カデンツァ 完結編 1
「何でや、お前。やったらエエやないか。こんなオイシイ話もそんなにないやろ。女とヤれて、ゼニまで貰えて」
「イーヤーじゃ!アホか!!何でAVみたいなモンに出なアカンのじゃ!次、俺をこんな風に騙したら、その場で舌噛み切るぞ!」
「ヒャ~ッヒャッヒャッヒャッ!!自決も辞さんってか!」
いつものように琢磨に車を運転させ、助手席に座っている直樹。
2人は高速を移動している。
直樹は面白そうに、手に持った書類をペラペラと捲る。
「このタイトルなんか最高やんけ。『秘密ニシタイ☆ヨゴレンジャー』『となりでドロドロ』『マゾの宅急便』
しかもこの女、タレント崩れや。ベッピンさんやぞー?」
「知るかッ!フザケんな!!」
「ケーッケッケッケッケッケッ!!」
―――― 僕はこう考えています。
あのまま行けば、いつか路頭に迷っていたんではないかと。
腕、足は枯れ木のように細い。
栄養失調で腹が飛び出してしまった、そんな様。
今のこの経済大国である日本で、僕はそうなっていたんではないかと、そう考えているのです。
この家に来て11年が経った。
前回の報告の際も11年と書きましたが、僕のこの癖としてその辺は見逃してください。
この世の中は平等ではない。
果たして皆、それに気づいているのだろうか。
僕の右斜め後ろに座るクラスメイトが、教師に対し「贔屓だよ、贔屓」などと訴えている様を目にした。
何に対しての言葉なのかは知らないが、彼も早めに知っておいた方がいい。
この世は不平等であるということを。
人間は前に倒れる際、条件反射で自分の体を守るため腕を前に出し、その衝撃を和らげようとする。
背中から倒れる際は、条件反射で少し首を起こすようにして倒れる。
これに関しては、赤ん坊ですらそうする条件反射。
人はそのシステムに従い、行動し、その中にも相性、嫌悪、それに混ざるように人権、平等というものが組み込まれている。
誰かが自分を、誰かが誰かを選ばないのであれば、その誰かも自分も日々自力の発展に努めなければならない。
そう思うんです。
幸い僕は、人並み以上とも言える形に恵まれた。
例え今日の日光が凄まじいものであったとしても気に留める必要もなく、明日の豪雨が襲いかかろうとも、それは凌ぐ術がある。
草の種類に興味もなければ何の危険も感じず、ただ黙々と。
あの時の岐路というのは、もちろん僕の意志が反映されたものではなかった。
片方では飢えに苦しみ、立つ体力すら残っていない自分の姿が待っていたというのに。
もちろん今こう言っている自分も、多少なりとも今後の不安は抱えている。
我々は本来それ向きではない体を二足歩行に変え、先へ先へ進んだ。
その先に何があるのかなどということは、現在の科学では誰一人として知りうることができないのだ。
眼球はたった一つの骨で支えられ、零れず体内に収まっている。
睫は更にその眼球を守ろうとしている。
指はあれにもこれにもに備え、両手両足に5本備わっている。
爪は更に細かい作業を我々に許してくれた。
『お父さん』
『お母さん』
人はそれぞれ利害を追求する個なのだと思います。
この考えを紐解いていくと必ず人は平等ではない、そこへ辿り着く。
それ以上は特にありません。 ――――
「ちょっとニイニイ。見てみ、アレ」
「………」
「何やこの家、テープ張られて入れんようになったあるやんけ。あ、何か札貼ったある。さ し お さ え……差し押さえって書いてるで」
「………」
「何やコレ」
「……あのボケェ、飛びやがったな」
「飛んだ?逃げたってこと?」
「チッ!!飛ばへんように関わっとったのに。まったく、俺にまでババ引かせよったな、あのボケは」
「どうすんの?」
「……こうなったら、アイツのオトンとオカンに話しに行くしかないやろ」
「えー…あの人のオトンとオカンっていうたら、もうおじいちゃんとおばあちゃんちゃうん?」
「そうや、もうエエ年やな。こうなった時のためにちゃんと調べたある。アイツの両親はマツタケがニョキニョキ生えてくる山を何個か持っとるんや」
「マツタケ……でもじいちゃんとばあちゃん、追い込むってイヤやなー」
「しゃあないやろ、逃げたんやから!探すってか!?」
「そやなー、ニイニイ。探そや」
「探すって、どうやって!」
「そりゃニイニイの方が方法知っとるやろ。俺、ちゃんと手伝うよ」
「………」
「見付かるって。電話あったのさっきやんか」
「……ま、アイツにゃ黙っとったけど、コッチにゃ更にアイツ宛の焦げ付き手形もあるしな。もうすでに焦げ付いとるから、……せやな、2日。2日や。2日だけ探そか」
「うん、それがエエわ」
「そやけどギリギリ2日やぞ。じーさんばーさんカタ嵌めるのイヤや言うてもやなぁ、そのじーさんばーさんにはあのボケ生み落とした責任がある」
「うん、分かった。2日な」
「……お前、ほんまに分かっとるんかよ。3日後にゃジジイ・ババアんトコ行くぞ」
「分かってるって」
「ほんま、しゃあないな……」
―――― ひらがなを ぜんぶ おぼえた
みよしせんせいに きいたら にっきを かけば れんしゅうに なるって いった
にっきって なにと きいたら じぶんの ことを まいにち かみに かくことと みよしせんせいが いった
えほんと おなじかと おもった
にっきの つは ちいさく っとかく
れんしゅうの ゆも ちいさく ゅとかく
ぼくは ぼくの おとうさんと おかあさんに なってくれる ひとを あとさんにち まっている
まっているの つも ちいさく っとかく
ぼくの おとうさんと おかあさんに なってくれる ひとを よろこばせるために
じを おぼえる
まだ かんじと かたかなは かけない
だけど ぼくの おとうさんに なってくれる ひとが ぼくに つけてくれた あたらしい なまえを
れんしゅう した
秋月 直樹
秋月 直樹
秋月 直樹
秋月 直樹
秋月 直樹
秋月 と 直 は かんたんだけど 樹はむずかしい
樹
樹
樹
樹 樹 樹 樹
樹
かんじの じは しに '' とかく
ぼくの なまえは こんど みんなとは ちがう なまえになる
ただしにいちゃんと みほねえちゃんが ぼくに いいなって いった
だから ぼくは うれしいと おもう ――――
雨が降っている。
琢磨を助手席に乗せ、直樹が運転しているその車内には間断なくワイパーの音が聞こえてくる。
「しかしアレやなー、ニイニイ」
「んん?」
「差し押さえって、ほんまにあんなしてシールみたいなん貼るんやな」
「あー、せやな」
「しかしあの人、銀行からも融資受けれるのに、何でニイニイみたいなとっから…」
「ま、いろいろあるんちゃうか」
「ふーん」
「………」
「………」
「あのな、こういうヤ○ザの世界ってな、もっとケンカばっかしてて、もっと悪さばっかしてて、ケンカしたら武器とか使うて、鉄砲とか撃ったり、そんなんばっかしてるんやと思うてたけど、意外とケンカもないし、武器も使うてこんし、なんやなー?」
「あー、どやろなぁ。そやけどお前、お前が来てから妙にケンカの数が増えたような気がするわ。お前、雨男やろ」
「雨?雨男ちゃうわ。っていうか、雨関係ないやろ」
「お前の穴っちゅー穴から、敵を誘い寄せるフェロモンが出とるんちゃうか。尿道辺りからもチョロチョロッとよぅ」
「えー…嘘やろ。俺のせい?」
「おう、多分な」
「ほんまに?」
「おう」
「………」
―――― また僕は2番でした。
校内では常に1番を取れるのですが、本当にお2人にも申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
他では決して言いませんので、ここでいくつか。
あの模擬試験という名称。
あの模擬という部分、取ってしまってはもらえないのだろうか。
できれば別の名称でやってもらいたい。
試し撃ちであることは知っています。
そして試し撃ちにすら躊躇う自分であるのならば、死んでしまった方がいいとも考えています。
模擬と付こうが付くまいが、そこには必ず順番がある。
他校の彼が1番で、僕が2番なのです。
追求し、見据えるものがあり、理想に向かって赴いて行く。
ならば1番でなければ意味がない。
僕はそう考え、今書いているこの内容は僕に対する自身からの侮辱なのです。
この世の中に準優勝、銀メダリストという人が一体何人いるのでしょう。
世界で見た場合は?
きっと数え切れないほどなんだ。
それに比例して優勝、金メダリストの数もいるというのに。
今の僕は、その砂のように散らばったものの中の一つに過ぎない。
2番であることを糧に一層奮いなさいと、準優勝でも銀メダリストでもない、ただ僕より年上で教師になっている人間が知った顔で僕にそう言う。
あなたから教わることはありませんよ。
論破の方法を知りながら、それを言わない。
僕はそれなりに謙虚で賢明ではありませんか?
他のものは負けてもいいと置き去りにし、やってきた結果が2番。
これに対して、自分を褒め称えたいと思わない自分を褒めてやりたい気分でいます。
胃の辺りが熱く、眠れそうにありません。
『お父さん』と『お母さん』はもうおやすみになられていることと存じます。
今日はこういった感じです。 ――――
近頃の直樹は公私ともに調子が良く、何て1日が早いんだと、そんな気分で過ごしている。
雨が嫌いな自分が、この梅雨時にこんなに気分がいいとは。
空梅雨がこの気分を助けてくれてるってか。
ここ最近は琢磨とはもちろん、メグミともほぼ毎日顔を合わせていた。
「直樹くん、今晩は何か食べたいものある?」
夕食を作り、直樹の部屋まで運んで来るメグミの行為はまだ続いている。
「あ~?うん、別に何でもエエよ」
「昨日のカレーがまだあるんやけど」
「ハア?2日連続で同じモンってありえへんやろ」
「じゃあライスじゃなくてうどんにしようか」
「イヤ、そやなくて。お前イライラするな。そのカレーが問題なんやろ。別のにしろや」
2人の微妙な距離もあのまま継続していた。
メグミにとって直樹は恋愛関係にある、そんな相手で間違いないようだが、直樹の方はメグミに対しある種特別な存在と認識しているものの、なかなか明確な答えを出せずにいる。
この中途半端とも言える自分の感情もあり、時折メグミにその苛立ちをぶつけることもあった。
「まぁ今日は夕飯いらんかもしれんけどな。一応置いといてくれや。こっちはそれで給料払うとるんやからよ」
「え?どっか出掛けるってこと?」
「………」
会社も軌道に乗り、ほとんどの仕事を社員に任せられるようになっていた。
今晩も直樹にこれといった仕事の予定はない。
「一々報告する義務はないわ」
そう応え、直樹は座っていたソファから立ち上がる。
ちょうどその時、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴った。
覗いたモニターに映っているのは琢磨。
「何や、こんな真昼間に」
『イヤ、ちゃうねん、ニイニイ。仕事や、仕事のことや。昨夜ほら、飲み屋のあの女の人、酔っ払って暴れたあの店の人おるやん。何か様子が変や思うとったから、様子見に行ったんや。ほしたら部屋、もぬけの殻になっとんねん』
「ハア!?」
『あの人って○○○○って店から移籍して来とるんやろ?』
「移籍っちゅーか、他店からの預かりっちゅーか…。もぬけの殻ってどういうことや?」
『誘拐とちゃうやろな…』
「もぬけの殻って荷物もなくなっとるんやろ?誘拐されたんやったら丁寧に荷物まで持ってかんやろ」
『あの人、大丈夫なんかな。ヤバイんちゃうの』
「チッ!まったくよう!」
舌打ちを交えながらも、やや持て余していたこの空間から抜け出すいいタイミングだと思った。
「おい、車回せ。すぐに探しに行くぞ」
インターフォン越しに琢磨に怒鳴るように、そう伝えた。
勢い良く受話器を置き、すぐに着替えを始める。
「何?お仕事?」
メグミの問いに振り返ることもなく、着替えを進めながら、
「お前には関係ない」
「………」
メグミはいつになく神妙な面持ちでいる。
「もし、もしね、夕飯のときにこっちへ帰って来てたら教えてほしいんやわ。ちょっと話聞いてほしいっていうか…」
「………」
それには無言で返事をした。
直樹は全ての準備を終え、足早にマンションを出る。
メグミと毎日会っているのは俺の望みだろう?
なのに何でこんなにイライラする。
ワケが分からんな。
……一番ワケが分からんのはメグミの方か。
据えかねる何かをただこの日のテンションとし、直樹は琢磨とともに出掛けて行った。
―――― きょうも けいやくんと あそんだ
ぼくが けいやくんの めのまえに ゆびをだすと けいやくんは 小さいてで そのゆびを ぎゅっとにぎる
○○○○えんへ お兄ちゃんも おとうとも いたんだけど けいやくんは ぼくの ほんとうの おとうとになる
けいやくんが うちにきて なな日かん まい日 あそんでいる
きょうは おかあさんが けいやくんの しゃしんを とった
だから ぼくは ぼくもとってよと いった
そして ぼくも しゃしんを とってもらった
ただし兄ちゃんと みほねえちゃんと とったしゃしんと みよしせんせいと とったしゃしんと
けいやくんと とったしゃしんと これで ぼくのしゃしんは 1+1+1で 3こになる
しゃしんが 3こもあるので うれしい ――――
「オイ、お前な」
「んー?」
「お前、女とかおるんか?」
「おらんよ。仕事とか忙しいし、おらんでエエわ」
「お前のどこが忙しいんじゃ。昼間ぽっかり空いとるやろ。学校行け、学校!今のうちにな、女の扱い覚えとかんとお前、将来困るぞー?」
「……扱いねぇ」
「まぁ、お前みたいなヤンキー、モテるんかどうか分からんけどな」
「誰がヤンキーや!」
「誰がヤンキーやってお前、一目瞭然やん」
「ニイニイ、フザけたらアカンわ。これはロッカーや。ロックやロック!ヤンキーと一緒にせんといてくれるか!」
「アホか。そんな拘り、世間様が知るわけないやろ。あー、でもヤンキーはモテるとか、そんな話聞いたことある。な、あれってほんまなんか」
「……ニイニイ、彼女とかおるんか?」
「彼女ってお前……山ほどおるがな」
「山ほど!?最悪やな…」
「何が最悪や。こりゃぁある種、男の価値にも関わってくるやろ」
「何が価値やねん。ただの女好きやないか。最悪やんけ!」
「ほ~。お前はそう言うて、モテへん将来を送ったらエエわ」
「ああ、俺は1対1で結構!山ほどなんて信じられんわ」
「………」
「………」
「ニイニイな」
「ん?」
「ニイニイ、友達とかおらんの?」
「トモダチ?」
「うん、友達」
「………」
「やっぱりアレなん?大人になって働きだしたら、友達付き合いとかそういう時間とか取るの、難しくなるん?」
「………」
「こないだ会うたホラ、えーっと、男前の人…えーっと。何やったかいな……あ、一条!一条のニイニイって友達ちゃうん?」
「……友達とかとちゃうぞ」
「じゃあアレか、仲間か」
「お前、仲間って……サブイこと言いやがるな」
「サブイって何やねん。ニイニイな、友達と仲間って、何がどうちゃうの?」
「………」
「なぁ、どうちゃうん?」
「そらお前、重みの問題ちゃうか」
「ふーん、重みねぇ。どっちが重いん?」
「そらぁ……」
「ね、どっちなん」
「うーん……友達っていうのは利害の感情ナシで付き合うもので、仲間っていうのは利害が一致した仲やろ。…って俺は思うけどな」
「ふーん。で、どっちが重いん?」
「うーん……お前こそツレとかおるんか」
「俺?……おるっていうか、おったというか」
「何人おったん?」
「まぁ向こうがどう思うてるか知らんけど、ツレ何人かいうて答えれるのは2人かなー…」
「………」
「うん、そうやな。2人かな」
「……2人って、少ないな」
「そう?2人って少ないんかなー」
「……まぁ多分な。少ないと思う……」




