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しじま 1

―――― 取り合えず、一応と表しておくのがいいのだろう。

懐には入り込めたと思っている。

これで、東も俺に対する下手な手出しはできない。

いや、ここでもやはり、下手な手出しは無用と表しておこう。


……穂積

アイツは無理難題とも言うべき言論を俺に投げつけ、あの場に居た俺の起伏を乱そうとしたんだろうが、俺の弾いている弦というのは、あんなものでは音を立てない。

所詮アイツも極○。

アイツの弾く三味線に、俺は共鳴しない。

取り込まれたのではなく、取り込んだ。

そう考えればいいのだから。


俺は相変わらず、極○なんかになろうという気は更々ない。

ただ、見てきたもの、聞いたもの、触ったもの、感じたもの。

これらを集合させ、幸い空っぽの俺に嵌め込むことができれば、真似事くらい容易い。


アイツが言った、俺が大事にするべき人間が今後必ず現れるという言い分。

刮目せずとも分かる。

今後ではなく、もう既にいるんだ。

しかも、2人もいるんだ。

アイツは知らないで、よくホザく。


俺はあの頃から知っていた。

彼女のあの病気が、完全に治ることはないということを。

再発の恐れがある。

そうなったとき、2人は俺を頼りに、こっちに帰って来るんじゃないか?

この言い分は今後の自分の展望が開けたからであって、再発を願っているわけではない。

だけど、頼ってきてくれるんじゃないかな。

その時、あの莫大な費用は、俺が全て出すんだ。

帰国したその日にでも、手術ができるように。


もう一度書いておこう。

決して再発を願っているわけではない。

備えさえあれば、何も困らないということだ。


世の中、金だ。

その言い分が正しいことなのかどうなのか、俺は知らない。

ただ俺がその備えをしておくことで、俺たちのしじまの更に向こう側が見えるのだろう。

そこは決して火事などではない。

花畑こそないが、それなりに潤った見通しの良い場所なんだ。


俺は蓄える。

もし万が一、そんな日が来てしまったことを想定して。

蓄え続ける。

そのために、対岸の台風や地震、その他全ての災害は見て見ぬ振りをする。

たとえそれが、俺自身がした地盤の崩れであろうと。

見なかったことにする。


蓄えようと思うんだ。

憂いがないと、よく言うだろう。


その他大勢の皆さん、俺は、謝らない。――――




次の日、直樹は穂積に言われた通りスーツを着用し、待ち合わせ場所に立っていた。

小さな駅での待ち合わせ。

目の前に広がる田んぼばかりの景色を眺めながら、つらつらと考え事をしている。

サトミが言っていた働き先は、いったん保留にさせた。

自分が今後どんな仕事をすることになるのかは、穂積の話次第。

もしも店などを始める際には、彼女の力が必要だ。

余所で働かせるよりも、自分の店を持たせた方が稼ぎになる。

昨夜話を聞いたところ、サトミにはまだ数百万のお金があった。

それを活用して…などと、いろいろな打算・目論見をシミュレーションしている。


直樹がこの場に立ち始めてから、まだそんなに時間は経っていなかった。

考え事も進まぬうちに、駅前の狭い道路に昨日の軽自動車が現れる。

「おーアンタ、ちゃんと来とるやないか」

「………」

来ないワケがない。

ここが最も重要な出だし。

直樹は穂積に促されるまま、軽自動車の助手席に乗り込んだ。

隣でハンドルを握る穂積は今から何をするのか、どこへ行くのか、全く話そうとしない。

直樹から話を振ることもなく、車はそのうち高速に乗る。

「アンタ、腹減ってないか?ワシなぁ、インターで食うたこ焼きが大好きでなぁ。いつも寄るんやわい」

「………」

コイツが信じられないほどのドケチであるということは、昨日の遣り取りでもう分かっていた。

自分から誘っておいたくせに、ドサクサに紛れるようにしてファミレスの代金をしれっとワリカンにしやがった。

このドケチっぷりで東みたいなんと同種やと、ほんまに救いようがないで…。

「……イヤ、俺は結構やわ。あんまり金持ってへんから」

「そっかぁ……。ほんならワシ買うから、ワシが食べるの見とってくれるか」

「………」

……マジか、コイツ。

昨日と変わらぬ印象しか持てない。

直樹はブツブツと頭の中で考える。


穂積は言った通りインターに寄って1人で食事を摂った後、直樹に行き先を告げぬまま車を走らせ続ける。

しばらくすると、周りの景色がゴミゴミとし始めた。

……やっぱり稼ぐんなら、この街だよな。

とことん縁があるな。

直樹は自分の今後をイメージしながら、移り行く景色を眺めている。

「次んトコ、降りるからな」

穂積はそう言い、左にハンドルを切って高速を降りた。

それから、走ること約30分。

車が停まったのは、大きな工場の前。

その建物を目にし、直樹はここで、今からやることはこの工場からの取立てであると決め付ける。

……また俺をテストするみたいになるんやな。

東にもやられたよ。手形の回収。

車を降り、先々と歩いていく穂積の後を追いながら、

せめて書類くらいは見せてもらわないと……

いきなり本番じゃ難しいかもしれんな。

……せやけど、俺は試されとる。

そんなことを考えた。


穂積は、工場の入口にある大きな鉄の引き戸を重そうに開けて中に入ると、

「おはようさーん」

その声に、中にいる者が「おはようございます!」と大きな返事をした。

それは、直樹のしていたイメージとは異なるもの。

やりかけていた計算が少し狂いだす。

工場の中は大変な広さで、そこに所狭しと置かれているいろんな機械が何かのパーツを次々と作っていた。

しかし今の直樹にはその辺には1ミリの興味もなく、何を作っている工場なのかすら考えることはない。

ただ、奥へ奥へと歩いていく穂積の後をついて行く。

機械と機械の間の小道に沿って工場の突き当たりまで来ると、穂積はそこにあった扉を開け、直樹に手招きをした。

続いて入ったそこは、小さな部屋。

長机が2つ、その周りにはパイプ椅子が並び、ロッカーがいくつも置かれている。

穂積はパイプ椅子の一つにドカッと腰を掛け、ここでようやく直樹に向かって説明をし始めた。

「ここは休憩室なんや。アソコへ置いたあるコーヒーは自由に飲んでエエんやで。月300円天引きしとるからな、ようけぇ飲んだ方が得やでー」

……コーヒーを入れろということか。

直樹は黙ってコーヒーメーカーに歩み寄り、そこに置いてあった紙コップにコーヒーを注いだ。

「おー…初日で大胆やねぇ。大体遠慮するモンなんやけどな」

穂積のその言葉を聞きながら、直樹はまだ微塵も現状を把握しようとしていない。

コーヒーの入った紙コップを穂積の前にスッと差し出す直樹。

「おう、何や。ワシのヤツかいな。意外と気ィ利くな。まぁ、座ったらどうだい」

穂積は机を挟んだ向かい側の椅子を指差して、直樹にそう言った。

ゆっくりとパイプ椅子に座る直樹。

そうして、先ほど自分が考えた決め付けの件で穂積に問うた。

「ほんで、書類関係見せてもらわな分からへんよ」

「……ん?」

「借金の回収か何かちゃうん?さっと目ェ通させてくれたら、俺が回収してみせるよ」

コーヒーを啜りながらその直樹の言葉を聞いていた穂積は、ゆっくりとカップを机に置き、

「……アンタ、まだ寝てんのか?」

「ん……?」

「ん?じゃあらへん。アンタ、今からナニしようとしとるんや?」

「………」

「説明は最後まで聞かなアカンでー。初任給は14万や、大体な。一応日曜日と祝日と、盆と正月は休みやな」

「………」

「作業着はあのロッカーの中に入ったある。サイズが合うのを着たらエエんやで」

「……!?」

直樹は驚き、穂積の顔を改めて見返した。

……この場にはコイツと俺しかいない。

間違いなく、俺に言ってるんだなコイツは。

……ちょっと待て。

俺に、この工場で働けってことか!?

それに思い当たると、直樹は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。

「ぉおいッ!!ちょっと待てェオッサン!!お前何言うとるんや!?俺にココで働けってか!?」

直樹の驚きを目で確認しつつ、穂積は直樹の言葉に更に驚いている。

「な、何や、ビックリするやないか。寝ぼけとるんか思うたら急に大声出して。アンタ、まさかクスリ食うてへんやろな?」

「食うてへんわッ!!腹ペコペコじゃッ!!ほんま!クソドケチが!!マジで1人で食いやがって!クスリなんか食うとるかッ!!」

思わず目的を見失ったような返事をしてしまったが、直樹はすぐに持ち直す。

「月14万でェ!?ココで働けェ!?寝ぼけてんのはお前ちゃうんかオッサン!!俺がどんな覚悟でオノレの前に現れたか分かってへんのか!?」

「覚悟?ははぁ……アンタ、笑わしよる。ココで働くんも覚悟はいるやろ。慣れてきたらな、その覚悟はいったん仕舞うて、今度は辞めるときに取り出したらエエんや」

「ワケの分からん理屈はエエ!!お前、何やねん!?」

工場から聞こえる大きな機械音に負けず劣らずの声量で、直樹は穂積に怒鳴り散らす。

「……ワシはぁ、アンタが何言うとるか分からん。工場勤務がイヤなんか…っていうより、アンタの言い分やと工場勤務がアカンみたいやな」

「そんなこと言うてないよ!ただ俺は金が要んねん。金を貯めなアカンのや!俺が考えてる金っていうのは、一般サラリーのソレとは違うんや!だからアンタんトコに来たんや。工場勤務するのに、わざわざアンタのトコになんか訪ねて来んやろ!アンタこそ、知ってやってんちゃうんかい!」

直樹のその言い分に、穂積は大きく溜息を吐いた。

「フ――――……ッ。随分とナメてるねぇ、世の中っていうのを…。この工場はね、アンタと一緒。前科者がほぼ大半を占めとる。

この国はなぁ、罪人に優しいところがあってなぁ。裁判見とっても分かるやろ。下手したら、被害者が自由を奪われることの方が多いやろ。

人殺してムショから出てきても、私は人殺しましたーっていう名札は胸元には貼られんやないか。余所の国じゃこうも行かん所がある」

「………」

「せやけどな、この国にもやっぱり噂っちゅーのは広まるんや。皆、ムショ出た後、故郷を追われて路頭に迷う。

ワシはなぁ、偽善や言われても構わへんから、こういう工場をな、あちこちに建てて、そういう子らを雇うとるんや。

なぁアンタ。アンタもそんな連中の1人と何も変わらんのやで?それとも、ワシひっくるめた全てをナメとるんか?場合によっちゃー怒ったるから、正直に言うてみぃ」

後半、その穂積の怒気を含まない言葉にただならぬ威嚇を感じた。

しかし、直樹はここで退くわけにはいかないのだ。

昨夜誓ったこと。

しじまの、向こう側 ――――。

「……オッサン、俺は別にナメてへん。ナメてへんよ。そやけど、月14万じゃ足らんのや。14万じゃ、俺の目指すところへは行かれへん」

肩を落とすこともなく、穂積の顔を一直線に見て直樹は訴える。

「俺はアンタと同じように、大金持ちにならなアカンのや」

直樹のそれに対し、穂積もただ直樹の顔をじっと見つめる。

そして、

「……ん――――……ヤレヤレやねぇ。これが気に食わんのやったら、ワシはアンタの期待に添えられんのとちゃうかー」

穂積はそう言って席を立ち、部屋を出て行った。

その後姿を見て、直樹は拳を握り締める。

こうなったらとことんコイツについて行き、いろんな意味で首を縦に振らせてみせる。

いつ来るか分からない、その向こう側のために。

……俺は、妥協できない。

直樹は立ち上がり、穂積の後を追いかけた。


無言のまま車を走らせる穂積。

直樹もその隣に座っている。

「………」

「………」

怒らしてしもうたか…。

しかし、コイツもやっぱり掴めん。

何考えてるか分からん。

……昨日のやり取り。

コイツは俺の名前を知ってた。

知らん振りをして、名前まで知ってた。

どこまで調べた? 

そんな感想しか持てない。

憐れみから、本当に犬でも拾ったつもりなんやろう……。

「……あのね、」

この沈黙を、まず払ったのは直樹の方。

穂積は返事もせずに、直樹の言葉を聞く用意をする。

「あの工場、ほんま折角なんやけど、俺のやりたいこととはかけ離れとんねん。

俺、前に○○組におったことがあるんやわ。これでも商売の仕方、ちょっとは知っとんねん。アンタのやってるもっとデカイ仕事……例えば店とかさ、風俗店でも何でもエエ。俺に預けてくれん?」

直樹のその言葉に、穂積は「ふぅん」と返事をした。

「ちゃんと…ちゃんとアンタにキックバックできるように、それなりの支払いができるようにするやんか」

それに対し、穂積がゆっくりと口を開ける。

「やっぱり……アンタはアレやなぁ。ナメてるんかもしれんなぁ。ワシゃあ別に、アンタやなくてもエエんやで。路頭に迷うとる人間、世の中には仰山おると思うでェ。

もう一回言うたろか。ワシは別に、アンタやのうてもエエんやでー」

「………」

これも何かの縁。

なんてネムタイこと、俺が言う筈もない。

俺が望み、会いに来ただけ。

縁でもなければ偶然でもない。

ましてや俺に、ツキなんてモンがあるとも考えない。

……今はただ、もう一歩のところなんや。

「……俺やなくていいってのは分かってるよ、そんなの」

その言葉の後、またしばらく沈黙が落ちた。

そして今度のそれを破ったのは、穂積。

「この街にもワシの事務所があるから、ソコで一回休憩しよかー。アンタ、ほんまに工員とか事務とかサービス業やるのはイヤやって言うんやな?」

「だから、分からんやっちゃなぁ!モノによる言うとんねん!風俗業だってサービス業やろ。ビルの管理だって事務職やろ。大きい仕事さしてくれって、俺は言うとるんや」

「やっぱりそうなんだねぇ。ヤレヤレやねぇ……」


そんな会話をしているうちに、やがて車は立派なビルの地下へと入って行った。

車を降りた穂積の後を、直樹は追ってついて行く。

穂積はエレベーターのスイッチを押しながら直樹の顔を見ると、

「アンタ、ほんまにまだついて来るん?就職先断ったのに?ほんまについて来るんか?」

「当たり前じゃッ!捨て犬拾うたんやろ?責任持てェや!」

「うぅ~ん……口が滑ったんかなー。厚かましいねぇ」

2人は揃ってエレベーターに乗り込んだ。

それは途中止まることなくどんどん上がって行き、やがて着いたのは最上階。

窓ガラスから外を覗くと、この街全体を見渡せるような景色が広がっている。

廊下を歩きながらその光景を見つめている直樹に、また穂積が話しかけてきた。

「海が見えへんのや。残念やと思わんか?地ベタに立ったら、あんなに大きい家やのにな。こっから見たらあの家もこの家も、まるでミニチュアの集合体や。更に空の上から見たら、このビルもミニチュアの一つやろう。そのミニチュアの中で、我々はセカセカセカセカやっとるんやなぁ。面白いねぇ」

「………」

「ワシはねぇ、あと何年かかるか分からんけど、極○辞めよう思うてんねや」

「ッ!!?」

直樹は驚き、先を行く穂積の背中を見た。

「追うのも追われるのもな、しんどうなった。ドロップアウトいうヤツかなぁ。うーん…ええカッコしとるかなー。アウト・オブ・バウンズか?OB言うた方がエエか?疲れた~疲れた~に任せてな、外道も卒業しよう思うてんねん」

「………」

2人分の靴音と、やけに通りの良い穂積の声だけが廊下に響く。

直樹はその2つを、黙ったまま聞いていた。


辿り着いた廊下の突き当たりのドアを、穂積がノックする。

大きなその扉を開けると、中には数名の人がいた。

「あ、おはようございます!」

全員が大きな声で穂積に向かって挨拶をする。

「ハイ、おはようございます」

そう返事をする穂積。

「ちょっと社長!この件なんですけど、」

「会長、ちょっといいですか。先日購入したこのビルの件なんですけど…」

「おいコラ、オヤジ!アンタいつもドコほっつき歩いとるんや!?ホテル電話したらおらん言うし!アンタは自覚が足りんぞ!?」

……コイツは一体いくつ名前があるんだ。

この場所は一体何なのか。

部屋の雰囲気は、以前訪れたあの東の部屋とそんなに違わない。

「おーい、ちょー待ってくれ。いっぺんに言われたら理解できないやないか」

穂積が宥めるように言う。

……ただ、穂積に接する連中の態度。

その辺は、東のものとは少し違って見えた。

どうしていいか分からない直樹は、ドアの前で立ち尽くしている。

部屋の中央で、穂積は彼らから手渡された書類に目を遣り、ああだこうだと指示を出す。

その部屋はかなり広い。

テーブルと、その四辺にはソファ。

奥には壁に向かうようにして、一組の立派なデスクが置かれている。

これは恐らく穂積のものなのだろう。

そのデスクの前には大きな本棚があり、中には法律関係の本などがびっしりと詰まっている。

隣にはファイルの収まった本棚。

直樹はそれらを眺めながら、10分ほど待たされた。


やがて立ったまま書類に目を通していた穂積が、自分のものであろうデスクではなく、ソファに腰を掛け、

「おーいアンタ、コッチへおいで」

直樹に向かって手招きをした。

直樹は呼ばれるまま、穂積の向かい側のソファに座る。

それと同時に、穂積は手に持っていた1枚の書類をテーブルの上に置き、指差すようにコンコンと叩いた。

「アンタ、この図面見てどう思う?」

直樹はその書類を手に取る。

眺めてみると、それはビルの図面。

「どう思うって、何や。…結構大きいビルちゃう?」

「ほほう、図面の見方知っとるんかいな」

「イヤ、知ってるわけじゃないけど、坪の計算くらいはね」

「そうか。管理と経営についてはどうや?」

「一応弁護士事務所でバイトしたこともあるし、実践でもやったことあるけど…」

穂積が話を進める。

「実はなぁ、ま、こっからちょっと遠いんやけどな、このビルもう既に建っとるんや。建っとるんやけど、中身が空っぽなんや。半年になるかなぁ」

「空っぽ?」

「そうや。ワシ、このビルで塾やろう思うとったんやけどな、近くに寺まがいのモンが建ってしもうてやなぁ。まぁいわゆる新興宗教でなぁ。仰山生徒は集まって、子どもさんら預かるハズやったんやけど、四六時中ワシらの知らんような音楽が流れとる。それを皆嫌うてなぁ。結局開店前に生徒がおらん状態になってもうたんや。

ワシ、つまらんでなぁ。そのビル、ケチついたー思うて、壊したろう思うてんねん」

「………」

稼動もせずに半年。

そして取り壊す?

……もったいない話。

「そこでや。世の中ナメとる兄やんに聞きたいことがあんねん。アンタやったらどうする?」

「……どうするって」

「さっきアンタ、ワシに、俺はそういったノウハウがあるって言うたやないか。俺が何とかするって早う言わな。俺に任せとけって、早う言うてみぃ」

直樹は書類をじっと見ながら、穂積の声を聞いていた。

図面を見ていたのは、ただのポーズ。

答えは決まっている。

「……ただ、俺には資金がないで」

「ワシが用意しようか。要るだけ言うてみ?ここで兄やんとワシの契約や。アンタが言うた額面、きっちり用意しよう。ほんでな、3ヶ月は利息もナシや」

「!?」

利息ナシ!?

それを聞いて直樹は驚く。

そんな話があるのか!?

コイツ、ひょっとしてイイ奴なんじゃないか…?

3ヶ月間、利息ナシ。

それなら提示金額はデカイ方がいい。

そんなドリームバンク、聞いたことがない。

コイツ、ひょっとしてイイ奴なんか!?

そう思った直樹に対する、穂積の次の言葉、

「ただ残念なことにやなぁ、利息がないのは最初の3ヶ月だけや。それ以降は、10日で1割の利息が付くっちゅー話らしいでー」

「!!!」

10日で1割!?

ら、らしいでーって、お前が決めてんやろ!?

「ト、トイチ!?」

その直樹のリアクションを見て、穂積が笑みを浮かべながら腕を組みソファに凭れ掛かる。

「そうや。トイチやんか。……らしいで」

「………」

ドリームバンクと表した先ほどのいろいろを、直樹は跡形もなく撤回する。

そんな都合のいいベンチャーキャピタル……慈善事業が存在するはずがない。

……知っとったよ。

直樹はじっと穂積を睨むように見つめ、久しく使っていなかった頭の中での込み入った作業を繰り返す。

サトミの所持金が……

実際、自分で店を出した経験などない。

だが、覚えている。方法は。

こちらをじっと見つめる穂積の視線を気にすることもなく、直樹は頭を捻らせる。

利息が10日で1割などというのは、今の直樹には関係なかった。

当然、答えはイエス。

今、この場でしている思案は、借りる金額とビジネスプラン。

それから、利息を含めた返済について。

黙り込んだままの直樹に向かって、穂積が口を開く。

「暴利、とか言うたらアカンのやでー。これは国が認めとる利息の制限とか、そんなのは関係ないんやでー。ワシとアンタ、個人のやり取りや。更に言うと、こんな暴利でとんでもない利息請求されてますねん、なんちゅーて、お互い警察へは行かれへんわなぁ」

穂積のその言い分を片耳で聞きながら、ブツブツと考えている直樹。

ある壁に思い当たり、当然答えはノーなのだろうがと、一応聞いてみる。

「あんな、やっぱりアンタの……穂積って名前、出したらアカンのよな?」

そこがネックだった。

短期間に大きく稼ぎ、利息が太る前に元金を含めた金額を返そうとしたら、やはり風俗関係しかない。

調べなければならないことがたくさんある中、やはり一番のネックは同業者。

コイツの名前さえ出せれば、その辺は全て丸く収まるはずなんだが……。

しかしその直樹の問いに対する穂積の答えは、意外なものだった。

「えぇ?別に構わへんけど。アンタ、ワシの名前出さなんだら何もできんやないか。あのビルの所有者はワシやで?ちょっとはアタマ、使わんとのぅ」

え?と驚く直樹に、穂積もまた驚いた様子で返す。

「アンタ、何しようとしてるんや?ワシの名前出したらアカンって、そんなの誰に習うんや」

「………」

その返事を聞き、更に考えたいことがあったが、今は止めておく。


そこへ、2人の会話を聞いていた1人の男が割り込んできた。

「おいオヤジ、何の話や?コイツ何や、一体。トイチとかいうて、エライ物騒な話しとるやないか。何でオヤジが直でそんな話しとんねん。ワシに任せたらどうや?」

「イヤ、エエんやで。こりゃぁワシが個人的になぁ、遊びでやっとるんや。この兄やんがなぁ、井戸の中ピョンピョン跳ねとるんか、籠の中から外の景色見よるんか、ワシゃぁ知りたいんや」

「フーン。……なぁ兄ちゃん、悪いことは言わん。アンタが何モンか知らんけど、オヤジとどういう関係か知らんけどな。この部屋へ来とるっちゅーことは、それなりの関係やろ。

オヤジは騙そうとしてるんやないっちゅーのは分かるやろ?騙そうとしてるんやないのに、こない言うてるっちゅーことは、一番怖いことなんやぞ?」

直樹は男の言葉を一応耳に入れながら、頭の中でブツブツと念仏を唱えるように考え事を進めている。

そしてこの時にはもう、数字の計算に入っていた。

「……なぁ、ソレって追加融資アリ?」

「アリ」

「上限ナシ?」

「ワシにも限界あるけどな、一応ナシ」

それから直樹は、腹を決めるという態度でもなく、さらりと、

「とりあえず500。今すぐ」

それを聞き、先ほどの男は席を立ち、自分の仕事へと戻っていく。

そして穂積は、直樹に対して笑顔でもって返事をした。

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