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移動中、直樹は次の段階に進むためのシミュレーションを繰り返していた。

しかし気分は憂鬱。

石渡の言葉を信じて穂積の元へと向かってはいるが、何と言って取り入ればいいのか。

それ以前に、何と言って会えばいいのか。


……東への抵抗をこれ以上にするつもりはないが、小さいながら売られたケンカを買ってしまった。

俺にはない後ろ盾を……

どうやったら盾になってもらえる?

思考を右に進め、左に進め、一周して元へ戻し、思案は迷走し、確実にループしていく。

そんな直樹の横に座っているサトミは、いやにテンションが高い。


一刻も早くあの場を出なければならないと乗り込んだ、この最終の新幹線。

視線の端では、光の線を描いた景色が次から次へと流れていく。

それと同じく、次から次へと話題を飛ばしながら喋り続けるサトミ。

彼女は眠気もないのか、直樹に常に話し掛けてくる。

「私ねぇ、関西の方にも知り合いはいるからさぁ。あ、でも以前の知り合いは危険かぁ…。私も逃亡の身だもんね。でもね、たくさんいる中で、信用できる子も何人かいるよ。アッチでさ、また店始めればいいんでしょ?」

「ああ?……うん」

上の空で聞きつつも、サトミの声は喧しかった。

しかし直樹はサトミの言葉に一回一回返事をすることを怠らない。

……とりあえず俺の主軸を今、コイツが握ってんのは間違いないんやからな。

その直樹の思惑とは裏腹に、サトミは明るい。

はしゃいでいるのかそれとも地なのか、喋り続ける。


石渡から穂積の拠点は聞いていた。

以前直樹が暮らしていたあの地の、隣の県。

ただ、今穂積がそこにいるかどうかは定かではない。

アソコとは何かと縁があるのか、しかも数えられるほどではあるが、良い思い出しか残っていないあの地。

……この辺は折りたたんで捨ててしまわないと。

これからの自分を思い、それらが邪魔でしかないと直樹は確認をする。


……しかしあの穂積って、何であんな田舎でおんねや?

あんなクソ田舎におっても、ゼニにならんやろ。

ここで直樹はサトミに質問してみた。

「お前、○○会の穂積って知っとるか?」

「えー……穂積?うーん……知らない。でも私の知り合いならきっと知ってるよ?」

「そっか」


直樹は結局この移動中、作戦とでも言おうか、今からする自分の行動を定めることのないまま新幹線を降りることになってしまった。

ただ一つ、思い出したこと。

アイツに俺は『捨て犬』と表された。

自分の過去を知る者ならばそう表する場合もあるだろうが、知らない人間に言われたあの言葉が、今更ながら頭の中でカチンと音を立てる。

口実としちゃメッチャ弱いが、まぁいろいろある中の一つとして……。


その晩2人は新幹線を降りたその街で一泊し、次の日の朝に目的の場所へと向かった。


この田舎町で人探しというのは容易いようにも感じられ、途方もないことのようにも感じられる。

「おい、こっからは別行動や。お前は知り合いに当たって穂積の居場所を探してくれ。俺は俺で探す」

直樹の言葉にサトミは不可解な顔をした。

「えー…ちょっと待って。住むトコどうすんのよ?」

「そんなもの、後から付いてくる。更にお前は働き口も探さなアカンやろ」

「えー、嘘でしょ!?ココって観光スポットがたくさんあるじゃん。温泉とかさ。先にその辺回ってからでも……」

直樹はここで、やはりサトミの背筋がまだ伸びてないことに気づく。

……女の部分のケジメがまだついてへんみたいやな。

「おい、お前、今ゼニいくら持っとるんや?来月俺にちゃんと100万納められるんか?お前は俺に生かされてるっちゅーのをな、頭の中心へ置いとけ」

それを聞き、サトミはハッとして少し俯き、「はい」と小さく返事をする。

直樹はそっとサトミの肩に手を掛け、

「コレは今後のお前のためでもあるんや。分かるやろ?何も1ヶ月に1回しか会わん言うてんちゃうんや。な?」

その言葉にサトミは顔を上げ、「うん」と返した。


直樹はサトミに、

夕方5時に自分は○○ホテルのロビーに居るということ。

その時間に必ずそこへ電話をすること。

とにかく足がつかないように気をつけろ。

そう指示を出し、その場で別れた。


今回ココへ来たのは、動物園に行くためでも温泉に入るためでもない。

目的ははっきりしているが、ただ現時点ではその手段を模索している段階。

―――― さて、何からすればいい?

直樹は思い出す。

以前タケシとパクと3人で行った、何枚もの皿のような大地に激しい波が打ち寄せる、あの場所。

夜中に行けば、ヤ○ザもんに会えるのか。

アイツら、毎晩集会してるのか。

アテができたようにも思いながら、直樹はまだまだこれからと、模索し続ける。

まずパチンコ店から当たってみよう。

そう考え、近くの店へと足を向けた。


結構大物で、有名人なハズ…。

でも一般人に聞いても知ってるワケないよな。

そう考えながら、ふと先ほどのサトミとの遣り取りを思い出した。

「その穂積って人、下の名前何ていうの?」

「……知らん」

「知らんって……フルネーム分かんない人探すの!?」

サトミのリアクションは当然だった。

俺はあの時、石渡からちゃんと穂積のフルネームを聞いておくべきだったんや。

いつも詰めが甘い。

自分から穂積を訪ねるという、そんな現実が自分に起こるとは思っていなかった。

……それにしても、

詰めの甘さは俺の弱点。

打破すべきだ。

直樹は目に付いたパチンコ店の自動ドアを潜った。


あまり派手には動けない。

事情を話すような、そんなタイミングはないだろうし……

知ってるか知らないかを尋ねるだけでも、実に怪しい。

たとえソイツが知っていたとしても、素直に教えるとは思えない。

先ほど思いついた自分の詰めの甘さ、それらが相まって今の行動の曖昧さに苛立った。

そして直樹はここでもう一度、自分の覚悟を試してみようと思い立つ。

風体からしてガラの悪い40歳くらいの男が、出入口の傍に立っていた直樹の目の前を通り過ぎ、外へ出て行く。

直樹はその男の後を追うように、一緒に店を出た。

前を行く男の背に、

「ちょっとオッサン、おいオッサン!」

その声に振り返る、男。

「何や?ワシのことか?」

「おう、アンタや」

直樹はその男の面前まで歩み寄る。

それから一度、辺りを見回した。

たまに店を出入りする客以外、周囲に人気はない。

「何じゃ、ワリャァ!」

「オッサンなぁ、穂積ってヤ○ザもん知らんか?」

「ハァ!?穂積?……それより兄ちゃんな、お前口の利き方知らんのぅ」

「………」

「ワシゃぁ今、4万負けてイライラしとんや」

「……知らんか知っとるか、答えるだけでエエで。口の利き方って、何で二度と会うこともないお前に気ィ遣うてモノ言わなアカンのじゃ。オッサン、ヤ○ザもんとちゃうんか」

それを聞き、男は顔を真っ赤にして直樹の胸倉を掴み寄せ、顔を近づけてきた。

「せやからどがいな口利いとんじゃ!!コッチへ来いや!!」

……やっぱりこんな遣り方じゃ何も変わらへんか。

男は直樹の胸倉を掴んだまま、パチンコ店の駐輪場へと引っ張って行く。

「何やオッサン、お前ただのガラの悪いオッサンか。酒臭いのぅ。仕事は?」

直樹のそれに構うことなく、男は店の裏へと直樹を引き摺り込んだ。


数分後、店の裏から出てきたのは直樹1人。

少し殴られて口元を腫らせ、押さえながら考える。

やっぱりこんなんじゃアカンか……。

サトミの力に頼るしかないな、こりゃ。

目立つのはマズイしな。

……俺は、何の罪もない人間をドツキ回すことができた。

俺は、悪なはず。


直樹はその足で、先ほどのパチンコ店へと入っていく。

サトミから受け取ったお金で、約束の時刻までその店で時間を潰そうと考えた。


何故直樹がサトミと別行動を取ったのか。

別に一緒に行動しても良かった。

直樹が試したかったのは、サトミの忠誠心。

女の部分が出るか、男の部分が出るか。このまま逃げるのも可能だろう。

ただ、このまま逃げ出すようなヤツなら、もういらない。

今回の穂積探しは、サトミの裏の顔の方が確実に向いているだろうし、成果もあるはず。

寝ぼけて他人任せにしているつもりはないのだが、他に方法が思いつかない。

サトミに関しても自分に関しても何の保障もないぼんやりとした現状のまま、しかし直樹はそれ以上何をどうすることもせず、パチンコを打ち続ける。

……今後について、どう考えていいのか分からない。

直樹は思考を止め、何も考えないようにしてその後の数時間を過ごした。


約束の1時間前には、直樹はすでにホテルのロビーに座っていた。

そこは随分と立派なホテル。

ソファに座り、ガラスの向こうに広がる海をぼーっと眺めていると、あっという間に時間が過ぎ去って行く。

やる気がないわけじゃないんやけど、俺の中で何かが足りん。

……どっちでもエエんやけど、一応パチンコしてたのはアイツには言わんでおこう。

やがて、ロビーにアナウンスが流れた。

『ロビーにお越しのお客様で秋月様、秋月直樹様。フロントでお電話をお預かりしております』

壁の時計を見上げると、約束の時間きっちり5時。

直樹はフロントへと向かう。

「あ、秋月です」

「木村様からお電話が入ってございます」

直樹は差し出された受話器を受け取る。

『直樹くん?いろいろ分かったよ。そのホテルから3キロくらい離れたところに、ホテル○○○○ってのがあるのよ。そのホテルを経営してるのが穂積って人。穂積将道っていうのよ、その人』

やはり直樹が考えた通り、サトミはこういったことに力を発揮した。

ほぼ完璧。

そう評したのはサトミの力というより、それを突いた自分の目。

『1年のうちの何ヶ月か、そのホテルに住んでるらしいのよ、その穂積さん』

この場所で詳しい話ができるはずもなく、直樹は「うん、うん」とだけ返事をする。

それから、詳しい話を聞くために、サトミもこちらに来るよう伝えた。

やはりアイツは頼りになる。

ただ、足がついてないかだけ心配だった。

直樹の考える、穂積の取り込みさえうまく行けば、つく足のことなど考えなくていいのだが。

……ここからが俺の役割。

     ナメちゃいない。

          ……ナメちゃいない。

直樹は電話を切ると、そのホテルのシングルを2部屋予約し、外に出た。

何となく、外でサトミの到着を待つことにする。


数分後、サトミはタクシーでやってきた。

タクシーをその場に待たせたまま、直樹はサトミの仕入れてきた情報の詳細を聞く。

先ほど聞いた『ホテル○○○○』を創ったのが穂積。

しかし経営は他の人に任せているらしい。

その他にも、彼は観光地のショップやスキューバダイビングのショップなど、手広くやっているということだった。

「で、直樹くんは?何か情報掴んだ?」

サトミのその問いに、少し言葉に詰まった。

「……ああ、まぁソコソコやな」

詰まった後に出た言葉は、そんな返事。

聞けば、サトミはすでに働き口も見つけたらしい。

どうにか捻じ込んでもらえそうだと、この数時間でそこまで話を進めていた。

……その間、俺はパチンコをやっていた……。

何故か苛立つ。

「足は?ついてへんやろな?」

「大丈夫!ね、ホテル○○○○に一緒に行こう?何か手掛かりが掴めるかもしれないじゃん」

しかしサトミのその申し出を、直樹は強く断った。

「イヤ、お前は来んでエエよ。こっからは俺の仕事や」

少しイラついているのがサトミにも伝わったようだった。

サトミは直樹の言い分に、すぐに身を引く。

「このホテルの部屋を取ってるからゆっくりしてろ」

直樹はサトミにそう言い置くと、サトミが乗ってきたタクシーに乗り込んだ。


そのホテルから数分で着いた、穂積が手懸けたという『ホテル○○○○』は、それほど大きなものではなかった。

見上げると、10階建てくらいのその建物。

ホテルの周りにはヤシの木がずらりと並び、その根元には色とりどりの花が植わっている。

玄関の隣にはレストランがあり、その大きな窓からはヤシの木越しに海が一望できた。


直樹が玄関に入ると、すぐに「いらっしゃいませ」という声が掛かった。

それを無視するように、フロントに近づく。

「このホテルのトップやってる穂積さんに会いたいんやけど。今どこにいますか」

「え、穂積……穂積さん?えーっと……」

面食らったように、途中から言葉を潰す彼。

そのフロントマンの態度から分かったのは、コイツは穂積を本当に知らない、ということ。

隠している様子はない。

「少々お待ちいただけますか?」

直樹にそう言うと、そのフロントマンは裏へと入って行った。

アイツの情報、間違いないんやろな……?

カウンターに凭れ掛かり、敢えてそんなことを考えた。

その横を、Tシャツにスウェットといういでたちの白髪の男が、ジョウロを持って通り過ぎて行く。

たくさんの客の中で場違いなほどに寛いでいるその姿を、直樹は何となくじっと見つめる。


数分後、先ほどのフロントマンが戻ってきた。

「申し訳ございませんが、穂積という方は存じ上げないのですが……」

「イヤ、ココ建てたんその穂積って聞いてるんやけど」

「あー…、左様でございますか。……申し訳ございませんが、存じ上げておりません」

「ココにいるはずなんやけど?」

「大変申し訳ございません…」

「……あ、そう」

直樹はそのままフロントに背を向け、ホテルの外に出た。

花壇を囲むレンガに腰を掛け、目前に広がる海を眺めながら考える。

……こんなんじゃ埒明かんよなぁ。

やっぱり素直には言わんか。

大体が無謀やったんか。

アポイントメントなしで会える存在とも思えんし。

こうなったら、その辺のヤ○ザもんを狙うて口割らすしかないか。

あの銃、捨てなんだら良かったな……。

あ――――!クソッ!!

後悔ばっかり先に立って、勘やら何やらまだ戻ってへんのか。

アイツは数時間で、もうこの地に根ェ生やそうとしてるのに、全く俺は……。


そんなことを考えながら項垂れ、花壇に座り込んでいる直樹に、先ほど外に出て行ったTシャツ姿の男が話しかけてきた。

「ちょっと兄やん、ゴメンしたってくれるか」

その声に直樹は顔を上げる。

「そこに座っとられるとなぁ、兄やんの後ろの花に水あげられへんねん」

グレーのTシャツにスウェットパンツ、つっかけ履き。

黒縁のメガネに白髪のボサボサ頭。

……どっかで見た顔。

そう思ったのは後の言い訳で、その時直樹はこの男に対して、何やねんコイツ、そんな感想しか持たなかった。

植えられている花にジョウロで水を遣り、ホテルの中に入っては出て、今度は粉のようなものを撒き、それからまた水を遣り……

何度も何度もその作業を繰り返している。

その一連の動作を、直樹は何となくぼけっと見つめていた。

花の列に順番に水を遣りながら、移動した直樹の方に近づいてくるその男。

直樹が、また邪魔になるとその場を立ち上がったとき、その男が話しかけてきた。

「ほんで、何の用事やろね?」

……ん?

直樹に目を向けることなく、そう言ったその男。

屈んで水を遣っていたその体を起こし、直樹の正面に立つ。

「だから、何の用事やろねぇ?穂積はワシやけど」

その言葉を聞き、直樹は男の顔をじっと見つめた。


それは間違いなく、あの夜暗がりの中で見た、―――― 自分のあの姿を見られてしまった ―――― 間違いなく、穂積の顔だった。 


「今、オーナーから聞いてな。従業員のほとんどは、ワシのことを知らんからねぇ」

穂積は花に水を遣りながら話し続ける。

「このグループ作ったんがワシやぁいうのは内々なんやけどなぁ。兄やんは何で知っとるんやろうなぁ?」

そう言って上方を指差し、

「あの部屋、ワシがずっと使うとるんやわ。1年のうちの2ヶ月くらいはあの部屋で暮らしとる。この辺は景色もエエしなぁ」

聞いてもいないことを次々と喋りだす穂積に、困惑していた。

それから自分への、困惑。

話の切り出し方は簡単だとタカを括っていたが、いざ目の前にすると何から話して良いのやら。

全てを見透かされているような、そんな気がしてならない。

Tシャツにスウェット、ボサボサの頭。

こんなオヤジに、何かしらの迫力を感じていた。

穂積の話が耳に入って来ず、こちらを向いた顔が口をパクパクさせている動作にしか見えない。

「……なぁアンタ、なぁって!」

その呼びかけに、直樹はハッと我に返る。

「ワシ、人様に言えるような立派なことしてきてへんから、このグループの重役がワシやって、余所で言うたらアカンのやで?」

穂積はそう言うと直樹に背を向け、ホテルの方へ足を踏み出した。

「あ、あの、ちょっと…」

へし折れそうだった自分を、先ほどのサトミの迅速な手配を思い出し、何とか持ち直そうとする。

振り返る穂積。

「俺、○○○で……ムショであの人と一緒やったんや。あの、石渡さんと……」

それを聞き、穂積は満面の笑みを浮かべた。

「おぉ~!ほんならアレか、君は石渡の何や、伝言みたいなモンを預かって来とるんやな?嬉しいなぁ!ほんまかぁ…。石渡、元気かなぁ?」

「……はい」

「そうかそうか!ほんならアレやなぁ。こんなトコで話してるのも何やなぁ。兄やん、もう夕飯食べたんか?」

「……イヤ、まだやけど」

「ほんならちょっと待っといてな」

穂積はホテルの中へ入って行き、直樹はその場で数分待たされる。


やがて先ほどの格好のまま出てきた穂積は、直樹に向かって手招きをした。

「アッチにファミレスあるからな。行こか」

直樹は無言のまま、穂積の後をついて行く。

2人が向かったホテルの裏には、1台の軽自動車が置かれていた。

穂積はその車にキイを差込み、カチャリとドアを開ける。

そして当然のように運転席に座った彼。

それを目にして、直樹は思わず「えッ!」と声を上げてしまった。

「何や、兄やんも早よ乗らんかい」

「あ……ハイ」

促されるまま、その軽自動車の助手席に座る直樹。

穂積の運転でファミレスへと向かう。

「そうかぁ、兄弟は元気にしとるんか。早ぅ帰ってきたらエエのになぁ。ヤツはなぁ、ワシを助けるために捕まってもうたんや」

「………」

ヤ○ザというもの、大御所になると自分で車の運転なんかしないと思っていた。

このオッサンには取り巻きもいない。

自分で車を運転している。

……しかも軽。

聞きたいことが山ほどある中、どこか口を開く勇気がなく、直樹は穂積の横顔を見つめたままでいる。

「……何や、兄やん。人の顔じーっと見て。……ハハァ…バレんようにしとってもすぐ分かるで。兄やん、コッチやな?アカンでェ、ワシはヨメさんがおるからなー」

慌てる直樹。

「んなッ!?アホ言うな!違うわッ!!……イヤ、アンタくらいのヤ○ザの大物が、自分で車の運転すんねんなー思うて…」

「そらぁするよ。誰がやってくれるんや?運転手がおるときはカッコつけるときだけや。せやないと一回一回小遣いやらなアカンやないか」

「……ほんで、この軽って、コレ誰の?」

「アンタ、変なトコ気になるんやなぁ。そんなモン、ワシのに決まっとるやないか。軽はエエぞー?燃費はエエし、税金もなぁ。小回りも利くし」

「……普通ベンツとか乗るんちゃうん?」

「何をもって普通と言うんや?ワシの普通にそんなモンないで」

「………」

……何なんや、このオッサン。

大金持ちのくせに……大金持ちの…………大金持ちなハズ…………

……随分小さいこと言うとるな…。

「せやけど、もう車の運転も限界かもしれんなぁ。メガネの度が合わんようになってきたわ。もう運転したらアカンのかなぁ…」

「ハアッ!?メガネの度!?メガネ替えたらエエやん!」

「アホ言え!もったいない!メガネいくらするか知っとるんか!?」

「………」

直樹は思わず絶句する。


―――― これが、これから先、長く続く穂積との、初めての対話。

この小さい、いろんなイミでとんでもなく小さいオッサンを目の前に、自分の計画は果たして大きく成功するのか。

この時点では、直樹は一抹どころではない不安を覚えている。


しかも、行くトコがファミレスって…!!

小刻みに振動を繰り返す軽自動車に揺られながら、直樹はいささかショックな気分でそんなことを考えていた。

直樹と穂積は2人でファミレスへと入る。

穂積は慣れた様子で席に着き、さっさと自分の注文を終わらせる。

直樹は一つ、早く言ってしまいたいことがあった。

―――― 俺のこと、覚えていますか?

今のところ、穂積の様子から自分のことを覚えている、そういった雰囲気は見受けられない。

確認したかったが、なかなか言い出せずにいる。


直樹が店員に穂積と同じものを注文すると、あとは2人きりの時間がやってきた。

…早く切り出せ。

俺の仕事。

「よっしゃぁ、ドリンクバー取りに行かなアカンなぁ。仰山飲んだ方が得やでェ?」

そう言って穂積が席を立つ。

直樹は後を追わず、そのままテーブルに座っていた。

やがて、コーヒーカップを手に戻ってきた穂積。

「何やアンタ、ドリンクバー頼んだのに飲まへんのか。ジュースとかいっぱいあるで?」

穂積が席に着くのを待ち、直樹は口を開く。

「……石渡さん……あのオッサン、いろいろ言うてましたよ」

「おう、何言うとった?」

「イヤ、アンタのことを……ヤ○ザの世界で結構有名やぁいう話とか」

直樹は自分の話をできずにいた。

詰めが甘いと反省したばかりなのに、また詰めが甘い。

何から持ちかけていいのか、分からない。

「………」

「………」


沈黙の間に、料理が運ばれてきた。

穂積はナイフとフォークを手に取り、その沈黙の時間を利用するかのように食事を始める。

それから、直樹の方を向くことなく話し出した。

「で?アンタはナニやって○○○におったんや?」

「………」

……やっぱり俺のことは覚えてへんみたいやな。

「見たところ随分若いニイニイやな。ちゃんとご両親には会うてコッチへ来とるんか?ていうか出身ドコや?ご両親は健在か」

穂積の言葉は、今の直樹にとって『アンタにも、言ってしまえば俺にも関係のない話だ』と口答えをしたくなるような内容ばかりだった。

直樹は何も言わず、下を向いたまま穂積の問いには答えないでいる。

「まぁエエんやけどね。そらぁ言いたくないこともあるわな。そやけどな、兄やん。若いうちは分からへん、若いっていうことのな、価値っていうのがあんねん。ワシはソレを知っとるでェ。

人に言えへんことをしたんなら、まずご両親に謝ればエエ。ほんで、それでも許してくれんなら、アンタにまだ何か足らんものがあるんやわ」

……更に説教でもしようというつもりか。

サトミの、物事を屈託なく遣り過ごす姿から始まった苛立ちが、更に肥大していく。

「親にならん人間はおるんやけどな、親のおらん人間はおらへんのや。ほんでな、その上等に見える親がって、間違えることはある。

もしアンタのことを許してくれん親やったらな、それは親がしとる間違いなんや。アンタも1個間違うて、あんなトコへ入らなアカンようになったんやな。せやけどな、さっき言うた若さっちゅーのが、アンタを助けるんや」


―――― 1個間違うたって、何や。

穂積の言葉を聞き、直樹は顔を上げる。

……いつもいつも、俺はこうなんや。

怒りが俺を前に押す。

良くも悪くも、始めの1を後押しする。


直樹は思わず声を荒げた。

「1個ォ!?おいオッサン!何も知らんのに決め付けるなよ。俺はこれまでな、正しいのを1個やとしたら、それの5倍は間違いがあったような気がするぞ!?俺の救いはな、その数少ない『正しい』が、俺の中で大きかったっちゅーことや!だからな、生きよう思うし、今からメシも食おうと企んどる。何も知りもせんくせに、エラッそうに言わんといてくれるか!」

初めてちゃんと対話する穂積に、我慢しきれず言い放った。

「俺はな、もう一回終わっとんねん。全て捨てて、俺は生きるって決めたんじゃ。アンタみたいに大金持ちで、何一つ…何一つ困ってないようなヤツに教えてもらうことなんかない!アンタの説教なんざな、その終わっとる俺には何も響かへん!」

穂積はその言葉を、直樹の方を見ることもなく食事をしながら聞いていた。

それから2拍の呼吸を置き、穂積が口を開く。

「ハハッ!終わった?アンタ、何を言うとるんや?アンタ、さっきから必死に何か得ようとしとるやないか。嘘言うたらダメやでー。これからも、アンタを知る人間がおる限り、アンタは死ぬまで終わらんのやでー。生きたいんなら、そう言わなダメなんやで。

アンタにも、必ず大事にするべき人間が現れる。これは常識なんやで。

終わるっていうのは永遠やろ。何も知らんようやから、もう1個教えたろか。人間な、生きとるうちに永遠を見ることなんかないんやで?この世にな、永遠に続くモンなんかないんやで?壊れちゃぁ創り、創ったらまた壊れて、人はそうやってな、削りながら生きとるんやわ。知らんのか」

「………」

直樹は目の前の穂積の顔を、目を見開いたまま凝視する。

―――― 俺は、何かが足らない。

自分の中で何か足らないものがあると、そう思っていたのは、怒りだったのではないか。

終わりは永遠…?

コイツは、初対面に近い俺に、俺の聞いたこともないような言葉を吐きやがった。

……石渡……あのオッサンが慕ってる、目の前のコイツ。


     試してみたい ――――


続く沈黙の中、食事を終えた穂積が席を立った。

「アンタ、食べへんのやったらワシゃぁ帰るで。えっとー…1人850円でエエんか?ワリカンやでー」

穂積は小銭入れを弄り、レシートの上に850円丁度を置いて、テーブルから離れて行く。

その背中を目で追い、直樹は今、自分がしなければならないことを再確認する。

急いで会計を済ませ、出て行く穂積を追うように店から飛び出した。

振り向かない穂積の背中に、直樹は呼びかける。

「オッサン!!全てな、ほぼ全て、俺は捨てるつもりでおんねん!ゼロからのやり直しでな。……石渡から聞いたよ。アンタが俺のこと心配しとったって」

……俺のことを覚えてないんなら、俺から言おう。

「心配しとったからとかよぅ!そんなん聞かせんといてくれよ!期待させんなよ!全部捨てる、ほとんど全部捨てるっていう覚悟がニブるやろ!?」

その言葉に、穂積が振り向いた。

そして、今度は直樹の顔を真っ直ぐに見て言う。

「アンタの、アンタが握ってしもうた不運っちゅーのを、全部ワシのせいにするつもりか?」

「そんなこと!……そんなん、言うてへんやん」

「イヤー、言うとるねぇ。ほぼ全て?ソレはゼロに近いって言うてるんかなぁ?ワシはそんなヤツには何の用事もないでー」

「………」

向かい合う2人に、しばらく言葉はなかった。

やがて沈黙を破った穂積が直樹に向けたのは、あの時の、あの言葉。

「まったく…そんな目ェでワシのこと見んとってくれるかい?肉食獣にでもなったつもりかいな。捨て犬みたいな顔して」

「…ッ!!」

「ワシはぁ、ネコ派か犬派か言われたら、どっちか言うたら犬派やなぁ。捨て犬なら拾えるんだけどねぇ?」

……この男が、まだどんな人間なのかは分からない。

所詮極○。

東や片桐や、その他にも見てきた、いわば異色のもの。

蓋を開けるまでもなく、そういう人種かもしれない。


……認めよう。

犬だろうと何だろうと、構わない。


「……オッサン。俺はアンタの役に立てる、ゼロやのうて1の人間かもしれんぞ。飼うてみる気にならへんか」

直樹の言葉に、穂積は実ににこやかな笑顔で返す。

「…ヤレヤレやねぇ、まったく。しょうがないねぇ」

そうして直樹に向かって手招きをし、

「じゃあ明日から早速働いてもらおうかなぁ。秋月直樹くん」

と、そう言った。


名乗ってもいない自分の名を知っている。

しかし、今の直樹はそんなことは気にしない。

ゼロの人間が、自分をゼロと表する人間が失格なのならば、何か1つでも持っていることにしよう。

そう考えた。


そしてここから、2人の長い付き合いが始まる。

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