゃんとはどうや?」

「……どうやって何よ?アンタが俺に押し付けたんやろ」

いきなり琢磨の話とは、ちょっと拍子抜けした。

「押し付けたねぇ…。で、どうや?」

「どうや言われても…。あ!アンタ、アイツにちゃんと給料払うたれよ!」

「……お前も分からんヤツやな。あのボクのこと聞いとんちゃう。お前のことを聞いとるんや。なぁ?どうや?」

「……ああ。……うん。まあな……」

「まあな、か。まぁお前が『まあな』言えるんや。順調みたいやな。せやけどあのボクには悪いことしてるんかもしれんなぁ、ワシら」

悪いことをしているかどうかは、確かにこちらで決めること。

悪いことをされているかどうかを決めるのは、アイツのこと。

俺なりに、アイツがどこに重きを置いているのかは判断しているつもりでいる。

俺だって志半ばで家を……

そこまで考え、今日はその辺を考えるのを止めることにした。

「……ああ、うん……そうか……」

直樹がそう応えてから少しの間、部屋の中は不自然なほどに静かだった。

大事な話があると言われている以上、下手にこちらから話を振るわけにはいかない。

やがて静寂を乗り越え、穂積が口を開く。

「……あー……まぁ何ちゅーかなぁ……。まぁ、6:4って感じなんやなぁ……」

「?」

「ほら、何て言うんやろなぁ……ほら、ワシ、組辞めるやろ。それでワシについて来るっちゅーのが6で、そのままこっちに残るっちゅーのが4って感じやなぁ……」

何やら穂積は、事の核心について話しづらそうな様子に見えた。

嫌なことは早く済ませたい。

自分の性格を考え、直樹は先を急ぐ。

「何やねん。何が言いたいんや」

「あー……つまりやなぁ……うーん……」

穂積が言っていることに対しての答えは、すでに決まっている。

「行くよ」

「エ?」

「ウチはアンタについてくって」

「………」

その瞬間に、穂積は意表を突かれた顔をした。

それを見て、穂積が何故驚いているのか分からない直樹もまた驚いた顔を返す。

「…何やねん」

「エ?」

「だから何でびっくりしてんねん。行くよ。ほんで?」

「ん?ほんでって何や?」

「続きがあるんやろ?」

不安がちらつく、悪いかもしれない話。

重要な、大事な話。

「続きって何の続きや?」

「イヤ、アンタについてくのはエエとしてや。大事な話って何やねん」

今度は穂積はキョトンとした顔で直樹に問うた。

「ええー?イヤ、大事な話ってコレやないか。他に何があるっちゅーんや?」

「え?あ、そうなん?」

直樹の返事を聞き、穂積が一気に笑顔になった。

それは今まで見たことのない種類の、穂積の笑顔。

……何や。コイツも俺らがついて来るかついて来んかっちゅーことで緊張しとったってことか?

「そうか、そうか」

そう言いながら穂積は笑顔のまま、お膳に載っていた銚子を手に取り、杯に注ぎ、それをぐいっと飲み込んだ。

そう、コイツだって人なんだ。

たかが、俺たちが自分について来るかどうか、たかがそんなことで悩みもするし、話しづらそうにもする。

改めてそんな事実に気づいた。

穂積は笑みを浮かべたまま、手酌で酒を飲んでいる。

空になったその杯に、直樹は自分の銚子を傾ける。

穂積がまた、くっと一気に飲み干す。

それから彼は、嬉しそうに直樹に言った。

「な?直樹、ワシの杯なんかいらなんだやろ?」

「……はい」

今日のこの場は、やはり良い機会。

直樹はここで自分個人のことも話しておくことにした。

「……ほんでやな」

「おう 何や」

「……イヤ、あのな」

今度は直樹が話しづらい。

「俺なぁ……」

「うん」

「……家族が……家族が、できそうや」

「エ!?何や、結婚するんか!?」

穂積の声が上がる。

「ああ。……しかも……子どももできるな」

直樹はつらりと穂積から目を逸らしてそう告げる。

顔が火照って仕方がない。

それに対し、穂積は一瞬黙り、

「……そうか……!」

と押し出すように返事をした。

そして続けて、

「そうか、そうか……」

先ほどと同じ言葉ではあるが、音が違う。振動が違う。

合わせることのできない目の端で穂積が杯を持ち上げ、酒を注ぎ、そんな動作は見えていた。

「そうか……良かったなぁ」

「………」

何と言っていいのやら。

適当な言葉も動作も見付からない。

「………」

明後日を向いていた直樹、そこで穂積の顔にちらりと視線だけ投げてみた。

……驚いた。

笑顔の口角が少し歪んでいる。

目が潤んでいる。

それを、見てしまった。

「………」

「良かったなぁ……良かったなぁ……そうか……そうか……」

穂積は飽きることなく繰り返す。

独り言のように、それしか知らないかように、何度も何度も。

「………」

その情に、一体どう言って返したらいいのか分からない。

気の利いた言葉一つ、自分の中にありはしない。

それどころか、穂積のそれに引き摺られそうになる。

……まさか、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。

こんなに喜んでくれている。

そう考えていいんだな…?

直樹は俯き、穂積につられそうになるそれを唇を噛んで堪える。

そして、

「……そやけどな、オッサン。ほんまにアンタについてって大丈夫なんやろな?ウチも結構人数おるぞ。親亀がコケよったらやな…」

誤魔化すようにおどけて言いながら顔を上げたそこで、穂積とバチッと目が合った。

穂積は笑顔を崩すことなく、直樹に向かって銚子を差し出す。

直樹も黙って杯を手に取り、それを受ける。

涙を浮かべたまま、笑顔のまま、穂積は口を開いた。

「直樹、無礼やぞ。少し控えなさい」

「……ッ」

穂積の表情とその行為に耐え切れなくなる。

腕で一度目元を拭い、その杯を一気に呷った。

それから直樹は崩していた足を正座に変え、両手を畳に付き、深く頭を下げる。

「今後もご迷惑をお掛けすることがあるかと存じますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

「…うん。ありがとう」




―――― 今更なのですが、時間についてここ最近着目しています。

僕はこれまで気づかないでいた。

1秒前はもう戻って来ないということ。

着目した部分が死の話と似ているような気がして、汗をかくほどに慌てふためいてしまいます。

何かに一生懸命取り組んでいる50分ならば、意味もあるだろう。

何もせずただ座り、ただ呼吸をし、目の焦点すら合わないで呆けている10分については、何か意味があるのだろうかと考え込んでしまった。


昨日の夕飯は何だったかな。

昨日の3時頃は何をしていたっけ?

もう二度と会うこともない自分のことを思い出すこの行為。

これもやはりもったいないのでしょうね。


人の溢れかえる場所は、一歩踏み出すだけで人と肩がぶつかり合う場所。

例えばスクランブル交差点ということにしましょうか。

あそこに溢れかえる人たちも、一人ひとりの頭上に時計が付いている。

あんな人には、あんな形の時計。

こんな人にも、あんな形の時計。

あの時計は必ずしも12時から12時までを示すものではないのかもしれない。

12からスタートし、その針がどこで止まるのか、それは誰にも分からない。

文字盤には人それぞれに個性があるように、諸々な形で赤いレッドゾーンが設けられている。

それは6にあるのか9にあるのか、自分では理解できていない。

だから人は何食わぬ顔をして、今日も交差点を歩いている。

針がレッドゾーンの上を通過した時、一体何が起こるのか。

あのおじいさんはレッドゾーンがまだまだ先にあるな。

この人はまだ若いのに、30秒後には針がレッドゾーンに入ってしまう。

皆、秒針の動く音すら気にも留めず、長針の動く音に気づかず、短針の移動に興味がなく、必要も不要も希望も全てシャッフルして、今日もまた出掛けて行く。

僕も明日の朝にはこれらを忘れ、いつもの時間にいつものように「行って来ます」と言ってこの家を出るのだろう。

当然僕も例外ではなく、自分のレッドゾーンを知らない。

まだ随分と先なのか、ひょっとしたらもう乗り越えたのか。

気づいただけに他ならない僕は、また時計仕掛けの人込みの中に紛れ込み、明日もきっとそうする。

万が一にも明日、この部屋に帰って来れないなどということは考えていない。 ――――




「ちょっとおっちゃん、逃げたらアカンって。逃げても何も解決せぇへんのやから」

しとしとと雨の降る昼下がり。

頭上には高速。

その下を走る国道脇の歩道には10に満たない人だかり。

息を切らせ、壁に凭れて座り込んでいる人物に話しかける琢磨の声が、トンネル内に反響している。

「や、やめぇや!近づくな!アンタら、ワシ殺す気じゃろ!!」

「何言うてるん。そんなことしないって」

「ホラはエエ!!お前ら、ワシの全部を奪おうとしとるじゃないか!」

気が動転しているのだろう。

顔は引き攣り、無駄に手足を動かす齢50過ぎの男と、その相手をしている琢磨の遣り取りを直樹は黙ってじっと見つめている。

背後には5人の部下たち。

「イヤ、でもな、おっちゃん。借りたら返さなアカンやんか」

「やかましいッ!!誰がこがいな取立てせぇ言うて頼んだっちゅーんじゃッ!ワシゃあ昨夜○○に負けたばっかりなんぞ!!何で次の日にこがいな取立てのされ方されにゃならんのんじゃ!!」

琢磨はアスファルトに膝をつき、男の肩に手を置いて静かに話す。

「だから返済の仕方もちゃんと理解しとったやんか。おっちゃん、それでもエエって言うたやん。あん時、ほんまに大丈夫なん言うたやろ?それでもエエって言うたやん」

「そがいな昔の話はもう覚えとらんわ!そうじゃ!利息制限法っちゅーのがあるじゃろう!ワシゃあ今から警察行くで!お前らみたいな無法モン野放しにしとったら、夜もおちおち寝とられん人が山ほどおるはずじゃ!」

男は壁に手を這わせてゆっくりと立ち上がる。

「ほうよ、警察行きゃエエんよね。お前らみとうなん野放しにしとったらいけんのんじゃ!」

「イヤおっちゃん、ちょっと落ち着けや」

「落ち着けぇ!?落ち着いたらその場でお前らにグサッとヤられるんじゃないんか!!」

男は自分を取り囲む直樹たちをぐるりと見渡す。

「金貸すときだけはキレイ事抜かしやがって!ワシャぁお前らみたいなゴミと違うて真っ当にやってきたんじゃ!何で正直モンがお前らゴミにこがいな目に遭わせられにゃいけんのんじゃ!!」

「キレイ事なんか言うてないよ。ちゃんと数字まで出して伝えたやんか。刺したりせんから一回落ち着いて…」

そこで直樹がようやく割って入った。

「イヤ、落ち着かんでエエぞ」

言いながら、男の目の前まで歩み寄る。

「落ち着かんでエエ。岬さん、演説続けろや。ただなぁ、支援者はもうおらんぞ」

「……ッ!」

クッと顎を引く男。

「どうしたんや。もう俺らに伝えなアカンことは終わりか。まぁエエよ。とにかく○○に負けたらこうなる、アンタも最初から分かっとったことやろ。もしほんまにその辺理解してなかったんやとしたら、余りにも幼稚すぎへんか」

「そ、そがいなこと言うたって、家から何から全部取り上げるっちゅーんはないじゃろうが!」

直樹は一度大きく溜息を吐いた。

「担保がなかったらあがいな大きい金借りられへんやろ。代物弁済予約、抵当権の説明すら一から十までしたやないか。支援者にエエ顔するのにばら撒いたあの金も、誰が用意したんよ?」

男の顔を挟み込むように、直樹は壁に両手を突く。

「エエか、アンタは自分が勝つことに賭けたんや。俺らはアンタが勝とうが負けようがどっちでも良かった。アンタは勝つために俺らを利用し、俺らは儲けのためにアンタを利用した。今更知っとったー知らなんだーの話なんざ、時間の無駄でしかないんよ。お互いにそんなこたぁどうでもエエやろ。なぁ、岬さん」

「………」

言葉を失くした男はそれっきりうんともすんとも言えず、静かに俯く。

直樹も前のめりだった体を起こす。

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